第7話「老いる亀」
夏が近づいていた。
森の緑は濃くなり、道端には小さな花が咲いている。
ミロとジンは、いつものように旅を続けていた。
だが最近、少しだけ気になることがあった。
「じいさん、遅くない?」
ミロが振り返る。
ジンは少し後ろを歩いていた。
杖をつきながら、一歩ずつ進んでいる。
「そうか?」
「そうだよ」
以前なら並んで歩いていた。
今は気が付くと距離が空いている。
ジンは笑った。
「亀だからな」
「前から亀だっただろ」
ミロは呆れた。
だが、どこか納得できなかった。
昼頃。
川辺で休憩する。
ミロはオカリナを吹いていた。
少しずつ音が出るようになっている。
ふと見ると、ジンが目を閉じていた。
眠っているようだった。
「じいさん?」
返事がない。
「じいさん!」
ジンはゆっくり目を開ける。
「ああ、すまん」
ミロは胸がざわついた。
「疲れてる?」
「少しな」
ジンは隠さなかった。
その日の夕方。
森を抜ける途中で雨が降り始めた。
二匹は急いで大きな木の下へ向かう。
その時だった。
ガクッ。
ジンの足がもつれた。
「じいさん!」
ミロは慌てて駆け寄る。
ジンは転びこそしなかったが、杖に体重を預けていた。
「大丈夫?」
「大丈夫だ」
しかし声には少し力がなかった。
その夜。
焚き火の前。
ミロは眠れなかった。
ジンは火を見つめている。
「じいさん」
「なんだ」
ミロは少し迷う。
「病気なの?」
ジンは首を振った。
「違う」
少し間を置く。
「歳だ」
焚き火が小さく弾ける。
ミロは黙った。
そんなこと、考えたこともなかった。
ジンはずっとジンだった。
旅人で。
物知りで。
困った時は何でも解決して。
ずっと前からいて。
これからもいるものだと思っていた。
「歳を取るとさ」
ジンが静かに言う。
「少しずつ歩くのが遅くなる」
ミロは何も言えない。
「だが、それは悪いことじゃない」
ジンは空を見上げる。
「若い頃は見えなかったものが見える」
風が吹いた。
木々が揺れる。
「旅は急がなくていい」
ジンはそう言って笑った。
その笑顔はいつもと同じだった。
なのに。
なぜだろう。
ミロは少しだけ不安になった。
焚き火の火が小さくなる。
ミロは背中の甲羅型バッグを抱き寄せる。
そして初めて思った。
もし。
もし本当に。
じいさんがいなくなったら。
その先の旅は、どうなるんだろう。
夜風だけが静かに吹いていた。




