第5話「旅人の荷物」
朝の森は、まだ少し冷たかった。
ミロは焚き火の残り火を見ながら、オカリナをいじっていた。
昨日より少しだけ音が出るようになった気がする。
それでも、まだ思い通りにはならない。
ヒュゥ……。
吹いては首をかしげる。
「なんか違うんだよな……」
後ろからジンの声がした。
「違うのは普通だ」
ミロは振り返る。
「普通って何?」
ジンは荷物を背負い直していた。
その荷物は、ただの袋ではなかった。
体に沿うように工夫された背負い道具で、荷物が重心に分散されるように作られている。
ミロは目を細めた。
「じいさん、それ何?」
ジンは軽く背中を叩く。
「荷物だ」
「見れば分かるけどさ」
ミロは近づいて見る。
布や革や木の枠が組み合わさっていて、ただの袋ではなかった。
明らかに“自分で作った道具”だった。
「最初から持ってたの?」
「いや」
ジンは歩き出す。
ミロも慌ててついていく。
「じゃあ誰が作ったの?」
「わしだ」
ミロは一瞬止まりかける。
「……え?」
ジンは振り返らない。
「旅をしているうちに必要になった」
「必要って、こんなの必要になることある?」
ジンは少しだけ考える。
「ある」
それだけだった。
ミロは納得できない。
「普通の袋じゃダメなの?」
「ダメではない」
「じゃあなんでわざわざ?」
ジンは少し立ち止まる。
森の間を風が抜ける。
「重いものは、背負い方で変わる」
ミロは黙る。
意味は分かるようで、まだ分からない。
ジンは続ける。
「旅は長い」
「だから?」
「体に馴染む方がいい」
ミロは自分の布袋を見る。
すぐずれて、歩くたびに揺れる。
「……それ、ちょっとずるい」
ジンは笑う。
「ずるくはない。工夫だ」
ミロはむくれる。
「じゃあ俺も作りたい」
ジンは初めてミロを見る。
「作るか」
「作れるの?」
「作れば分かる」
その日の昼。
二匹は川辺にいた。
ジンは木材を並べる。
ミロはその横で見ている。
「これ、どうやって作るの?」
「まず形を決める」
「形?」
ジンは地面に曲線を描く。
それはどこか、亀の甲羅のような安定した形だった。
ミロは少し驚く。
「これ、亀の甲羅みたい」
ジンは頷く。
「そうだ」
「え、やっぱりそうなの?」
ジンは淡々と言う。
「一番安定している形だからな」
ミロは戸惑う。
「つまり真似してるってこと?」
「真似ではない。応用だ」
ジンは小さな袋をいくつも並べる。
左右、背中、腰。
それらが一つの構造として繋がっていく。
ミロは見ながら少しずつ理解していく。
「……分けて持つってこと?」
ジンは頷く。
「そうだ」
ミロはしゃがみ込む。
「そんなこと考えたことなかった」
ジンは木を削りながら言う。
「必要がなかっただけだ」
ミロは黙る。
夕方。
簡易的な荷物の構造ができていた。
まだ完成ではないが、理屈は見える。
ミロはそれを背負ってみる。
「うわ、なんか変」
「慣れれば変ではない」
「重いし」
「重いものは重い」
「これ役に立つの?」
ジンは少し間を置く。
「役に立つように作る」
ミロはその言葉を繰り返す。
「役に立つように……」
ふと、自分のオカリナを思い出す。
まだうまく吹けない。
でもジンは、何も言わずにそれを持たせた。
理由は分からないままだ。
夜。
焚き火の前。
ミロはオカリナを吹く。
ヒュゥ……。
昨日より少しだけ音が安定する。
ジンは火を見ながら言う。
「荷物は、そのうち分かる」
ミロは振り返る。
「何が?」
「なぜ持つのか」
ミロはオカリナを見る。
「……分かるようになるの?」
ジンは少しだけ頷く。
「たぶんな」
風が吹く。
焚き火が揺れる。
ミロはオカリナを握り直す。
まだ理由は分からない。
でも少しだけ思う。
――この旅は、ただ歩くだけじゃない。




