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夜は歪みでできている  作者: たそ


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3/7

第2話「振り向かない方法」

やはり、夜は歪んでいる。

そう思うのは、気のせいじゃない。

「……来てるな」

有栖朔は、足を止めなかった。

昼間の仕事での出来事が、ふと頭をよぎる。


工場。ライン作業。

誰も喋らないのに、視線だけは常に感じる。

「遅い」「ミス多いな」

直接、そう言われた訳じゃない。

でも、確実に"そう思われている"。

振り向けば、何か言われる気がする。

振り向かなくても、背中に残る。


--あぁ、似ている。

コツ。

夜道に残る。もう一つの足音。

「……はぁ」

息を吐く。逃げ場は無い。

「じゃあ、やるしかねぇか」

振り向かない。それだけだ。

コツ。--一歩後ろ。

コツ。--また一歩。

距離が縮まっている。わかる。

見なくても分かるぐらいに。

「見んな」

自分に言い聞かせる。視線を前に固定する。

街灯。道路。白線。

どうでもいいものに、意識を向ける。

コツ。

近い。さっきより確実に。

(来てる)

わかってしまうのが、一番キツい。

「いい感じ」

横から声がした。振り向かない。

でもわかる。月城いろはだ。

「まだ、二回目入ってない」

「……入ってない?」

「"振り向いてない"からね」

少しだけ安心する。でも……

コツ。--音は消えない。

「無視できてないよ」

追い討ちみたいに言われる。

「意識してる時点で、"見てる"のと同じ」

「じゃあ、どうしろってんだよ」

「気にしない」

無茶だ。

「訂正」

今度は別の声。前方、電柱の影。

御影識が、いつの間にか立っていた。

「気にしないじゃなくて、"関係ない"と思い込む」

「違いがあんのかよ」

「大アリ」

識は、淡々と続ける。

「怖いと思うと、相手を強化する。でも"関係ない存在"だと認識すれば、向こうも干渉しづらくなる」

理屈は分かる。分かるけど……

コツ。--もう、すぐ後ろだ。


(無理だろ)

そう思った瞬間……

コツ。

肩のすぐ後ろで、音がした。息がかかりそうな距離。

「……っ」

心臓が跳ねる。振り向きそうになる。でも

(振り向いたら終わる)それだけはわかっている。

「ねぇ」

いろはの声が、少しだけ低くなる。

「それ、本来はもっと遅いんだよ」

「……は?」

「ここまで早くない」

つまり--

「条件、満たしすぎてる」

識が言う。

「朔君さ、昼間も"後ろ"気にしてたでしょ?」

言葉が詰まる。

工場での視線。人間関係。

常に感じてた"後ろ"。

「それが蓄積されてる、満たしすぎなんだよ」

最悪だ。

「じゃあ何か、俺のせいってことかよ」

「そうだね」

いろはが、あっさりと答える。

「相性、最悪」

コツ。--もう、ほとんど触れる距離。

(来る)

分かる。終わりが、すぐそこまで迫っている。

「……一個だけ方法がある」

識が口を開く。

「なんだよ、あるなら言ってくれ」

「成功率、かなり低い」

「いいから言え」

一瞬の間。そして、

「"後ろに誰もいない"って、本気で思え」

無茶にも、程がある。

「でも」

いろはが続ける。

「それ、嘘じゃないかもよ」

「……は?」

「それ、"最初から存在してない"」

意味が分からない。

「見てもらえなかったものって、存在として曖昧だから、認識しなければ"いない"のと同じ」

--つまり、見なければいいじゃない。

"存在しないものとして扱え"ってことか


コツ。

もう、音が近すぎて曖昧になる。

(いない)

そう思う。

(いない、いない、いない)

繰り返す。でも、怖い。

確実に"何か"がいると、本能が叫んでいる。

「……ねぇ」

いろはの声。

「選びなよ」

静かに言う。

「振り向いて終わるか、信じて無視するか」

そして有栖朔は、そっと目を閉じた。

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