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夜は歪みでできている  作者: たそ


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2/7

第1話「振り向く回数」

夜は、少しだけ歪んでいる。

そう言われれば、素直に納得出来てしまいそうな夜だった。

「……またかよ」

有栖朔は、足を止めた。仕事の帰り道。

人通りは少なく、街灯だけが頼りない光を落としている。

コツ。

半歩遅れて、足音が鳴る。自分のものじゃない。

「気のせい、じゃないよな」

分かっていて、振り向く。誰もいない。

でも"さっきより近い気がする"

その違和感だけが、はっきりと残る。


「二回目」

背後から声がした。今度は驚かなかった。

振り向かない。向かなくて誰だか分かった。

そこにいるのは、月城いろはだ。

「……脅かすなよ、いろは」

「脅かしてないよ」

朔の目の前に来たいろはは、また、朔の後ろをじっと見ている。

「さっきので二回目」

「何がだよ」

「振り向いた回数」

さらっと言う。意味が分からない。


でも、嫌な予感だけはする。

「あと一回で、終わり」

「だから、なにがだよ」

「あなたが、よ」

少し間を置いて、

「連れていかれる」

空気が、静かに冷える。

「……誰に」

聞いた瞬間、いろはは少しだけ首を傾げた。

「"後追い様"」

聞いた事の無い名前だった。

「簡単に言うね」

近くの公園。ベンチに腰をかけながら、いろはは淡々と話し始める。


さっきまで"何かがいた道"から、少し離れた場所。それでも完全に安心できるわけじゃない。

「夜道で、後ろに気配を感じる?」

「……それは、今まさにだな」

「それが"後追い様"」

いろはは、続ける。

「で、振り向くと」

「近づく、か」

「うん」

あっさり、肯定される。

「一回で数歩分。二回で、手が届きそうなくらい」

「じゃあ、三回目は?」

「触れる」

短い言葉だった。でも、それだけで十分だった。

「触れられたら?」

聞くと、いろはは少しだけ考えてから、

「多分、そのまま連れていかれる」

「多分ってなんだよ」

「見たことないから」

平然と言う。

「戻ってきた人がいないから」

その言葉だけで十分すぎた。

「……回避方法は?」

しばらく沈黙してから、朔は聞いた。

「あるよ」

即答だった。

「振り向かないこと。」

「それは分かる」

「それだけ」

「それだけ?」

「うん」

いろはは、頷く。

「シンプルなやつほど、難しいから」

確かに。さっきだって分かっていても振り向いてしまった。

「無視し続ければいいってことか」

「理屈はね」

「理屈は?どういう意味だ?」

「段々、近づくから」

「は?」

「振り向かなくても、来るよ」

最悪だった。

「じゃあ、詰みじゃねぇか」

「だから、条件がある」

いろはは、少しだけ楽しそうに言う。

「"気付かないフリ"をし続けると、離れる」

「……は?」

「完全に無視出来た場合だけね」

それ、ほぼ無理だろ。


「--面白いね、それ」

不意に、別の声がした。ベンチの後ろ。

いつからいたのか、気配が全くなかった。

振り向くと、男が一人立っていた。

「……誰だよ」

「通りすがり」

軽く答える。明らかに嘘っぽい。

「話は、概ね合ってるよ」

男は、続ける。

「補足するなら」

ポケットに手を突っ込んだまま、こちらを見る。

「三回目で"認識される"」

「認識?」

「そ、向こうにね」

淡々とした声。感情が全然乗ってる気がしない。

「一回目と二回目は、まだ"気配"」

「三回目で"存在として固定される"」

「それで終わる」

ゾッとした。説明が具体的すぎる。

「なんでそんなに、詳しいんだよ」

聞くと、男は少しだけ笑った。

「見てきたから」

それだけだった。

「御影識」

さっきまで、口を閉ざしていたいろはが、小さく名前を呼ぶ。

「知り合いかよ」

「まぁね」

識は肩をすくめる。

「で、どうすんの?」

「どうするって」

「次、三回目でしょ?」

当たり前の様に言う。逃げられない前提で。

「……回避方法、他にないのか」

「あるよ」

識はあっさり答えた。

「まぁ、成功率は低いけど」

「言えよ」

「振り向く前に、距離を取ればいい」

「……どうやって」

「走る」

シンプルすぎんだろ……

「でも」

識は続ける。

「向こうの方が断然早い」

終わってる。


「もう一個あるよ」

今度は、いろはが言う。

「なに」

「視線を切る」

「どういう意味だよ」

「"見てる"って意識を消す」

無茶だろ。

「それが出来たら、苦労しねぇよ」

「だよね」

いろはは少しだけ笑った。沈黙が落ちる。

遠くで、風がなる。夜は静かで、どこかおかしい。

「……まとめるぞ」

朔は小さく息を吐いた。

「三回振り向いたら終わり」

「振り向かなくても近づく」

「完全に無視出来れば助かる可能性がある」

「走っても意味無い」

最悪の条件だった。

「で、どうするの?」

識が聞く。まるで他人事みたいに。

でも、ここで決めるしかない。

「……やるしかねぇだろ」

朔は立ち上がった。

「三回目が来る前に」

夜の道を見据える。

「振り向かないで、乗り切る」

無茶なのは、わかってる。でも、覚悟を決めるしかない。

「いいね」

識は少しだけ楽しそうに言った。

「じゃあ、見学でもさせてもらうよ」

「手伝えよ」

「必要ならその時に手を貸すよ」

信用出来ねぇ。でも、

「私も行く」

いろはが、立ち上がる。

「全部は知らないけど」

少しだけ真面目な顔で、

「見捨てられないしね」

夜の歪みが確実に近づいている気がした。


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