プロローグ「気配」
最初は、ただの気のせいだと思っていた。
夜道で、後ろに誰かいる気がする。
振り向いても、誰もいない。
--よくある話だ。
「……はぁ」
有栖朔は溜息をついた。
仕事帰り。街灯はあるのに、やけに暗く感じる道。
転職してから1ヶ月程しか経っていない。
未だに慣れない環境、憂鬱な人間関係。
昔の職場にいた頃よりはマシだなんて思っていたが、結局……
「どこ行っても同じか」
なんて、小さく呟いてみる。
誰かと話すのがもうしんどい。気を遣うのも、顔色を伺いながら過ごす日々も。
だから、この時間が1番楽なハズなのに。
「……またか」
足音がした。自分のものではない、もう一つのリズム。
コツ、コツ。
半歩遅れて着いてくるような音。
立ち止まる。音も止まる。
「……」
振り向くがやはり、誰もいない。
分かっていたことだ。
それでも確認せずにはいられない。
「気のせい…だよな?」
そう言いながら、再び歩き出す。
コツ、コツ。--また鳴る。
今度はさっきより少し近くなった気がした。
「……はは」
乾いた笑いが込み上げる。
きっと、疲れてるんだ。
そういうことにしておくのが、1番楽だ。
これ以上、考えなくて済むから。でも……
(こんなにはっきり聞こえるか?)
1歩進む。
コツ。
1歩進む。
コツ。
ピッタリ合わせてくる。いや、違う。
"合わせているんじゃない"
最初から後ろにいる。そんな気がした。
「……やめてくれよ」
誰に言ってるのか分からないまま、口に出す。
答えはない。代わりに、コツ。
一歩分、近付いた音がした。
反射的に振り向く。街灯の下。
誰も…………いや、
「……」
なにか居た気がした。人の形をしたなにかが。
でも、輪郭が曖昧で、うまく認識が出来ない。
見た瞬間に、"見えなくなる"
そんな違和感。
「……なんだよ、今の」
心臓がうるさい。
ただの見間違いで片付けるには、嫌な感じが残る。
(帰るか)
そう思って、前を向いた瞬間。
「ねぇ」
声がした。すぐ後ろから。
今度は足音じゃない。はっきりとした、人の声。
「それ」
振り向くより先に、後ろの声が言う。
「振り向いたら、ダメなやつだよ」
声の主が、朔の目の前に来る。
そこにいたのは--月城いろはだった。
「……は?」
「もう1回、振り向いちゃったでしょ?」
いろはは、後ろ--朔のさらに後ろを見ている。
「それ、あと二回でおわり」
「何がだよ」
「君が」
さらっと言った。
「死ぬのが」
--意味が分からない。分からないハズなのに、
「……はは」
乾いた笑いが喉の奥から出た。
妙に納得してしまっている自分がいた。
「なぁ」
喉が少しだけ震える。
「後ろ、いるよな」
聞くと、いろはは少しだけ目を細めた。
「うん」
あっさりと肯定する。




