第3話 剣
「兄さ〜ん、朝ごはん出来ましたよ!」
ドアの外から聞こえる声に、俺は伸びをしながら、今いくよーと答える。
働く人にとって、日曜日が嫌いというのは少ないだろう。日曜日…それは月から土までの6日を乗り越えた者だけが辿り着く至福の一時。そういえば響は良いが、悪く言えば次の日から始まる地獄の為の休憩場所ともいえ泣くはな…いややめよう。日曜日も仕事だという人は置いておいて、俺の場合日曜日は休みだ。と言っても、次週の会談や取引先の確認などと大抵は家にこもっての隠れた仕事があるわけだが。今日はベゼと行かなきゃいけない場所があるので、早め早めにそれを終わらせて暇な時間を作っておいた。フカフカと心地の良い布団から出ることに一瞬ためらいを覚えるも、遅くなるとベゼが怖いので重い体を持ち上げる。食卓に着くと、すでに食事の用意を終えたベゼが待っていた。
今日の朝ごはんは何かな〜ってあれ?
ベゼが作る飯は基本的に美味い。たまに新作料理を失敗することがあるのだが、大抵2回目は完璧な味になっている。更には徹夜で工夫を凝らしたり味の研究を行ったりするので、夕食は俺の楽しみの1つでもあった。それは朝ごはんにも言えることで、いつもひと工夫入ったベゼの料理は、見るだけでも食欲をそそる。嬉々として皿に目をやった俺は、次の瞬間ガックリとうなだれることになる。
視界の端でニヤリと笑うベゼを捉えた俺は、半ギレで弁解を求めた。
「これはどういうことだ!なぜ俺の嫌いな食材がこんなにも…」
今日の朝ごはん。それは、白米と味噌汁。そして卵焼きと、、人参の炒め物であった。
白米はツヤが出てキラキラと輝き、程よく柔らかい食感は噛めば噛むほどに甘みが広がる。味噌汁にはベゼ自作のだしが使われており、生姜を入れているのか、ポカポカとした温かさは週末の疲れがほぐすように体に浸透していく。卵焼きは、箸を刺すと黄金のトロトロとした黄身が雪のように真っ白な白身を流れ落ちていく。卵焼きの下にはベーコンが一緒に焼かれており、カリッとジューシーな味がまた卵焼きの濃厚なとろみを包み味を一層引き立てていた。問題は、人参の炒め物である。見るだけで食欲が失せていくオレンジ色の棒の束。ごま油を使い人参特有の甘みを消してくれてはいるが、それでもなお漂う甘みは口の中を一色に支配していく。甘みといえば聞こえは良いが、俺はこの味が大嫌いなのだ。昔から悪いことをしては母さんにこれを食べさせられていたのを思い出す。それを今の歳になって妹にやられるとは…
妹にとってはごま油がせめてもの慈悲なのだろう。母さんなんか生で出してくることもあるくらいだし。ベゼに恨み半分感謝半分の複雑な目線を浴びせながら、俺は人参を食べることに全力を注ぐのだった。
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もう2時間は歩いてると思うんだが。一向に着く気配のないベゼに、面倒になってきた俺はしつこく話し掛けていた。
「あとどんくらいで着くんだ〜?」
この質問をしたのは実に10回目ほどであった。今は1分に1回くらいの頻度で聞いているので、そろそろベゼがブチ切れてもおかしくはない。ベゼは額に青筋を浮かべ、今にも爆発しそうな怒りをなんとか抑えていた。
それに構わず、俺はもう一度同じ質問を投げかける。人参に対するせめてもの対抗として、ベゼをキレさせて遊んでいた。
「なー、そろそろ着いてもいいんじゃないか…いってぇ!」
流石に我慢の限界が訪れたのか、鬼の形相で足を踏まれた。無言で睨まれるが、言いたいことは非常によくわかる。だがこれは俺のささやかな復讐なのだ。受け流してくれると嬉しいんだけど。という気持ちを込めた目でベゼを見て、ニコッと微笑んだ。
直後俺を襲ったのは、肌を逆なでするような恐怖。ベゼは不意に踏んでいた足を離し、俺と同じような微笑を浮かべた。完璧なポーカーフェイス、ブチ切れていることを全く感じさせない。と言いたいところだが、溢れ出る感情が否応にもベゼの心情を物語っていた。
そして俺は後悔する。ベゼは怒らせちゃいけない存在であることに。
「夜ご飯、楽しみにしていてくださいね」
発したのは、その一言のみだった。それに含まれる膨大な情報量に、俺は歩く気圧される。頭をオレンジ色で染め上げられるような錯覚に陥り、俺は絶叫した。
「すみませんでしたぁ!!」
後に地獄を見たのは、言うまでもないことだった。
アホな会話、というか一方的な言葉を投げかけた後カウンターで一発K.O.を食らっている間に、ベゼは目的の場所についたようだ。まだ怒っているのか目を合わせてくれないが、一点を指差して見ているので俺もそれを追うように視線を移す。少し開けた広場のようななっている場所の中心に、それはあった。
1つの切り株に刺さる何かと、それに何重にも巻きつく蔦。何故か近くには一本の木を生えておらず、太陽の光に照らされて幻想的な空気を醸し出していた。吸い込まれるように近づき、触れる。それが解除コードであるかのように、幾重にも絡まっていた蔦が動き、1本の長剣が姿を現わす。黒い刀身は光を反射して鈍い輝きを放ち、鍔の中心には赤い宝石が埋め込まれていた。剣の左半分には蔦が侵食していて、息をするように淡く発光している。
「兄さん、これは……」
ベゼはのキラキラと輝く目は、多分俺と同じことを考えていそうだ。
「ああ…かっけぇなこれ」




