本部とリンゼ①
「お皿、洗い終わりました」
食事の後、ミスラはその片付けを手伝った。
「うん。ありがとう」
テーブルを拭くルチアが、顔だけをこちらに向けて返す。
一通り終わりミスラがリビングに行くと、ソファに寝転ぶセレネを見つけた。
「……。お姉ちゃん、また寝ちゃうの?」
「んーー……」
だるそうに唸り寝返りを打ったセレネの白い肌が、シャツの下からのぞく。
「ほらぁ、お腹出てるからーもー」
乱れたシャツを整えると、セレネがうっすらと目を開けた。
「ん…。ル、チア……」
「え……?」
「……じゃ、ない……?」
寝ぼけるセレネの言葉に、思わずミスラがルチアを見ると彼は困ったように笑った。
やっと体を起こしたセレネは、頬をゆるゆるに緩ませる。
「ミスラだー……」
「ミスラだー……じゃないよ。お姉ちゃんいつもここでルチアさんに起こしてもらってたんでしょ」
「ん」
「もぉー」
ミスラは深くため息をついた。
「それで。エルは何をしているの?」
振り向くとテーブル越しに端末を構えるエルの姿が。
「私のことは構わずに、続けてくださいまし」
先程のようなシャッター音は聞こえないが、明らかにレンズを向けている。
(動画か……)
「続けるって何を。あといちいちお姉ちゃんを撮るの止めなよ」
「そんな!私の趣味を奪うつもりですの!?否定するつもりですの!?」
そりゃしたいわっ!というツッコミが喉元まで出かかるが、それよりも先に。
「趣味なの!?」
いや何となくは予想していた。予想はしていたのだが改めてそう言葉にされるとなんか、こう、見えない距離が開くというか…。
「その反応…やはり否定するつもりですのね……。ひ、ひどいですわっ。ひとでなしですわ!……うぅ、お姉さまぁぁんっ」
「ミスラ、エル、いじめちゃ、だめ」
エルには泣きながら睨まれセレネには指をさされ、ミスラはもう投げやりに言う。
「なんで?」
□ ■ □
セイセラ王国南西部の田舎町、トゥルチア。
ホアの日記を携えて、昨夜チアーノの館を出て汽車を乗り継ぎ、リンゼはIPF特殊警察庁の本部塔にやって来た。
向こうから招集をかけられていた。
それも上位クラスの幹部ばかりが集まる報告会。
表向きは、謎多き独立国ルシアーゼについての任務報告。
裏の目的は…。
「…はぁ、面倒くさ……」
思わず口をついて出た言葉が、黒の女神を目覚めさせた。
「だったら行かなければいいのに」
クスクスと笑うフランの声は、塔の壁に響くこともなくリンゼの耳に入る。
「そんなことをしたら、もっと面倒なことになる」
「ふふ。そう。難儀ねぇ」
「………」
カツカツと低いヒール靴の床を踏む音が、ある扉の前で止まる。
「出てくるなよ。厄介なことになるから」
「そのお願い、私が一回でも聞いたことあったかしら?」
「聞けよ。今回は長くなることが分かってるんだ。何日もこんなところにいたくはない」
「高くつくわよ?」
「………」
リンゼはドアに触れかけた手を背後で浮遊するフランに向けた。
頬をかすめるリンゼの革手袋をはめた手がフランの首にまわると、そのまま引き寄せられ一瞬にしてふたりの距離が消える。
「…ん……」
下から吸われる様な口付け。
フランのしなやかな体は不覚にも、唇から流れ込む熱に震えた。
「……は、ぁ……」
名残惜しくも離れた唇から、絡まったふたりの唾液が小さな音を立てた。
「前払いだ」
無愛想にもとれる表情で、リンゼはフランの癖のある黒髪を指で梳きながら離れる。
フランはリンゼの言葉に目を瞬かせ、ふっと笑った。
「……ふふ。これが終わったら、もっと濃厚なのをちょうだい♡」
濡れた唇を艶めかせて、フランが姿を消していく。
「……ああ。これが終わったら、ゆっくりな」
目の前のドアを押し開ける。
ギィ、というサビの擦れる音が、気を緩めない長い一日の始まりを告げた。




