本部とリンゼ②
この世には無数にイキモノが存在する。
本能のままに生きるもの、理性に従い利口に生きるもの、欲深いもの、思いやるもの。
己はどのようなイキモノなのか。
あるいは人間は……?
リンゼは自分自身を鼻で笑った。
らしくないことを考えた、と。
それほどこの場の空気を身体が拒否しているということか……。
人間というイキモノの根の部分を隠すことをせず、さらにそれがさも世界の為であると。
目的は同じ。だがそれに向かう道が違うのならば、果たしてそれは味方と言えるのか……。
『面倒臭い』
リンゼは答えの見えない問いを、その一言で片付けた。
そう、全てにかけて面倒。
『奴ら』も『己』も。
面倒臭い。
それだけなのだ。
□ ■ □
———……
その部屋には光がなかった。
だが光よりも闇を好むリンゼにとっては、この空間は居心地がよかった。
彼らさえいなければ。
「それで、どうだったんだ。ルシアーゼのほうは」
闇の中からしわがれた男の声が降ってきた。
「聖獣とかいうイキモノがいたのだろう?」
重みのある低い声が、興味を示すような口調で食いつく。
「ルシアーゼで確認した影花は2体でした。1体は葉、茎姿態、もう1体は苗床の人間を喰らい花姿態となりました」
闇に紛れる者達の声を無視し、リンゼは務めて事務的に任務報告を始めた。
「我々は速やかにそれらを駆除し、被害は影花が巣くっていたルシアーゼの城の一部に留まりました」
「苗床の身元は分かっているのか?」
「はい。2体とも判明しております。葉、茎姿態の影花はルシアーゼの国王ホルン。花姿態のほうは女王ホア」
「ルシアーゼの王と女王が!?」
闇の中にざわめきが生じる。
だがそれもリンゼにはわざとらしく聞こえた。
「それは確かなのか?」
「彼らの子供である、王女と王子に確認済みです。間違いはないと思われます」
「彼らが影花に堕ちた理由は?」
「恐らくは羨望かと」
「ほう……?」
ふと思う。
こいつらは、ルシアーゼについてどこまで知っているんだ。
聖獣が本来どのようなものなのかというのは、恐らくここにいる数人は知っている。
ならばあの扉のことは?聖獣の世界のことは?
ここで全てを打ち明けたとして、それを重大な国際秘密として己の墓場まで持っていくやつが、この中に何人いるのか。
ルシアーゼの秘密が公になりどこぞの悪人が例えば聖獣の密輸密売などをしでかせば、国際問題になりかねないし、なにより彼らがまた悲しむ。
自分の姿も見せず、始めから公平でないこの場に、信用出来るものなどありはしない。
彼らの顔や姿が見えないなかでも、多方から感じる視線の鋭さがリンゼの気分を悪くさせた。
「ルシアーゼは秘密主義の独立国。外の世界に憧れた故に、影花に堕ちたと我々は考えております」
「それならば何故国を開かない?」
「………」
どうやらお偉い方は国交断絶の聖国に興味津々のようだ。
リンゼは内心大きなため息をついた。
「それについて我々が知る由はありません」
一度は彼らに渡そうと考えていたホアの日記だが、コートの中に隠したままリンゼがそれに触れることは無かった。
「つまらんな」
「まあいい。この話は奴に招集をかけた本来の目的ではない」
やはり裏があったかと、リンゼは神経を尖らせる。
「本題に入ろう。チアーノ支部支部長兼、影花討伐部隊リンゼ隊隊長、リンゼ」
「………」
「太陽の神に愛された娘について、お前の知っていること、その目に見たもの感じたこと、ここでひとつ残らず全てを話せ」
闇に響く圧を含んだ声。その出どころも分からないこの空間で、自分は今誰と話しているのかさえも不明なままリンゼはただ目の前の闇を見つめる。
彼らが言おうとするその先の言葉、暗闇の中で彼らが何を考えているのか。
リンゼにとってそれらを推測することは容易であった。
何故なら
「その娘を今後どのように対処するのか、お前の話を聞いてから判断しよう。娘は我々人類の為に生かしておくべき存在なのか、それとも……」
世界の利益と言いながら、それは回り回って己の利益に還る。
その輪の動きを理解し、常に意識している。
奴らは『そういう』イキモノだ。
□■□
鋭利な刃物が空を割く音と力む息遣いが聞こえたのはチアーノ支部、中庭。
何気なく外の空気を吸いに来たフウマは、己のその何気なさに感謝した。
「昼間っから鍛錬か?見かけによらず真面目なのな。ミスラの姉さん」
明るい笑顔で声をかけるも、セレネに一瞥されて終わった。
「……お前オレに対して関わるなオーラ全開だよな。昨日から思ってたけど」
「……べつに」
おっ答えた。と少しの驚きを示しつつ、フウマはまた問いかける。
「オレお前に何かした?」
「……べつに」
「もしかして昨日ミスラを連れ回したこと怒ってんのか?」
「……べつに」
「……お前『べつに』しか言えねぇのかよ」
若干の苛立ちを込めたフウマの言葉に、セレネが刀を振るう手を止めて言ったのは。
「……べつに」
「………」
「………。………………………フッ……」
沈黙の最中セレネが顔を逸らして漏らした声を、フウマは見逃さなかった。
「え。今笑っ……」
「笑ってない」
「いやでも」
「笑ってない」
逸らした顔を戻して、自分は断固として吹き出してなどいないと貫くセレネの無の表情。
フウマは腰に手を当てて嘆息した。
「お前にもちゃんと挨拶しないとと思ってんだけど」
「……あいさつ…?」
ああ、と頷くフウマに、だがセレネは冷たくあしらう。
「……挨拶なら、昨日した。要らない」
「そういう訳にもいかないだろ。お前の妹の命を預かってんのに……」
「お前に預けたつもりは無いっ!!」
「!!」
本能的に飛び出してしまった。それはずっと身体の中で燻っていたもの。
はっとして口元を隠すセレネを見やり、フウマはわかったぞ、と。
「お前、オレにミスラを任せたくないんだろ」
「…っ」
ここで黙ってしまったら肯定と変わらないのに、でも。
声が、出ない——
「ずっとミスラの為にやってきて」
「ち、が……」
「それを一瞬で、それも全くの他人に取られて」
「……ちがう…」
「先生からも期待されて」
「違う…」
「おまけにミスラともいい関係が築けそうな雰囲気出して…?」
「違う!」
どうして——
どうしてこんなに身体が熱を持っているのだ。
否定しても否定しても、湯水の如く溢れて止まらないこれは。
一体なんだ———…?
「お前、オレに嫉妬してるだろ」
「違うっ!!」
刹那、セレネはフウマに刀を持って飛びかかった。
「っ……!?」
「ったく。それのどこが違わないっていうんだよ」
だが。
月華丸の刃は何を切り裂くこともなく。
「あ、それとオレに挑んでくるならな、足の裏、しっかり地面につけときな。じゃねぇと」
ただただ理解が追いつかない。
空中で、刀が何かとぶつかっている。でも目には何も——
(空間の、歪み——……?)
「銀色の風にふかれて星になっちまうからよ」
一瞬だけフウマの足元に、舞っていた塵や木の葉が吸い込まれるように寄り、そして。
「ぅ…あ゛…!?」
凄まじい地響きと、爆風。
人間の体など諸共せずに吹き飛ばす嵐。
館のガラス窓は今にも砕けそうにガタガタと震え、いっそ雲までも操るように。
巻き上げられた体。
それでも睨み下ろすセレネに、フウマは嵐の中で笑う。
「どうしてミスラの護衛にオレが任されたと思う?」
問われずとも、そんなこと理由はひとつしかない。
なに、至極簡単なことだ。
そう、ただ単に
「先生を抜いたこの支部の中で、オレが一番強いからだよ」
「っ!」
ギリ、と歯噛みするごとに悔しさが滲む。
気に入らない。
気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない——
「気に入らないっ!!」
(ミスラを護るのは私だけでいいのにっ!!)
思い虚しく、セレネは風の流れに身を任せる他なかった。




