レポート 002 「爽快な寝覚め」
ストックが貯まったので連載始めます!
二日目の朝は比較的爽快な朝だった。比較的爽快というのも初日が最悪なだけであったが。
ケンタは一日目と同じ場所で寝ていた。入り口で倒れているのを誰かがひきずってきたのだろう、彼の服は洞窟の土で汚れていた。
またしても彼の体は重かった。
しかし今度は不快な重さではなかった。柔らかい感触のするあたりを見てみると、ケンタの腹の上で誰かスヤスヤと眠っている。子供ほどの大きさの山が、かけられたシーツの下でゆらゆらと揺れていた。
シーツの合間から見える可愛らしい水色のワンピースからは、湿った洞窟の中でも、爽やかな太陽の香りを漂わせている。
ケンタがゆっくりと上半身を持ち上げると、シーツの山はコロコロと転がり、彼の膝の上で丸まった。
山は彼の膝の上でもぞもぞと動き出す。
『流石にくすぐったいな』
ケンタは起きるまで待ってやるつもりだったが、こそばゆさに耐えきれず、肩であろう位置を とんとん と優しくたたいてやった。少しドキドキしたのは言うまでもない。
シーツから出てきた顔はとても眠そうで、その黒くて丸い目は瞬きを繰り返していた。頭からは寝癖のようにくるくるな茶色い毛が生えていて、とても短く切りそろえられている。何よりも特徴的なその大きな口は、ケンタを確認するや否や、これでもかというほど大きく微笑んだ。
ーー 残念でした、と嘲笑うように。
何を隠そう、それはクマだった。幼女の服を来た人間大のクマのぬいぐるみだった。その顔は憎たらしいほど気持ち悪かった。
訂正しよう、彼の朝はまたしても不快だった。
「なんだよこの地味な嫌がらせは!俺の純情な心を返せ!」
「ケケッ」
ケンタは起きた後、おそらくあの少女が置いてくれたであろうリンゴらしき果実を食べ、クマと共に洞窟を散策していた。昨日半殺しにさせられた奴とのんきに歩くのは些か蛮勇に見えるが、なんせ相手はぬいぐるみなのだ、びくびく怯えている方が馬鹿らしく感じる。
ただ、ケンタは警戒を解いた訳ではない。むしろ厳重過ぎるほど警戒していた。彼は腕を胸の前で交差させ、度々クマの様子を見ながら不審な歩き方をしていた。
『ふふっ、今度頭を狙ってきた瞬間に口の端を掴んで壁にぶん投げてやる。』
…馬鹿である。
そんな挙動不審な彼が散策を続けていると、ばしゃっ!と水の音が洞窟内に響いた。足は勝手に音の軌跡を辿り、ケンタは青白い光を放つ不思議な空間へとたどり着いた。
神秘的としか言い様がなかった。
壁全体から生えでる幾千もの水晶が太陽の届かない洞窟で仄かに発光している。その青白く光る花々は土の壁を覆い隠し、天井の中央から吊るされているシャンデリアのような巨大水晶は煌びやかな空間で一層その存在を主張していた。逆さまの大樹の先端からポタッポタッとリズムよく水がこぼれ落ちていく。
迷い込んだ地下水が水晶の迷路を進み、その果てで重力に身を任せ仲間と巡り合うようだ。そうして幾年も集まり続けた水たちは部屋の中央に巨大な泉をつくりあげていた。巨大な水鏡は四方から届く淡い光を反射させ、空間全体を余すところなく照らしだしている。
ひとつ飛び出た水晶の上に人影が見えた。その人影は後退するように水晶の影に隠れたかと思うと、勢いよく泉へと飛び込んだ。よく見えなかったが多分あの時の少女だろう。
ばしゃっ!
小柄な少女は申し訳ない程度の水しぶきを上げるとそのまま泉の深くまで潜り、パァっと気持ち良さそうに水面から顔をだした。
「 〜〜〜 ! 」
少女は彼女がいた水晶の方に向かって手招きのような仕草をした。その目線の先には一匹の灰色うさぎがいる。
うさぎは怯えながらも水晶の端へとゆっくり近づき、恐る恐る片足を前に出すと、少しバランスを崩してサッと引っ込んでしまう。流石に怖かったのだろう。
だがその背後には何ものかが立っていた。いつの間にか移動していたクマだ。彼は有無を言わさぬ形相でうさぎの退路を塞いでいた。クマは船長に逆らう者を処罰する海賊がことくウサギを脅した。それでも躊躇うウサギにクマは助走をつけた盛大なドロップキックをかました。
ぱしっ!
うさぎは水面に勢いよく叩きつけられる。
「 容赦ねぇ〜 」
見るからに痛そうな様子のうさぎは天敵から逃げ出すように走り去っていった。
「 〜〜〜〜〜!」
それを追いかけるように泉から出る少女をケンタは見てしまった。
これまでの状況を少し整理してみよう。
少女の服を着ていたクマ。
そこから仄かに香った天日干しをしたような太陽の匂い。
そして水遊びをする少女。
これだけ役が出揃っていたらもう満貫だろう。つまり、少女は洗っていたのだ、自分の服と体を。
そして、彼は見てしまった。
水の滴る栗色の髪
濡れて輝く彼女の顔
そして申し訳ない程度に膨らんでいる二つの丘
彼女が唯一身につけていた白い布地
この時ケンタは異世界初の幸運を堪能していた。
彼女と目があってしまった。ケンタは反射的に謝ろうとしたが、それよりも速く少女は驚き走り去っていった。
彼は知らない、家族以外とあまり接したことがない少女には裸を見られる事への羞恥心が未だ芽生えていないことを。
彼は知らない、それは人見知り故の行動であったことを。
「 ……Bよりの、A。見た目の幼さを考慮すると、将来化けるやもしれぬ」
ゲスカウターを発動させ、うわの空の彼は気づかない、彼の背後からこれでもかという助走をつけて走ってくる巨大な物影を。
そして、、、
「ぐはっ!」
巨大な 綿の塊に蹴り上げられたケンタは空中で見事な反りを見せ、腕を胸の前で交差させたまま、プロのような見事な飛び込みを見せたのだった。
今日一番の水飛沫が上がったのは、言うまでもないだろう
超どうでもいい日記
第2章の学園からスタートして第1章を回想にすれば良かったと今更後悔してます。




