レポート 003 「エロフと首輪」
ケンタは洞窟の入り口で外の景色を眺めていた。
目の前に広がる風景は美しかれど、彼の前の大きな壁が外へ冒険しに行くことを許さない。
餌を前に「待て」と命じられている犬のように、彼の好奇心と言う名の欲望は毎分毎秒高まっていく。
「はぁ…」
彼のため息にはそんな彼の思いと、これまでの災難への嘆きが込められていた。
先ほどの事件で彼の服はびしょ濡れだった。湿った洞窟の中で濡れた服を乾かすには、入り口で直射日光を浴び続けるしかない。
「さすがに俺の裸を晒す訳にはいかないからな」
…実はすでに手遅れであることを彼は知らない。
「けど、この服誰が用意したんだろうな。元の世界でこんなの来てた覚えないし……ん?元の世界?」
そう、彼は知らない場所で目覚めたにもかかわらず、今の今まで全く感じなかったのだ。
ここはどこ。 という誰しもが抱くはずの疑問、そして不安を。
それは異常なまでの適応力だった。
あたかも、彼がすでに長年この世界で生きてきたかのような馴染みの早さだった。つい先日、彼が異世界から召喚されたのは紛れもない事実だというのに…
ケンタはしっかりと覚えている。
今まで得てきた知識も、培ってきた教養もしっかりと覚えているのだ。見てきたテレビ番組の有名人も遊んだゲームの内容も本当にどうでもいいことすら覚えている。
ただ、彼自身のこととなると急にそれは急に曖昧になった。
まるで記憶に蓋がしてあるかのように、彼と彼が経験してきたはずの出来事は、どれだけ考えても思い出すことはできなかった。
それは大切であったはずの記憶であればあるほど見えなくなる。
特に家族や友人など大切な人との記憶がぽっかりと空いた穴のように失われていた。
そして、、、
「それ以上に大切なものを忘れているような…」
ダメだ。記憶を辿っていくと、頭がそれ以上は許さないとばかりに激しく痛む。そして同時に、記憶の土が消えたことで知識の葉が枯れ、常識の枝が折れ、自我の木が崩壊していくような、不快な感覚が襲ってくる。
実を言うと彼は記憶喪失ではない。彼の防衛本能が思い出すことを拒んでいるのだ。
本人が耐えきれないであろう事実から彼を守るために、彼の意思とは無関係にそれは心の深くに封印されている。
孰れ事実を知ることになろうとも、それは少なくとも今ではなかった。
チラッ
視界の端に白い布が映った。それは少し前に見た布と同じものだった。つまりはあの少女のパンツだ。
チラチラッ
言わなくても察しているとは思うが、それはクマだった。幼女のパンツを頭にかぶったクマのぬいぐるみだった
チラチラ、ちらちらちらちら…!!
クマは視界に入るか入らないかギリギリのところで ゆらゆら とケンタを誘っていた。
「ふっ、そんな精神攻撃、紳士たる私には通用しませんよ」
キャラが変わってしまうほど、その精神攻撃はこの紳士には効果抜群のようだ。
変態は自然体を装いながらも少しずつ、本当に少しずつ首を回転させている。
…まごう事なき変態である。
「まてよ、あいつが今パンツを履いているってことは、あの少女は今頃…」
悲しいかな、男の煩悩はいとも容易く、さっきまでの肝要な思考をゲスな妄想で上書きしていくのだった。
時はすでに夕方となっていた。夕日に映える森は紅葉したかのように赤く染まっている。
「とりあえず、現状を整理してみよう」
平常心を取り戻した彼は今ある情報を元に考察を始めた
「まず、ここは現実世界ではない。あんな虹色の鳥や光る水晶の洞窟、ましてや動くクマのぬいぐるみなんて非科学的すぎる。」
確かにこの考えはなにもおかしくない、ただおかしいのは彼がそれをなんの動揺もなく考察し、受け入れていることだった。
「次に、ここがどこなのか。これは簡単だ、山奥の崖にできた洞窟。でも、どうやってできたのか?近くに気化しそうな鉱石がないことから鍾乳洞のようにできたとは考えにくい、水の浸食作用でできたにしては位置がおかしすぎる。でも人工的に作られたなら、むき出しの水晶が残っていることへの説明がつかない。」
おかしい、先ほどまでの愛すべき馬鹿は何処へ行ったのだろう。
真剣な彼の目が大きく見開かれ、顔も引き締まり、険しい表情がとても様になっていた。
「となると残るのは動物が作った可能性だが、こんな広い洞窟を必要とする動物なんているのか?そもそもこの透明な壁のせいで入ってこれ…ん?」
ひび割れだ。初日の壁、その衝突した部分に僅かながらヒビが入っているのを彼は発見した。
「あの衝撃でようやくこんだけかよ…。でも絶対壊れないわけじゃないのは証明されたな。」
時と共に高まる好奇心は彼を大胆にする。ケンタは立ち塞がる壁を前に男子高校生特有の対抗心に近いような挑戦心を持たずにはいられなかった。
元から頭より先に体を動かすような奴なのだ。
「ははっ!こんな壁でこの俺を止めれると思うなよ!壊れるまで叩いて叩いて叩き壊してやる!」
…愛すべき馬鹿が帰ってきた。
「だあぁぁぁ!うおリャーー」
ケンタはそれからずっと透明な壁を叩き続けた。
途中から蹴ったり頭突きをしたりもしたが、壁はほんの僅かだけそのヒビを広げて見せただけで、依然として彼の前に立ち塞がっている。無益な労働の果てにケンタはとうとう倒れこんでしまった。
「はぁ…はぁ…。ふっ、今日はこの辺で勘弁してやるぜ」
日はすでに落ちていた。月と星の弱々しい光が静かな森に降り注ぐ。数え切れんばかりの星々は無数の熟れた果実のように、大きく美しかった。
あぁ、この世界はどこまでまで彼を引きつければ気がすむのだろうか。いつ見ても、透明な壁越しに見る世界は彼の心を奪い去り虜にしてしまう。
『もどかしい。焦れったくて、歯がゆくて、落ち着かない。』
ケンタは己の無力さを呪った。こんな薄壁すら壊せない自分を恨んだ。そして秒刻みで高まっていた好奇心が臨界点に達した時、
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世界が暗転した。
『あれ?ここは?』
そこは完全な別世界だった。見渡す限りの暗黒だ。何も見えないのに、むしろ何も見えないが故に、その空間は無限の奥行きがあるように感じる。
何もない虚空を見つめていると少し離れたところにポッと白い光の像が現れた。よく見ると女性のようなシルエットだ。
『君は』
言葉をかけるとその女性はふとこちらを向きわずかに笑った、ような気がした。彼女から白い糸のようなものがこちらに伸びてきた。そしてそれは俺の体のヘソの位置に繋がった。
確認するとそれは糸ではなく白く光る細い鎖のようだ。俺はその鎖に、はたまたその女性に惹かれるように一歩を踏み出した。
その瞬間、大きく地が揺れた。白く光る少女を中心に地面から次々と太い鉄の鎖が生えていく。
色々な向きで飛び出してくる鎖は全て天の彼方へと伸びて行き、暗黒の世界は一瞬にして銀色の鎖の世界へと変貌した。
『何なんだよ、これ』
錆びた鉄の匂いの漂う中、とりあえず俺は鎖の森を散策することにした。無論進むのはさっきの少女がいた方だ。
行く手を阻む鎖はとても丈夫で並大抵の力ではビクとも動かない。触ると電気が流れるような痛みを感じる鎖もあった。
注意しながら散策を続けると、白く眩い光を放つ鎖を見つけた。それは最初に見た少女が放っていたのと同じ光のようだ。
自然と手が伸びていく。俺はその空間が放つ誘惑のオーラに魅入ってしまっていた。
本能が全力で警告のサイレンを鳴らす。理性までもがそれに同調する。しかし高ぶる好奇心は止まることを知らなかった。
そしてその鎖に触れてしまった時、異物が体内に入っていく不快な感覚に陥った。
『アァァーーー!!!』
魂にしみるような激痛が走った。火で炙った針が体を貫くような痛みだ。体内に鉄の鎖が刻まれていく痛みだった。
実際、鎖に触ったケンタの右腕の中に何かが蛇のように這っている跡が浮き上がっていた。
『はぁはぁはぁ…』
ケンタは倒れこみながら未だに微かな痛みを感じる自分の右腕を見た。
『…なんだよ…おい、クソっ、イテェ』
異物が侵入した痕跡は消えないまま彼の腕に刻まれている。痛む腕を下ろすと上空に白い蝶が飛んでいるのが見えた。
その蝶を目で追っているうちに意識が段々と朧になっていく。
そして僅かに瞬きをした後、
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世界は元に戻った。
「疲れてるのかなぁ」
ケンタは疲労で悪夢を見たのだと思った。なんとも不思議な幻だった。
ケンタは腕の跡が消えていることを確認して、膝に手を当て立ち上がろうとすると。
「痛ェ」
しかし、夢の中での痛みは消えてなどいなかった。ただ彼が痛みを感じたのは腕ではなく頭、より具体的に言うなら髄だ。
「寝てるときにぶつけたのか」
そして後頭部をさすりながら壁を掴んで立ち上がった時、夜の森を背にどこからともなく彼女は表れた。
一言で言うなら、彼女はエロかった。
そのボディラインからは慎ましやかな色香が滲み出ており、気を抜けばそのぞっとするほどの艶かしさに見惚れてしまう。
その流れるような金髪を右手で整える彼女の仕草はとても魅力的でケンタの心を強く引きつけた。
彼女の放つ母親のようなオーラには万物に対する優しさがあった。無条件に信頼してしまうような、溢れんばかりの愛情を醸し出していた。
そして同時に、母親が持っている子供へ言えない秘密のようなものを、そのエメラルドグリーンの瞳の奥に隠しているようにも見えた。
その尖った耳は彼女がただの人間ではないことを示していたが、ケンタにとってそれはさほど重要ではない。
彼の第一印象は、
「やべぇ。超タイプじゃん」
そう、お姉さん好きの彼にとって、彼女は理想的な女性だったのだ。
しかしケンタは彼女に恋心や好意のような感情を抱くことはなかった。それは10歳ちょっとの中学生が30歳近くのモデルに抱くような感情だった。
ケンタは彼女の姿だけを目で追っていたため、危うく気にせずスルーしまうところだった、彼女が自然に結界を通って入ってくるのを。
しかし彼は見逃してしまった、その透明な壁の小さな亀裂をみた彼女が微かに笑ったことを。
「えっ…なんで…通れるの」
疑問を浮かべるケンタを見つけた彼女は、ゆっくりと彼に歩み寄り、その顔を優しく抱きしめた。
「む、ふごっ!」
そして二つの巨大な果実を押し付けられたケンタは異世界二度目となる幸運を堪能した。そして、
カチャリ
「あれ?」
嫌な音がした。拘束具が填まる音だ。具体的にはケンタの首に金属の首輪が掛けられた音だった。
ケンタは自分の首元を触り、その硬い拘束具が本物だと確かめた。
「えっ、ちょ、お姉さま?別に俺はSMプレイに興味があるわけでは…」
首輪から出ている紐をもつ彼女の満足そうな笑顔はとても魅力的で、彼女に陶酔してしまったケンタは、恍惚とした表情で、
「まぁ、いいや」
新たな扉を開こうとしていた。
超どうでもいい一言
登場人物が少ないとネタが書きづらいw




