レポート 004 「もう、お嫁にいけないよ」
「あ〜っ、あ〜っ、ちょっ、まっ、あぁ/// 」
洞窟の入り口には官能的なエルフと、首輪をつけて喘いでいる男がいた。
「 そこは!そこは駄目だっテェーー 」
叫ぶ彼の喉を首輪が程よく締め付ける。喉仏を支配されているケンタのセリフは変な音に変換されていた。
「 もう、お嫁にいけないよ…」
…元から嫁にはいけないよ?
「 ちょ、あっ、さすがにくすぐったい…」
彼は美女に犯されていた、首輪から伸びる紐を耳にあてられ、そのゲル状になっている先端部がケンタの耳の中を侵入していく。
グロテスクに聞こえるかもしれないが、要するに美女に耳掃除をされているような気持ち良さを感じていた。
そして、
カチッ
固まった。耳の中でどろどろだった液体が固まったのだ。しかし音が聞こえなくなったわけではなく、
「#&…_¥%*$々×@<°#&@€/\〆」
「あの…変な声あげないでもらえるかしら」
音がダブって聞こえるようになった。
先端部が詰まった耳からは流暢な日本語が聞こえる
「あっ…はい。」
ケンタは気持ち悪い声を出してた事に遅まきながら自覚した。そして黙ってもう片方の耳も彼女に預けたのだった。
「これで話ができるね 」
それはとても優美な声音だった。聞く人を落ち着かせるような穏やかな声だった。
「 あっ…はい。その、ありがとうございます。」
「ふふっ。そんなに畏まらなくてもいいよ」
「あ、あぁ」
別に考えて敬語を使ってはなかったけど、記憶のない俺にとっては初めての会話なのだ。
少しくらいギクシャクしてしまうのは許してほしい。なんせ自分の口調すら忘れてしまってるのだから。
「よし、それならアリスちゃんたちのところに行こっか。君も色々聞きたいことあるんでしょ?」
「あっ…はい」
さっきから自分が日本語を話せている気がしない。
日本語を話そうとすると程よく喉が抑えられて別の言語へと勝手に変換されるみたいだった。
首輪のなすがままに、ただ口を開けてその音を紡いでいるだけのように感じる。
不可解な疑問を抱きながらもとりあえずは彼女の後を追うことにした。
「 カンナおねぇちゃ〜ん! 」
「アリスちゃん元気〜?」
「うん!」
「アリスちゃんはいつ見ても可愛いね!」
…相変わらず即捕まりそうなセリフである。
「えへへ」
無邪気な声が洞窟に響く。ケンタが顔をあげると今朝水遊びをしていた少女が微笑んでいた。
そして少女と目があった。するとすぐさま少女はエルフの影に隠れてしまう。
少女はエルフの脚の間からチラチラとこちらを覗いてくる。…かわいい。
紳士はゆっくりと腰をおろすと、笑みを浮かべて少女に話しかけた。
「こんにちは。お名前は?」
…お巡りさん、こいつです。
「あ…りす」
「アリスちゃんか、俺はケンタ、よろしくね 」
…お巡りさん!こいつです!!
ケンタは手を差し出した。無論、握手のためだ。
その手を見てアリスはエルフの影からゆっくりと出てきて、恐る恐るケンタに近づいた。
挙動不審なアリスはモジモジと自分のワンピースの袖をくるくると弄りながら下を向いていたが、やがてなにやら覚悟を決めたような表情でその小さな唇を軽く噛みながらケンタ顔を見上げて言った。
「あ、あの、アリスと、お、、、おともだちに、なってくだしゃい!」
懇願するかのように叫び、不器用な笑みを浮かべながら、アリスは彼の手を握った。咄嗟に掴んだせいか、ケンタの小指しか握れていない。
ケンタは突然の事に驚きながらも優しい笑みを浮かべて言った。
「えっ?うん、もちろん」
するとアリスの顔が満開の桜のようにパァと鮮やかに彩られた。キラリと光る朝露が桃色の頬を滴っていく。
彼は知らない。彼女にとって、その当たり前のような、寧ろある種 不自然なやりとりがどれほどの意味を持つのかを。
彼は知らない。満面の笑みを浮かべながら流れ落ちる、少女の涙の理由を。
「どうしたの?ごめん、何か変なこと言っちゃったかな?」
「ううん、なんでもない。なんでもないの。」
ゆっくりとワンピースの袖で顔を拭うアリスの笑顔はとても純粋で尊いもののように思えた。
「えへへ」
ケンタの手を離し、満足そうに笑みを浮かべるアリスがほんの少しだけ成長したように見えたのは、きっと気のせいではないのだろう。
そしてもう片方の手に握られていたクマが二人に「よくやった」と言ってるように見えたのも…おそらく気のせいではないのだろう。
「 さてと、私も自己紹介しないとね。私の名前はカンナ。見たとおり、エルフだよ。よろしくね、ケンタくん 」
「 あっ、はい、その、よろしくお願いします。」
…この紳士が言うと変な意味に聞こえてしまうのは何故だろうか。
「 さてと。何から話そうか。」
「とりあえず、入り口の壁について教えてください。なんでカンナさんだけ通れたんですか?」
もっと優先して聞くことがあるはずなのに、彼はその疑問をはじめに問いかけた。
「もう!だからケンタ君は堅いんだよ〜。カ ン ナ、カンナって呼んで。あっ、それともアリスちゃんみたいにお姉ちゃんって呼んでみる?」
ココア…じゃなかった、カンナはとてもフレンドリーに話しかけてくる。無論、後半は冗談のつもりだったのだが、
「なら、カンナおねぇさまで!」
何かに目覚めてしまった黒子…じゃなかった、ケンタには通じなかったようだ。そんな彼にカンナは冷ややかな目で告げる。
「 ごめんなさい、やっぱりお姉ちゃんはやめて 」
「 …はい。」
この日彼の心は傷を負い、時折唐突にリフレインするこの記憶に悶え苦しむのは、今はどうでもいい話だろう。
「で、なんだったっけ。あっ、そうそうあの壁は私の設置型防御魔法よ。洞窟の水晶を源に維持してるの。私の魔法だから私には効果がなかったんだよ。」
「なるほど、魔法があるってことはここはもう異世界確定だな…。それなら、俺がここに呼び出されたのも、こうやって君と会話できるのも魔法のおかげなのか?」
段々とタメのように話をしている自分に驚きながらケンタは言った。何故かカンナに旧友のような親近感を感じてしまうのだ。
「そうだよ、君は飲み込みが早いね!君が会話できるのはその首につけている魔道具のおかげ。そして、君がここにきたのはアリスちゃんと私の召喚術のせいなの。」
「なるほど、異世界の魔法か。これは習得しなくては!」
「それとこれは初めに謝らないといけないことだったんだけど…勝手に喚んじゃってごめんね。やっぱり怒ってるよね?」
ケンタは彼女に抱いている感情を整理してみた。そんなことをしている時点で答えは決まっていたのだが。
「いや、おかしな話なんだけどさ、前の世界への愛着が薄いんだ。向こうでの出来事とかがどうも思い出せなくて…」
「そっか、それは召喚の反動かもしれないね」
「そうかもな、だからそこまで怒る気にはならないんだ。ただ俺の意思とは無関係に勝手に連れ去られたことに関しては物申したい気分ではあるけどね!…そもそも、カンナたちはなんで俺を喚んだんだ?」
カンナは少し言葉に詰まった。気まずい沈黙が流れる。
「それはアリスが!アリスがおともだち、ほしかったから!」
アリスは咄嗟にカンナを庇うように叫んだ。
今の彼女の必死な表情と、さっきまでの笑い泣きを見たケンタは、すべて許してしまえるような、そんな穏やかな気持ちになっていた。
無論、記憶がない故の気軽さだったのだろうが。
「そっか、大丈夫だよアリスちゃん、俺はカンナを怒ったりしないから。」
「うん」
アリスはほんの少し不満げなトーンで返事をした。紳士たる彼は敏感にその変化を察知する。
「 ん?どうしたんだ? 」
「……ありす…。ありすもアリスって呼んで!」
お姉ちゃんのカンナはまだしも、お友達のケンタから「ちゃん」付けで呼ばれるのは不服だったのだろう。
ケンタは抵抗を感じながらも、アリスの純粋な目を見て断ることはできなかった。
とことん幼女に甘い紳士である。
「わかったよ、アリス」
そう答えたものの、ケンタにとってアリスは心の中ではまだ「アリスちゃん」なのだった。
満足げな表情を浮かべたアリスは少し気だるげに瞼を閉じたかと思うと、唐突に大きな欠伸をした。
彼女の眠たそうな顔が、抱き抱えるクマに段々と預けられていく。
瞬く水晶の光が部屋を明るく照らしていた、まだ夜は長いぞと言わんばかりに。静まり返る大自然の中、ようやく物語の歯車が回り出す。そんな音がした。
超どうでもいい一言
ようやく役者が出揃いました!




