改善
まずセシリアはサーシャの食事をしっかりと改善していくことにした。
一日三食を変えるのは難しいので、まずはお昼から。
こういうのは徐々にでも一歩ずつ前に進むのが大切だからだ。
「今日は肉野菜炒めですね」
「うーん、この野菜炒め、使ってるのが豚肉なのよね……」
サーシャが持参した黒パンと卵と一緒に肉野菜炒めを食べているのを見ながら、セシリアはぽつりと呟いた。
「え、豚肉だとダメなんですか?」
「ダメではないんだけど、若干脂質が多くなっちゃうのよね」
ゆで卵に軽く塩を振って食べながら、セシリアは持ってきている蒸し鶏を食べる。
脂質というのは適切な量を摂る分にはエネルギーになるのだが、取り過ぎると肌荒れなどの原因にもなってしまう。
豚肉は鶏肉と比べると脂質が多めなので、摂取量には気を付ける必要があるのだ。
「鶏肉のメニューもあるし……うん、ちょっと聞いてみるわ」
「え、あ、ちょっとセシリア様!?」
セシリアは学食で働いている従業員の下へ行き、話をしてみることにした。
食堂は開放されているが、基本的にここで料理を頼む人はあまりいない。
貴族には、偏食な人が多い。
自分の好みの味付けというものがあるため、基本的にはお抱えの料理人に作ってもらった料理を食べることが多いのである。
「失礼、ちょっと尋ねてもいいかしら?」
「は、はい、なんでございましょうか!?」
慣れていない敬語を使う従業員に笑いながら、セシリアはスッと肉野菜炒めのメニューを指さした。
「この食堂にある豚肉料理なのだけど……鶏肉に変更することは可能かしら?」
「へ……?」
そんなことを言われると思っていなかったのか、恰幅のいい男がきょとんとした顔をする。
「豚肉はカロリーが高い……太りやすいじゃない? だから食べるのに躊躇してしまうことが多くて」
「……なるほど。貴族様からするとそういう風に見えるわけですか」
真面目なプロの顔をする男に、セシリアはこくりと頷く。
一般的な王国の食事では、いかにハイカロリーの料理を食べて一日元気を保たせるかということが重要視される。
だが基本飽食である貴族達の考え方は違う。
彼らは好きなものを好きなように食べる。
結果として生徒達と彼らへ食事を提供する側の食堂の間でミスマッチが起きてしまっているのだ。
「鶏肉自体は用意してありますし、言っていただけりゃあ変更は可能ですよ」
「食材だけじゃなくて、味付けも薄め・普通・濃いめの三つに分ければ一気に利用しやすくなると思うわ。ここの学食の料理はきちんと美味しいんだから、もっとお客さんごとにカスタマイズをすれば利用量も増えるんじゃないかしら」
「へへっ、嬉しいことを言って下さりますね」
セシリアもメニューのカロリーなどを考えて適宜利用しているが、ここの学食の料理は非常に美味しい。
味付けがややキツめでなければ、もっと利用頻度を上げたいと思えるほどに。
やはり人間、冷えたお弁当より温かいご飯が食べたくなることも多い。
「もっと胸を張っていいわ。あなた達の料理は、決して貴族向けのレストランにも劣るものではないもの」
「……ありがとう、ございやす。そしたらさっそく鶏野菜炒め、食べていきますかい?」
「今日の分のお弁当はあるから、明日お願いしようかしら」
「了解しやした、楽しみに待ってまさぁ!」
やりとりを終えて元の席に戻ると、サーシャは食べる手を止めてジッとこちらを見つめていた。
「明日から鶏肉でも頼めるようになったわ。味付けも選べるようになるみたいだし、私も学食を使わせてもらおうかしら」
「す……すごいです、こんな一瞬で学食のメニューを変えちゃうだなんて!」
「そんな大したことはしてないわ、向こうもプロで話が通じる人だったから早く済んだだけよ」
蒸したレタスを食べながら、少し恥ずかしくなったセシリアが視線を逸らす。
そんな彼女のことを、サーシャはジッと見つめていた。
「セシリア様は、どうしてここまでしてくださるんですか?」
「それは……」
どうしてかしら、と自問する。
脳裏に浮かぶのは、先日サーシャが食べていたあの白パンとスープだった。
「私が以前は病弱だったって話は、アルフォンス様から聞いてるわよね?」
「はい、今のお元気な姿からすると想像できないですが……」
「当時はそれはそれはひどくてね。上体を起こすだけで息が切れてしまうような有様だったの」
「……信じられません」
セシリアはそのまま自分の昔のことを、思い起こしながらポツポツと話し出した。
多分、セシリアはあの時の自分とサーシャのことを重ねてしまったのだろう。
食事を変えるだけでも、人は驚くほどに元気になることができる。
無理なダイエットや節約のせいで身体を壊していては、手段と目的が逆転してしまっている。
「すごいです……私も、セシリア様のようになれるでしょうか?」
「もちろん、だってあなたは……」
この世界の主人公なんだもの。
そんな言葉を引っ込めて、曖昧に笑う。
サーシャは不思議そうな顔をしながらも、手にした黒パンを噛み千切って答える。
「セシリア様、もしよければ……私の専属トレーナーになってくれませんか?」
「私が?」
「はい、私は他の子達みたいにお金は払えませんけど……いつか偉くなって、出世払いで返します!」
「ええ、いいわよ」
「もちろん無理なお願いだとは……ええええええっっ!? いいんですか!?」
「ふふっ、自分で言ったんじゃない。あなたが出世するのを、楽しみに待たせてもらうわ」
こうしてセシリアはサーシャの専属トレーナーになることにした。
トレーナーとしてやるからには、昼食だけなどという甘えたことは言わない。
きっちりと食事の管理も行い、彼女を立派な健康体へ成長させてみせる。
鼻息荒く拳を握るサーシャを見て、セシリアは予想外の展開の連続に自分でも驚いていた。 けれど、今を悪くないと思っている自分もいる。
「まずは運動から始めましょうか。ご飯を食べたら軽く散歩でもしましょう」
「はいっ、よろしくお願いします、コーチ!」
こうしてセシリアはサーシャの健康を改善すべく、二人三脚で動き出すのであった――。
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