対面
クラス分けは原作通りで、セシリアとサーシャ、そしてアルフォンスを含めた『ひとドル』のヒーロー達は皆同じ一年一組のクラスになった。
見覚えのあるクラスメイト達を見ると原作ファンとして感慨深い気持ちにならずにはいられなかったが、まずはサーシャの健康改善からだ。
なので昼休みに、二人で一緒に、食堂で食事を摂ることにした。
セシリアのお昼をきっちり持参しているが、どうやらサーシャは何も持ってきていないようだった。
「食堂で食べるつもりなの?」
「はい、うちは両親が共働きで、あんまり迷惑かけられないので……」
そういえばたしかサーシャの実家は、八百屋さんだったわよね……とセシリアは原作知識を思い出す。
「自炊も考えたんですけど、入学準備期間にも何回か利用させてもらったんですけど、食堂で食べた方が安いんですよね。食堂の商品は結構コスパが良くて」
「たしかに、余所で食べるよりは安いわよね」
「え、セシリア様も値段とか見るんですか?」
「……あなたには公爵令嬢のことを、もっとしっかりと知ってもらう必要がありそうね?」
食堂は基本的に生徒達には解放されており、入学前や学校が休みの期間中にも開かれている。
無論健康フリークであるセシリアは、一度来てしっかりとメニューの調査も終えていた。
「……あなたは何を食べるの?」
「それはもちろん……ちょっと待ってて下さいね」
サーシャはそう言うと、注文をしてあっという間に料理を持ってきた。
トレイの上に乗っているのは白パンと……湯気を立てているスープ。
そこにあるのは、この学食で一番安いパンとスープのセットだった。
「いやぁ、まさか白パンがこんなにお安い値段で食べられるなんて感動ものです。魔法学院に入れて良かったなぁ」
しみじみとした顔をしながらそのまま流れるように食事に入ろうとするサーシャのことを一旦ステイさせる。
「……まさか、これで全部?」
「はい、あんまり食べ過ぎると眠くなっちゃいますし、ここ数日はお昼はこんな感じで……安いしダイエットにもなって一石二鳥というか」
「……」
セシリアは天を仰いだ。
こんな生活をしていれば、体調が悪くなるのも当然だ。
スープも味付けはしてあるものの具はほとんどないので、これはもはや炭水化物オンリーである。
目の前の食事に妙に既視感があると思い、よくよく考えてみれば……今サーシャが食べようとしているのは、以前自分が記憶を取り戻す前にしていた食事とまったく同じだった。
こんな食生活をしていては体力を付けることはできない。
かつての自分と同じような犠牲者を二度と出さないためにも、セシリアはふんすと張り切ることにした。
「サーシャ、これからパンスープセットは禁止ね」
「ええっ!? これが一番安くてお腹がたまるんですよ!?」
「しっかりと栄養バランスの取れた食事を摂らなくちゃ。じゃなきゃこれからの学院生活やっていけないわよ」
当然ながらこの世界にはビタミンやタンパク質などの概念はない。
そのため野菜をしっかりと食べるという考え方すら根付いていない。
だが既にセシリアの実績を知っているからか、サーシャは彼女の説明をすんなりと聞き入れてくれた。
「なるほど、お肉と野菜と主食をバランス良く食べなくちゃいけないと」
「お肉は身体を作って、野菜は身体を整えて、主食は身体のエネルギーの源になるの。どれが欠けてもダメなのよ」
「ふむふむ……」
サーシャは基本的に素直で明るく、誰に対しても自分を変えない子だ。
彼女はセシリアの説明をしっかりと受け入れ、自分なりに消化しようとしていた。
「ということでまずは、お昼ご飯の改善からね。メニューの中でも問題なく食べることができるものは見繕ってあるわ」
そう言ってセシリアは指折り数えながら、この食堂で食べられるメニューを一つ一つ出していった。
野菜と白身魚を一緒に取れるアクアパッツァや、卵料理、野菜と鶏肉の煮込み料理など、量をきっちり指定すれば食べられるものは少なくない。
「ひとまずこの辺りを食べて、あとパンは学食の白パンじゃなくておうちから黒パンを持ってきた方がいいわ」
ライ麦なども使い、ふすまが残っている黒パンの方がお腹が減りづらくなると聞き、サーシャが目を見開いた。
「そんなの知らなかったです……」
「知ったからには今日から実践してちょうだい。別にサーシャは全然太ってないんだから、現状維持できるような献立を作る分にはきちんと三食食べられるから」
「うぅ、でもそうなるとちょっと値段が高くなりますね……セシリアさんが言っている身体の元となる栄養を満たすことができないかも……」
「そういうことなら、私が実家から持ってくるゆで卵を一緒に食べればいいわ」
「そっ、そんな、悪いですよ!」
「うちって鶏農家と直接契約してるから、鶏卵余り気味なの。むしろ食べてくれた方がフードロスも減って助かるわ」
公爵家には、使い切れない量の食材が搬入される。
使用人達の食事として使っても余ってしまうことも多いため、実際卵の持ち出しが増える程度ではまったく負担にはならない。
「もしあれなら弁当を用意してあげてもいいけど……」
「さ、さすがにそこまでおんぶにだっこなわけにはいきません!」
「何々、なんだか楽しそうな話をしているね?」
「アルフォンス様、ごきげんよう」
「ア、アルフォンス殿下!?」
いつからか話を聞いていたらしいアルフォンスが、二人の前の椅子に座る。
彼は興味深そうな目でセシリアのことを見つめてから、その隣にいるサーシャの方を向いた。
ちなみに彼の手元にあるのは、持参してきているマイ弁当だった。
セシリアの薫陶が行き渡っているアルフォンスは、栄養バランスをしっかりと整えた食事を心がけてくれている。
(サーシャとアルフォンス様が向かい合っているわ……)
ヒロインとヒーローの対面。
それが一体どのような意味を持つのかと、セシリアは思わずごくりと唾を飲み込んだ。
アルフォンスはサーシャの方を軽く見て、そしてサーシャはアルフォンス……ではなく、その手元のお弁当に視線を向けていた。
「アルフォンス殿下、もしかしてそのお弁当って……」
「うん、栄養バランスを気にして作ってもらうようにしてるんだ。僕は男性だから、セシリアよりご飯が少し多めになってるんだよ」
「殿下もセシリア様の食事指導を……」
この国の次期国王が受けていたものを、まさか自分も受けることができるなんて。
サーシャの顔に驚きと喜びの表情が浮かび、それをアルフォンスはにこにこと見つめている。
「セシリアが何をするつもりなのか気になってたんだけど……まさかクラスメイトまで健康にしようとしているとはね。君からすれば国王もクラスメイトも変わらないってことなのかな?」
「いえいえそんなことは。ただ私は食事のせいできちんと力を発揮できない人を見ていられないだけですわ」
「ふふっ、本当に君は変わらないね。サーシャ、実は彼女は小さな頃から今と何も変わらずにね……」
アルフォンスは目を細めながら、セシリアの幼少期の頃のエピソードを語り始める。
サーシャもそれを目を輝かせながら聞いており、話しているアルフォンスの方も楽しそうだった。
たしかに二人の会話は弾んではいる。
(でもなんか……思ってたのと違うわね……)
『瞳の中のドルチェ』では見つめ合いながら、互いにその容姿に見とれていたはずなのだが……二人は気さくな感じで、セシリアの話で盛り上がっている。
「すごいです、セシリア様!」
アルフォンスと話をした結果、なぜかサーシャは先ほどまでよりキラキラとした目でセシリアのことを見るようになってしまった。
(な……なんでこうなるのっ!?)
セシリアは頭を抱えながら、自分が原作ブレイクをしてしまったことに慄くのであった……。
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