まさかの
以前より更に頻度が上がり、アルフォンスは暇な時間を見つけては屋敷にやってくるようになった。
セシリアとしては断罪フラグが着実に成立しつつあるのをひしひしと感じ、嬉しいけれど非常に複雑な気分である。
「セシリアに言われた通りにやってみたら、むしろ以前より効率が上がったよ。君は魔法使いか何かなのかい?」
「まさか、私がお教えしたのはただの健康管理です。健康的な身体があれば、本来の力も発揮できるようになるのですよ」
アルフォンスは以前のようにお菓子を食べることはなくなり、セシリアのアドバイス通りに三食野菜多め魚多めのご飯を取るようになっていた。
おかげで顎下のふっくらとした肉も見事に落ちており、以前と比べて明らかに健康的な見た目になっていた。
ちなみにセシリアも負けていない。
今ではランニングだって普通にできるし、前世でやっていた各種自重トレーニングもしっかりとメニューに組み込んでやっている。
「それに私はあくまでもお教えしただけ。それをしっかりと聞き入れて実践し、続けているアルフォンス様のお力ですよ」
「はは、ありがとう。最近言われたように運動もするようになったからか、前より体力がついたような気もするよ」
以前より元気になったアルフォンスは、ひょっとすると『ひとドル』の時の彼よりイケメンになってしまうかもしれない。
サーシャが選ぶのはアルフォンスになるかもしれないわね……などと思い庭を歩いていると、彼女はアルフォンスが連れているメイドのある異変に気付く。
「ねぇあなた、ひょっとして無理なダイエットをしてないかしら?」
「わ、私ですか!? 確かにダイエットはしておりますが……」
見ればそのメイドは、明らかにふらふらと生気がなかった。
王太子つきのメイドは美人揃いだが、元気がないせいで美しさが損なわれてしまっている。
身長が高い分筋肉がつけば美しく見えるだろうに、非常にもったいない。
「もしよければ、私が言った通りの食事内容に変えてみない?」
「は、ですが……」
「フェンリ、セシリアの言うことを聞いてみたらどうかな? 痩せている女の子を好きな男性は多いけど、そのせいで健康を損なったら本末転倒だと思うし」
ということでセシリアはメイドのフェンリの食事指導を行っていくことにした。
前世で健康ガチ勢だった彼女からすれば、身長と体重と年齢があれば基礎代謝を割り出すことなど朝飯前である。
「あなたの場合はまず朝飯は白パンではなくライ麦パンを食べてちょうだい。こっちの方が低GI……簡単に言うと食べてからお腹が減りづらくなるの」
「美味しいと思ってた白パンにそんな罠が……?」
「へぇ、野菜だけじゃなくパンにもいろいろと違いがあるんだね」
朝食と昼食と夕食を、パンと肉、お野菜のグラム数まで指定して決めていく。
アルフォンスの食事指導にあたって開発したグラム単位の重りを使えば重さを計るのも問題ない。
そして三ヶ月後……彼女は見違えるほどに健康的な身体を手に入れていた。
「セシリア様……本当にありがとうございます!」
「いえ、頑張ったのはフェンリの力よ。私はただそのお手伝いをしてあげただけだもの」
途中からは食事だけではなく運動内容の指示も出したが、フェンリはそれら全てをしっかりと守ってくれた。
おかげで、今の彼女は無理することなくしっかりと筋肉質な美ボディを手に入れることに成功していた。
「まさか一日三食しっかりご飯を食べて痩せられるだなんて、思ってもいませんでした!」
「アンダーカロリーを心がけていれば、無理なく痩せることは可能なのよ。無理に体重を落とそうとすると筋肉まで一緒に落ちちゃうから、結局リバウンドすることになっちゃうしね」
とにかくご飯を食べる量を減らして体重を落とすというやり方をする人は多いが、それだと筋肉量が減ってしまうので食事を戻すとすぐにリバウンドしてしまう。
そうならないようにはしっかりと有酸素と筋トレをする必要がある。
筋肉量を維持したまま、月に1.5~2キログラム。
これが健康的に痩せられる上限なのだ。
「あの、すみません、心ばかりのお礼です。公爵令嬢のセシリア様からすればはした金ばかりだとは思うですが……」
そう言ってフェンリが出した巾着袋を開いてみれば、そこには少なくない枚数の金貨が入れられていた。
「えっ、いいのよ、私が好きでやったことなんだから!」
「いえ、これほど素晴らしい物を教えてもらって対価なしというのは私の方が耐えられません。どうかもらっていただけますと……」
自分がやったことの対価としてお金をもらえる。
前世では当たり前だったが、今世では初めての経験だった。
買い物で使ったことは何度もあるが、手の上に乗る金貨は、今までで一番ずっしりと重たかった。
(あれ、よく考えてみたらこれって……手に職ってことに、なるんじゃないかしら?)
家が没落しても大丈夫なように手に職を付ける。
この第三の目的に関しては先送りになっていたが……ひょっとするとこれでいけるかもしれない。
この世界にはカロリーなどの概念がなく、そもそもこの教え方で健康的に人を痩せさせることができるのは自分だけだ。
「ねぇフェンリ、もし私が他のメイドの子達にも指導をするって言ったら、何人かは手を上げてくれると思う?」
「大人気だと思います! 一体どうやったらヒップを維持したまま綺麗に痩せられるのかって、ものすごい剣幕で尋ねられましたから!」
試しに聞いてみたら、どうやら既にフェンリが健康的に痩せたという話は王宮のメイドで話題になっているようだ。
そういうことなら……いっそのことまだ余裕がある今のうちに試してみるべきかもしれない。
「アルフォンス様、もしよければメイド達の健康管理をしてみてもいいかしら?」
「うん、構わないよ。働いてくれてる彼女達が元気な方が、王宮の人達も嬉しいだろうし」
ということでセシリアは将来の布石として、王宮のメイド達のパーソナルトレーニングを始めてみることにした。
その結果は……
「まさかこんなに大盛況になるだなんて……」
驚くことに彼女が募集をかけると同時に、定員である五名がすぐに埋まってしまった。
しかもそのうちの一人はメイドではなく、王宮で働いている官吏の女性だった。
女性の美への欲求は世界を超えるのね、と思いながら食事と運動の指導をしていくこと三ヶ月ほど……彼女達が言われたことをきちんと守ってくれたおかげで、無事五人全員が5キロの減量に成功した。
そしてひとまず彼女達の指導を終えようかと思ったタイミングで、思ってもみなかった声がかかる。
アルフォンスからやってきたのは、想像もしていなかった提案だった。
「どうやら父上がセシリアのやってることに興味を持ったみたいなんだ……もしよければ一緒に話を聞きに行ってみない?」
(まさかこんなに早いタイミングで、国王陛下と会うなんて……)
ガクブルしながら、セシリアは緊張の面持ちで謁見の間へと入る。
そこにはどこかアルフォンスの面影のある、四十代半ばほどの男性の姿があった。
彼はヴォイド三世……アルフォンスの父でありソシエール王国の国王である、この国のトップオブトップだ。
「今日は国王ではなくアルフォンスの父として話を聞かせもらおうと思っただけだ。どうか楽にしてくれ」
「はい、かしこまりました」
「アルフォンスからはいろいろと話を聞かせてもらっている。ここ最近のこやつといったらセシリア嬢の話ばかりでな」
「ちょっと父上、やめてくださいよ!」
ヴォイド三世とアルフォンスの仲睦まじい様子を見ても、セシリアの心中は穏やかではなかった。
『瞳の中のドルチェ』においてアイゼンフィールド家の没落を決定づけたのは、まず間違いなく目の前の人物だからだ。
断罪される不安に押し潰されそうになったセシリアは、意識を切り替えることにした。
今日の自分は、彼から無料相談を受けに来たのだ。
将来手に職を付けるにあたって、王様お墨付きを得られる意味はあまりにも大きい。
仕事として割り切れば、自分が処されるかもという緊張はすぐに消えた。
「陛下はなんでも私のパーソナルトレーニングにご興味がおありとか?」
「ん、ああ。以前からアルフォンスがいろいろと教えてもらっているということは聞いていたんだが……なんでも無理なく痩せることができるとか?」
「そうですね、陛下であれば……二年もあれば、標準的な体重程度には戻せるかと思われます」
セシリアは服越しにヴォイドの身体を確認した。
身長は180センチはあり高めだが、体重の方もかなりありそうだ。
この恰幅の良さから考えれば、90キロは超えているはず。
BMI的には、間違いなく肥満体型に両足を突っ込んでいるだろう。
「陛下、運動はされていますか?」
「どの程度ご飯は食べられていますか?」
「間食は?」
「一週間の平均の飲酒量をお教え下さい」
セシリアは気になったことを全て聞き出し……わなわなとその身体を震わせた。
運動もせず、豪勢な豚肉だらけの食事をし、野菜もあまり食べずに食後は果物とお酒を楽しむ……。
「そんな生活をしていて、痩せるはずがありません! 早死にしますよ、陛下!」
「は、早死に!?」
まさかそんなことになるとは思っていなかったらしく、ヴォイド三世が真面目に話を聞き始めた。
アルフォンスもそうだったが、この国の人間は健康意識が低すぎる。
ぜひとも受けたいということなので、早速パーソナルを開始する。
この国を守るためにもしっかりと健康管理をしなければとセシリアは改めて覚悟を決めた。
「まずは運動ですね。王宮の中から出ることができないので、陛下が外でランニングをするのは不可能でしょう。なので腹筋やスクワット、ランジなどをして基礎代謝を上げていくしかありません。王宮でできるトレーニングをお教えしますので、これを毎日やってください」
「毎日か……」
「筋肉をつけず贅肉ばかりつけては生活習慣病になってしまいます。病気になるよりも早く健康的に解決していきましょう」
続いては食事だ。
国王は公務でパーティーなどで各地で会食をする頻度も高いので、その分だけしっかりと前後の食事で調整をする必要がある。
そうなると普通にパンを食べているだけでオーバーカロリーになってしまう。
そのため普段の食事は炭水化物を同量のジャガイモあたりに置き換え、とにかく野菜でお腹を溜めるスタイルがいいだろう。
「普段のお酒は一日一杯までです!」
「そ、そんな殺生な!?」
一番の問題は間違いなく毎日しているという深酒だ。
とりあえずこれからの二年間は、お酒は一日ワイン一杯まで。
一通りの指導を終え、近くにいた侍従長に決めた食事メニューを守ってくれるようにお願いする。
侍従長が「お酒は一杯以上は絶対に飲ませません」と頷く様子を見て真っ白になっている父を見て、アルフォンスがハハッと笑う。
「セシリアにかかったら、お父様でも形無しだね」
「アルフォンス、なんとか二杯にしてくれるように頼んでくれないか?」
「諦めて下さいお父様」
アルフォンスの言葉に、ヴォイドはがっくりと首を落とすのであった――。




