日本人、捕まる
そこは空だった。
敵に掴まれ、魔法陣の中に連れていかれそうになったまさにその時、何者かの介入により、天高く打ち上げられたのだ。地平線がよく見える。
思えば、ここまで色々あった。最初に空に投げられてから、ゴルディやレオハの優しさに触れ、“天の一撃”に支えられ、ローザに驚かされて。怖い思いをたくさんし、今、生命の危機でもあってなお、冒険に出ることを楽しみにしている自分がいる。
身体はぎこちなく動き、私を受け止めようとするが満身創痍。他のみんなも同様だ。前と違って計算された投げでもない。森に落ち、運良く助かったとしても、モンスターのエサ……。
そんな恐怖、生命がかかった恐怖。それが楽しみと併存しているのだ。かつての自分では想像もできない不思議な感覚。
きっと一人では得られなかったであろう。それは今日の戦いを仲間と協力して乗り越えられたからこそ芽生えた達成感。
ゴルディが無茶して、レオハが奮い立って、ローザが隙を埋めてくれた。みんな、私が言わなくても、みんなのために動いていた。前の私だったら、押し付けた役割で潰していたかもしれない。——あの子もちゃんと見てあげていたなら。あんなことにならずプロジェクトも……。
さながら走馬灯のように思考を巡らせていると、鳥の鳴き声で気がつく。鳥はこちらに向かってきて、そして、私を鷲掴み。
「痛っ!」
反射的に声が出たものの、実際はそんなに痛くない。爪が隠れており、私にケガをさせないようにしている。つまり、エサ以外の、何かしらの意図があるのだ。現に、行き先が森のど真ん中から焼けこげた小屋に進路を移っている。また誰かに助けられたのだ。
私は今、とても恵まれている。
これから先、同じように進むとは限らない。こんな化け物、受け入れられないかもしれない。それでも今日を生き抜き、みんなが無事なら、それでいいのだ。空の色が変わり、茜が差す。一粒の涙が、鮮やかな夕陽を反射しながらこぼれ落ちた。
「無事で良かった……」
鳥は私をメイドさんに預け、レオハの肩に止まり、ふわっと消えた。レオハはまだ意識を取り戻しておらず、ゴルディも回復しきっていない。そんなゴルディの一声だった。
「隠しててごめんなさい」
メイドさんに運ばれながら、私はみんなに謝罪した。一緒に過ごす楽しさの裏に潜んだ罪悪感。こんな姿を隠していたのだから、拒絶されても仕方がない。
「誰にだって秘密はありますよ」
「……うん。謝らないで」
ローザとゴルディはこの場では受け止めてくれた。なら、ひとまずは帰ろう。“タイニーテーブル”に。
メイドさんによって身体に乗せてもらい、なんとか身体も動く。だいぶ酷使してしまった。労ってあげたいが、もう少し先の話だ。
車に乗り込み、早速出発する。レオハはメイドさんの分析によれば、命に別状はないらしいが、目を覚さない。大丈夫と言われても心配になる。
だが、心配されているのはレオハだけではない。街に着くや否や、たくさんのメイドさんが担架を使い私たちをカフェの地下へと急ぎ運んだ。
私は鎧を脱がされ、診察室のような場所へ連れていかれる。そこには、白衣のシザリー先生がいた。
「派手にやったね〜。んじゃ、繋げるよ」
そういうと、ハサミと縫い針で首や両手の治療を開始する。ハサミや縫い針を取り出すが、直接身体に触れることなく身体が整っていくのは、あの激戦を通じ、この世界に慣れてきた今も不思議だ。
「ありがとうございます」
「こっちも色々ありがとうだよ、はい」
何かお礼されるようなことはした覚えがないが……。もう終わったらしい。だが、身体の動きには違和感がある。反応が鈍いというか、身体が重いというか。
「疲労は取れないから。あとでゆっくり温泉に浸かっておいで」
温泉! こんな身体であんな出来事の後にも関わらず、心が躍ってしまった。仕事中
に何度夢見たことか。
「魔力を不安定にされると弱いね。ま、対策はまた今度」
魔力とか魔法とか、もっとしっかり勉強してみたい。そうすれば、身体に頼った戦い方以外もできると思うから。
「あの」
「ん?」
「私も、強くなれますか?」
「お、強さに興味出てきた? 望むならいくらでも方法があるよ。ホラ」
そういうと、シザリー先生は白衣から敵が使おうとしたあの筒を取り出した。
「!?」
「これを使えば、膨大な力が手に入る。ただ、人の形とかは保ちづらくなるかな。君からすればいまさらだと思うけど」
「……そういう力では、ないです」
「……そう」
私が強くなるのは、自分を守るため。自分を助けてくれる誰かのためにも、まずは自分が強くなる。そして、その誰かも守れるようになる。でも、短絡的な力が欲しいわけじゃない。もっと根本的に強くなりたいのだ。
「良かった、欲しいと言われたらどうしようかと」
シザリー先生はあっけらかんと言い放った。あんたが薦めたんだろ! と思わずツッコミそうになるがそこまでの関係値ではない。
「これは冗談として、強くなる方法が色々あるのは本当。期待しててよ」
「は、はぁ」
揶揄われたばかりなので、あまり響かないが考えてくれているらしい。嬉しさ半分、自分が狙われていることが実体験としてわかると恐怖半分である。
その後、小柄なメイドさんに案内されて温泉へとやってきた。匂いや雰囲気は完全に屋内温泉であるが、地下なので景色は……。
「あっ、ディア!」
温泉にはすでに先客がいた。元気な声で迎えてくれたのはゴルディだった。
「……調子はどう?」
「私は全然! むしろディアの方がいろいろ、その大丈夫?」
ゴルディは首を切るジェスチャーで戯けながら聞いてくれる。その方がありがたい。
「大丈夫……ッ!」
なんともないと答えようとしたが、掛け湯が肌に与える刺激が尋常でなく、言葉が止まってしまった。とっても染みる!!
「無茶させちゃったよね、ごめん」
「謝るのはこちらの方で……」
「いや、それはもう良くて」
「でも、無茶をさせたし……」
「もう! 大丈夫だって!!」
勢いよく立ち上がりながら、ゴルディは右手を差し出してくる。私はゴルディの意図に気づいてそっと握手を交わす。
「これでこの話はおわりね」
「あぁ、わかった」
その後、ゆっくりと温泉に浸かった。まだ染みるが、同時に身体が楽になる感覚もある。
ゴルディとは、あの戦闘で何があったか互いの目線から語った。その中で興味深かったのが、私を空に跳ね上げた存在だ。地中から一直線に伸び、そのまま黒いモヤになって消えたという何か。一体何だというのか。
「それにしても、ディアさんがあんなに強いなんて」
「あれは火事場の馬鹿力。普段からじゃないよ」
「火事場の……? まぁいいや。気になるところは他にもあるし」
ゴルディの視線が一点に集まる。この首だ。受け入れたとしても、気になるものは気になるのだろう。
「シザリー先生にくっつけてもらったよ」
「あの人、そんなことできるんだ」
「腕の良い医者だね、胡散臭いけど」
ゴルディみたいに明るい子とシザリー先生の組み合わせは賑やかそうだ。
「はぁ、レオハ治るかなぁ」
「……きっと大丈夫」
正直、大丈夫じゃないかもしれない。そんな思いはある。けれども、今は大丈夫だと声にするのが大事な気がした。
翌日。自室に戻った私は、朝食のためにリビングへと赴いた。さほど時は経っていないのに、この食卓が懐かしく感じる。
「おはよう」
ゴルディも起き出してくる。レオハやローザは……。
「おはようございます」
「「ローザ!!」」
ローザは何事もなさそうに席に着く。元気そうで良かった。
「身体はもう大丈夫なの?」
「えぇ。ご心配をおかけしました」
「ローザ、その……」
「お気になさらず。此方も話していないことはありますから」
「……ありがとう」
「礼に及ばず」
その後、レオハは現れなかったが、ラビやヤミナが着席し、食事が始まる。ラビからさすがに今日は特訓がないこと、レオハは目を覚ましたが安静にすべく地下にいることを伝えられる。
「あとで迎えに行きましょう。そろそろ動けるようになるはずです」
「行ってもいいですか」
「えぇ。むしろ一緒に来てください。その後行くところがあるので」
食事が終わり、ラビに連れられてレオハのところに着いた。レオハはベッドの上だったが、身体を起こしており、経過は良さそうだ。
「あ、皆さん。お見舞いありがとうございます」
「レオハ、目が覚めて良かった!」
「わたしこそ、助けてもらってしまいすみません」
「助けられたのは私たちだよ」
「ディアさん!?」
驚くのも無理はない。私の首が落ちるあたりから意識がないのだから。さながらゾンビかサイボーグか。
「ぶ、無事だったのですか?」
「実は、元からこんな感じなんだ。隠していてごめん」
そう言って頭を持ち上げる。レオハは驚きを隠しきれていないが、なんとか飲み込もうとしている。そんな内心が側から見てわかるくらいの動揺だ。
「あ、えと、その、素敵ですね?」
「無理しなくていいよ」
「いえ、そのびっくりしただけで、ディアさんはディアさんですから」
レオハも悪気はないのだろう。それは伝わるものの気まずい雰囲気が流れる。
「さぁ、準備しなさい」
そんな空気をラビが一喝。全員でどこかへ行くことになった。
ラビに連れられたのはギルド会館。依頼掲示板に目をやると、首無し騎士の依頼がなくなっている。まさか、昨日の襲撃から……心なしか、じろじろ見られている気がする。
「“首無し騎士”の被疑者を連行しました」
「……!? は、はい!」
ラビは受付でそう言い放つ。すると、ぞろぞろ武装した職員? が出てきて私を囲む。
被疑者って私? そう気づく前に手錠をかけられる。
「ちょ、ちょっとラビさん?」
「それじゃ行きますよ」
「でも、ディアさんが……」
「かまいません」
かまえよ! こんなタイミングでまさかの裏切り……。信頼していたこちらがマヌケだったのか? そんなに長くないとはいえ、同じ食卓を囲んだ中なのに売り飛ばすなんて……。
「すみません、ランク昇格の申請もお願いしたいのですが」
連れ去られている間にも淡々と事務処理をお願いするラビ。薄情すぎる。三人は心配そうに見ているが、何もできない。そりゃ、そうだ。ここで何かできるわけがない。
諦めて受付を見ると、討伐対象リストに“首無し騎士”があった。なんてことはない、調査から討伐に変わっただけなのだ。
「ど、どうして裏切ったんですか!」
よく聞くセリフを思わず叫んでみても、ラビはただ見つめてくるだけだった。




