日本人、守る
「では、持ち帰りましょう」
「や、やめろ……!」
人狩りの女が、ゴルディとレオハのふたりに手を伸ばす。触れさせてたまるか。咄嗟にその手を蹴り上げる。
「っ!?」
全員の息を呑む音が聞こえる。否、感じるといった方が正しいだろう。少し距離があるにもかかわらず、身体を通じて現場の状況が大雑把なれど把握できる。
首のない状態を見せるのは初めてだ。さぞ恐ろしいことだろう。どう思われようと、守り抜くことに変わりはないが。
「ふふ。小屋に何もなかった時は残念だったけど、大当たりみたいね」
「全くだ。まさか首無し騎士が人に擬態しているとは」
ふたりはジリジリと私を挟み込み、間合いを詰めてくる。
先に動いたのは、背後の男。2本のナイフで肩から両腕の切断狙い。目で追いきれないスピードだが、これを顔面に裏拳を決めて沈めた。
女は男に続いて避けにくいタイミングを狙い鉄塊を振るが、これを蹴りで止め、むしろ反動を利用した後ろ回し蹴りを腹に決める。
敵は何が起きたかわからない様子。私も半分くらいしかわからないが……。まずは首を拾い、自分の目で確かめよう。
ようやく、状況を視認できた。今までは白黒の世界に輪郭が見え、色で反応するような不思議な感覚だった。今もその感覚はある。この際使えるものはなんだって構わない。
ふと、ゴルディとレオハに目をやる。ゴルディとは目が合ったが、レオハが動いていない。心配だ。
「ゴルディ、回復薬ごちそうさま」
「え? あぁ……」
和ませようと思ったのだが、あの姿を見た後では無理ないか。
実は、首を落とされた時、わざと身体を倒させ、地面に落ちた回復薬を口に運んでこっそり飲めたのだ。 身体とは魔力で繋がっているとシザリー先生が言っていたので、一か八かで飲んだ。
すると、すこぶる身体の調子が良い。腕も元通り以上に動く。鎧はボロボロのままだが、これなら戦える。
「やってくれましたわね……」
さて、この程度で敵がやられるわけがない。むしろ、警戒が強まってやりにくくなった。奇襲でもすれば良かったのだろう。
でも、これでいい。私の役目はふたりを守ること、汚い手で触れてもらっては困る。
「こいつは討伐、しても報酬出るよな?」
「えぇ、叩き潰しましょう」
身体が徐々に熱を帯びている。先ほどまでの慢心とはまた違う、高揚感。勝てる、というより戦わなくてはいけないという気持ち。それが身体を突き動かし、最善手を即座に再現する。
そう、向こうが動く前に女へと肉薄する。距離が近いほど、男の奇襲位置を潰せ、取り回しの悪い鉄塊を簡単に封じられるからだ。
「いい気になるんじゃありません!」
女が鉄塊に手をかざすと、私の足元にいわゆる魔法陣が展開される。動画配信でも見た、設置型の魔法の一種だ。空気が身体全体に重くのしかかる。身体が動かない。このままでは、やられてしまう。
私の焦りに反応して、身体は熱さを増していく。すると、どんどん身体が軽くなる。感覚はさらに鋭くなり、自分の思うように動く。
「ちっ」
動きが止まったはずの私が動き出し、拳が届きそうになると女は大きく後方に跳んだ。魔法は解け、身体から重さが消える。しかし、身体の熱さは変わらず、軽くなったのも変わらずなので——踏み込むだけで距離を詰められる。漫画でよくある、瞬歩みたいに。
私の速さが急に変わり、いきなり女の目の前に現れる形となった。女は目を輝かせ、対応しようとする。しかし、距離を取るために跳んだ直後であるため、隙だらけだ。
ただ、こちらも移動直後で、側面に隙がある。その隙を、男が音もなく左から、ナイフで下から切り付けてくる。やはり目で追うのは難しい。
「見えてるよ」
私はそう言って、左手を男以上の速度で振り抜く。攻撃を中断し、体制を崩したところに、不安定な姿勢ながらも右手で確かな拳を顔面へ放つ。フードと包帯で隠れた顔に苦悶の表情が滲む。
だが、私の拳は届かない。再び空気が重くなり、動きが鈍くなる。これを利用して、男はゆっくりと引きながら、女が鉄塊を振り下ろしてくる。
それを私は掴み、女ごと持ち上げて投げ飛ばした。自分の強さの質があからさまに変化している。それに伴って、身体は加速的に熱さを増していく。
敵の動きなど、目で追えていない。達人のような動きは、全てを意識して動いたわけではない。私の朧げなイメージを身体が補い、見事に再現しているのだ。
「危険に応じて出力を切り替える、油断したわぁ」
「こちらも出力を切り替えよう」
そう言って、敵は懐から筒を取り出した。あれは、小学校のポスターで見たエピペンに似ている。あれを使わせてはまずい。そう考えた瞬間に身体は動いていた。音を置いていくような速さで、筒に狙いを定め突っ走る。
「それを使う必要はありません。引きますよ」
刹那、全身から力が抜け、すっ転ぶ。身体が鉛のように重くなり、息苦しい。一体何をされたんだ? そう思った次の瞬間、身体に激痛が走る。急速に熱が冷め、身体の節々が悲鳴を上げる。腕は痛覚以外の感覚がなくなり、背中は車に轢かれたような類いの衝撃による痛さを訴えかけてくる。
「あぁぁあぁああ!!」
痛い、痛すぎる。意識を保つのがやっとだ。全く動かなくなる身体。どうやっても、どうイメージしてもピクリとも動かない。ダメだ、痛い、ふたりを守らないといけないのに。痛い、動け、痛い、動け!
「そっちの状況は?」
「失敗です。撤退しますよ」
「あなたほどの男を退けるなんて。はぁ、久々に極上の獲物ですわ」
「何を呑気な。急いで運べ」
突然現れた黒マントにスーツ、杖にシルクハットの男。どうやら敵のリーダー格のようだ。連中は私を含め三人を今度こそ持ち帰ろうとしている。
もうダメか。薄れゆく意識の中、微かに地面の振動を感じる。それはだんだん大きくなり、聞き覚えのある音と共に近づいてきて——。
「まったく、非常識ですわ!!」
音の正体は車だった。私たちが乗ってきた車が、敵に向かって突っ込んだのだ。女が鉄塊で受け止めていなければ、まとめて一掃できただろう。不意に身体も楽になる、が痛みが和らいだ程度でまだ動けない。
「危険察知。実力行使で排除いたします」
運転席からメイドさんが降りてきた。そして、左手が砲塔に変化する。
「ふふ、可愛らしいお人形さん。少し遊んで——」
「撤退です」
女は不服そうにしながらもうなづき、大地に鉄塊を振り下ろす。それは見た目以上の衝撃をはらんでおり、凄まじい衝撃波と石礫が飛んでくる。
「逃しません」
メイドさんは砲塔から熱線を放った。さながらビーム兵器である。それを敵のリーダーはマントで防ぎ、黒い火の玉を放った。その隙に、女は私を持ち上げる。
「またいずれ」
リーダーはそういうと、背後に魔法陣を出現させる。まずい、このままでは連れていかれてしまう。
「その方を放しなさい」
メイドさんは距離を詰め、ビームの刃を展開し、私を抱える女へ斬りかかる。リーダーの男がこれを阻止に動くが、弾丸の雨がそれを遮った。ローザが車のマシンガンで援護してくれたのだ。
「そうこなくては!」
女は私を投げ捨てて応戦。鉄塊を薙ぎ、牽制。見た目と釣り合わないスピードで振り回し、メイドさんを寄せ付けない。
メイドさんは何発かビームを放つが、通らないのを認めると、距離を詰めていく。向こうも振り回しながら近づいてくるので、このままだとミンチにされてしまう。
しかし、そうはならなかった。メイドさんは隙間を縫い、ビームの刃を伸長し、一瞬で相手の足を焼き斬った。体勢を崩し、鉄塊が止まったのでそのままビームを放ち顔面を焼く。
女は声にならない声を上げた。そんな女を、リーダーは腕を漆黒の異形へと変貌させ、女を引っ張り、魔法陣へと投げた。だが、これでも敵は諦めていなかった。一連の流れの中で、ナイフの男が女から引き継いで私を持って魔法陣に入ろうとしたのだ。
メイドさんはこれも阻止すべく、距離を詰め逃げ道を塞ぐ動きをした。すると男は慣れた手つきでナイフを振るう。再び私の首が落下する。今度は地面に落ちる前に私を抱え、身体の方をメイドさんに投げ隙を作り、魔法陣へと向かう。
「これでイーブンですね。黄金郷で会いましょう」
そういうと、リーダーの男は先に魔法陣へと入る。ナイフの男がこのまま魔法陣へ入れば連れ去られてしまう。ふたりを守れてよかった、そう思う気持ちでいっぱいな反面、連れ去られた先のことを考えると、恐怖で震えが止まらない。
「ま、待てよ……」
ゴルディは無理やり立ちあがろうとし、ローザはマシンガンで援護し、メイドさんも私の身体を優しく地面に置きつつ、私を取り戻そうとしてくれるが、間に合わない。みんなの姿がぼやけていく。
「みんな、ありがとう」
その一瞬で、景色が変わった。




