日本人、覚悟する
身体全体を使った渾身の一撃は、私を脅威と認識しなかったワイルドボア、あの巨大ヘビの無防備な腹に——届いた!
辺りに轟音が響く。地面をも抉る一撃に対し、ヘビはただ、そこに留まるだけだった。ゆっくりと頭がこちらに向く。
その眼ははっきりと私を捉えた。さて、次から攻撃が難しいぞ。
先ほどから地響きがする。ローザが奮闘しているのだろう。まだ、負けないぞ。
「! ゴルディ!!」
ヘビは微動だにしなくなった次の瞬間、凄まじい加速力で突っ込んでくる。ただ、これは読めている。事前にゴルディに火の玉をありったけぶつけるように頼んでおいた。
「……怯まないか」
私の想像以上の火の玉が飛ぶが、ヘビは意に介さず。突進は止まらない。私はグッと盾を構え……ずに捨て、メイスを両手に持つ。そして、突っ込んでくるヘビに向かって飛び、横っ面を思い切り振り抜いた。
当然、体重差で私が吹っ飛ぶ。木を数本折りながら飛んだ。とても痛い。
「ディアさん! 尻尾が!!」
体勢を整える隙もなく、今度は尻尾が襲ってくる。盾は捨て、メイスも落としてしまった。防ぐ術は、ない。
「私に構うな!」
「ハァァァァ!」
私は事前にゴルディへ魔法を顔に当てることを頼んだ。そして、レオハには、隙を見て目を攻撃するように頼んでいた。しかし——。
「レオハ! 狙いは私じゃない!!」
尻尾の先は私ではなくレオハを捉えていたのだ。急加速したレオハは自ら叩き潰されに走る。
「くっ! どうしたら……」
何か武器はないか。なんとかヘビの気をそらせるような、ここから届くような……。鎧には仕込みがなかった。ダメだ、間に合わない。
「ふ、はぁ!」
レオハは急停止で尻尾を躱し、跳躍。その勢いも加速させ、ヘビの眼前に迫った。あの特訓がここで活きた!
「シャァァアア!!」
ヘビは避ける素振りを見せず、大口を開ける。これは、レオハを食べようと? 否、あのカエルを捕食するなら……。
「させないよ!」
ゴルディが叫ぶと、魔法とは違う物体がヘビの下顎に向かって飛ぶ。それは私の盾。これも事前に頼んだ策。ただ、これが当たっただけでは足りない。
「私が、いる!」
この状況、私だって立ち尽くすだけじゃない。苦し紛れに託した盾を魔法で飛ばす案。見事に再現してくれた。お返しに、この状況を覆す!
ひたすら走って飛び、盾を足場に脚を曲げたあと、思い切り伸ばして跳躍。鋭いアッパーをお見舞いしてやった。
「決まった……!」
カエルパンチ——床屋の待ち時間に読んだ漫画の技。しゃがんだ状態からのアッパーをそう呼ぶらしい。ヘビ相手に決まるとそれはもう余韻がすごい。
「キィィィィ!」
おっと、まだヘビを倒したわけじゃない。レオハはそのままヘビの目に一撃入れてくれたようで、ヘビがのけぞっている。追撃のチャンス。しかし、私は高く飛んだ代償に、着地の衝撃ですぐに動けなかった。レオハもまだ空中にいる。全力で打ち込んだのだろう。加速する様子もない。
ヘビは左目を抉られているが、そのままレオハに狙いを定める。右目に火の玉が集中して飛ぶが、あまり効果はない。ヘビが全身に力を入れるのがわかる。レオハを捕食する気だ。
「させないよ」
そう呟くゴルディは遥か後方、ではなくいつの間にかヘビの懐に入り込んでいた。火の玉を遠くから放っていたのではなく、操って撹乱しチャンスを待っていたのだ。
だが、ゴルディには決定打があるのか?
「実は、こっちのが得意なんだよ!」
腹に手を当てたゴルディから激しい稲光が放たれる。想定外の攻撃に、ヘビも成す術なく痺れるばかりだ。
「ゴルディ、こんなことまでできたのか!?」
「魔法は一通り、ね」
「まだ安心できません。今のうちに次の手を」
「いや。ローザを迎えに行かな……」
ピクピク痙攣していたヘビがピタッと止まる。そして、ゆっくりだが確実に上半身を持ち上げ、再び見下ろしてくる。
「今のも効いてないか……」
「そんなことありません、助かりました」
「ローザ!」
まるで飛んできたかのように静かにスッとローザが現れた。ボロボロだが怪我はない。ただ、槍は無くしていた。
「ここまで弱っているなら仕留めましょう」
「でも、どうやって?」
「首を刎ねたいところですが」
槍がない。私たちもそんな刃物は持ち合わせていない。
「に、逃げないんですか?」
「多分、逃がしてくれないよ」
レオハを弱虫と呼ぶつもりはない。正しい判断だ。むしろ、私やローザが逃げることを諦めた弱虫と言える。でも仕方がないのだ、あの勢いで走る気力がない。
「もう一度電撃お見舞いするってのは?」
「まだ撃てるの?」
「一撃だけね」
「鱗があるので効果は期待できません」
こうしている間にも、ヘビはダメージから回復している。何か手は……雷撃、すぐに起き上がったが、動けるわけじゃない。つまり、効いている。より効果的に使うなら——!
「目だ」
「え?」
「左目から、雷撃を流し込む」
「なるほど。多少は効果が見込めます」
ヘビがゆっくりと頭を下げてくる。測っているのだ、私たちとの距離、そして私たちの限界を。
「私が三人をぶん投げる、だから」
「……そのあとわたしがさらに投げます」
「その必要はありません、囮をやります」
「でも、二匹を相手にしてきたばかりなのに」
「任せてください」
「わかった」
迷っている暇はない。ローザは走り出す。ヘビは待ってましたと言わんばかりに喰らいつく。その大口に向かって、ローザは盾で串を飛ばした。
少し怯むヘビ。だが、止まらない。これが届かなければ、ローザは喰われる。
「いっけぇ!」
ふたりまとめてぶん投げる。勢いよく飛びながら、レオハは加速してゴルディを投げる。
「これで終わり!!」
ゴルディが今度こそありったけの力で雷撃を加える。が——。
「威力が足りてない」
ヘビは悶え苦しむものの、絶命まで至らない。むしろ暴れるだけゴルディが危ない。
「わたしだって、みんなを守れるんです!」
そうレオハは叫びながら、右目にハンマーを打ちつけた。大きくのけ反るヘビ。勢いに負け、放り出されるゴルディとレオハ。それを私とローザは一生懸命追い、落ちてくるふたりを受け止める。
ヘビはその後、バタンと力なく倒れ、動かなくなる。
「勝った……」
思わず溢れでた言葉。何度も勝てないと思った。でも、勝てた。それは仲間がいたから。ゴルディは気を失っている。おぶって帰るしかなさそうだ。
「少々お時間をください」
「あぁ、そうね。少し休んで……」
「いえ、レオハが息をしていないのです」
まさか!? 先ほどの雷撃、レオハに感電した……? とにかく心臓マッサージを!
「レオハ、しっかり!」
保健の授業、医療ドラマ、軽い気持ちで参加したボランティア研修……今必要になりそうな情報を必死に思い出しながら心臓マッサージと人工呼吸を施す。
「一体それは何のため……」
「心臓動かすためでしょ!」
「そ、そうですか。そうですね」
見てわからないのかという思いが高まりすぎて怒鳴ってしまった。ローザは面を食らってレオハに手をかざす。ふざけてるのかと思ったが、ローザの手のひらからレオハに流れ込むものを感じ取った時、我に返った。ここ、魔法あるじゃん……。
「かほっ! げほ、げほ」
「レオハ!!」
レオハは意識こそ戻らないが、呼吸は再開できた。
「急いで安全な場所に……」
「そうですね、お急ぎください」
「ローザも早く——」
「敵が寄ってきておりますから」
ローザはそう行って駆け出した。追いかける? ふたりを担いで追いつくわけがない。どうする……。
「……あとで必ず戻るから」
ふたりを担いで小屋に向かう。日は傾き始めている。暗くなる前に小屋まで着かないと。夢中で走った。それほど距離はなかったはずなのに、とても遠く感じる。
向こう側に赤い光が見える、夕陽か。もうそんな時間か。
——いや、燃えるように赤い光ではない。燃えているのだ。私たちの小屋が、燃えている。
「ん……ディアさ……」
「ゴルディ!」
「あぁ、無茶しちゃったよ。魔力切れなんて恥ずかしい」
「そんなことない、というよりそんな場合じゃない……」
「え?」
ひとまず、ふたりをを木に寄りかかるように座らせる。そこからは燃える小屋が見える。
「これって一体何が……?」
「わからない。でも、嫌な予感がする」
「そうだね……。ディアさん、私のポーチ見て」
ポーチの中を開けると、小瓶が一本入っている。
「最後の回復薬。使って」
「これは」
レオハに、そう思って目をやると、レオハも目を覚ました。
「そ、それはディアさんが飲むべきです」
「そんな状態なのに」
「だからこそ、あなたしかわたしたちを守れない……」
私に、ふたりの命がかかってる。初めての実戦、私に余裕はなかった。あったのは慢心。そして、虚栄心。ここまで勇ましく戦えたのは、命を軽んじたからだ。浅はかな常識論で命について考えてきたが、戦場で価値観が吹き飛んだ。
それが今、ずしりと重くのしかかる。あの時逃げればよかった。でも、それができなかった私に付き合ってこんな目に合ったふたり。
「わかった。絶対に守る」
覚悟を決め、回復薬を飲もうと立ち上がる。
「あら、期待はずれだわ」
私にあったのは慢心。こんな時でも、戦えると思い込んでいた。戦う前にあれほど怖がっていたのに。いざとなればなんとかなる気でいた。だから、クビになったんだ。
声の主は知らない女。身の丈以上ある黒いハンマーのような鉄塊で、背後から殴りかかってきた。無防備になる瞬間を狙って。小屋が燃やされたのだから、犯人が近くにいるかと警戒すべきだった。それに……犯人がさっきのヘビより強い可能性も考慮すべきだった。
「うっ……何者」
気づいた一瞬で腕を挟み、なんとか直撃を免れたが、小瓶は落とし、両腕は使い物にならなくなってしまった。
「ふふ、ただの人狩りよ」
「ふたりに、手を出すな」
精一杯凄むが、腕が上がらない。繋がっているが、繋がっていない不思議な感覚。痛みは見た目ほどないが、見た目は完全にひしゃげている。
「あなたに何ができるのかしら」
「首だけになっても——」
最後まで言い切る前に、視界がふらつき言葉が出なくなる。そしてぼとり、聞いたことのある音と共に、地面に激突する。
「くどいぞ」
「相変わらず、見事な技ね」
聞こえてきたのは、男の声。今度は気配にも気が付かなかった。遅れて膝をつき倒れる身体。
「そ、そんな……」
「ディ、ディアさん……!」
「ふたりいれば十分だ」
「いいじゃない、少しくらい楽しんでも」
「相変わらず悪趣味だ」
このままでは、ふたりに危険が及ぶ。そんなことは絶対にさせない。——たとえ、化け物と呼ばれても。私の覚悟、見せてやる。




