日本人、立ち向かう
ラビから示されたクエスト内容は、『マデラ深林のモンスター討伐』であった。
今私たちがいる街が『リヴェルト自由都市』である。その周りは鉱山と森に囲まれており、さながら天然の要塞である一方、国境に接していることから交通・輸送の要衝でもある。
その中で、『マデラ深林』は深く立ち入らなければ害がない交通可能ルートであったが、最近になってモンスターが活性化しているため、安全な経路を保つための狩りがクエストとなったそうだ。
「人を襲うモンスターが狩りの対象です」
そう言われてもどれがどうなのかわからないが、多分見た目でわかるだろう。イビルゴブリン? とかまんまだったし。
「今日出発でしょうか?」
「はい。一泊した後、鍛錬代わりに討伐をします」
「これって、他クランと共同クエスト?」
「そうですね。ですが、トラブル防止のため共闘せずに奥まで入ります」
レオハにゴルディは慣れた様子でクエストの確認を進めていく。いきなり行ってらっしゃいと言われるのはこれが初めてではないのだろう。
「こちらはどんな獲物がいるのか楽しみです」
ローザは狩りそのものに慣れていた。この中で怖気付いているの私だけ。でも、私にはこの身体がある。
「では、各自準備を。ディアはこっちへ」
「はい」
名指しで呼び出され、連れて行かれた先には鎧と武器があった。この前使ったのと同じ種類の武器、メイスと盾だ。鎧は全体的にスタイリッシュになっている。が、兜だけは妙に尖ったフォルムだ。
「あなた専用の装備が間に合いました。これを使いましょう」
「ありがとうございます」
「今回で冒険者ランクを上げましょう」
「どうやって?」
「色々条件はありますが、今回は討伐実績を狙います」
「……がんばります」
この手で命を奪う。身体が勝手に動いたあの時とは違う。自分の意思で、自分の武器で。こんな時、割り切れる主人公が羨ましい。不安でいっぱいだよ。
「あなたの世界は争いと程遠い、そう聞いたことがあります」
ラビは私の様子を見て話を続けてくれる。励ましの言葉をもらえるのかな。
「あいにく、こちらでは当たり前なので、早く慣れた方が良いです。殺されてからでは遅いですよ」
温かい言葉ではなく、とことん温度を感じられない現実的な言葉だった。刃と呼んでも差し支えないレベルだ。このマインドが主人公を主人公たらしめていたのだね。
「お気遣いどうも」
言葉そのものはショッキングだが、不思議と心は軽く感じる。死んでたまるか。まずはそこから始めよう。
それから程なくして全員の準備が完了した。今回はクランで所有する車を使うらしい。馬はどこにいるのか不思議だったが、馬車ではなく自動車、SUVだった。このクラン、謎が多すぎる。
「こ、これに乗るのですか?」
「はい、快適ですよ」
レオハも驚きを隠せないくらい異例らしい。ゴルディもローザも興味津々だ。私としては、複雑な気分。家の中でキャンプごっこしている時に部屋の電気を点けられた時の気持ちだ。やっぱり世界観は——。
「車、サイコー……」
「ディアさん?」
「なんでもない」
世界観など快適な冷房や乗り心地の前では無価値だ。軽く鎧を着ていても全く不快感がないし、揺れて痛くならない。素晴らしい。
「まもなく、目的地です」
カーナビのような音声で、運転手のメイドさんが教えてくれた。以前、付き添ってくれた大小コンビとはまた別の、中くらいのメイドさんだ。
ちなみにラビは街に残った。用事があるらしい。
「ん?」
周りをよく見ると、私が世話になった村ではなかった。それどころか、村ですらない。乗り心地が良すぎて気が付かなかったが、かなり森に入っており、道もかろうじて用意された整備されていない道だった。
そこにぽつんと、いわゆる山小屋があった。ここで一泊するらしい。メイドさんが華麗なドラテクで車を停めた。
「着きました。目的地です」
メイドさんはそう言うと素早く車から降り、小屋の扉を開け、私たちを招く。
「これがいつもの“天の一撃”?」
「……まさか。初めてだよ」
一応ゴルディに確認したが、やはり初めての体験らしい。車だけでなく小屋まで準備があるなんて。断って他クランに行かず正解だった。
「うっわ……すごい」
ゴルディが感動を口にするのも無理はない。小屋は地下を含めた全三階になっており、雰囲気がとても良い。異世界とは違う、自分が憧れた大自然に囲まれた空想に登場するようなくつろぎ空間だ。
「ヤミナ様よりお食事を預かっております。支度を整えますので、お部屋でおくつろぎくださいませ」
メイドさんはそう言うと忙しそうに準備を始める。初クエストがとんでもないVIP待遇で始まってしまった。配信で予習した内容と違いすぎて戸惑う。それに、特別対応される理由もまだわからないので怖い。
そう思っていたのはヤミナの料理を食べるまで。小屋の設備で仕上げられる工夫がされた料理の数々に舌鼓を打ったらこの恵まれた環境は逆に利用してやろうと思えた。石窯ピザやらダッチオーブンやら。きっと神様が会社員時代に行けなかったキャンプ体験をプレゼントしてくれてるんだ、そう思うことにした。
「ラビ様より、言伝を預かっております。『食材を確保せよ』」
翌朝。お腹いっぱい幸せいっぱいで熟睡した後にとても重たいメニューだ。それにしても、ここにはモンスター退治で来たんだよね。ということはもしかして——。
「んじゃ、偵察がてら一狩り行きますか」
「食材は……?」
「……? 森の中でしょ」
食べていいのか? 美味しいのか? 見たことあるモンスターが鬼系なのでイマイチ食欲が湧かないが、アレも食べられるのか? 戦闘とは別の意味で命の危険を感じる。
「では、先行し様子を見て参ります」
そういうと、ローザは軽い足取りで木に登り、森に消えて行った。慣れた様子で、とても軽やかに、宙を舞うように木々を移る。ここでは重要なスキルかもしれない。
「わたしたちも慎重に進みましょう」
「いってらっしゃいませ」
辺りは仄暗い。それに、私でも感じる獣の気配。それでも、ここがこの世界で踏み出す第一歩なんだと自分を奮い立たせる。
「お待たせいたしました。この先ジャイアントトードらしき群れがいます」
「本来なら沼地にいるはずなのに……こんな手前で?」
「はい、間違いありません」
「このまま放置すると村が危ないですね」
「仕方ない。手強いけど頑張ろう」
ジャイアントトード。名前通りならでっかいカエルだが、そんな安直か? カエルは状態異常毒とかありそうだし、もっと情報がほしい。
「マデラ深林のジャイアントトードの特徴は?」
「舌の先端が硬くて、重いの叩きつけてくる」
「他には?」
「物理攻撃が効きにくいのと、毒液を吐いてくるくらいかな。これは普通のとあんまり変わらないけど」
「そうか……なら、作戦が必要だ」
三人は目を丸くしている。知れ渡ったモンスターのようだし,油断しなければ勝てるくらいの敵なのだろう。しかし、物理攻撃が効かないなら私が倒せないかもしれない。仮に一対一の構図で戦いが始まった場合、私を起点に全滅する可能性を潰したいのだ。
「ローザ、敵の数は?」
「七、八匹。近くにも移動中の群れが。さらに、他のモンスターも向かって来ています」
「なら、私が引きつけるうちにローザとレオハが仕留めて。ゴルディは私の援護。毒液を魔法で散らして。とにかく最短で効率良く倒して不測の事態に備えよう」
三人は少し戸惑った様子。何か変な指示があったのかもしれない。でも、即興で動くにもベースはあった方がいいはずだ。
「その作戦、確かに効率的ですが、一人で囮は危険すぎます」
「ディアさんが大丈夫って言うなら私は賛成。しっかり守るよ」
「私がやられる前に仕留めてくれたらいいよ」
「最速で仕留めますよ」
「……わかりました」
「よし、やろう」
討伐対象はカエル。森の中という慣れない戦場。罠を張る余裕は、ない。私の拙い作戦がどこまで通用するか、勝負!
「これが、ジャイアントトード……!」
大きさが2メートル半くらいのカエルが群れている。木々に阻まれながらも街の方へ移動している。何かから逃げている……?
「行きますよ」
ローザは観察に夢中になっていた私へ合図代わりに囁くと、軽やかに頭上を取り、先頭のカエルを貫いた。後続のカエル三匹は驚き、立ち止まるがそれも一瞬。容赦無く舌の一撃が飛ぶ。思ったよりも早い。間に合え!
焦る気持ちと同じくらいの力を身体に思い切り込めると、爆発的な瞬発力でローザの盾になれた。確かに重い一撃だが、受け切れる。いける!
「さらに強大なっ……」
ローザが何か言おうとしたが、地面が揺れ、低い音が響くのと同時に、より素早くカエルが連続して舌を打ち出してきた。
絶え間ない攻撃。全身で盾を使いなんとか持ち堪えるが、攻撃はできない……。さらに後続のカエルが毒液を飛ばしてくるが、これはゴルディが打ち落としてくれる。
「やっ!」
レオハはカエルが私に夢中な隙をつき、腹に尖ったハンマーを食い込ませ、そして、抉り取った。回避行動も間に合わないほど、いきなりギアを変えるようにレオハとハンマーが加速したのだ。
これに気づいた二匹は大きく跳躍し後退しようとする。だが、この内1匹をローザは貫き通した。
まだカエル四匹は残っており、近くにもいるらしい。ここから睨み合いが続くかと思いきや、なんとカエルはバラバラに別れて向かってきた。
散開されると厄介だ。私は慌てて引きつけようとしたが、ローザに止められた。それでローザを見ると、少し落ち着き、先ほどの地面の揺れが強くなっていることや音が大きくなっていることに気づいた。
「ワイルドボアの群れでしょう」
「そんな大物までもこんなところに来るなんて……」
「三匹……。一匹お願いしますね」
「え?」
「二匹は仕留めますから」
「ちょ、ちょっとローザ——」
ボア、つまりイノシシか。確かに強そうだ。なのにローザは二匹と同時に戦う? それは危険だ、協力しないと。そう思うより早くローザは行ってしまった。慌てて追いかけようと思い、ローザの向かった先を見ると木々が薙ぎ倒されていく。そこには……。
「危ない!」
横からレオハが急加速し、私ごと横に飛ぶ。刹那、抉られたジャイアントトードの死骸ごと、私のいた地面を何かが通り過ぎた。身体を引き摺った跡を残し、私の目からは新幹線と見間違えるほどの速さ、そして、長さ……深緑色の鱗で覆われたボアとは、イノシシではなくヘビのことだった。それも巨大カエルを二匹まとめて丸呑みできるほどの巨大なヘビだった。これが村を襲ったら、考えるだけで恐ろしい。幸い、ヘビは止まって頭を上げ、逃げたカエルを探っている様子だ。
「ゴルディ、レオハ。ここで仕留めよう」
「ディアさん、ちょっと無茶かも……」
「ローザさんと合流して撤退しましょう」
身体の震えは止まらない。今まで出会ったどの敵よりも強いし大きい。何せ私など眼中にないレベルだ。
ただ、この震えは恐怖だけではない。ここで私がやらなきゃいけないという使命感、戦闘での高揚感が身体中を駆け巡り、私を挑ませたがっている。
それに、ローザはこの強敵を二匹同時に相手しているのだ。一刻も早く助けに行かないと。
「いざという時、戦わないと後悔する」
「そんな、ディアさんに責任は」
「それに、私にはあなたたちがいるから。戦える」
「でも、あれには……」
「やってほしいことがある」
『いざという時、戦えないと後悔する』ヤミナに言われた言葉を思い出す。もしかしたら、誰かがこのヘビを止め、犠牲者など出ないかもしれない。しかし、犠牲者が出てしまったら? 後悔してもしきれない。
気づくと走り出していた。それも、ゴルディが心配し、レオハが止めてくれたにも関わらず。だが、これは身体の暴走じゃない。私の意思だ。頼れる味方がいるのなら、後悔しないように突き進んでやる!
「届けぇ!」
木々のしなりを活用し、なるべく勢いをつけて腹を狙う。メイスを持った右腕に……。いや、そうじゃない。メイスも含めて身体全体を使った、渾身の一撃——!




