日本人、強くなりたい
「これって、けん玉ですよね」
「はい。オリエント、東の大陸に伝わる玩具です」
けん玉と強さがイマイチ結びつかないが、コントロールはできるようになるだろう。けん玉なんて小学生以来だが、何とかなるだろう。
「無論、これ以外にも基礎鍛錬を毎朝行います」
「わかりました」
その後、今日の訓練は終わり、“タイニーテーブル”とその居住空間についてゴルディらに案内してもらった。カフェの他には探偵事務所などとも繋がっていて、それなりの規模の建物だ。
「すごく立派だ……」
食べて寝るだけの場所。それが私にとっての家だった。今回はどうなるか。少なくとも、食べて寝てに特訓するが加わりそうだ。
案内の他にもいろいろとこの街のことを聞いた。もっとも、ボロが出ないようにロザキューレの質問に対する回答に耳を傾けていただけだが。
たくさんのクランの小競り合いだったり、市長選が控えていたり、ダンジョンがたくさんだったり、闘技場が流行っていたり……。特にゴルディはたくさんの情報を持っていた。いろんな人と仲良くしているらしい。
「食事は共に食べる。それがきまり」
四人で話していると、カフェのマスターが居住空間のリビングにみんなを呼んだ。テーブルには村の食事とは比べ物にならないほど食欲をそそられる品が並んでいる。まさかピザに唐揚げにハンバーガーまであるとは。ジャンクフードすぎるが、この匂いを嗅がされたのなら食べずにはいられない。
「これを全てあなたが?」
思わず聞いてしまった。すると、マスターはこちらをじっくり見つめた後でうなづいた。
「そう。……あと、ヤミナでいい」
「ヤミナ、さん?」
「私の名前」
「そ、そうなんですね」
そういえば名前を聞いていなかった。それにしても、つかみどころのない人だ。
食卓を囲んだのはヤミナ、ラビ、レオハ、ゴルディ、ロザキューレ。そんなに会話があるわけでもなく淡々と食事が進む。不思議なことに気まずくはない。
「マス……ミオネさんやシザリー先生は?」
「忙しい」
「お二方とも、ご自身の仕事場へと戻られましたよ」
ヤミナの足りない回答をラビがフォローしてくれた。ここ以外にも“天の一撃”は広がっているようだ。シザリー先生は、あれほどの腕だ。大層人気に違いない。もしくは、人体改造実験かのどちらかだな。
「こうしてみなさまと食卓を囲むと、安心します」
「ロザキューレさんはどこから来たの?」
「ローザでかまいませんよ。ファーファルから来ました」
「そ、それはずいぶん遠いところから……」
「そうですね、村の外に出たのも初めてなのでずいぶん迷いました」
質問したゴルディはローザの答えに若干引き攣っていた。よほど遠い場所から来たのだろう。そんなところから何しに来たのか気になる。ゴルディやレオハはこの気になる気持ちを我慢してくれているのだと思うと少し申し訳ない。
「どう? リヴェルトは」
「とても複雑な街です。少し窮屈ですが、みなさまと会えたので悪いばかりではありません」
「そっか。それなら一緒に他の街にでも行きたいな。もっと良い街があるよ。メトロ・トーキョーとか」
「東京……?」
「? そうだよ」
東京という言葉に思わず反応してしまった。この世界にも東京があるのか。あるいは、転生者が作り上げたのか。良い街のようだし、私のこの世界での小目標にはちょうど良いかもしれない。
「噂には聞きますが、それほど良いのですか?」
「えーと……私も実際に行ったことはないんだけど」
「こことあまり変わらない」
ゴルディは行ったことがないようだが、ヤミナは知っているようだ。なんだ、こことあまり変わらないのか。ちょっぴり残念。
「設備には雲泥の差がありますよ。街中に電車が走っていますし」
「電車……」
ラビも行ったことがあるようで、補足してくれた。電車……ファンタジー要素がどんどん削られていくが、動力が魔力とかになっているのだろうか。
それにしても、ヤミナは言葉足らずだなと思う。力強い言葉な分、頼れるような心配なような。ラビがいなければ情報が得られないところだ。……ラビさん、ありがとう。
食事を済ませた後は、シャワーを浴び自室に戻る。ところどころは違うが、日本での暮らしと大差ない。むしろ、設備が綺麗で良くなっている節がある。
ベッドに横たわり、天井に向けて手を伸ばす。身体と一度離れたのに、再度合わさると前よりもスムーズに身体を動かせる気がする。このまま離れなくなれば良いか。
そんな思いが頭をよぎったのに、気づくと頭を持ち上げていた。この特徴は自分の特別でもある。周りがあまりにも個性的だったので、自分にも何かがなければ耐えられない。そんな気持ちが勝ったのだ。こんな特徴くらいしかこの世界での寄る辺がないなんて。
「この世界をもっと広く見ないと」
狙われている身ではあるが、情報源が偏れば思わぬ落とし穴にも気付けない。自分の在り方も他にあるかもしれない。早く強くなって自分の目で世界を見てみたい。この世界に来て、自分のやりたいことが芽生えつつあった。
翌日から私たちの鍛錬が始まった。まずは基礎鍛錬として走り込みや素振りを行う。次に、ラビが作り出した岩人形と戦う。ゴーレムだ、と思ったが、見てくれは土の塊なのであまり感動しなかった。
そこから個人訓練となる。ロザキューレはラビと模擬戦を、レオハは走って止まってを繰り返し、ゴルディは火の玉を頭上でぐるぐる回しながら基礎鍛錬の反復をしていた。
私は、渡されたけん玉の技を磨く。触るのは小学生以来だが、なんとでもなるだろうと試してみたが、結果は大きなお皿に玉を乗せるのも安定しなかった。日本では趣味はミニチュア作りと公言できるほどのめり込んでいたので器用さには自信があったのだが、うまくいかない。
もしもし亀よくらいなら1日でできると思ったが、先は長そうだ。
訓練が終わると、私だけ別室に呼ばれた。何やら特別授業をしてくれるらしい。この世界の知識がほとんどないので、とても助かる。
ラビに案内されたのは小部屋だった。真ん中に机がポンと置かれている。机の上には小さな装置がおいてあり、ラビが起動させると空中にスクリーンが投影された。
これにはとても感動した。夢に見ていた超技術! しかし、その感情も一時で無に帰した。スクリーンに映し出されたのは、エリンと名乗る学校の先生であり、そこから歴史のオンライン授業が続いたからである。
この世界の名前が“エーテル・オルビス”で、2000年以上歴史があるけど1000年以上前はよくわからなくてというふんわりした知識と、現在大陸が五つあるなどの世界の地理の話だったが、固有名詞が多すぎて理解が追いつかなかった。用意されたレジュメとテキストで復習必須。本格的な授業の勉強は何年ぶりだろう……。
直近の自分に関係する情報はあまりなかった。今後、冒険者としてあるいはそれ以外で生計を立てる手段はまだ見当もつかない。ただ、今回の授業がなければ、この先の授業のノイズになることだけはわかった。近代の勉強にそれまでの流れや関係性の理解は必要不可欠なのと同じだ。
「では、授業を終わります。この端末は差し上げますので、質問はメールでどうぞ」
「ありがとうございました。あ、これメール機能もあるんですね」
「パソコンと呼んで差し支えないです。大方の機能を再現しました」
「あれ、エリン先生も日本出身ですか?」
「いえ、知っているというだけです」
転生ではないが知っている、というのは現代知識がそこまで役に立たない、あるいは誰かが現代知識で無双した後の世界なのかもしれない。また残念な気持ちに。私が漫画で憧れたのは転生ではなく選ばれし者だったのだとつくづく思う。
夕食の後、先ほどのパソコンをいじってみる。インターネットに接続もできて便利だが、現代ほど進歩はしておらず、昔のパソコンみたいだ。広告や粗製濫造の釣りサイトもないのでこっちの方が快適かもしれない。
軽くネットサーフィンすれば、この大陸の人気クランランキングであるとか冒険者ランクであるとか真偽はともかくたくさん情報を得られた。“天の一撃”は落ちぶれていたが最近盛り返してきている注目株、らしい。
調べる中で最も興味深かったのは『Dear tube』である。動画投稿サイトであり、ダンジョンを中心にコンテンツが配信されている。中でも、『Dチューバー』と呼ばれる冒険者がダンジョン攻略を配信するなど、一昔前に異世界もので流行した流れを汲んだパクリが一番タメになった。
ガワはパクリでも、中身は真剣に投稿されているので、ダンジョン攻略のマナーやら戦闘面で気をつけることなどの情報と、実際にモンスターと戦う戦闘映像は今後の参考になった。それにやっぱりカッコよくてやる気が出る。
早く強くなりたいな、と動画の影響をモロに受けながらベッドに入った。そこでふと、明日も特訓、明後日も特訓……と結局会社員時代のような日々の繰り返しだと気づいてしまった。
「異世界といっても、人間や社会、発想力がたいして変わらないし、新鮮味がないな」
思わず口に出してしまうほど。不満、不安……。プロジェクトに成功すれば何かが変わると思っていた、異世界転生できたら何かを成し遂げられると思っていた……これはきっかけの種でしかないんだ。
起き上がって鏡を見る。かつてと違う姿。変わったのは見た目だけか?
否。鏡の自分に誓う。流されず、俯瞰で見る。早く強くなる。身体からも熱いものが流れ込んでくる。私の決意に応えてくれているんだ、明日も頑張ろう。
翌日の特訓。運動をしてこなかった頭で運動できる身体を扱う、それが昨日までの状態だった。基礎鍛錬でその細かいズレが徐々に消えていく感覚が芽生えた。乗り慣れないスポーツカーに慣れる感覚…
…と漫画で見た。免許を持っていないのでよくわからないが。
けん玉も安定して両方の皿に乗るようになったが、まだ意図が掴めていない。力のコントロールには慣れたと思う。でも、本質はそこではないという。
ゴルディもレオハも昨日と同じ訓練。ふたりも苦戦している様子。ローザは槍を構えて動かない訓練に変わっていた。
「……これで強くなれるのかな」
訓練後、ゴルディがボソッと呟いた。答えはNoだ。ゴルディの特訓はそういう類の特訓ではない。火の玉を回し続けて動くことが本質ではなく、玉と身体を同時に動かすことで真価を発揮する……ん?
けん玉を持って集中する。全神経をけん玉に。けん玉を持つ手ではなく、けん玉そのものに……。よっと玉を浮かせ、良い位置で止まるように、先を穴に入れる! 入った!! 身体だけでなく、けん玉も動かすことが大事だったのだ。
「おぉ、やったねディアさん」
「ありがとう」
「? どういたしまして」
ゴルディは何のことかわからない顔をしている。別に伝わらなくていい。伝えたいのはゴルディが強くなる方法だ。妙案は思い浮かばず、何かを言おうと逡巡だけしていると、ラビから次の予定が言い渡される。
「この後は、クエストに行きましょう」
いよいよ本格的な戦闘。憧れの異世界の目玉であり、命懸けの戦場。ふたつの反する感情で混乱するが、行かないという選択肢は昨日の夜に捨てた。どんとこい、だ。




