日本人、借金する
「どうしてこんなことに……」
昨日だけで何度死戦を潜り抜けたかわからない。で、その翌日が逮捕勾留。こんなのあんまりだ。
なぜこんな目に合わなければならないか。私への取り調べを通じて、容疑だけはわかった。アース王国にて兵士を計18名殺害し、その後強盗。国宝を輸送中の兵士も襲い、国宝を奪い取った疑いがかけられている。事実ならとんでもない悪党で、テロリストを彷彿とさせる。
目撃された鎧が私の身体の鎧と一致していたことや、襲撃が王国からリヴェルトの間に起きたことが決め手となっている。
そんな恐ろしいことをした記憶は一切ないが、もしかしたら、この身体が……?
「なぜこんなことをしたんだ!」
「してません」
「目撃情報と一致するじゃないか!」
「それは……私はしてません!!」
状況証拠しかないが、明確に否定できるアリバイどころか記憶がない私。堂々巡りだ。唯一の証人は私の身体だが、残念ながら口がない。
相手は埒が開かないと呟きながらイライラしている。
私はというと、恐ろしいと思う気持ちの中で、日本の刑事ドラマみたいな施設やその対応までも似たものを感じ、安心している部分もあった。もしかしたら、これだけ時間があるので、誤解も解けるのではないだろうか。
火傷しなければ無罪なんてめちゃくちゃな法制度ではまずなさそうだし、略式死刑になるとしても数日の猶予はありそうだ。……でも、死刑の可能性はある。少し、いやだいぶ不安が勝ってきたぞ。あれ?
「失礼します。弁護士が謁見を……」
「弁護士ぃ? 口先だけのインチキ野郎が何しようってんだ」
「そりゃ、この人の無実を……」
「じゃかしい! どう考えてもこいつだろうが!!」
「一応きまりですから。無駄なのは同感です」
……略式死刑になるならあんまり猶予がないかもしれない。この勢いなら明日とか言われそうだ。
それにしても、弁護士? 一体誰が何のために? そういう制度があるってことにも驚きながら、その登場を待つ。
「あのぉ、時間もったいないんで。いいですかね」
ぬっと現れたのはスーツをバッチリ着こなしておきながらアクセサリーじゃらじゃらの女性だった。細い目とその口調がなんとも頼りなさを演出している。
「おい、“鉄の猪”を舐めてんのか?」
「とんでもない! リヴェルトの治安を守る正義の一団、“鉄の猪”には感謝してますとも。むしろ、その掟に厳格な姿勢には感服するばかりです」
「だろ?」
「えぇ、ですから“鉄の猪”のご聡明な団員様ならば、手続きに従って厳格に取り次いでいただけると思いまして」
「そうかそうか、おい! もっと早くいえよ! ズラかるぞ」
「えぇ……」
弁護士を案内してきた男は小突かれて不満そうだが、ふたりとも部屋から出ていった。
「はじめまして。今回あなた様の弁護士を担当するグヴォラ・アクセと申します。以後お見知りおきを」
「は、はぁ」
「本日はあなた様を無罪にすべく参りました」
「な、なんで?」
「? それが依頼であり——私たちの狙いだからです」
こういうことに少し鈍い自覚のある私でも流石にわかる。私たちとはつまり——。
「“天の一撃”の依頼?」
「……! あぁ、まぁそんなところだね」
なんか違うような合ってるような……。まぁ、私を助けてくれるならいいか。
「具体的にはどうやって助けてくれるの?」
「大前提、あなたは犯罪者です。国家反逆の罪」
「!?」
じゃあダメじゃん! 無自覚にとんでもないじゃん私!!
「実際は殺害までしていないし、陥れられた側面が強いですがね」
「それじゃ、濡れ衣?」
「その首、狙われてますからね〜。いろんなとこから」
グヴォラは他人事だと思ってカラッと言っている。普通は狙われないんだからもっと寄り添っておくれよ、弁護士なんだし。
それにしても、なぜ狙われるのか。昨日の連中だって、私を狙ったというよりは私狙いに変わったといった反応だった。ということは最初から私を狙う動機がある連中が、私の首? に特別な価値を付加しているのだろう。
そうなると、私は多くの人間に狙われることになるわけで……。もしかして、塀の中の方が安全?
「ま、この裁判で処刑されたらアース王国の一人勝ちですが」
「あ、国もこの首を狙ってると」
「ですです。でなきゃ裏工作までしてその首刎ねて処刑とか大掛かりなことしませんて」
「それはつまり、ひょっとして、詰んでる?」
この世界に来たばかりの記憶。処刑場。これが私の、この身体の首を取るための謀略の果てだったなんて。
一体、この首にどんな価値があるというのか。黄金郷とやらが関わっている……?私には至極どうでもいいのだが!
「詰みではありません。私が来ましたから」
そう言い切ったグヴォラの顔は入ってきたときの頼りない顔ではなかった。すごい自信だ。
「あなた様はただ、やっていないと言えば良いのです。曇りなく、ありのままに。あなた様、ならやっていないのですから」
つまり、私……六条朱音はやっていない。裏を返せば他の誰かがやったこと、の他の誰かの部分にこの身体を入れ込んでしまおうというわけだ。この世界ではそんなトンチが活きる場面がある、そういうことだろう。
「ありがとうございます。一つ、聞いてもいいですか」
「なんでしょう」
「……私の首に何の価値が」
「いずれわかりますよ」
狙われる理由もわからぬまま国にすら狙われる立場。追放系の異世界転生で味わうお手軽な絶望。体感すると、全然お手軽じゃない本物の絶望感。あの“天の一撃”はどこまで私と関わってくれるだろうか。この首に価値がある限り? 襲撃と裏切りに怯える、なんとも寂しく孤独な異世界人生か。
「……なんて、納得できないですよね」
「は?」
「また同じ罠に嵌められるとその、手間なので伝えますね」
「……はぁ」
「あなたの首は、とあるダンジョンの鍵になっています。そのダンジョンの価値は国の行末すら左右する、そう言われています」
「それは本当の話、ですか?」
「だから、『いずれわかりますよ』なんです」
理由がわかったところで……。理屈ではそうだが、理由がわかっただけで心が幾許か軽くなる。それで今は十分だ。
「では、私はそろそろ。まもなく保釈されるので、そのつもりで」
「保釈?」
「裁判までここで過ごすより、都合が良いので。……あなたには少々面倒が増えますけど」
「そう、そうですか」
単に保釈してくれるお人好し対応ではなく、まだ果たすべき役割があるということだ。それを肝に銘じた行動を心がけよう。
その後、グヴォラのいう通り、釈放となった。外に出ると、昼と夕方の境目のような雰囲気。時計を見れば四時ごろとわかる。
「ディア!」
ゴルディたちが駆け寄ってくれる。三人とも安堵の表情だ。
「良かった、疑いが晴れたんだね?」
「いや、まだ疑われてる途中で……」
「ではなぜ外に?」
「保釈ですよ。身柄の拘束だけ解かれたんです」
ゴルディやローザはあまり仕組みを理解していないようで、レオハの解説もあまりわかっている感じはしなかった。
「“タイニーテーブル”に帰りましょう。渡したいものもあります」
渡したいもの? 何だろう。色々な出来事が重なりすぎて、素直に受け入れられず、嫌な想像が頭を駆け巡った。——解雇通知書とかね。
でも、この三人は命をかけて共に戦った仲だ。大丈夫、信じられる!なんて考えているうちに着いた。
「ディアさん、助けてくれてありがとうございました」
渡されたのは、素敵な小箱。開けると綺麗なイヤリングが。
「まぁ、素敵。でも、お礼なんて……」
「今回こんな報酬が入ったのはディアさんのおかげなので。むしろこんなもので……」
「とんでもない! 人生で最高のプレゼントよ!!」
波瀾万丈と表現しても怒られないくらいにはいろいろあった。嬉しくないサプライズやプレゼントは多々あったが、こんな嬉しいのは初めてだ。
「それにさ、お祝いも兼ねてるんだ」
「お祝い?」
「えぇ。昇格おめでとうございます」
何のことかと思ったが、促されるままに冒険者証を見ると、見習いからGランクになっていた。
「なんかもらってばかりで……」
「いや、捕まった人からもらうわけにはいかないし……」
少し気まずい。まぁ、そうだねと納得したのでありがたく頂戴しよう。そして、“天の一撃”がどう動こうとも、この三人だけは信じようと固く誓った。
次の日、何事もなかったかのように鍛錬が始まる。身体を鍛える大切さは身に染みてわかったが、きついことに変わりはない。
特訓の方は全員内容が変わっていた。ゴルディはラビと稽古、レオハは長距離加速、ローザは石人形組み手。私は……。
「身体を使わずにけん玉を操ってください」
トンチか? と頭を悩ます難題に対し、みんなの特訓を見守ることで気を紛らわすしかなかった。
ゴルディは杖を打撃武器のように扱うが、素手のラビに一撃も与えられず。レオハは加速が続かずにバテてしまう。壁は高い。
一方ローザは、集団演習の土人形より硬い石人形をバターみたいに切り裂いている。巨大ヘビ相手に生き残れたのは間違いなくローザのおかげだ。実力が違いすぎる。
いかんいかん、自分のことに集中せねば置いていかれる。そう思って頑張ったが、一ミリも動かないうちに特訓は終了となった。そう簡単に強くはなれないか。この特訓にも意味はあるはず。もう少しあの激闘を思い出しながら頑張っていこう。
「やぁ、お疲れ様」
カフェに戻ると、クランマスターのミオネがコーヒーを飲んでいた。どうやら私たちに話があるようで、食事を共にすることとなる。
「まず、全員Gランクおめでとう」
全員、ってことはゴルディやレオハ、何よりローザも同じランク……!? あれほどの実力があるにもかかわらず? ランクを上げられない事情、一体何だろうか。
「Fランク昇格試験は合同クエスト。出発は1週間後だから、各自準備を」
すらすらと予定を話すミオネ。こちらの予定は……。と思ったが、そもそも予定を立てられるほどこの世界を知らない。うーむ、いろいろ知るためにも休みがほしい。
「あの……」
「ん?」
「私って休みとかって……」
「好きに取ってくれて構わない。ただ……」
休みが自由だなんて素敵な職場……ただ?
「しっかり働いてくれないと困る。借金が回収できなくなる」
「借金?」
「保釈に必要なもの、ニュースで聞いたことくらいあるだろう?」
保釈されるって何が必要か……あっ。
「嫌疑とはいえ国家反逆罪。通常は保釈などまず不可能な中での特別措置。代償は大きかった。だから、出世払いで」
「あー……なるほど? 確かに。たくさん必要でしょうね」
「そうそう。三億円くらいね」
「!? そんなに?」
いや、国家反逆罪の保釈金としてはむしろ足りないくらいの額ではある。が、あまりに額が大きく、馴染みがなさすぎて驚いてしまった。生きているうちに返せる額なのだろうか。ちなみに、三億円と聞いて周りはポカンとしていた。想像もつかないよね……。
「ついでだから、今日は他クランを見て回るといい。ロザキューレは一緒に来てくれ」
「すみません、わたしも外します」
「それってディアさんの案内は……」
「任せた」
ヤミナにおかわりをよそわれるゴルディ。面倒な役目を押し付けてごめん……!
それにしても、他クランとはどのようなものか。徐々に世界が広がっていく。この首が狙われているという懸念点はあるが、今は未知の世界を楽しもう。




