Gランク、世界を知る
「いやぁ、気が進まないな」
ミオネから渡されたリストに従い、同じ昇格試験を受けるクランへと向かう道中。ゴルディは、はっきりと言った。本当に嫌そうだ。
「あまり関わりはないの?」
「全然……とは言い切れないけど、挨拶にってのは初めてかな」
「一緒にクエストとか」
「現場で鉢合わせくらいだけど、報酬に関わるし良い出会いじゃない。会わないようにするのがマナーだし」
営業マンが営業先被るみたいな感じかな。確かに気まずそう。でも、ゴルディの嫌がり方はそれ以上。もっと深いところに懸念がありそうだ。
「着く前にクランのこと知ってたら教えてほしい」
「おーけー。今向かってるのが大陸随一のクラン“黒の竜”。規模が大きいから新人さんもいるのかな。名前が強すぎて緊張しちゃうよ」
OKって普通に使うんだ……なんて思いつつ。“黒の竜”は動画でもよく流れよく名前も出る超有名クランだ。その実態が知りたいところだったが、名前が凄すぎてよくわからないのだろう。規模も大きいならリヴェルトでの彼らは他と違った雰囲気かもしれない。
「じゃあ、入るよ」
扉を開けると、とても広かった。ギルド会館の十倍くらいある。“タイニーテーブル”は名前に反して割と広々だと思っていたが、ここと比べたら名前通り小さく思える。広すぎる。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご要件でしょうか」
「あの、今度のFランク昇格試験のご挨拶に……」
「お約束はございますか?」
「いえ……」
「では、担当にお伝えしておきますので。お引き取りください」
銀行を思わせるような丁寧な接客からの客でもなければ約束もないなら帰れという手のひら返し。まさに大手といったところか。世界は変わっても大手企業の概念は共通するんだな。はぁ。
「おいおい、ルーキーちゃん相手にそりゃねぇだろ」
背後から、ずいぶん高い位置から低い声が大きく響く。振り返ると、外国のバスケ選手みたいな大きさで浅黒く筋肉質でサングラスなミドルガイが立っていた。
「アラマキ様。お帰りなさいませ」
「んで、お嬢ちゃん方はどこから来たの」
どうやらお偉方らしいが、全然そんなふうに見えない。強いのは間違いなさそうだけど。
「“天の一撃”です。今回はよろ——」
「たぁーっはっはっは! “天の一撃”ったぁ大きく出たもんだ!!」
ゴルディが話を続けられないほど豪快に笑うアラマキ。正直、気分が悪い。
「ま、せいぜい頑張ってくれや。足引っ張るなよ」
そう言って中に入っていくアラマキ。なんと失礼な。はらわたが煮えくりかえる。呼応するように、身体が熱を帯びる。
ムカつくのでジッと背中を睨んでやると、不意にアラマキが振り向いてくる。うわっ、びっくりした!
「おい、無口なの。ふざけたことするな、殺すぞ」
アラマキはサングラスを下げ睨みつけてくる。背筋が凍る。恐怖で身体も凍ってくれたらいいのに熱いままだ。こ、これってまずいのでは? ひとまず目線を泳がせよう。
「チッ」
アラマキは視線を外して去っていく。怖かった……。てか、コイツらと同じクエストってしんどいな。
「だ、大丈夫? ディア」
外に出るとすぐ、ゴルディが気遣ってくれる。
「なんか巻き込んでごめん。次行こう」
それにしてもアラマキのアレはなんだったのだろうか。背中を睨んだだけであんなキレるってやっぱ腹立つな。
「次は、“聖青の天秤”。ここも大きいクランだけど、庶民派で親しみやすいよ」
気を取り直して次のクランへ。“聖青の天秤”も人気クランランキング上位だ。名前は見たことある。ちなみに、“天の一撃”はランク外。昔は人気だったらしいが。
「さぁ、入ろう」
ここも大きいクランなだけあって広々としている。“黒の竜”よりは小さいが、親しみやすい雰囲気が出ている。
「こんにちは。ご依頼は奥へ。その他のご用件はこちらで承ります」
「すみません。今週のFランク昇格試験のご挨拶に……」
「かしこまりました。担当者にお繋ぎします。少々お待ちください」
なんとも丁寧な対応。先ほどとの落差で神クランに思える。というか、うちのクランって受付ないどころかカフェになってるんだけどアレでいいんかな。
「お待たせいたしました。ご案内いたします」
応接室に通されると、優しそうな男性が迎えてくれた。
「はじめまして。今回、試験に同行するアイザックです」
「はじめまして。“天の一撃”のゴルディーネです」
「ディアです」
「“天の一撃”ですか。最近めざましいご活躍で」
「私たちはまだ新人なので、大したことは……」
「いえ、こうしてご挨拶に来ていただいているのが何よりの証。良いクランですね」
どこかで活躍する先輩のおかげでこんなに褒められるとむず痒い。ありがとう先輩。私も足を引っ張らないように精進せねば。
「では、当日もよろしくお願いします」
「お願いします」
終始和やかな雰囲気で解散となる。こっちのクランとは仲良くやれそうだ。次はどんなクランだろうか。
「次、かぁ。じゃあこっちから……」
次に向かって歩き出したが、ゴルディから一向に説明がない。
「ねぇ。次のクランって」
「それが、私もよく知らなくて。“シルエラ”っていうらしいけど」
「聞いたことない……」
まぁ、それが普通だろう。そういうクランがあるから合同昇格試験なのだろう。
「えーとぉ、この辺り……なのかな?」
「ほんとに?」
辺りは華やかな街からかけ離れた掘立小屋の集まりで、人の気配もまばら。廃墟に近いような雰囲気。依頼をこなす側はもちろん、する側もいないのではと思える。
「多分、これだね」
目の前には比較的人の手が入っている建物。恐る恐る中に入ると、とても狭い。狭い家って感じだ。日本の家に帰ってきたかと……思わない。それくらい汚くてボロい。
「あっ! いらっしゃい!!」
「依頼ですか!?」
「サービスしますよ」
「ささ、座って座って」
変わるがわる四人の子どもたちが出てきてまとわりついてくる。な、なんなんだここは。
「こら、やめなさい。困ってらっしゃるでしょう」
はーい、と子どもたちは離れていく。子どもたちを叱ったのはくたびれたメガネの男性だった。
「騒がしくてすみません、何かご用事が?」
「えぇ。今週のFランク昇格試験のご挨拶に」
「あぁ、ご丁寧にどうも。“シルエラ”のクランマスター、ジニィです」
「“天の一撃”のゴルディです」
「ディアです」
これがクラン。大手との落差、というにはあまりにも差がありすぎる。街の様態といい、規模より環境の方に大きな差を感じる。
「これがクランと驚いたでしょう」
「え、えーと……」
「ここいらはリヴェルトに捨てられた人間の集まりなんです。成長の際に切り捨てられ、発展を望めなかった」
「……」
「そんな環境に一石を投じてやりたかった。見てくれは悪いですが、実力はありますよ」
ジニィの目の奥がギラリと光る。この絶望的な環境をどうにかせんと抗う男の目。いやそれだけではない。
「ここは子どもが現れては消えるんです。誰かが捨て、誰かが持ち去る。そんなの許せない……!」
手が震えている。彼に宿っているのは怒りもあるのだ。この街に対しての、怒り。訪れて数日。自分が知りたいと願った世界は、あまりにも複雑だ。
「近頃も多数行方不明になりました。私のように子どもたちを束ねていた子が、裏で取引して売っぱらっていたのです」
「行方不明事件の犯人、ですか?」
「えぇ。ギルドの掲示をご覧になりましたか。犯人はね、誰でもあって誰でもないんですよ。全部なんて捕まえられない。なら抗う力を与えた方が早い」
ここがクランで、彼がマスター。抗う力。つまり、試験を受けるのは……!
「試験はあなたではなく、彼らが?」
「はい、その通りです」
「え、そんな! まだ戦える歳ではないでしょう!」
「いえ、アレでも歳は重ねていますよ。栄養が足りないだけで。それに、戦いは待ってくれませんから」
諦めた口調で話すジニィ。目の奥のぎらつきと噛み合わない。
「おい、先生をいじめるな!」
「私たちだって戦えるもん!!」
「なんなら、今ここで力を見せましょうか?」
「おまえらなんて瞬殺だ」
またゾロゾロ現れた子どもたち。かなり慕われているようだ。悪い人ではないのか。判断しかねるが、その判断に価値はないだろう。
「こら! 向こうにいってなさい。お騒がせしてすみません」
「こちらこそ、突然すみません」
逃げるようにして立ち去る私たち。当日の不安要素が増えていくが、割り切るしかないだろう。
「大丈夫かな、試験」
「自分たちのことだけ考えよう」
ヘビとの戦いに、彼らがいたら勝てただろうか。否、きっとみんな死んでいた。あの戦いを経験した今だからこそ、余計なものは抱えないという思考で動くことができる。
「それで、次は?」
「次、か。あんまり行きたくないけど……」
そう言いながら歩き始めるゴルディ。最初に嫌がっていたのがよくわかるような、まだ核心に至っていないような。顔色が悪くなったのは間違いないが、私の顔色も同じことになっているだろう。心の方が疲れ始めている。
「次は“獅子の咆哮”。喧嘩っ早いし、場所が場所だし……」
荒くれ的な典型的悪い冒険者なのだろう。酒場とかで屯してるような。まぁ、ある意味イメージ通りだからそんなに身構えるほどか?
「え、ここなの?」
「……うん」
そう思っていた時期が私にもありました。そこはまだ昼なのに酒臭く、眠っているような場所。言わばリヴェルトの夜の顔のような、うん、歌舞伎町だ。ゴルディが来たくないのはよくわかる。
ただ、一番のがっかりポイントはモヒカンの世紀末冒険者がいる世界に、ホストや反グレが混じっていることだ。日本からの影響を受け過ぎて、コスプレの日みたいになっている。そういう人種も嫌いだったので益々嫌だ。
「じゃあ、挨拶終わりと言うことで」
「いや、ここだけ挨拶しないと後でめんどくさい絡まれ方するから……」
「それ、今か後かでしかなくない?」
挨拶しても間違いなくめんどくさい絡まれ方をするだろう。ローザがいればゴルゴンよろしく石化したみたいにできたのに。残念だ。
「あっ、お前は!」
「あっ」
意を決して扉を開けると、早速懐かしい顔を見る。
「てめぇ、あの時は良くも恥をかかせてくれたな? ……あの時の女はいねぇな、よし。覚悟し——」
「あの、お仲間の方、見つかりました?」
私に向かってぐちゃぐちゃ言ってくる小物は無視。私は、私がこちらに来た時に村で仲間を探していたあの冒険者に声をかけた。
中は広いし薄暗かったが、あの時の悲痛な表情が印象に残っていたのですぐピンと来た。
「あ? おちょくってんのかテメェ……」
静かに、だが確実に怒りを見せる冒険者。裏でまだ口だけ喚いてる小物とは大違いだ。
「いえ、探している人が見つかっていたらな、と。大切な人だと感じたので。お気を悪くさせてごめんなさい」
「ちょ、ちょっとディア……!」
冒険者は立ち上がり、拳を握る。そして、私に向かってその拳を突き出す。拳は私を突き抜けて——私の右側を抜け、小物の鳩尾に吸い込まれるように当たる。椅子を振り上げていた小物は悶絶し、気絶する。
「ジョッシュは俺の大事な弟だ。金髪で癖っ毛の、こいつをつけてるガキだ」
冒険者は抜いた右拳を引き、ブレスレットを見せてくれる。
「見つけたら、“鉄の猪”のレイに伝えてくれ」
「……はい!」
そう言って冒険者、レイは去っていく。
「ディア、短い間にずいぶんと大胆になったね」
「ジャイアントトードより怖くないし……」
「そりゃ……いや、大物になるよ」
強さの上限はわからないが、実力差はなんとなく感じ取れるようになってきた。いずれ、もっと細かくわかるようになるかもしれない。挨拶回りで実力者を知れたのが功を奏したかな。
「おい、ずいぶんなご挨拶じゃねぇか」
「お前って首無し騎士の……脱走か?」
「へへ、良い身体してやがる」
気絶させられたやつが出たら、そりゃ注目が集まる。先走って事態を悪化させてしまった。ごめん、ゴルディ。ここは私が話を進めよう。
「今週のFランク昇格試験のご挨拶にまいりました」
「ずいぶんなご挨拶じゃねぇか」
「それとも、私たちをどうぞ〜てか」
「へへ、どっちも良い身体してやがる」
もう良いだろう。金輪際よろしくしたくない。帰ろうと踵を返すも、道は当然のように塞がれている。身体が熱を帯びてくる。私のムカつきに呼応したか、あるいは戦闘の気配を察したか。ゴルディも臨戦体制だ。
「ちょっとちょっとちょっとぉ! 困ってるじゃないの」
男たちの壁を割って入ってきたのは女の人だった。客を取る感じでもなく、さりとて普通でもなく奇抜な格好をしている。
「私も冒険者なの! 仲良くしよ!!」
満面の笑みで手を差し出してくるが、この状況が見えないのだろうか。げんなりしていると、包囲がだんだん緩んでいく。空気もお開きムードだ。……この人、そういう。さっと抜けてしまおう。
「そうですね、またいずれ」
そう言ってゴルディを引っ張り逃げ出すようにというか、逃げ出す。なんと疲れる一日か。
「ちょっとぉ! 待ちなさいよ!! 失礼でしょ!!!」
め、めんどくさい! 私たちはもうダッシュで逃げる。鍛錬のおかげで身体はキツくない。鍛錬はやはりや嫌がらずやるべきなのだ。
やがて、姿が見えなくなるほど引き離したところで少し休憩。あの場でも少し浮くほどの逸材、“獅子の咆哮”とは無関係か? 何にせよ、試験に現れないことを願う。
「ディア、ごめん行かなきゃよかったね」
「いや、むしろこっちの方が面倒な騒ぎにしちゃってごめん」
互いに互いの気持ちがわかるので、何も言わない。もう帰りたいところだが、これで全部のクランを回れたのか?
「じゃあ、……帰ろうか」
「これで全部回った?」
「あー……うん。ごめん、まだある」
ゴルディはさっきよりも嫌そうだ。ここより下があることに驚きが隠せない。そんなとこ、行かなくていいわ。
「“フィフスロック”。私が元いたクランなの」
あー……。そりゃ気まずいか。ゴルディが嫌がる理由がよくわかる。前職に営業の挨拶って正気を疑われる。
「わかった、場所だけ案内してくれる?」
「うん」
明らかに足取りが重いゴルディ。挨拶が地獄めぐりの様相を呈している。しかし、クランを抜けるとは会社を辞めるのと同じように考えていいのだろうか。はたまた、私のようにクビだったか。——これは触れない方向でいこう。ずっと触れないでもらったし。
「……“フィフスロック”ってところは、とにかく吸収合併やスカウトをしてね。人を食い潰すんだ」
「そ、そうなの」
「私は逃げ出したわけだけど」
「それ、逃げじゃなくて前進だから」
ゴルディは何も返さなかったが、照れているようだ。それにしても、ブラックここに極まれり。とんでもクランだな。“天の一撃”はかなり変わってるけど気遣いはある。隠し事も多いからいまいち信用しきれないけど、そのブラッククランよりはるかにマシ。
「私はここの“フィフスロック”にいたことないから、場所もぼんやりなんだけど、多分この先にあるはずだから」
「わかった、案内ありがと。行ってくる」
「ありがとう。よろしく」
そのままクランを探しに向かおうとしたその時。
「あれ? ゴルディーネさん?」
サッと振り返る。しまった、もっと遠くで別れるべきだったか! 見るとゴルディの前に少年と女性が。声をかけたのは少年。これは“フィフスロック”の関係者ではない? それならいいのだが、ゴルディの顔の青ざめ方からすると——。
「まだ冒険者を続けているの? 恥ずかしいと思わないのかしら。いい加減自覚しなさい」
……思い切り関係者だろう。私はすぐさまゴルディに駆け寄った。




