Gランク、裁かれる
「まだ冒険者を続けているの? 恥ずかしいと思わないのかしら。いい加減自覚しなさい」
凛とした佇まいの、黒づくめの女性。それが、唐突にゴルディに言い放った。ゴルディは冷や汗をかきながら俯いている。
「あの、何かご用ですか?」
私は割って入り、語気強めに問う。仲間が、友達が困っているのだから当然だ。
「あら、庇ってくれるお仲間も見つかっているのね。今度の犠牲者はこの子かしら?」
「ちょっと、いい加減に……」
「ディア! 大丈夫、大丈夫だから……」
「急ぎますよ、シオンさん。時間を無駄にしてしまったわ」
「は、はい!」
あと少しで生意気な口を拳で塞ぐところだった。止められなければやっていた。冷静に考えると、保釈中になんと危ない行為だろう。
「止めてくれてありがとうゴルディ」
「こっちこそ、私のためにありがと」
最近、すぐにカッとなって困る。戦えるという自負がほんの少しの対立すらどうにでもできるという思考に直結しているのかもしれない。慢心で首を落としたんだ、気をつけよう。
「じゃ、今度こそ行ってくるよ」
「ごめん、よろしく」
ゴルディを残し、“フィフスロック”に入る。中はたくさんの人で溢れている。大きさはまぁまぁだが、人がダントツで多く、狭く感じてしまう。
「どこで突っ立ってんだ、邪魔だよ」
ドンとしっかり肩をぶつけられた上で嫌味を言われる。どこで何をしたら良いか迷って止まっていたこちらが悪いのだが、ほんのわずかな時間である。肩をぶつける必要があっただろうか。
「ここは夢がないわね」
端に寄りながら呟く。怒りより呆れが強い。
改めて、案内を探し、受付まで向かう途中もぶつかりそうで、何が人を惹きつけるのかわからない。
「すみません、今週の昇格試験で——」
「依頼ですか?」
「いえ、今週の——」
「依頼以外の対応はしておりません。次の方どうぞ」
テレビで見る繁盛店の中でもサービスが良くない店みたいだ。来て損をした。燃え上がる気持ちさえ湧かない。人がいるだけ、そんな印象だ。
何か依頼が必要なら“聖青の天秤”にしよう。
「おまたせ。挨拶できなかったよ」
「え? あぁ、まぁいいんじゃない」
こうして、“天の一撃”に帰ろうとしたのだが。
「ちょっと待って。話しておきたいことがあるの」
そう言われ連れられたのは、街角。先ほど“シルエラ”があったような未整備区画を見下ろせる場所。
「ここね、夕陽が綺麗で好きだったんだ」
「……そうね」
ゴルディの視線を追ったので気づかなかったが、鮮やかな夕陽がよく見える。
「下に広がるこの光景なんか、目にも入らなかった」
「ゴルディ……」
「今日、“シルエラ”を見て気づいたんだ」
「……この街は変だよ」
素晴らしい設備の下に広がるガラクタ。いや、ガラクタの上に街ができているのが正しいか。ここで生きる彼らと、街を生きる人々で同じリヴェルトの住民というのはどうにも納得できない。
「私、“フィフスロック”で大切な人を亡くしたの。私のせいでね」
「……」
「弱いのに置いていかれたくないからってついてって。私なんかを庇って死んだんだ」
「……それは」
ゴルディのせいじゃない、これを言葉にする前に、ゴルディは手で静止する。
「私は私の『欲望』で人を殺したの」
「え……」
「今冒険者をやっているのはせめてその人の夢だけでも叶えたいから」
ゴルディの告白は、意外だった。普段は明るく、気配り上手で時に無茶をする芯の強い子という印象。こんな思いを抱えていたなんて。
「さっきのあの人、私の教育係だったの。だから、半端な気持ちで冒険者してるの見抜かれてるんだ。昔から、ね」
「冒険者をやりたいのは、ゴルディの本心じゃないの?」
「わからなくなっちゃったの。私の意思か。預けられた意思なのか」
そう言って、ゴルディは金貨を一枚取り出し、私に手渡す。見た目ほど重くなく、少し温かい。
「こんなものを残すより、一緒に……あの人が生きてほしかった」
「……私は、経緯はどうあれ、ゴルディと会えてよかったし、命を救われたよ」
「ディア……」
「これ、返すよ。大事なものなんでしょ?」
「ううん、持っていて。それが私の覚悟だから」
よくわからない理由だが、頑なに受け取ろうとしない。とりあえず、名前の書いてあった布と同じポケットに入れておこう。大切にしたい、そう感じさせたのは確かだから。
辺りはすっかり暗くなっていた。“タイニーテーブル”に戻ると、すでに食事が用意され、遅いぞ! という圧を感じる。ヤミナの表情は変わらないので受け取り方の問題なのだが。
「挨拶は順調でした?」
ミオネは忙しいのだろう、食卓にはいないので代わりにラビから質問がくる。
「まぁ、大層なご挨拶ですね。というところ」
「他のクランは敵ではないですよ」
やんわりと失敗を匂わせたらやんわりと挨拶もろくにできないのかと返される。正論パンチは心に響く。
「同行者とか言ってましたが、クエストの内容って」
「高純度の魔窟水晶の確保。水晶のダンジョンへ潜るクエストです」
「ダンジョンかぁ」
「初めてのダンジョン、楽しみにしておりました」
「ローザさん、ダンジョン初めてなんですか?」
「はい、同行者がおりませんでしたので」
ダンジョン。動画によればゲートを通じた別世界だとか。マデラ深林のようなこの世界の魔境と区別して、クローズドダンジョンとも呼ばれる。この世界ならフィールドダンジョン。呼び方がゲームっぽいがイメージしやすくて助かる。
「わたしもクランでの攻略は初めてなので緊張します」
「それで、同行者は?」
同行者。言葉だけならパーティメンバーだが、それだけの意味ではないだろう。おそらく、私たち四人以外に誰か来るはずだ。
「低ランクがダンジョンに潜る際に責任を持つ冒険者のことです」
「今回のランクって」
「ランクはE。なのでDランク以上の冒険者が同行します」
ダンジョンの最低ランクはおそらくE。動画でそれ以下は見なかった。同行者は説明がないだけで動画にいたり編集されていたのだろう。やたら強い仲間じゃなかったんだ。
「自分たちの実力を心配した方が良い」
ヤミナはピシャリと言い放つ。二度の正論パンチは身体にも悪い。そそくさと食べ終えて、温泉へと向かう。その前に一応確認を。
「ラビ……さん、温泉って使ってもいい?」
「えぇ。案内してもらってください」
「場所わかりますよ」
「一応機密施設ですので」
また“天の一撃”の胡散くさいところ。まぁ、温泉使えるなら気にしなくていいか。
「では、ご案内します」
「あ、わたしも行きたいです」
メイドさんに連れられて、私とレオハは地下へ向かった。
「メイドさんはご飯一緒に食べないんですか?」
「はい。メイドですから」
実は食事の際に少し離れたところで待機するメイドさん方が気になっていたので、なんとなくわかっているものの質問してみた。案の定だった。
「あの、ディアさん」
「ん?」
「ゴルディさんって何かあったんですか?」
先ほどの食事で、ゴルディは一切口を利かなかった。あのゴルディが、である。挨拶回りが原因とまで気付いてもおかしくない。
「……少し色んなこと思い出しちゃったみたい」
「そうですか」
詳しいことは本人が話すべきだ。信頼してあの場で打ち明けてくれたゴルディを裏切る真似はできない。
「レオハは何していたの?」
「わたしは、えっと……内緒です」
レオハにはぐらかすイメージがなかったので意外だ。まぁ、とんだ隠し事をしていた私にとやかく言う資格などない。
とりあえず、風呂に入ろう。相変わらず銭湯みたいな温泉にかけ湯をして浸かる。今日は染みない。どんな効用があって染みていたのだろうか。
「もう体は良いの?」
「はい、おかげさまで。あの時はありがとうございました」
レオハの体調も良好で何よりだ。心臓が止まってもこんな短期間で回復するなんて良い世界だな。これだけの回復力があるからこそ、冒険者が成り立つのか。でも、普通に犠牲者が出ているので、どんな魅力が人を危険に駆り立てるのだろう。
「レオハはなんで冒険者になったの?」
湯でリラックスしていたので聞いてみた。きめ細かい肌にやや慎ましやかな体躯。戦う人には見えなかった。
「……敵討ち」
「……そっか」
「気にならないのですか?」
「聞いてほしいなら」
「……大袈裟に言っただけですよ、探究心です」
レオハは多分、嘘をついている。でも、気にならない。しかし、冒険者として命をかける現状は気になる。この世界、冒険の占める割合が高すぎる。サービス業の発展が遅れているのか、魔法で利便化が進み必要なくなったのか。私の世界は間違いなく広がったが、まだまだ足りないな。
「ディアさんには聞いてもいいですか?」
「……記憶喪失だって」
「あ、そうでしたね」
なんとなく顔を合わせて笑い合う。嘘だと思われてるのかな、まぁ真実ではないけど。この身体は冒険者だったのだろうか。国家に楯突くくらいだから強かったのだろうけど。
「まずは借金返せないとだから」
「一緒に頑張りましょう」
「? 私の借金だよ?」
「? 同じクエスト受けるじゃないですか」
再び笑い合う。なんとなく、レオハとの距離が縮まった気がした。
風呂から上がった後もぼんやりと考えごとをしながら眠りにつく。こっちの世界に来てから毎日が濃いが、今日は別種の濃さだった。
翌日、ついに裁判が明日だと聞かされた。日本の司法に見習わせたいスピードだが、流石に異例らしい。よほどこの首に価値があるようだ。
特訓ではけん玉を動かすことができなかった。みんなの特訓を一切見ずに集中してもダメだった。
「世界は自分で広げるものです」
ラビはそう言って答えもヒントも教えてくれない。昇格試験もあるので気持ちが焦る。そんな気持ちのまま、今日はエリン先生の授業だった。
「こんにちは。本日は魔法について簡単に紹介します」
「おぉ……!」
魔法きた! と思ったが、今回は魔法とは何かに留まり、実際に使うための授業ではなかった。魔力を使うのが一般的だとかイメージを形にするイメージとか抽象的な話。まずは魔力そのものを感じ取り、これを変換できるようになるところから必要だという。
「先生、質問です」
「なんでしょう」
「私は魔力を使っているらしいのですが、どうすれば変換できますか」
「身体の内外で異なります。どんな魔法が使いたいですか」
「火の玉です」
「でしたら、身体の外の魔力を——」
「それはどんな感じですか」
「えーとっ……実践はまたの機会で」
その後、魔法の種類について設置とか身体強化とか色々聞けた。魔力の収束を妨害し、発動をかき消す方法もあるという。が、私が使うのはまだまだ先の話だ。……もしかしたら、この間のアレ? 急に身体が動かなくなった、あの時。もし、同じ原理なら使われる方は経験済み。自分で使えたら……! 早く教えてもらいたい。……けん玉の壁、越えなきゃな。
授業が終わった後の食卓でも、裁判の話はなく、こちらから聞いてもやっていないと答えれば良い、それだけだった。なんとも不親切だが、それが“天の一撃”である。慣れてきた。それに、今食卓で当たり前に美味しい食事をいただいておきながら不親切だなんて厚かましいにもほどがあるのだ。刺身に醤油まであるのかよ……!
そして迎えた次の日。いよいよ裁判が始まる。グヴォラの顔つきは第一印象の頼りなさそのままだ。ほんとに任せてよかったのか? 今更ながら不安になる。しかし、もう遅い。この世界に来た時から私の手に負える案件ではない。
「これより、裁判を始めます」
今まさにまな板の上の鯉が裁かれようとしていた。




