Gランク、暴かれる
「被告、ディアはアース王国兵十八名を惨殺後、輸送中の国宝を強奪した罪。許しがたい蛮行、斬首が相当なり。首を刎ねよ!」
裁判が始まったと思ったら終わった。なんだこの茶番は。呆れて物が言えない。
「裁判長。今は制度が異なりますゆえ、まだ刑罰の確定はできませぬ」
私だけが呆れているかと思ったが、裁判長以外も呆れていた。今のは相手方、検察か憲兵隊か。とにかく裁判ごっこでなくてよかった。
「左様でございます。それに、この者はかような狼藉を働いてはおりませぬ」
グヴォラも続けて発言する。さすが弁護士、頼りになる。
「むぅ。では此奴が罪を犯した証拠をもてぃ」
「はっ。まず、犯人たる首無し騎士と同じ鎧を着て街を歩く姿が目撃されております。こちら目撃証言を印とまとめておりまする」
「ふむ、次は?」
「こちらにございます。被告は冒険者証によると、事件以前の記録がなく、名前まで不確か。素性を隠しておるのです」
「あいわかった」
思ったより、ゆるいというか……悪い意味でドラマっぽい。甲何号証とか本格法廷ミステリで見たやつがない。
「では、その方の首を刎ね、生きていれば犯人。死ねば無罪とする」
「異議あり!」
中世の魔女裁判より直接的かつ斬新な裁きに、聞き馴染みのあるセリフが入る。混沌としているな……。
「この者の鎧が首無し騎士と同じである証拠がございませぬ。また、事件以前の記録のない者などこの街にはいくらでもおります。決定的な証拠にはなりえませね」
私が想像する裁判なら、警察が家宅捜索をしてとか科捜研が分析をしてとかで鎧そのものを軸に話が進んだだろう。だが、実際は裁判と名のつく形式をごちゃ混ぜにしたような印象だ。ひょっとして、裁判制度ができて間もないのか……?
「その鎧は間違いなくアース王国兵の物。なぜ其奴が着ていたか!」
「前大戦にて戦場に捨て置かれた鎧を誰が持とうが不思議ではない」
「我らを愚弄するか!」
「鎮まれ!」
木槌を叩く裁判長。さっきまで静止役だった相手方も熱が入ってしまった。この制度がなかった時には何十人と無実の人間が死んでいただろう。
「ふーむ。あい分かった。双方決め手にかけておる。したがって、審判の儀に移行する。被告ディア、前へ」
「さ、裁判長! それを使わぬための裁判でしょう!!」
「王国に伝わる秘術の使用に何の文句がありましょうや」
「き、貴様! 弁護士でありながら意を唱えぬというのか!?」
「そちらこそ、兵士でありながら王国の有り様に意を唱えると?」
「よい、もうよい。これで全てがハッキリとするのだ」
促されて仕方なく前に出ると、職員が巻き物を広げる。中には魔法陣が書いてある。
「宣誓を」
「?」
「嘘偽りなく真実を述べると宣誓せよ!」
「は、はい……。私ディアは嘘偽りなく真実を述べることを誓います」
「さ、手を翳してください」
グヴォラに言われた通り手を翳すと巻物が一瞬光る。
「その方、アース王国兵を殺害したか?」
「いいえ」
「その方、アース王国の物品を盗んだか?」
「いいえ」
実際、自分がやったかどうかはわからない。巻物がどんな反応を示すか恐ろしい。しかし、巻物は何も起きない。
「先日貴様が着ていたの鎧は、どこで手に入れた!」
「わかりません」
「裁判長。裁判長以外の質問は御法度。重大な権利侵害です」
「うむ。これにて審判の儀を——」
「貴様が持ち去った鎧は、私の親友の……」
あの鎧はそんな鎧だったのか。なんだか悪いことをした気持ちが……。それと同時に巻物が淡い光を帯び始める。
「あなたはやっていない。ですよね?」
「はい」
グヴォラに促され、しっかりと答えると再び巻物から光が消える。そして、裁判長は木槌を二回叩く。
「審判の儀を終え、沙汰を言い渡す。被告の罪は認められず。よって、無罪とする。本件に関し、被告ディアはアース王国の名の元に庇護される。以上」
「そ、そんな……」
「なお、憲兵隊代表の儀式妨害行為については追って抗議する」
「ははっ」
「これにて閉廷」
裁判が終わった。結果は、無罪。確かに準備することはなかった。というか、相手はもっと準備をすべきだった。結果には満足だが、過程に透明性がない。なんとも釈然としない裁判だった。
「あなた様には退屈な劇だったでしょう」
裁判所を出た後、グヴォラはこちらの胸の内を見透かしたように言い放った。どうやらこの裁判に疑念を抱くのはおかしなことでない様子。
「最後に契約の確認をします。その際にある程度の疑問は晴らしますよ。サービスです」
「それは……助かります」
「では、“タイニーテーブル”で。先にお戻りください」
「は、はぁ。本日はありがとうございました」
「いえ。まだ弁護士の仕事は終わっていません。気が早いですよ」
後処理とかあるのかな。とりあえず、言われた通り“タイニーテーブル”に戻る。まだお昼時。人で賑わう大通り。今戻ったらお客さんが結構いるのかな。鍛錬が終わって
顔を出す頃には落ち着いているので、気になる。
——ガキン!
たわいのないことをアレコレ考えながら歩いていた時、不意に鳴った音。目の前にはフードを目深に被った怪しい男。視線をゆっくり下すと、男の手にはナイフが握られており、私の腹を貫こうとしていた。ただ、覚えのない鉄板がそれを防いだのである。
「チッ」
相手の舌打ちに対し、間髪入れずに身体が動く。相手が飛び下がるのを読んで深く踏み込み、渾身の正拳突き。吹き飛んだ相手は即座に立ち上がり、そのまま路地裏へ。足も路地裏に向かうが、静止させる。追う意味がない。犯人は下っ端だろう。
視線だけで追いかけるその下っ端は、なんといきなり地面から現れた壁に対応できず、尻餅をついた。壁はその瞬間に細かい粒子となって縄を形づくり、敵を拘束した。
「ふぅ。これが弁護士の仕事ですよ」
路地裏からグヴォラが現れる。弁護士のアフターケアで暗殺が防げるのはこの世界ならではだな、なんて気楽に思えるのもグヴォラのおかげだ。……少し冷や汗が。
「助けていただきありがとうございます」
「あなた様が無事で何よりです。これから情報を引き出しますので、今度こそお先にお戻りください」
「は、はい」
また襲われないうちに逃げ込もう。そう思い、駆け足で帰る。いや、少し嫌な予感がしたのだ。森で小屋が焼ける光景をふと思い出したから——。“タイニーテーブル”のある方角に立ち昇る煙が、焦りを生む。
「け、煙が……」
“タイニーテーブル”は煙に包まれていた。それは大層白く、そしてなんとも芳しいタレの匂いを撒き散らす。
「おかえりなさい」
ヤミナと目が合う。座り込んだヤミナは七輪で鰻を炙っている。とんだ人騒がせだ。
「ちょ、何やってるんすか」
「なんだ、またあんたかよ」
ゾロゾロ人が集まり、鎧の兵士も様子を見に来た。というか、また、なんだ。
「調理なら中でやれ!」
怒られたヤミナはしぶしぶ片付けを始めるのだった。
「おや、良い香りですね。鰻ですか。これは豪勢な」
グヴォラが店につくと早速話題にあげる。ヤミナが焼いていたのは鰻だった。こちらでも名前は同じらしい。もしくは持ち込まれたか。いずれにせよ、私の前に鰻が、ある。この場にいないゴルディたちには申し訳ないが……堪能させていただく。
「ディアの無罪を祝して」
「「「いただきまーす」」」
私のために鰻を焼いてくれるなんて。ヤミナって素っ気ないだけじゃないんだ……。キュンとする。
「いいですよね。鰻。嬉しいです」
「弁護士の昼はコレ、らしい」
「ほぅ。それは初耳ですが……」
「ミオネ」
なんか適当なドラマの印象だろう。確かにそんなイメージはあるけれども。というか、私の祝いじゃないんかい。美味しいからいいけど。
「さて、約束通り疑問を解消しましょう」
「お願いします」
「まず、あなたはリヴェルトとアース王国のいざこざに巻き込まれました」
「……いきなりなんで」
「あなた様の首が欲しい元リヴェルト領主、裁判長の思惑です」
「私にそんな価値が?」
「えぇ。今回の裁判も裁判長と憲兵隊が先走って行いました。それほどの魅力があるのです」
私の首はそれほどまでに価値があるのか。あの裁判も無理矢理開かれたからあんなに準備が……。しかし、それならなぜ私は無罪に? 無理矢理有罪にすることもできたはずだが。
「公開の裁判に少しでも疑義が生じれば首は手に入りません。私が口を挟まなければ勢いでそのまま……。今回はその驕りを利用させていただきました」
「あんな進行で納得するの? ここの住民」
「審判の儀に絶対的な信頼がありますから。憲兵隊はあの魔法が絶対ではないと知っているので使いたがらなかったですが」
「そんなものに頼ってるの……」
え、あんな重要そうなのに? そんなんで裁判の結果を決めるなんて、許せない。無実になった立場でなんだが、公正に判断しろ! とツッコミたい。それほどいい加減だ。
「アレは対象者の心理状態を色で表す高等魔法。動揺したり、あるいは動揺しなすぎると反応します。王国が成り上がった秘密ですね」
「なぜそんな秘密を……」
「……弁護士ですから?」
この世界の弁護士ってなんなんだ? まぁ、打ち合わせであえてぼかした情報だけ渡し、私の心理状態を調整するくらい仕事ができるのはわかった。日本の弁護士とは役割が違うんだ。
「しかし、あなた様は今後リヴェルトの刺客に狙われる、というのが結論です」
「まだ狙われるの? ……あぁ、さっきの下っ端みたいな?」
「あの襲撃者は下っ端ではなくアース王国の立派な暗殺者ですよ」
「え? 王国の?」
何やら複雑な事情が絡み合っているようだ。頭が混乱する中、新たに混乱する要素が加わる。来客だ。
「お、なんだ先に始めてんのか〜」
「逮捕できました?」
「一先ず。で、俺の分は?」
「取ってある」
サンキュー! と言いながらキッチンに向かう女。一人称は俺、スーツの上からでもわかるガッチリとした体つきだが、身長は平均女性よりちょい高めくらい。頼もしい印象だ。
「で、アンタがディアだっけ?」
「は、はい」
「俺はタタラ。刑事……兼冒険者ギルド職員だ。よろしく」
そこ兼ねられるんだ。刑事か、ギルド職員。どちらとして何の用事だろう。どちらも権力側なのでドキドキする。でも、ヤミナやグヴォラの知り合いっぽいし……“天の一撃”ってなんでもアリだな。
「そう緊張すんなって。これでも観て落ち着け」
いただきますと鰻を食べながらタタラはパソコンを取り出す。画面には、先ほどの裁判の様子が写し出され、その映像を見ながら講評する男も写っていた。
「ご覧ください。こうして無実の人間が救われたのです。リヴェルトはこうして住み良い都市へ日々グレードアップしています」
「市長、それは今後も審判の儀を取り入れるということでしょうか」
「真実を明らかにするため、使えるものは取り入れていく。それが方針です」
背広でにこやかに語る男は、リヴェルトの市長らしい。
「どんな結果であれ、こうやって利用するんだ。良い根性してるぜ」
「そうですね。裏ではディア様の首を狙っているのに」
「へぇ〜……え?」
王国という権力から市長という権力へ。規模は小さくなったが、距離がぐんと近づいた。狙われる日々に終わりがない……。
「それによ、こいつだ」
タタラがチャンネルを変えると、今度は女が私の写真……ぼやけた隠し撮り? みたいな画像を背景に喚いていた。
「この女は、大罪人です! 何らかの方法で罪を逃れたんです、許せません……なので私たちが懸賞金を出します!!」
「な、なんなのコイツ!!」
思わず叫んでしまった。
「Dチューバー兼“獅子の咆哮”所属冒険者、ライキ。真偽不明のゴシップで耳目を集めたいだけのお騒がせ野郎だ」
「やれやれ、ディア様の負担を減らすための裁判だったのに」
その顔には見覚えがある。昨日挨拶回りで絡んできた女だ。そんな危ない女だったのか。いや、第一印象からヤバい人だけれども。
「ですが、この方の言も一理ある。何せディア様の身体はアース王国最悪の領主、ダイアナ・ヒスリーですから」
——え? この身体って私の身体じゃ、ないの?




