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天高く首昇る空〜斬首から始まる異世界生活〜  作者: 雪野スズネ
昇格試験編

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14/25

Gランク、揺らぐ

「わ、私の身体って私じゃない……?」


 草原に転がった私を助けてくれたり、ゴルディやレオハを守るために戦ってくれたこの身体。妙な感覚はあるものの、決して他人とは思えなかった。それが、そんな……。


「そこから先は代わりましょう」


 またも急に現れたのはミオネだった。手にはすでに鰻がある。アンタが食べたかっただけかい! という気持ちも身体の衝撃には敵わず、すぐ消える。


「転生にも色々ありますよね。あなたの場合、元々この世界にいた人物を依代とした転生になります」

「なら、私はそのダイアナって人なの? ……ですか?」

「混ざってる、が正しいです。姿形を上書きして顕現しましたから。その証拠に、あなたを稀代の悪女であるダイアナと見間違う人間はいなかったでしょう」


 ポケットの布を取り出す。自分がディアと読んだ部分は切れ端。本来は続きと合わせてダイアナと読むんだ……。


「なら、ダイアナも私の中に?」

「これ以上は教えたくないな。ディア、キミ自身に成長してほしいし」

「なるほど、そういう方針ですか。では、弁護士からもこれ以上は言えませんね」

「そ、そんなぁ」


 実は自分が評判最低だったみたいなことを言われても、どうしようもないというか、安心できないというか。胸に手を当ててみると、温かい鼓動を感じる。これが、私であって、私でないと。私の内外を取り巻く環境は複雑怪奇だ。


「過去にとらわれず、まずは昇格試験を乗り越え、自分の価値を高めてよ」

「それは“天の一撃”のため?」

「お互いのため、そうでしょ?」


 言いように使われている反面、至れり尽くせりでもある。ミオネはすでに空になった私の鰻の器に視線をやる。大変美味でした。これがまた食べられるというだけでも、この世界に寄る辺のない私には大きい。


「今日会ったばかりの俺が言うのもなんだけど、アンタの狙われっぷりなら強くなっといた方がいい、絶対」

「その通り」


 タタラやヤミナの意見は最低限の強さがなければ好きに生きることができない、この世界の暗黙の了解を教えてくれる。


「さっきの暗殺者は独断だったとはいえ、アンタが殺人鬼だとか吹聴する連中がウヨウヨいる。それに王国も黙って手を引かない。次の手は打ってくる」

「強くなれば、解決しますか」


 自分を取り巻く環境も、自分自身の成り立ちも、何より友達のためにも、丸く収めるには強くなる。それが近道か。色々考えさせられたが、結局目指すべきは変わらない。ただ、少し調子を上げていきたいと思った。身体も私の思いに応えて熱くなる。信じてみよう。


「ま、そう簡単には強くなれんだろうが。コツコツ頑張れ。ごちそーさん」


 あんだけ強い口調だったタタラがいきなり梯子を外してきてビックリしたが、こんなことではめげない。早速、地下で鍛錬だ。メイドさんに同行してもらい、朝できなかった鍛錬に励む。


「私の身体じゃない、か」


 基礎鍛錬の次、けん玉の特訓に移る前。雑念を振り払いたくて、イメトレをしてみる。戦闘の動き、気配察知、危機回避。どれも以前の私にはできない動き。

私の思考に沿って動いていた身体は、私には本来理解できない手順に則り、思考の結果を再現している。


「あなたが協力してくれなかったら、私はおしまいね」


 胸に手を当て語りかける。今度は何の反応もない。


「すみません、組み手の相手ってしてもらえたりしますか?」

「ご用命とあれば」


 メイドさんに無茶振りしてみたが、引き受けてくれそうだ。今、私がすべきは悩んで立ち止まることではない。仲間たちと過ごした日々は私を裏切らない。なら、私は身体を信じるのみ。


「森で戦った時みたいに全力でお願いします」

「かしこまりました」


 反応できるギリギリのスピードで加速するメイドさん。以前は身体に反射的な行動を任せていたが、改めて私と身体の関係を知った今——。


「私なら、できる!」


 以前なら回避不能だったであろうメイドさんの攻撃を避けるばかりか、返しの蹴りで大きく後退させた。

任せるのではない、私だけで反応するのでもない。同時に、ふたりで対応するのだ。身体の反射と私のイメージ。二つの作用が身体の動きにキレを生んだ。


「多少の怪我なら大丈夫、ですよね?」

「お望みとあらば、加減せずとも支障ございません」


 慢心からの質問ではない。自分に限界を決めない、そのための確認。森での戦闘経験を平常時でも引き出す、むしろ底上げしていく。身体が温まっていく。


「それじゃあ、遠慮なくっ!」


 メイドさんとの組み手は壮絶なものとなった。全力をお願いしたが、メイドさんは私が越えられるギリギリの強さを保ち相手をしてくれた。だからこそ、より深く集中し、より高みを目指せた。身体の熱は加速的に上がり、気づいた頃には湯気が出ていた。息も上がって苦しい。


「あ、ありがとうございました」

「お疲れ様でした。お飲み物をお持ちいたしましょう」


 メイドさんはぼろぼろになりながらも、涼しい顔で対応する。まだまだ勝てないな、これは。


「さて、コイツとも向き合わなきゃな」


 一息ついた後、次はけん玉の特訓に入る。身体を動かさずに、けん玉を動かす。何か仕掛けがあるはずだ。例えば、身体を動かすように……。よし。


「動かない……」


 私は人としての尊厳を捨て、けん玉の大皿に自分の首を置いてみた。全くしっくりこず。なんとも滑稽な姿だろう。どうして身体は離れていても動くのに、けん玉はくっついてもダメなのか。身体は特別だとすれば、けん玉はどうすれば……。


「おぅ、早速いい心がけじゃあないの」

「えーと、タタラさん?」

「タタラでいい。んで、何やってたんだ」

「あー、身体を動かさずにけん玉を動かそうと」


 先ほどの痴態は隠して現状を伝える。もしかして、アドバイスをくれたりするのかな? ラビやヤミナは教えてくれないので、ここいらで助け舟がないと心が折れそうだったんだ。


「おもしろいことしてるじゃないの」

「あれ、何かアドバイス的なのは……」

「あねさんらは無理難題を課さない。論理で考えな」


 つまり、具体的なアドバイスなしか。また心にヒビが入る。こんなんで昇格試験、大丈夫だろうか。


「それにしてもけん玉とは。よっと」


 タタラはけん玉を手に取ると、一度も失敗せずに技を決める。おぉ、と感心すると何やら手から取り出して見せてくる。いや、どこから出たんだ? 出てきたものは玉と糸だった。


「こんなのよ、ちょっと使える程度じゃ曲芸にしかならんのになぁ」


 ヒュンヒュンと風切り音をさせながら高速で玉を振り回すタタラ。意図をうまく使い、玉の起動を調整して縦横無人に回す。身体を動かせてもここまで自在に操ることはできない……。さらに、動かせても曲芸扱いなら何のための特訓か。


「この特訓、意味あるんですかね」

「あ? あるに決まってるだろ。育てたい能力は曲芸じゃねぇ」

「え、それって」

「そうだな。まずは自分で考える能力、だ」


 タタラは玉をいつの間にか仕舞って距離を取る。帰るのかと思いきや。


「ほれ、お前も来い」

「え?」

「いいからホラ。ここだ。で、これでヨシ。」


 呼ばれて近づいたこちらが返事をする前に足を持って微調整するタタラ。すると、足が全く動かなくなった。というか全身動かない。身体をよくみると、白く太い糸で拘束されている。


「んじゃ、俺を見ろ。目を瞑るなよ」


 さらに距離を取ったタタラは大きく振りかぶって……投げた! すごい勢いで何かが顔を掠めて飛んでいく。


「避けようとするなよ、それ!」


 やはり返事を待つことなく次々にゴルフボールくらいの玉をを投げてくる。次からは複数同時に。どれも直撃しそうでしない絶妙な軌道を描く。当てるつもりがなさそうだが、向かってくる玉は怖い。あぁこんな時にバリアがあれば……なんて考えが過ぎる。玉を弾くイメージで……。


「あっ」


 タタラの口からそう漏れ出た時、完全に直撃コースの玉が顔面にむかってくる。身体はいくら動かそうとしても動かない。焦って身体が熱くなってきた。頭も熱い……。くっ、バリアよ発動しろ!


「なんてな」


 玉は空中で静止し、タタラの方に戻っていく。タタラが玉に糸をつけて止めたのだ。ふぅ、全身から力が抜けていた。これに一体何の意味があったんだ?


「どうだ、何かわかったか?」

「え、いや、あんまり……」

「そうか。まぁそう焦るな。そのうちわかるさ」


 身体に巻き付いた糸の拘束力が緩んだ。そのうちじゃ遅いのに、なんて思いながら糸から抜け出す。

 知らない世界の知らない原理。これは何かアプローチを変える必要がある、か?


 その夜、三人とは今日の出来事をそれぞれ食卓で話し、そのまま眠りについた。ダイアナについては調べなかった。何か強くなるヒントがあるかもしれないが、怖かった。自分が自分でなくなってしまうのではないか。今まで何とかやってこれたし、自信がついてからでも——。


 翌日。いつもの鍛錬に励む。その様子を見ていたタタラが一喝する。


「お前ら、全然ダメだ。これじゃ昇格させられん」


 いきなりのダメ出しにやや面食らう面々。タタラは気にせず進める。


「素質はあるが連携がまるでダメだ。今回の試験はそこを見る。一緒に行く俺が恥ずかしくなるわ」


 タタラが同行者なのか。しかし、何という言い草か。鍛錬の度に土人形相手とはいえ無言で合わせてテンポよく撃退しているのに。


「ご指摘はごもっともですね。良い子ちゃんが裏目に出ているのは間違いない」

「そんなぁ、ラビさんまで」


 いつも見守ってくれるラビがそういうなら足りていないのだろう。ゴルディがショックを口に出したが、みんな内心は同じ気持ちのはず。


「じゃ、全員まとめてかかってこい」

「全員?」

「あぁ、同時にだ。正直、タイマンより楽勝だぜ?」

 

 そこまで言われると、負かしてやりたいなぁ。そんな気持ちでみんなを見ると、みんなの目にも闘志が宿っている。幸い、昨日少し技を見ている。速攻で動きを止め、タコ殴りにしよう。


「ラビ姐さん、合図くれや」

「では、始めなさい」


 丸腰のタタラは地面に右掌を置く。三人は警戒するが、今のうちに私は前に出る。すかさず、タタラは複数の玉を投げてくる。分かり切っていたので盾を構えていなす——前に玉は軌道を曲げ、追従してきていたローザに向かう。


「もらった!」


 ゴルディが叫ぶ。私の背後から四つの火の玉を飛ばし、玉を投げて無防備なタタラに浴びせる。典型的な隙を作る戦術。タイミングも良かったはずだが、タタラの手前で何かに遮られ、炸裂する火の玉。


「お行儀良すぎるんだよ!」


 タタラは叫びながら、急加速して左の横っ腹から襲いかかるレオハに目もくれず、こちらに走り出す。レオハの一撃が届く前に左掌をレオハに向け、糸を蜘蛛の巣状に展開して捕えたのだ。

 間髪入れずに右か接近するローザ。合わせて突進する私。だが、一瞬。足が止まる。先ほどレオハを捉えた掌。最初にも地面に対して使っていた、すなわち、罠の可能性に気づいたのだ。


「その思考じゃ、味方が足枷にしかならんぜ」


 私が躊躇した一瞬で、ローザはタタラと一対一の攻防になっていた。ゴルディも誤爆を恐れて援護ができない絶妙な距離感で、タタラはいつの間にか手にした十手で短槍を地面に固定する。しかし、ローザには仕込み盾がある。

 ガキン、ガキン。動作不良の音。足元に気をつけながら援護に向かう私に聞こえた音。そして、ローザは蹴りで飛ばされ、今度はタタラが私に標的を変え向かってくる。今こそメイドさんとの訓練の成果を——。


「考え方が固すぎる」


 タタラは一才減速せず、盾にぶつかってくる。メイスの間合いすら潰される。そこに身を乗り出してゴルディに向ける。否、アレは昨日見た糸がついた玉で……。


「ゴルディ、避けて!」


 ゴルディは杖で受け止めようとしたが、タタラが手元を少し使うだけで軌道を変え、直撃する。私はメイスや盾を捨て、タタラに向かうが、タタラは一歩引く。見え透いた罠だ、地面に張り巡らせた糸を避けるなら飛び込んで殴ればいい。


「迂闊です、ディア!」


 ローザの叫びが耳に入った時には、タタラの左掌が向いていた。飛んでいるから避けられない。いや、昨日のピンチを思い出せ、糸を弾け、弾け……。急速な熱の高まりを感じる。それが目の前に固まっていくような感覚。間も無く発射された糸は一瞬だけ何かに干渉したようだが、あえなく直撃。不意に脱力した身体では受け止めきれず捕まってしまう。


 かくして、我々四人は試験前に思いっきり鼻っ柱を折られることになった。タタラの殺気のない試すような動きでこのザマ。


「まず、ローザ。集団戦てのは自分を抑える戦いじゃねぇ」

「次にレオハ。タイミングがお手本すぎる。その駆け引きを覚えろ」

「そしてディア。昨日見せた情報を共有したか? 色々と受け身になっていないか? 熱くなりすぎず、知恵で戦え」

「ゴルディ。味方に頼りすぎだ」


 口々に全員にダメ出しをするタタラ。指摘が胸に刺さる。森での死闘やメイドさんとの訓練にはなかった俯瞰の余裕、狙いが私でなく、予想がしづらい。そして、できるという思い込み。


「こんくらいなら言っちゃっていいですよね?」

「えぇ。助かります」


 タタラの言葉に答えはなく、課題のみが増えた。私はいつの間にか、説明を聞くばかりで共有することを忘れていたし、ただ殴り倒そうと決まった連携か個人技でゴリ押しになっていた。


 各々が課題を抱えながら、試験までの時を過ごす。時に一人で、時に相談して。互いの強みと悩みを共有しながら。そして迎える試験当日。タタラと戦う前の自信に満ちた私、私たちはいない。

 不安で胸がいっぱいだ。だが、この短い期間でも得られた物は多い。あとは、本番で活かすだけ。私たちは挑戦者として試験に挑む。


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