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天高く首昇る空〜斬首から始まる異世界生活〜  作者: 雪野スズネ
異世界転生編

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日本人、狙われる

「なぜ、この味に……?」


 マスターの出したカレーは間違いなく私のカレーだ。それも、偶然たどり着き、二度と再現できなかったあの日の味。


「これも飲んで」


 答える代わりに差し出されたのはコーヒーだ。砂糖もミルクもない。以前の私なら確実にどちらも入れる。これを出すということは、この世界の味覚は自身の記憶で補完される、そんな世界観だと証明するためだろう。このコーヒーもなぜか甘い味がするはずだ。


「苦い……」


 そんなことはなかった。むしろ想像の百倍苦かった。なんだこれ人間の飲み物か? 身体に熱いものが流れていく。初体験の刺激に反応しているのだろう。でも、なんだろう。熱いものがだんだんと——。


「涙が……」

「それは身体の記憶。さっきのは頭の記憶」

「どういうことですか?」


 どうやら、この身体には別の記憶があるらしい。で、それをなぜマスターが知っているのか。気になったのは私だけでなく、レオハが先に質問をした。短い間とはいえ共に過ごした仲だ。後から怖くなるのも当然。


「特に害はない。気にするな」

「そ、そうですか」

「ラビが地下で待ってる」

「はい……」


 マスターは目でレオハとゴルディに席を外させた。一見するとただの美人だが、そこには少し怖さがある。


「……」

「……」


 気まずい沈黙。何を話せば良いのか。わからないことだらけだ。ただ、無性に懐かしいカレーと非常に苦いコーヒーを味わい続けた。


「……質問はない?」

「ッ!? ゴホッゴホッ」


 何か訳知りだったので色々説明してくれるものだと思い込んでいた。そうか、こちらのターンだったか。あのふたりの好意に甘えていたことを痛感する。


「じゃあ……私は“天の一撃”に入れたということでいいんですか?」

「あぁ、ようこそ“天の一撃”へ」


 答えたのはマスターではなかった。気づかない内に別の人物がいた。スラッとした仕事できる系の女性だ。


「はじめまして。“天の一撃”のクランマスター、ミオネです。あなたは……どの名前で呼べば?」

「!! 今の私はディアです……あのふたりもグルですか?」

 

 私はきっと睨みつけながら言っている。感情が抑えきれていない。身体が動き出して殴りかからないのが不思議なほどには。

 訳もわからずこの世界に来た私を、私以上に知る人間がこう連続で現れたなら、仕組まれたものと疑わざるを得ない。


「あのふたりの親切心は本物。良くも悪くも、ね。この機会を設けるためそれなりに手回しはしたけど」

「……私をどうする気ですか」

「ひとまず、“天の一撃”のメンバーとして強くなってもらう」

「断ったら?」

「あなたが想像した、ひとりで生きる選択肢と同じ末路かもっと悲惨なことになる。思っている以上に狙われているわよ」


 ミオネも自分より遥か高みの存在だ。私は所詮、彼女の手のひらで踊る人形。

 ……タチが悪いのが、メリットを提示していることだ。反骨心だけでチャンスを不意にするわけにもいかない世界。どうすべきか。


「なぜ私が狙われているの?」

「転生、異形、憎悪、鍵……大きな括りからあなた限定の事情まで色々ある。詳細はこちらの都合でしか教えない。持ちつ持たれつでいきましょう」

「……具体的な私のメリットは?」

「衣食住、職に戦闘手段の提供。時がくれば質問にも答えてあげる」

「なんとなく私が必要なのはわかった。強くする理由は?」


 ミオネは何かを企んでいる。それも複数同時に。私はその計画の鍵であったり駒であったりするようだ。ゆえに、ミオネは私を排除できない。裏を返せば、計画が遂行された暁には容赦無く捨てられる。ならば、相手の思惑にをあたりをつけ、組織内でうまく立ち回るのが最も安全だ。

 ……もっとも、立ち回りができなくてクビになったわけだが。過ちは繰り返さない。


「うーん。一言で言えば……同郷のよしみかしら」

「……お世話になります」


 同郷。これはこの身体ではなく私の故郷を指しているだろう。元の世界、ミオネもまた転生者の類というわけだ。転生者の先輩と知り、頭の中に次々と質問が湧き出てくる。しかし、私は慌てない。どう考えてもこちらの世界に染まった立ち居振る舞いをする彼女に対し、対応を間違えばどうなるかわからない。そういう世界だ。

 それでも……同じ転生者ならと頼りたくなってしまう。


「それじゃ、この書類をギルドへ」

「はい」

「冒険道具は用意しておく。食事と宿泊はここを使って。今後は他のメンバーと関わってもらって——」

「はい」

「そこまで警戒しなくていいわ……ってこっちがそう仕向けたんだけど」


 あるようでないような選択肢や情報の小出しはミオネなりの考えがあるのだろう。私には皆目検討もつかないので従うしかないわけだが。


「それほどの警戒心なら、少し安心したわ。あとは強さだけね」

「強さってそれほど大事ですか?」


 魔法に興味はあっても命懸けの戦いに身を投じたいとは思わない。狙われているという話だったが、どれほど強くなければならないのだろうか。


「力がなければ、何もできない」


 カフェのマスターが口を挟んでくる。なるほど、この世界も結局、元の世界と同じようだ。力という言葉が示す内容に差異はあるものの、努力は欠かせないということだ。この世界の住人がいうのだから間違いないだろう。いや、もしかしたら転生者? カレー作れるし……。でも、直接は聞きづらい。


「もしかして、転生者ってあまり珍しくないですか?」

「それなりにいるよ」

「ちなみにチートとかは……」

「そういう力はある。でも、発現するかは人によるわね」


 この世界、やっぱり渋い。正統派気取りで不親切なだけになってる作品みたいだ。


「あなたはあなたに合った力を身につけましょう」


 ミオネはそのまま笑顔で私を送り出す。よくしてくれるんだか利用するんだか。ま、両方なわけですが。こちらも今のうちに利用させてもらおう。チャンスの女神様に後ろ髪はないのだ。


「おう、姉ちゃん。見ねぇ顔だな。俺たちと遊ばね?」


 嘘、いきなり大ピンチ!? 戦う術もまだほとんどないのに絡まれた……と思ったら私に対してではなかった。路地裏で外套に身を包んだ女性が柄の悪そうな連中に囲まれていただけだった。


「丁度良かった、“タイニーテーブル”はいかがでしょう? この辺りのはずなのですが、案内していただければ……」

「あっ? 舐めてんのか?」


 話しかけた男はイラつきながら手を振り上げる。周りの連中も下卑た笑いを浮かながら取り囲む。

 なんという場面に出会してしまったのか。ただギルドに向かっただけなのに。ん? そういえば、ギルドってどこにあるのか聞いてないな……。

 と考え事をしていたら、いつの間にか連中の輪の中に入り、拳を振り上げた男の背後に立つ。さっきまで大人しかった身体がまたやっちゃいました。

 

「なんだお前、お前も遊んでほしいのか?」

「へへ、こいつはいいや」


 周りの連中が揶揄ってくる。ただ、男は微動だにしなかった。女性はきょとんとした顔で見てくる。うーむ、何があったかは知らんがひとまず女性を連れ出さねば。


「“タイニーテーブル”なら私が案内しますよ」

「そうですか。助かります」


 女性は怖がる様子もなく、男をするりと避けて近づいてきた。それじゃ、行きましょうか。くるりと回って立ち去ろうとするが、連中が退く気配はない。そりゃそうだ。


「おいおい、タダで帰れるわけねぇだろ」

「ひとりでほっつき歩いたこと後悔しな!」 


 やっぱそうなりますよね。こうなった責任は身体さんに取ってもらおう。一応戦う心づもりと見よう見まねの構えをする。


「やめろ! 行かせてやれ」


 今の今まで硬直していた男が叫んだ。その叫びは何かに怯えているようだ。急に固まった挙句怖気付いた仲間を笑う声が響く。が、それもすぐに静まり、連中は道を開けた。


「あの……」

「では、行きましょうか」


 何かを言おうとする女性の手を引き、すぐにこの場を後にする。なんだか知らんが助かった。もしかしたらチート能力が発現したのかもしれない、動きを止める力とか。


「はて、いくら払えばよかったのでしょう」

「え?」

「タダでは帰れないとのことでしたので」


 この世界に来て初めて、自分より心配な人物を見つけてしまった。この子も“天の一撃”で保護してもらえないか頼んでみよう。同じ日本人なら土下座が効く可能性も高い。


「おや、早かったね」

「いえ、ギルドの場所を聞いていなかったので……」

「そうか、そうだね。伝え忘れていたよ」


 ミオネは軽く笑って流した。……聞かなかった私が悪い。


「はじめまして。本日よりお世話になります。ロザキューレです。よろしくお願いいたします」


 一緒に来た女性は外套を脱ぎ、挨拶をした。“天の一撃”の関係者かな。土下座はしなくて済みそうだ。


「クランマスターのミオネです。話は聞いています、こちらこそよろしく。そうだ」


 ミオネはそういうと、店の奥に入っていった。少しして、ゴルディとレオハともうひとりと一緒に出てきた。


「ロザキューレも提出書類がある。ついでだから四人でギルドに行くといい。案内は頼んだよ」

「それって……」

「今日からこのふたりも“天の一撃”ってこと。訓練生扱いだけどね」

「わかりました」


 割といきなりの話だと思うが、ふたりは慣れた様子でそのままギルドに向かうので慌ててついて行く。ロザキューレもふわ〜とした雰囲気のままついて行く。


「ディアさん、加入できてよかったね」


 ギルドに向かう道すがら、ゴルディが明るく話を振ってくれる。さて、何か反応したいところだが、ふたりに対しては舐められないようにと尊大な口調で対応していた。それをこのまま続けるのは……きつい。しれっと下から行こう。後輩だし。


「ありがとうございます。ふたりが助けてくれたおかげです」

「そんな大袈裟だよ。そうだ、私はゴルディ。あなたは?」

「ロザキューレと申します。よろしくお願いいたします」

「わたしはレオハです。よろしくお願いします」

「ディアです。よろしく」


 4月の新年度を彷彿とさせる。前は面倒で仕方がなかったが、自分自身も頼れない現状だと、よろしくと言える仲間の存在はありがたい。ここまで疑いの目でしか人を見てこれなかったが、同じ組織に属するだけで、肯定的な意味でよく知りたいと思えるようになるとは。

 もっとも、組織長とかまだ怪しいのだが。


「わたくしたちはパーティ、となるのでしょうか」

「多分、そうなるかな」

「嬉しいです。村ではひとりだったので」

「そうなんだ、ディアさんは……ってまだ訳は聞かない方がいい?」


 ロザキューレはスカウトか何かでこの街に呼ばれた冒険者なのだろう。私は、どうだろう。身体は鎧を着ていたし、強いから冒険者だったか。あるいは騎士とか。いずれにせよ肩書きを証明する手段がないので、誤魔化した方が無難だ。


「実は、ほとんど記憶がなくて……」

「そうだったんだ。気づけずにごめん」

「こちらもすぐに打ち明けられず申し訳ない」


 記憶喪失は万能の言い訳だ。私の現状に最も近くもある。だから後ろめたさが軽減されると思ったが、ゴルディの謝罪を聞くと心が痛い。


「……心細かったですよね。お気持ちよくわかります。私も同じ経験があります」

「これからパーティの思い出を作りましょう」


 あの時は警戒心の強かったレオハまでも同情してくれる。さらに心が痛い。ロザキューレの温かい言葉が沁みる。

 そんな話をしているうちに、ギルドへと辿り着いた。


「はい、書類を受理しました」


 手続きは難なく終わった。冒険者証の更新とか実力を測る玉とか一切なかった。一安心だ。ただ、冒険者証自体はあるようで、ロザキューレは一緒に渡していたし、私にもすぐ支給されるそうだ。

 待っている間、ゴルディがギルドを案内してくれた。その中で、ギルドの役割がクランの管理であることがわかった。この世界ではギルドが冒険者管理の大元で、各クランはギルドのルールの枠内で特色を出しながら冒険者を束ねている。

 そのため、クランの名声を頼って直接依頼という形が増え、ギルドで公募するクエストは何かしらある、とのことだ。それでも、クランに所属していなかったり、クランに依頼がない時はここを利用せざるを得ないとか。


「あー、ついにクエストになったか」


 ゴルディが呟きながら示したのが、冒険者の行方不明事件だった。凶暴な異形の目撃証言であったり低ランク冒険者が狙われていたりという、噂レベルの情報が乱雑にまとめられている。行方不明事件の解決という曖昧さも相まってなんとも粗末な依頼だ。

 だが、その乱雑な情報の中に、一つだけ。自分に関わるかもしれないキーワードがあった。“首刈り”。死神の如く、冒険者の前に現れ首を刎ねる……私って被害者だったりする?


 なんて半ば冗談のように流そうとすると、隣の依頼が目に入る。


『緊急依頼! 首無し騎士の討伐』





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