日本人、再就職する
「私を、“天の一撃”に入れて欲しい」
「「えっ?」」
ふたりの反応は至極当然。異世界であっても常識のない言動である自覚はある。
私の考えはこうだ。
この地域は人が人を襲う。今の私がひとりで行動すれば、単なる鴨だ。何せ身体すら自分のものか怪しい存在なのだから。
少なくとも誰かと行動する必要がある。そこで、こんな世の中でも見ず知らずの私を助けたふたりを利用する。
今度こそ情報を出さないわけにはいかない。リスクはある。が、今夜襲われるリスクに比べれば幾分マシだ。
もっとも、相手が了承しないことには不信感を与え味方を失うだけ。これは賭けだ。
「我々には決定権が……」
「いや、わかった。その依頼、引き受けましょう」
レオハはごく当たり前の反応を示したが、ゴルディは違った。この子、ちょろ——依頼?
「あなたを“天の一撃”に紹介する。それまで私が道案内もします。報酬は、さっきの戦利品が報酬。それでどう?」
あの鬼がクエストの対象だったのだろう。私(の身体)が倒した分の報酬を差し出す代わりに紹介か……報酬がどれほどなのかはわからないが、乗らない手はない。
「わかった。よろしく頼む」
意図を汲めなかった私にゴルディは丁寧に説明してくれた。彼女の気配りは何から来ているのか。少し怖いまである。
「では、宿に向かいましょう。部屋があると良いのですが」
レオハに着いて行く中で、私は内心慌てて持ち物を確認した。宿代がないのだ。路銀は持ち歩くだろうとさりげなく探りながらここまで来たが、なかった。あるのは左手に巻かれていた赤い布切れだけ。それは何も包んでいなかった。
改めて布を確認していると、宿に着いてしまう。
レオハが慣れた様子で手続きを進めているのを横目に、どう誤魔化すか考えを巡らす。
「この部屋を使ってください。えぇっと……」
なんと、部屋まで用意してくれた。レオハも表に出さないが、こんな得体の知れない人間(?)にここまでしてくれるとは……。ならば、私も一つ明かしてしまおう。
「ディアだ」
先ほどの布切れに金の刺繍でアルファベットが書いてあった。ちぎれていて全容はわからないが、目に入ったのがそれだった。
なので、それがこの世界での私の名前だ。本名を名乗る勇気は出ない、いや、これを本名にする! 身体も心なしかこの名前を受け入れてくれたようで、一瞬、熱い物が駆け回る感覚があった。
それにしても、文字も言葉も馴染み深いものなのに、世界観だけ異世界で不思議な感覚だ。
「じゃあディアさん、食事にしましょっ」
至れり尽くせりだな。もしやあの鬼退治で莫大な報酬がもらえるとか? なんにせよ、今の私には大助かりだ。
「今日もお疲れ様でした〜!」
ゴルディが適当に注文を見繕い、料理が運ばれてくる。主に肉とスープとパン、のような物だ。食事は馴染みがないというか、漫画でお馴染みの絵面というか。まぁ味は良いので文句はない。
「イビルゴブリンの群れを狩れたし、ディアさんも守れたしで何よりだ」
「ゴルディさん、こんなこと続けていたら危ないですよ」
どうやらゴルディのお人好しは今回だけではないらしい。私から言わせて貰えばレオハも危ないと思うが。
「でもねぇ。放って置けないんだよ。助けられるのに手を差し伸べないと後悔する」
「それはあなたが犠牲になっていい理由には——」
声が大きくなってきて、やや険悪なムードが漂いつつあったが、スッと身体がレオハの言葉を遮るための手を割り込ませた。
「後悔がないように生きるのも大事だが、周りはよく見た方がいい。頼れる仲間も見えなくなるほど焦る必要はない」
私も割り込もうと思っていたのでちょうど良かった。ふたりにとっては見ず知らずの不審者なので、そのざまで何を言っているのかと思うだろう。この言葉は自分の過去の反省。言いたくなったから止めるついでに言っただけだ。
「……私は犠牲になるつもりはない、でも心配してくれてありがと」
「いえ、熱くなってしまい申し訳ありません」
青春だなぁ。ふたりにはふたりのこれまでがあるというのがなんとなくわかる。この世界に来るまで見えなかった、すっかり忘れていた感覚だ。人を見るという感覚、大切さを再認識する。
「もういっぺん言ってみろこの野郎!」
いきなりの怒号と物騒な物音が私を現実に引き戻す。他の客が言い争いをしているようだ。
「あぁ言ってやるよ、ジョッシュは死んだ、捜索は打ち切りだ。これ以上、メンバーを危険には晒せない」
「ふざけんなこの野郎!」
「納得できないなら1人で探せ! 俺たちにだって家族はいるんだよ……!」
周りの仲間と思しき連中が双方を宥め、騒ぎは収まった。
「行方不明事件、広がってるね」
「モンスターも活性化していますし、気を引き締めないと」
「あぁ」
自分が最強の転生者じゃないだけで、こんなに不安な現象だったなんて。漫画を読んでいた時はあまり意識していなかったが、戦いとは、命のやり取り。一つのミスでも、死ぬ。人一倍、気を引き締めないと。
その後、レオハが取ってくれた部屋に向い、ベッドに座って今度こそ状況を整理する。西洋風の室内にシャワー完備。電気もある。まるで異世界風の撮影セットのよう。明確に違うのは使用感があることと、テレビやラジオの類までないことだ。
「何だかゲームの世界みたいだな……」
文字や言語に加え、技術のグラデーションや魔法の使われ方を見ると、ゲームが現実だった、という印象だ。間違いなく、日本人が何かをしている……だからどうしたというところは全くわからないが。
この間にも顎に手をやっていたりするのだが、自分の身体ではないという感覚がない。だが、勝手に動き出したりもする。街なら情報を得られるだろうか。
何にせよ、肩書きと住居が必要だ。丸一日土下座してでもクランに雇ってもらうぞ。
「おぉ、これは……」
そう思いながらシャワーを浴びようと鎧を脱ぐ。身体は意外とゴツくなく、スタイルが良い。前の私が見たら嫉妬を通り越して崇めていたであろう。こんな華奢な身体であれほど戦えるとは。この秘密も解明したい。
「ふむ、悪くない……」
改めて鏡で顔や身体を確認する。前の私とは明らかに違う。少し面影があるかも知れないくらい? しかしこの肉体、持ち主がいたのだろうか。妙な新しさも感じるが、異世界転生経験などないのでよくわからない。
よく見ると、首と身体も境目がない。ちゃんとくっついている。が、意識すればヘルメットみたいに取れる。切断面は、怖くて見れなかった。
「ステータス、オープン」
風呂上がり、ぼそっと呟いてみた。何も起きない。正直、部屋の中ではもうこれくらいしか試せることがなかった。ダメ元とはいえ何も起きないと恥ずかしい。物理的な武器も、チート的な武器もない。前世知識も役に立つかわからない。この先が不安になる。でも、やるしかない。込み上がる熱い気持ちが身体全身に巡って行く。唯一の手がかりである布を握り、明日に備えて眠りにつく。
翌日、朝食を軽く済ませると、ふたりが手配した馬車へと向かう。昨日は暗くてよくわからなかったが、この村は中継地点のようでそこそこ賑わっていた。
道もしっかり整備されている。道行く人々が武装しているような治安と反比例してインフラが整っている。
「少し並んでいますね」
視線の先には行列。その奥に馬が見える。いや、本当に馬?
行列に並んで待っていると、その違和感の正体がわかる。まず、牛のような角が生えている。体躯もガッチリしていて、頑丈に見える。引いている車も立派だ。
「ディアさんは馬車平気? 窓際にする?」
「どちらでもかまわん」
ゴルディの質問で遠足のバスを連想しながら適当に返事をする。……今更ながら舐められないための強者っぽい口調は呆れられていないだろうか。
馬車の中では、主にゴルディが身の上を話してくれた。宿屋の娘だったとか、冒険者として一流になりたいとか。今はその修行中だとか。細かい気配りは宿屋の手伝いで身についたものらしい。私も一般家庭で家事を手伝っていたが、何も身に付かなかったので、ゴルディが一生懸命に頑張った成果だろう。おそらく、手伝うのレベルが違う。
「さぁ、着いたね。ここがリヴェルト。ひとまず“天の一撃”まで案内するよ」
「リヴェルト……」
馬車の窓から見えてはいたが、改めて見ても巨大な城壁だったし、目の前に広がる建物は異様だった。西洋の街並み、そこで映像が浮かび上がる。馬車に混じって車も通り、遠くで汽笛も聴こえる。なんてとっちらかっているんだ。
道行く人々の格好は貧富の差を感じる。ボロボロの服、鎧を着込んでいる、スーツにネクタイ……街に着けば何かわかるかと思ったが、何かを知るための情報整理に時間がかかりそうだ。ふたりを頼って正解だった。
「ここが“天の一撃”、そのリヴェルト支部」
カフェ“タイニーテーブル” そう書いてあった。カフェ兼事務所?
「いらっしゃい」
「この人はマスター、私の恩人で——」
ゴルディが紹介してくれたのは黒髪の美女。シャツにエプロンのよくあるカフェ制服姿だが、兼業か複数の顔を使い分けるタイプか。何にせよ、先手必勝だ。
「私を、ここで働かせてください!」
「わかった」
「……あ、ありがとうございます!」
「レオハ、更衣室に案内を」
まさかこんなにスムーズだとは、拍子抜けだ。レオハもゴルディも驚いて固まっている。そりゃそうか、これだけで同僚が増え——。
「彼女が望んでいるのは“天の一撃”への加入です」
「ん」
レオハはマスターに向かって改めて説明した。
「えっとね、ディアさん。あの人はマスターだけど、クランのじゃなくてカフェのマスターなの……」
「ん……」
マスターは間違いを特に気にしていないようだが、私はとても恥ずかしかった。なんとか顔に出すまいと必死だ。さらっとカフェ店員生活が始まるところだった。いや、別に悪いことではないか?
「構わない。早く着替えを」
「え、勝手に決めて大丈夫なんですか?」
「大丈夫」
状況についていけていない私の代わりにゴルディが質問してくれた。どうやら、“天の一撃”に入れるようだ。頼んでおいて何だが、一体なぜ?
訳もわからぬままレオハに連れられ、カフェの制服らしき服装に着替える。
戻ると、何だが懐かしい、スパイスの香りがしてくる。
「これを食べるといい」
マスターが差し出したのは、私が日本でよく食べ、作っていたあの料理、カレーだった。
何とも馴染み深く、また、異世界でこれを出してくるマスターが只者でないことを確信させる、そんな一品。
早速一口。食べると口いっぱいに広がる旨みとスパイスの香り……。
もう一口。休みに作れば1週間は料理せずに済む魔法の……ん? この味付けは……。




