Fランク、火山へ
私の特訓の日々は続き、いよいよクエスト前日となった。
ラビとの特訓から三日経ったが、その間ヘレボスから魔力操作を、シザリーからは身体検査を受け、ミオネから装備の新調と現状について説明を受けた。
この三日間はがっつり身体を動かす形ではなかったが、浮き彫りになった私の課題に向き合える大事な三日間だった。特にミオネとの会話は有意義だった。武器について私のアイデアを聞いてくれたのである。実現はクエスト後になってしまうが。
「さて、いよいよ明日がクエスト本番。その内容の確認をしよう」
今は鍛錬を終えた後。私たち五人とタタラ、マルツ警部をミオネが集め話し始めたところだ。
「まず、警察組が近くの研究所に話を聞く。その間、奥まで進み、建造物を調査してほしい」
「近くには変魔所と国際共同研究機関がある。そこに捜査のメスを入れるってわけだ」
「変魔所?」
「簡単に言えばマグマを魔力に変換する場所よ」
聞き慣れない言葉をミオネが解説してくれた。こちらの世界では電気も魔力から生み出せるからこその場所なのだろう。そんな魔力の生まれる場所だからこその研究所か。……それって怪しい建造物も魔力で悪さをしているのでは?
「今回のクエストはリヴェルトの根幹にも関わる。“天の一撃”を煙たがっている組織は、完全に敵認定してくるでしょうね」
「ふんっ、上等よ」
「ここから先は引き返せない。それでもクエストに参加する?」
ミオネの問いかけに全員が力強くうなずく。ノルンほどじゃないが、敵対の覚悟を持って特訓に挑んだつもりだ。ここで怖気付いたら、これまで協力してくれた“天の一撃”関係者たちに顔向けできないじゃないか。
「ありがとう。それじゃ、今日は明日に備えてゆっくり休みなさい。外出はおすすめしない」
みんなと一緒に最終確認をする手もあったが、私はすぐに自室へと戻った。情報収集と情報整理を優先したのだ。
ミオネは昨日、私の借金が保釈金の返還で減ったなんて軽い話題から遠距離用のワイヤー武装を用意してくれたことを教えてくれた。そして、一番整理しなければいけない、人を殺す可能性があることも教えてくれた。
「殺す、か」
今回のクエストはこちらから手を出す形になる。主目的ではないとはいえ、こちらから戦いを仕掛けにいくと考えれば、今までよりも殺すという意味が遥かに重く感じられた。
漫画やアニメでは、割り切って対応する主人公が多かった。それを見て、こんなにスパッと殺しに切り替えられるやつ、そりゃ社会で浮くだろ……と引いていた。
今、自分が同じ環境に身を置いている。命のやり取りが前提となるこの世界で、人殺しをして良いのか。戦場で迷えば、死ぬ。それも、私だけでなく大切な仲間も。
だから、悩めるのは今日しかない。否、悩むのではなく覚悟を決めるのだ。戦う覚悟のその先を。
特訓でも示されていたこの課題。その場その場は勢いで誤魔化した。そのツケを払わされるかのようにひどく葛藤しているとコンコン、と扉が叩かれる。ここに来てから部屋を訪ねられることはなかったので不思議な気持ちだ。誰だろう。
「お休みのところ、申し訳ございません。少しよろしいでしょうか」
「ど、どうぞ」
「失礼いたします」
来客の正体はマルツ警部、これはあまりにも意外だった。
「改めて、マルツと申します」
「ディアです」
「今回のクエストにご参加いただきありがとうございます。二、三お話を伺いたいのですが、中に入れていただけないでしょうか」
「は、はぁ」
「恐縮です」
半ば強引に入ってくる警部を止めきれず。警部はしばらく部屋を隅々までじっくりと観察して回る。一体何の話を聞きたいのだろうか。そんな大層な話できないが。……もしかして、この身体のこととか? 部屋に入れたの失敗だったかな……。
「あ、あの」
「あぁ、これは失礼。職業柄、観察が癖になっておりまして」
「はは……」
早くその癖なおした方がいいですよ、とは言えず。痺れを切らして話しかけたらとんでもない発言が返ってきて、なんだか疲れそうだ。
「まず、今回のクエストに参加すべきではありません」
「え?」
「大切な誰かが目の前で死んだことは?」
警部は私の装備を眺めて急に言い放った。質問に頭が追いつかない。いきなりなんだ、目の前で? 私自身は何度か首を落とされたが、誰か?
「命と向き合うにはまだ早い。敵は待ってくれませんが、こちらから向かっていく必要はありません」
「……なら、いつならいいんです?」
警部は私の命についての葛藤を見抜いていた。正論だ。ゆえに悔しさを怒りに変えた低い声で聞き返す。それに対して、警部は顔色変えずにピシャリと返す。
「少なくとも今回ではありません」
「じゃあみんなが危険に立ち向かう中、一人でぬくぬく留守番してろってことですか!?」
「……あなたが仲間を危険に晒すことになりますよ」
警部に怒ることじゃない。だが、怒らずにはいられない。悔しい、とても悔しい。絶対に敵を殺して見返してやる! なんて思えるようになれないのが堪らなく悔しい。
「私、私は……」
これまでの特訓が無駄になるとか、みんなと一緒に行きたいとか、そんなことがちっぽけに感じるほど、咄嗟に動けない私を庇い倒れる仲間の姿を想像してしまう。行かない方がいい。当然だ。
『強くなって、自分の目で世界を知りたい』
みんなに語った自分の言葉、覚悟。気づくと身体が動き、右手で心臓を二回叩いた。そうだ、いつかの機会を待つのではない。頭の中だけで決めつける必要はない。殺す? そんなことは今決めない。全部に対処しなくていい。大事なのは死なせない、これだけだ。
「私は行きます。どんなことになっても、誰も死なせません」
「結構。では、次の話です。今回、我々は分断されるでしょう。その時が来たら、全力で逃げていただきたい」
「止めても無駄……は、え? あ、はい」
「色々と複雑な事情が絡んでいましたねぇ。その時とは、いずれわかります」
てっきり止められるかと思いきや、お願い事をされてしまった。もしかして、私を試していたの? 一気に緊張が解ける、気付かぬうちに身体も熱くなっていた。汗がじんわり気持ち悪い。とっても疲れた。
「もういいですか?」
「最後にもう一つ、気になることが」
「……なんです?」
「この部屋は飾り気が足りなさすぎます。クエストが終わったら買い物に行きましょう」
「余計なお世話です!」
そう言って警部を無理やり追い出した。何とも変わった人だ。だが、おかげで決心もついた。仲間は絶対に守る、そのために強くなった。それに、世界を知るのに大事な一歩だ。私が決めた、大事な一歩だ。
翌日、“タイニーテーブル”の前に車が二台。一台には警部とタタラ。もう一台にはメイドさんと私たちが乗り込むことになる。いよいよだ。昨日は警部を追い出しシャワーを浴びた後、情報収集に勤しんだ。やれることはやった!
「ディアさん。正直に申し上げれば、まだ参加には反対です」
出発前に警部が話しかけてくる。昨日の続き、ちょっとうんざりした気分になる。
「命は思った以上に重い。しかし、あなたが仲間を思う気持ちはそれ以上に重かった。そんな気持ちを無碍にはできません」
「警部さん……」
「マルツで結構。約束もありますし、あなたも含めて全員生きて帰ってくださいね」
「……はい」
マルツの目は、一瞬私ではない何かを見ているようだった。命に関して何かがあったのだろう。ゆえの訪問だったのかな。それにしても、買い物は確定か。やれやれとは思うが、昨日ほど嫌な気持ちにはならない。……本当に人に恵まれたものだ。
「ディアー。置いてっちゃうよ〜」
ゴルディがピクニック前の小学生みたいな声かけをしてくる。これから危険に突撃するようなもんなのに、慣れてるな……そりゃ警部も私を心配するわけだ。頼りになるようなちょっぴり不安なような仲間と共に火山へ向かって車は走り出した。
「目的地は地図で共有してありますが、少々入り組んでおります」
「変魔所や研究所と繋がってる?」
「おそらく。皆様には別の入り口を探していただくわけですが」
「道中はモンスターがいる、と」
「はい。そのはずです」
メイドさんは運転しながら確認してくれた。途中、警部たちの車と別れて山を登り始める。向こうの道はモンスターが間引かれたルートなのだろう。
「ここより先は歩きでお願いいたします。ご武運を」
広々とした駐車場つきの休憩所に着いた。そこで冒険者証を見せて火山へと入る。ここもダンジョンのように他に冒険者がそこそこいる。
「それ、暑くないの?」
入り始めてすぐ、ノルンが聞いてきた。ノルンとレオハは割と薄着だが、ローザはゆとりのある長い袖に胸当て、ゴルディはコート、私に至っては全身鎧だ。しかし、“天の一撃”支給品はそんじょそこらの鎧ではない。
「ちゃんと涼しくなるようになってるよ」
「知ってる、見た目が暑苦しかっただけ」
「あっそう……」
ノルンは確か、煤で情報を得ることができる。常にそうやって索敵などもしてくれているのだろう。今の軽口は緊張をほぐすため……ではなく思ったことがついと言った感じだが、緊張がほぐれたので結果オーライだ。
「道が複雑ですね」
「全員が登っていくわけでもないから、怪しい人物とかもわからないね」
岩で見晴らしが良いところと悪いところとあったり、麓はマデラ深林が広がっていたりで建物や入り口を見つけるには骨が折れそうだ。だいたいの位置がわかるとはいえ。
「モンスターの気配も多いですね」
「地中に潜るモンスターがいるんですってね」
ローザの言葉に乗っかり、調べた知識を早速共有する。火のムカデみたいなモンスターが地中を食い破ってくる。エリン先生は硬い表皮と言っていたがどれくらい硬いのかな。
「ちょっと待って」
先頭を歩いていたノルンが、いきなり待ったをかける。後続の私たち……の後ろのパーティが迷惑そうにしながら抜かしていく。そんな広くもなく分かれ道もない場所だ。
「地図によると、あの辺りなのだけど。道がないわ」
ノルンが指差す先は森だった。一見すると建物は見えないが、地図ではあの辺り。ここから向かうには割と急な斜面を滑っていくしか道はなさそうだ。
「もしかして、一直線コース?」
「まさか。目撃証言が火山である以上、他に入り口があるのが自然。ここから細かいところも見逃さないでってこと。あーしの索敵範囲にないから、さらにね」
「それなら任せてください」
レオハはそう言うと指笛を鳴らす。すると、どこからか一羽の鳥がレオハの腕に舞い降りる。この鳥には見覚えがある、誘拐されそうになった私を助けてくれたあの鳥だ!
「この鳥って……」
「どうやらわたしの力のようなんです」
「助けてくれたのは、レオハだったんだ」
「お互いですよ、それより……」
鳥の、カッと見開かれた目と視線が合う。
「まさか、私の首を掴んで……」
「そんなことしたらディアさんごと他の人に撃ち落とされちゃいますよ」
そりゃそうか。生首掴んだ鳥はもうモンスターと見分けつかないな確かに。いかんいかん、さっきから思考が短絡的だ。考えすぎはよくないが、色々な視点から考えないのもよくない。落ち着いていこう。
「この子の見た景色、ある程度教えてもらえるので」
「へぇ〜。頼りになるじゃん」
「じゃ、よろしく」
再び羽ばたいていく鳥。自由に空を飛ぶその姿、あの時の景色。恐怖と憧れの複雑な感情を引き出されつつ、しばらく待つ。鳥ばかり見ず、麓や行き交う冒険者にもさりげなく注意しながら。
「お待たせしました、いくつか怪しい洞穴を見つけたそうです」
鬼が出るか蛇が出るか。頭で納得していたつもりだったが、いざ近づくと緊張や恐怖が際限なく生まれてくる。……大丈夫、特訓で強くなった。全員で生きて帰るぞ。




