Fランク、実感する
「私は、他のクランに移籍した方が良いと判断しました」
ゴルディのその言葉は、私以外も動揺させた。特にノルンは目をまんまるにして驚いていた。
「ち、ちょっとぉ!? 仲間だと思ったから話したんですけど!」
机を叩き勢いよく椅子から立ち上がるノルン。そのまま襟首を掴み掛かろうとしたのでゴルディは慌てて止める。
「わわっ。待って待って、今は違うから!」
ノルンが怒るのもわかる。信頼を裏切られ——えっ、今は違う?
「私がいると“天の一撃”は狙われる。みんなを巻き込みたくない、そう思っていたの。狙われる原因が私以外にあっても、ね」
私は狙われるとわかっていながら“天の一撃”に残る選択をした。浅慮が恥ずかしくなる。
「でも、みんなが受け入れてくれるならって。やっぱりみんなと離れたくないから」
「ゴルディ……」
ゴルディの気持ちはよくわかる。危険に巻き込むのは間違いない。残ったことを後悔する日も来るだろう。それでも、この居心地の良い空間を離れることができない。
「今度こそ、一緒に乗り越えられる仲間だと思えたし、ね?」
「私も狙われる身、お互いに頑張ろう」
「あーしとは持ちつ持たれつってやつね、よろしく」
私に続き、ノルンも受け入れひとまず椅子に座る。あとはふたりの反応次第だが。
「わたしだってゴルディさんと離れたくないですよ」
「そうですね。迷惑だとは思いません」
ふたりも受け入れの姿勢を見せてくれた。これで、この五人で困難に立ち向かっていくことができる。……リヴェルトを敵に回すのはどうなるかわからないけど。
「それで、私は魔法を複数に分けて操作できるのと、人前では使えないけど金を使って攻撃できます。まだまだ使いこなせないけど」
「羨ましいな……」
ノルンはぽつりと呟く。確かに、金が作れるのは魅力的だがそれで狙われるなら一長一短……いや、もっと悪い。追われるのはきついよ。
「では、此方からも。まず、地元ではできない昇格試験のため遥々やって参りましたが、日々の生活に満足しております」
ローザからは過去について何かあった話を聞いたことがない。あまり話せてないからか、特にないのか。この中で一番ここにこだわる必要がないのにいてくれるのはとてもありがたい。
「得るものも大きいですし、しばらくはお世話になります」
「頼りにしてるよ、ローザ」
拍手と一緒に声を投げかける。ローザがいなければ……という場面はあまりにも多かった。これからは少しでも負担を減らしたい。
「盾に串を仕込んでいるのと、属性を纏わせることができます」
ローザの能力も強力だ。今は対象物やコーティングの内容に限りがありそうだが。
「最後はわたしですね。わたしも“天の一撃”を離れるつもりはありません。探している人がいますから」
かつて、レオハは敵討ちを目的にしていると言っていた。その相手のことを言っているのだろう。
「それってロマンチックな話?」
「いえ、ちょっとした因縁です」
ノルンのぶっ込みを軽くいなすレオハ。たぶん、ちょっとじゃないな。
「それで、わたしの力は加速……勢いです。動きに対して力を加えることができます」
レオハは加速を使った立ち回りで幾度もチャンスを生み出してきた。その力は特訓で応用力が備わりつつあり、急制動に再加速など将来も楽しみな万能能力だ。
「覚悟が見えた」
今まで反応がなかったヤミナが唐突に呟く。そして、立ち上がりながら話を続ける。
「特訓内容を一部変更する。選択肢を増やす」
そう言いながら食器を回収する。何か重要な話とかまとめかと思い、身構えたが違った。なんとも締まらないまま、この会は解散となる。
自室に戻り、改めて五人で困難に立ち向かえる喜びを噛み締める。ノルンは正直まだよくわからないが、和を乱す邪魔な存在ではないことは確かになった。それだけで充分。あとは時が解決してくれる。そんな余裕が持てるくらい、ゴルディをはじめとしてみんなのスタンスがわかってよかった。
安心したところで、寝る前に動画を見る。仕事をしていた時には寝れなくなるのでやらなかったが、今はダンジョン攻略や戦闘の参考にすべく積極的に見ている。心配は山ほどあるが、眠れないことは今のところないな。なんてふわふわと思考の海に浮かんでいると、気になる動画を見つけた。
『“天の一撃”、犯罪者を匿う』
投稿主はライキ。“獅子の咆哮”に所属し、私が大罪人であると喧伝する厄介なヤツだ。動画の内容は私がダイアナ・ヒスリーであり、それを隠す“天の一撃”はリヴェルトで厄介な事件を起こそうとしている、行方不明事件はその前兆というものだった。
こんなものよせば良いのに視聴してしまい、ダイアナについて少しわかった。領民から搾取し、私腹を肥やす典型的な悪徳領主だったようだ。すなわち、悪役令嬢に異世界転生できたことになる。数秒で終わったけど。
「強くならないとな」
おそらく、“獅子の咆哮”とは戦いになる。昇格試験でもジニィを蹴飛ばしたネイドなど、嫌な連中の集まり。いざというときのために動画を漁っているうちに夜は更けていく。
翌朝、寝不足で——ということもなく、ほど良きで眠り疲れが取れていた。なんとも都合の良い身体だ。そんな身体は鍛錬も余裕……にはならず。なぜか鍛錬は毎日負荷が変わらない。成長しているのは連携鍛錬で実感しているのだが、なぜだろう。
「ディア、アンタが指示しなさい。あーしがカバーするから」
「それだとノルンの良さが……」
「あーしの良さは?」
ノルンの良さ、それは状況判断と技量だ。っと、それに加えて情報操作があった。つまり、常に目立つ位置にいると強みが減る、か。
「度胸と荒らし、ですね」
「そう! って、もっとマシな言い方しなさいよ。かわいくないじゃない」
「かわいさなら充分、素直になれないとことか」
「な、何よ! いいからまかせるわ!」
そこからの連携鍛錬は昇格試験の蜥蜴が出てきても動じる必要がないほどの成果があった。二階建くらいの大きさの岩人形を危なげなくスムーズに倒せたのだ。今までの援護は味方の隙を埋める形だったが、ノルンが絶妙なタイミングで敵の注意をそらし、私も攻撃に比重を置いた指示を出せることで敵の隙を突けるようになったのだ。
「では、個人で分かれましょう。ディアは残ってください」
今日は移動しなくて良いらしい。一体どんな訓練が待ち受けているのだろうか。
「では、準備をしてください」
ラビはそう言うと巨大な岩石を作り出す。言われた通り準備をしながら、今日はヤミナが見てくれるわけじゃないんだなと思った。
「これからこの岩を攻撃してもらいます」
「……それだけ?」
「盾を構え、右手でモーニングスターを振り下ろす。それだけを繰り返します」
意図はわからないが、とりあえず指示に従う。振り下ろすたびに細かいところを修正され、岩が砕けるたびにおかわりが来る。心も身体もしんどくなる。
「フォームがブレていますよ。気をつけて」
「は、はい」
砕いた岩は軽く百はあるだろう。無限に続く繰り返しにあまり疲れを感じない身体にも疲れが見え始めた。たしかに、力の入れ方は定まってきたがそれくらいしか得るものはなかった。まだ続くのかと思った頃、ラビから止める指示が出た。
「では、かかってきなさい」
武器も持たず構えもせずに突っ立っているラビ。
「え、えーと」
「遠慮は必要ありません」
「じゃ、じゃあ」
念のため盾を前面に出し距離を詰める。全く避ける気配すらなし。えぇい、なんとかなるだろ! ラビが砕けないように祈りながら先ほど繰り返した動きで振り下ろす。
「……遠慮はいらないですから」
遠慮しなかった一撃は左手で軽く受け止められ、さらにはモーニングスターが微動だにもしない。え、何がどうなって……。
事態を飲み込めないでいると、身体が吹っ飛んだ。腹部に強烈な痛みが広がる。見ると鎧が綺麗に足の形で凹んでいる。ラビの蹴りだ、混乱の隙を突かれたのだ。
「お姉様から甘えを捨てるように言われませんでしたか」
状況を把握しようとする間にラビは軽く距離を詰め、立ち上がろうとした私の顔面に蹴りを加える。首が千切れて飛んでいきそうな衝撃と共に宙を舞う私。強烈な痛みが側頭部に広がる……全然消えない!
「あなたにはいくつか弱点がありますが、根本的に強度が低いです。頭の中だけで戦っても意味がありませんよ」
次の攻撃に備えて飛び上がり、盾を構える。次は背後か、上か、側面か。
「相手の裏をかくだけが戦いではありません」
正面だった。盾を構えた正面から、盾ごと殴りつけてきた。凄まじい衝撃。しかし、なんとか耐え——。
「仲間頼りのままで良いのですか」
ラビは盾を気にせずひたすら殴りかかってくる。踏ん張る足は先ほどまでの特訓で限界を迎えつつある。魔力で無理やり耐えている状態だ。
「ま、まだぁ!」
モーニングスターの鉄球を伸ばし、ラビの背後から襲わせる。が、ラビは目もくれず片手で掴み、どこかへと投げ飛ばす。こちらの手をすっぽ抜けて飛んでいくほどの力だ。
「あなたの武器は小手先の技だけでも、小賢しさだけでもないでしょう」
すごい握力、圧倒的な壁。昨日の鎧や先ほどの岩人形が豆腐に思えるくらいの手ごたえ。不意打ちも効かない。ならば、特攻しか——。いや、私の武器はこれだ。
「盾を構えて突進。それしかできませんか」
私は姿勢を低く、盾を構えて直進した。ラビは避けない。むしろ盾を破壊する構えだ。だが、私は怯まずぶつける。ラビの正拳突きが盾を遥か遠方に吹き飛ばす。その拳の先に、私はいない。
「小細工は……」
「通用しないでしょ!」
盾を囮に間一髪で回り込んだ私は、ラビにタックルの要領で触れ、魔力を流し込み動きを止めようとする。魔力操作の応用だ。あまり効果はなかったがそのまま逃げるように後ろへ回り、首を締め上げる。痛む側頭部。どちらが先に音を上げるか、勝負だ。
「私の武器は試行錯誤! 効果がありそうならやってみる!」
「全く違います。が、火力の無さを補うには良い訓練でしたね」
ラビは顔色ひとつ変えずに私の締め上げる腕を外すと、デコピンをしてくる。意識が飛びそうになる。
「疲労が蓄積した身体でよくやりました。魔力を流し込むのは良い挑戦ですが、人間は消し飛ぶ恐れがあるので気をつけて使いなさい」
この前の異形やラビは特別頑丈ということだろうか。一般人には使用厳禁と知れてよかった。
その後、まだジンジンする側頭部に悩まされながら温泉に向かった。温泉には珍しい先客がいた。ノルンだ。湯に浸かりくつろいでいた。
「あ〜おつかれ」
風呂場で会うのは初めてだ。私も汗を流して湯に浸かる。ノルンの身体はよく見なくても古傷が目立つ。
「アンタも相当しごかれたのね」
「ノルン……も?」
「もちろん。相手が悪すぎる」
ノルンでもあしらわれる強さ。徐々に外部の強さを知る中で“天の一撃”の歪さは際立っている。強者に教えを叩き込まれるこの環境はありがたいことではあるが。
「あの、ノルン。一つ聞きたいのだけど」
「何?」
「私の武器って、何?」
「……盾とハンマーじゃないの?」
「いや、そういうことじゃなくて」
先ほどのラビの発言。私の武器、それがまだ見つかっていなかった。正直何を話したものかと悩んだし、どうせならノルンに悩みを打ち明け仲良くなろうと思ったが、ノルンは考え込んでしまった。会ったばかりなのに難しいことを聞いてしまったなと反省しつつ、答えを待つ。
「正直知ったこっちゃない……けど、目的に対して貪欲なのに捨て鉢にならないところとか?」
「私自身がどうなればいいのかなって」
「……そんなの自分で考えなさいよ」
ノルンの言うことはもっともだ。むしろ、いきなり投げかけた最初の質問を真剣に考え答えてくれたことがありがたいのだ。
しばし続く沈黙。
「相手に対する気遣いをやめればいいんじゃない」
「気遣い?」
「闘争心とは別の感情。相手がどうなろうと知ったことじゃないでしょ」
ノルンは真剣に考え、答えてくれた。なら、私はそれを真剣に受け止めなければならない。無意識のうちに働いていた理性。それは、日本で学んだ大切なことだ。しかし、このままでは一生仲間にトドメを任せるようになってしまうのか。あるいは、トドメをさせなかった敵に仲間を殺されてしまうのか。——これが甘さ、正面から相手に向き合わなくてもどうにかなってしまっていた。
「私の武器は、この身体?」
「ま、まぁあの回復魔法で突っ込まれたら大抵の敵には負けないでしょうね」
「ありがとうノルン」
「?」
ノルンはキョトンとしているが、私の中で整理できたので良いのだ。正面から向き合う。そこに頭と技と経験を入れ込んで私の戦いを作り出せばいいのだ。正面から向き合うことを避ける特訓ではなく、使える手札を増やす特訓だったのだ。
「お互い難儀な身体みたいだけど、がんばりましょ」
ノルンは半ば呆れながら励ましてくれる。第一印象は最悪だったが、口だけで中身はとても良い子だ。改めてノルンを見ると、古傷の中に手術痕が見える。殺されかけたと言っていたのと関係しているのだろうか。
「醜い傷でしょ、これがあーしの動機なの」
「大変、だったね」
「まぁね。未熟だったあーしの戒めよ」
「そう。なら、醜いとは思わない」
「……来てみてよかったわ」
ノルンが温泉に現れなかったのは、身体の傷を気にしてだったのだろうか。何にせよ、心を開いてくれているようで何よりだ。私もノルンはあの頃の部下とは全く違う。彼女も大切な仲間、リヴェルトに対して私でできることがあれば協力したいとも思う。……常識の範囲内で。




