Fランク、新たな問題
門を潜ると、陽は落ちているのに明るかった。立ち入り禁止を示すであろうロープで囲まれ、たくさんの人間が待ち構えていた。
「タタラさん、ご苦労様です」
「警部殿、このふたりが重症なんで直ちに治療所に運びます」
「よろしくどうぞ。さて、他の方には事情聴取……といきたいところですがお疲れでしょう。クランにお戻りください」
いつの間にか般若はいなくなっていたので、私たち四人で邪魔にならないようそそくさと帰った。中ではヤミナとラビとメイドさんが食事の支度を整え待ってくれていた。
「無事のお戻り、何よりです」
「明日からも厳しくいきますが、今はゆっくりしましょう」
明日が休みにならないことに驚きつつ、匂いでお腹が空いていることに気付かされ限界だったのでそのまま勢いよく食べ始めた。初めてのダンジョンに加え、人為的な異変。緊張しっぱなしだったので、色んなものが一気に溢れ出す。疲れ、痛み、感情、情報……。今は食欲を一番に満たし、温泉に浸かりながらゆっくり考えよう。
「いやぁ、今回も生きて帰れたねぇ」
私が温泉に向かうと、ローザ以外の二人もついて来た。
「ゴルディさん、あの金色の奥の手はいつから——」
「あぁ、あれは、そう、たまたまだよ」
昔の話は少し聞いているし、私から詮索はしない。ただ、一言伝えたいことがある。
「無事で何よりだよ。助けてくれてありがとう」
「い、いや! それはこっちのセリフだから! いつもありがとう」
「ディアさんも特訓の成果が出ていましたね」
「レオハこそ。完璧だったじゃん」
今回の戦い、やや危ない場面はあったとはいえ、戦闘はかなりうまくいった。だからこそ、私なりに課題も見つかったが。
「ここからさらに強くならないと、ですよね」
「なんか申し訳ないな」
「いや、原因は私だし」
「そんなことないですよ、みんなで協力して乗り越えましょう」
相変わらず、湯が肌に染みる。吹き飛ばされたり、棘に刺されたりしたはずの身体は微かに痛む程度だった。しかし、温泉に浸かると蓄積されたダメージがはっきりわかる。身体側が私に痛みを制限しているのだ。
この首、この身体に加えて組織単位で狙われる身になったが、レオハの言う通り協力して立ち向かう。みんなのためなら、まだまだ頑張れる。
「ディア、さ」
温泉から上がり着替えているとゴルディが小さな声で話しかけてきた。
「私、私の意思で冒険者続けるから。これからもよろしくね」
「こちらこそよろしく」
色々と吹っ切れたようだ。何にせよ、笑顔が戻って来て良かった。やはりゴルディには笑顔がよく似合う。
「では、新たな特訓を始める前にいくつかお知らせがあります。」
翌日。いつもの基礎鍛錬が少し負荷強めに変わった。その後。特訓に移る前にミオネから話があった。
「まずは試験お疲れ様。昇格はまず間違いないよ」
水晶を採った記憶はないので助かる。あれだけ戦ったのにダメでしたは傷つく。
「次の目標はEランク。そのために、ガンガン依頼をこなして欲しい。でも、それにはいくつか障害がある」
「それは一体?」
「端的に言えば、いろんなとこから目の敵にされてる。だから、ペースを上げて強くならないといけない」
「私のせいでごめんなさい」
肩身が狭くなる。この首を狙う輩、この身体に受ける怨み……みんなを巻き込みたく無いなぁ。
「ディアだけのせいじゃない。例えばゴルディ、あなた人前で黄金の力を使うの禁止ね」
「え、あ、はい」
「それからリヴェルトに“天の一撃”支部を作ったのも、揉めるためだから」
「え?」
私が原因であることは間違いないが、そもそも意図して揉めているらしい。だから私の加入を受け入れたのか、ちょっと複雑。
「こっちから手を出すと面倒だからね。向こうから来てもらわないと。今はいい感じに刺激できてる」
「そんなことして、また襲われたりしたら……」
「そう、襲われるから強くなってほしいの」
「そんな無茶な」
とっても巻き込まれた感じがあるが、私は何もしなくても襲われる立場なので文句は言えない。言えないのだが、困惑は口に出ちゃった。
「無論、戦力になる人員の増強と牽制は続ける。特訓と装備の拡充もね」
「それはありがたいけど、不安だなぁ」
「うん。だからこのタイミングくらいしか脱退できないし、今のうちに辞めたい人は教えてほしい。特にロザキューレ」
ゴルディは戸惑っているが、名指しのロザキューレは涼しい顔。レオハは真剣な顔で考えている。私には悩む余地がないのである意味気楽だ。
「昇格するという目的は果たした、これから先は任せる」
「……此方の挑戦はまだまだ終われません。今後ともよろしくお願いいたします」
「わたしも、よろしくお願いします」
ローザ、レオハが覚悟を決めたようだ。狙われているのがわかってなお一緒にいてくれる、やはり信頼できる。ゴルディの答えは心配していない。この世界では仲間に恵まれて本当によかった。
「私もお願いします」
「私は……ちょっと考えます」
え? ゴルディ?? まさかゴルディが即決しないと思わなかった。確かに、ゴルディには“フィフスロック”という古巣があり、新しい力にも目覚めたようだが、自分の意思で冒険者をすることにしたゴルディがここで別の道を歩むとは思わなかった。そうか、冒険者は“天の一撃”でなくともできるから——。
「次のクエストは十日後。それまでに決めてくれ。あとはよろしく」
「では、個人特訓を始めます。まずは各自場所移動を」
大中小のメイドさんが並び、ゴルディ以外を別室に案内する。私が案内された先にはヤミナがいた。
「来たか」
私の予想では、けん玉に触れずに動かす、だった。しかし、けん玉がない。では、何をすれば良いのか。
ヤミナは徐に小袋を取り出し、中の青い金平糖を口に含む。
「では、特訓を始めましょう」
先ほどまでの何を考えているかわからない様子とは打って変わってキリッとした面持ち、はっきりとした喋り方。人が変わったように変化した。
「あなたに足りないのは絶え間ない攻撃を捌く経験です」
「えっと、それは……」
「あらゆる状況下で判断を下せるように。まずは一対一から挑戦しましょう」
メイドさんに武器を持たされ、戦う状況に持っていかれる。何が何だか整理ができていないまま、ヤミナは刀を抜き、コチラに向ける。
——ドスッ。次の瞬間、視界が傾き、勢いよく落下する。瞬く間すらなく、切り落とされた首。そんなお手軽に切り落とすなと抗議する前にヤミナが私の首を拾い上げながら話を広げる。
「命のやり取りをしているという緊張感がこの特訓の鍵になります」
「何が狙いですか」
「今まで通り、意味を考えるところまでが特訓です」
そうして、ヤミナの猛攻を防ぐ地獄の時間が始まった。今まで戦った敵の中でダントツに底が見えない。あらゆる攻撃が通らず、単に斬りかかるだけなのに防御の隙を的確に突く。イメージを絶妙に上回る立ち回り。頭も身体も追いつかない。
「今日はここまでにしましょう。ところで、あの壁の色が変わったのは気づきましたか?」
「え? あ、ほんとだ。紫になってる……」
ヤミナで手一杯だった。元々が茶色だったのであんな派手な紫に変わったら普通気づくはずなのに。そこまで視界が必要なのか。強くなるための道は険しい。
そのあと、食卓で合流したみんなも疲れ果てていた。過酷な特訓は皆同じだったようだ。
「特別講師はいかがでしたか?」
「……」
一同、沈黙。ロザキューレすらも。それほどの講師もいるなんて、“天の一撃”とは本当に何なのだろうか。もう思い切って聞いてしまおう。
「すみません、“天の一撃”ってなんでここまでのことできるんですか」
「できる人材を集めたから、ですね」
「これだけの人材がいて大手クランにならないんですか」
「“天の一撃”所属ではありませんから」
「……大手にはさらに実力者がゴロゴロいるから、ではなく?」
「真の実力者は隠れていますので」
それは、他クランにも実力者がいるという意味かそれとも“天の一撃”
は隠れていると言いたいのか。いずれにしても、実力者が指導してくれる程度には力のあるクランらしい。……それなのに狙われるのか。
「私ら以外の、本部の冒険者もすごいらしいからね。ネットで話題になってる」
「……わたしたちも負けていられませんね」
レオハの言葉に全員が力強くうなづく。この世界で生きていくためには、“天の一撃”にいようがいまいが強くなる他ないのだ。
「と、なると避けて通れないか」
自室に戻り、パソコンの前で無意識に呟く。私の身体、ダイアナについて調べれば強くなるヒントが見つかるかもとここに来るたびに思い、躊躇ってきた。それは今日も同じだ。
何をやらかしたか知ってしまえば、少なからず今後に影響する。ならば、力をつけてから……。こういう先延ばし癖は日本で暮らしていた頃から変わらない。でも、責任を持てない行動はしない。
言い訳かもしれないが、今はそういうことにしておこう。真実を知った時、一人で立ち向かえる力は、私自身で身につける。
その夜、久々に夢を見た。日本でプロジェクトに勤しんでいた頃の夢。全体を把握し、細部を詰める。部下の負担など考えず、ブラッシュアップに心血を注ぐ毎日。できない部下はいないものとし、プロジェクトに関係のないことは一切取り合わない。
だから、裏切られ、奪われた。視野だけが広くても仕方がないのだ。見えると見るは違う……。
『先輩の資料、すごく使いやすかったです。私のためにありがとうございます』
意地悪な笑みを浮かべる後輩の顔。パワハラをでっちあげ、私からプロジェクトを奪った悪魔の顔……。
起きた時には、ベッドが濡れるほどの汗をかいていた。なぜ今更こんな悪夢を見るのか。いや、切り替えよう。ここは日本じゃない、記憶の中から消せばいい。忘れよう。
朝食を済ませ、いつもの鍛錬に移る。鍛錬に集中したおかげで、忘れたことにできた。鍛錬は最初より負荷が増しているが、満足感はさらに増している。成長が実感できるからだ。
「本日も個人特訓に入りますが、その前に今日から新しいメンバーが合流します」
「これがあーしの手足? なんか頼りなくない?」
「自己紹介を」
「……ノルンです。あーしのためによろしく」
「Eランクなので実力はあります。実力、は」
「ちょ、どういう意味よ」
「次回クエストでの同行者、にあたりますが、扱いは皆さんと変わりません。明日から鍛錬も一緒です」
「なんであーしがこんな低ランクと同じことしなきゃなんないのよ」
「……はぁ。個人特訓の成果次第では考え直しますよ」
「言ったわね! 腰抜かすんじゃないわよ」
「……元気な人だね」
ゴルディの呟きに、私とレオハがうなづく。ローザはなんだか嬉しそうだ。
それにしても、自分に自信があって、周りを利用することも厭わない。上昇志向……自己主張。悪夢から飛び出してきたような、そんな気持ちだ。
「特にアンタ! 一番弱いんだから努力しなさいね」
悪夢に頭を占領されている間に、個人特訓の移動が始まっていたようで、ノルンは去り際に私を指差し、怒鳴りつけた。
この先仲良くできる自信はこの一瞬で悪夢に飲まれた。




