Gランク、昇格する
ディアたちに黒い半異形と化した子どもを任せ、物言わぬ白い異形と化したジニィと向かい合う私。
握りしめた杖は黄金を纏い、ボロボロだったのが煌びやかな棍へと変化する。
「さて、どう戦おうか」
溢れ出る力。その源は願いを叶える黄金の魔神である。願えば願うほどに出力が上がり、今の私には御しきれない限界にすぐ到達してしまう。
「……っぱそうくるよね!」
こちらが力の制御をする時間などくれない。中身はジニィなのだから、ディアたちが子どもに何かしようとすれば飛んでいくのはわかり切っていた。だから、目で追ったし、罠を置いた。
火の玉を生み出し、進路上に配置するだけで引っかかった。先ほどまでとは比べ物にならない爆発。それに混じって溶けた黄金も飛び散る。ジニィに付着した部分から煙が上がり、足を止める。
「まだまだだよ」
そう言って、新たに液体状の黄金を生成し、ジニィに飛ばす。無数に襲いくる黄金の水球。それがぶつかるたびに鈍い音がして、まとわりつきジニィを焼いた。
その重さは先ほどまでの水とは比にならず。その熱さは先ほどまでの火とは比にならず。黄金に身を委ねて得た力だ。
たじろぐジニィは黄金に身を包まれ静かに焼かれる。こちらに向き直り、明らかに標的を変えた。
「それでいいんだよ」
黄金で動きが制限された今のジニィなら目で追える。それでも今まで戦った敵の中で最上位ではある。瞬く間に詰められた距離、四本の腕から繰り出される拳の猛攻。棍を操り凌ぐので精一杯だ。
(身体に回す魔力を増やせ、魔法の展開に使わなくなった分がある)
そんなこと言って、黄金の力を使いすぎたら私が黄金になるとかじゃないの?
(そんな騙し方、願いに縛られた俺にはできないさ。『欲望』が尽きない限り、問題ない)
魔神の力を使わなかったのは過去だけが原因ではない。得体の知れない力への恐怖だ。使う覚悟はできても、どこまで信用するかは別問題だった。……今は魔神を信じるしかない。
「いい加減離れろ!」
魔力による身体強化で拳を弾き、がら空きの胴体に突きを決める。黄金の棍はそのまま伸びてジニィを吹っ飛ばした。
すかさず、ジニィの手足に黄金を集中させ、自由を奪う。このままトドメを——。
(お前の『欲望』は、その程度か?)
何が言いたいの。まさかジニィを救える、なんて都合の良い話に乗る気はないわ。あなたがそう言ったでしょ。みんなを守って、みんなを生き返らせてと頼んだ時に。
(そうだ、なんでも叶えるのは叶えられる願いに限る。だがな、それを理由に諦めてほしくないんだよ)
な、なんなのそのよくわからない期待は。
(やる前から諦めたら『欲望』が生まれないだろう、お前には欲深い人間になってほしいんだ。それに——お前らしくないだろう)
嫌な言い回しだなと感じつつ、最後の言葉で魔神への警戒が少し薄れた。恐ろしいだけの、私を利用するだけ利用して捨てるような存在だと思い込んでいた。
「わかった、やってみるよ。ジニィ、あなたの願い……いや、『欲望』をもう一度聞かせなさい!」
手足を拘束されると、ジニィの身体がでこぼこし始め、至る所を伸ばして攻撃してくる。これを棍でいなしながら前進。ここまでして戦うのは、異形の性質かジニィの『欲望』か。
直接触れ、魔力を流し込み異形の中からジニィを探し出す。その間、身体を黄金に包むことで、無理やり抑え込む。
——誰かが守らないと、みんな死んじゃうから。
ジニィの考えとイメージが流れ込んでくる。ディアと見た、ガラクタの景色をジニィも見下ろしている。ジニィの目に映る子どもたち。そこに尊いとか、好意的な感情ではなかった。自分より下の存在を見て安心していた。
私がいなければ……こんな私でも役に立てるんだ。
ジニィは最初こそ見下していたが、ガラクタ……スラムの中で子どもたちと接触することで心の底から守りたいという気持ちが芽生えたようだ。
子どもたちの笑顔が、光り輝く太陽のように感じられた。
だから、スラムのカリスマの裏切りが発覚した時は焦った。落ち込む子どもたちを励まし、ひとりでも生きていける力をつけて欲しかった。
路地裏で白い粉状の薬をもらい、もしもに備えて子どもたちへと分け与えた。自分の身は自分で守るしかない。でも、手の届く範囲なら必ず私が守る。この手を伸ばせるなら、どんな姿になっても構わない。
「じゃあ、ここで死んでもいいわけ? それって逃げてるだけでしょ」
ジニィもまた、子どもたちを真の意味で救えなかった。薬という選択肢は、間違いだ。その間違いから、死をもって逃げ出そうとしている。それは償いにはならない。
「役に立たないまま、裏切られた子どもたちにまた同じ思いをさせるんだ。それがあなたの『欲望』の成れの果て?」
そうだ。私は間違った。だから私は消えるべき——ん? 裏切る? それはダメだ、違うそれだけは。マリアに、クガに、ソキに……あんな顔させてはいけない、させたくない! 裏切られ絶望したあの顔は、あの日だけで充分だ。
「だったら、閉じこもってないで出てきなさい!」
黄金の像と化したジニィの身体にひびが入る。そして、黄金が割れ、中から元のジニィが出てきた。割れた黄金は私の中に入っていく。
(素晴らしい『欲望』だ! 後はコイツ次第だな)
ジニィは目を覚ましたわけではない。意識のないジニィの身体をサッとおぶって周囲を見渡す。そこにはローザが見守ってくれていた。ディアたちはいない。みんな上手くやったのだろう。私たちも急いで上に戻らねば。
——ゴルディがジニィと対峙していた時。私、ディアは考えていた。
目の前の子どもは、自分を制御できていない。半身の黒い異形は、たとえ気絶させても反応するのではないか。切り落とす、しかないのか。
いや、そんなことをすれば、彼の命に関わるだろう。シザリー先生ならくっつけてくれるかもしれないが、異形と分断して脱出まで生きられそうな混ざり方に見えない。
「レオハ、ローザ。ふたりはみんなを援護して脱出を」
「ディアさんまでなんです? まだ戦えますよ」
レオハはそういうが、ここまでの加速と急停止。だいぶ身体に負担がかかっているはずだ。それに、私にも作戦がある。
「何か考えがあるのでしょう。失敗した時のカバーに回ります」
ローザの反応に、納得し、すぐ行動に移すレオハ。頼りになる女たちだ。さて、私は私の仕事をしよう。
まず、黒い異形の注意を私に向けさせるため、盾を構えながら全速力で突っ込む。相手の反応は目で見えなくなるが、その分身体の感覚で動きを捉える。なるほど……カウンターで斬る構えのようだ。なら、迷わず突っ込む!
右半身の刃は盾を一刀両断せんと振り下ろされたが、上側半分も行かないくらいで刃が止まった。プレゼントを早速おしゃかにして申し訳なく思うが、信じてたよ! の気持ちで次の一手を。
まず棍棒の仕掛けを作動して、盾の右側から飛び出し、頭を狙って棍棒を振る。無論、こんな攻撃は見切られて当然。黒い棘が伸び、襲いかかって距離を詰められず空振りに……なるはずだった。
「これが修行の成果だぁ!」
先端の棘がついた部分が外れ、鎖で繋がっている。モーニングスターというらしい。メイスモードとフレイルモードの切り替え型。これで間合いが伸び、直撃コースに入った。
鎧があるとはいえ、伸びた棘が刺さりながらだ。痛い。早く当たれ、そう思ったが、なんと異形に侵されていない左半身で防いできた、挟まれた左腕。鈍い音が響く。
「お、俺、俺が」
見た目が変わっていないだけで、全身呑まれているのか。——なら、好都合だ。修行の成果とは、武器の変化ではない。あの動かずにけん玉を動かす修行なのだから。
『それなら、魔法みたいに動かせば?』
タタラに負けた後、強くなるため三人にアドバイスを求めた。これはその時のゴルディのセリフだ。それができれば魔法使っとるわ! と思ったが、レオハやローザがうまく論理を補強して、私に応用してくれた技。
鉄球が自在に動き、異形へ迫る。身体を丸め防御の構えを取るが、鉄球は顔面ではなく腕に絡みつく。自在に操るトリックは接触、つまりは身体の延長線ということだ。
魔力操作は体内でできるのなら魔力を流し込んでしまえばいい、という力技。できる人間の方が少ないらしいが、日頃から別の意味で身体を動かしているにはぴったりの方法だった。それを今、さらに他人の身体で試してやる。
魔力を流し込む感覚がある。それは鉄球に流し込むより遥かに多い、疲労感がすごい。もしかして吸われているのかと思うほどで、身体の熱が急激に上がる。相手からも湯気が出ている。
……自在に操れなくていい、動きが止められたなら。異形は高速を解くそぶりを見せない。どうやら成功したようだ。よかった、上手くいかなきゃぶっ飛ばすところだった。
「ディアさん?」
「……よし、大丈夫そう。みんなは?」
「冒険者の方々は避難できました。ゴルディさんは……」
視線の先では、黄金の像に触れ動かないゴルディが。どういう状態だ?
「ここは此方にお任せあれ。お二方は早く脱出を」
ローザの申し出を断る理由はない。第二関門を突破しただけで、最後に重いのが待ち構えているはずだ。魔力を拘束に使っているからか、気配が読めない。心配だ。
「おう、戻ったか」
戻った先には手頃な岩を椅子代わりにくつろぐタタラが。あれ、謎の人影は……。
「他の連中はみんな脱出したよ。“黒の竜”が援軍に来たんだ」
「襲撃者は?」
「もれなくお陀仏さ」
「そう、ですか。あっ、この子を早く外に出さないと」
「……待て」
壁際に佇んでいた般若が声を出す。うわっ、びっくりした。ていうかこの声……。
「あっ、みんな!」
ちょうどこのタイミングでゴルディたちが戻ってきた。ローザとふたりでジニィに肩を回して運んできた。向こうもうまくいったようで何よりだ。
「全員、よくやった」
般若が私たちを労ってくれる。というか、般若の正体って。
「ヤミナ、さん?」
「……」
「ヤミナさんですよね?」
「チガウヨ」
「……」
なんか聞いたことない声音で惚けてきた。面で表情が見えないからよくわからないというか面のせいでめちゃくちゃ怖い。違うってことにしとこか。
「よし、じゃあ戻るぞ。拘束は解いていいぞディア」
タタラは糸でジニィと子どもを包み、ひとりでふたりを持ち上げ歩き出す。これで終わりだと思ったが、帰るまでが遠足なように“タイニーテーブル”に着くまでがクエストなんだ。油断せずに行こう。
「今回の試験、イレギュラーのせいで対応が遅れるが合格は間違いない、よくやった」
「あ、ありがとうございます」
「今する話じゃねぇって感じたかもしれないが、大事な話に繋がるからよく聞いといてくれ」
「大事な話?」
「俺たちを襲わせたのは“黒の竜”で、これから割と多くの組織に狙われるってことだ」
「……は?」
“黒の竜”は半ば無理やりだが巻き込んで共闘した仲だ。それが今回の件の黒幕?
「“黒の竜”は“天の一撃”と確執がある。潰すつもりだったんだろうよ、下っ端諸共な」
「そこまでして……」
「んで、これに噛んでるのが“獅子の咆哮”とその直系グループだな」
「この試験は仕組まれていたってこと?」
「そうだ。コイツらをこんな風にしたクスリもグループがばら撒いてる」
タタラは刑事も兼ねたギルド職員、かなり情報に精通しているようだ。だとしたら、腑に落ちない。なぜこの罠に乗っかったのかという話だ。
「裁判と今回の試験で、警戒度を上げるつもりだったが、刺激が強かったようでな。割と大物まで動き始めて狩りが始まる。だから、戻ったら気をつけろな?」
そ、そんなぁとしか思えない。タタラとヤミナ……般若が刺客を止めていたのだろう。それで簡単に潰せないと諦めてくれたら良かったのに。
借金、それに首を狙われ、そしてまた命も狙われる。今日もだいぶ成長できたと思うが、この伸びを絶対に止めてはいけない。まだまだ強くなる決意を固め、門を潜った。




