ゴルディ、過去と向き合う
時は遡り、ゴルディたちは——。
「よくも先生を!」
“シルエラ”の受験者のひとりが叫ぶ。そりゃ、恩人を火だるまにしたからね。もはや人とは言い難いほどに白く、膨れ上がったジニィ。火の玉が通る相手ではない。
「守ると決めた子どもになんて顔させてんの」
私はジニィに呆れながら言い放つ。ジニィの守りたいという気持ちは本物だったはずだ。ただ、方法を間違えただけ。……せめて彼の願いは果たしてあげたいと思う。
「もはや話が通じるとは思えんが」
「そうですね、私も覚悟を決めましたよ」
「援護しろ」
そう言ってレイが飛び出して行く。ジニィは腕を伸び縮させるパンチで迎撃。私は足元を狙うことにした。
「……!」
四方から火の玉を操り襲わせようとしたが、ジニィの身体から伸びた棘が全てを破壊した。次いで、レイの剣戟も白い皮膚で受け流し、腹から伸びた新たな腕でレイを殴り飛ばす。
「倒すつもりならと思ったけど、厳しいね……」
予想以上に人間離れしてきたジニィ。今度は気取られないタイミングで攻めに転じてきた。反応が遅れる私。しまった——!
「何を惚けているんですか!」
目の前にクナイが飛んでくる。反射で目を瞑る。これは身体に染みついた動きだ。このクナイ、三秒間激しく光る。
ジニィの動きが鈍ったのを見て杖で叩くが効いていない。だが、それでいい。反応を利用して距離を取った。ジニィからの追撃はない。
「ありがとうございます、先生……」
咄嗟に出てしまった言葉。それは、私に冒険者とは何かを叩き込んでくれたロアに対しての言葉だ。
「油断しない! 次!!」
「はい!」
再び火の玉を用意し、備える。正面から倒せないなら、逃げる。逃げられないなら、あらゆる手段を講じる。これが基本。闇雲に魔法を使わず、勝ち筋を探す!
「ま、守る、守るんだ……」
「そんな姿になってまで、か。望んでないよ。そんなの」
これは子どもたちを思った言葉ではない。自分の気持ちだ。私を助けるため犠牲になった彼への消えない気持ち。
「一緒に帰ろう」
「……!」
少し反応がある気がする。狙うなら、頭か。
「ひとまず、頭冷やせ!」
試験までの期間で特訓した水の玉。これをジニィの顔にぶつけていく。ややたじろぐジニィ。威力より精神面での効果だろうが、理性を呼び起こせるならなんでもいい。
「戻ってこい、戻ってこいよ!」
ジニィにあの人を重ねながら必死に叫び、ぶつける。頼む、間に合ってくれ——。
「せ、先生!」
ジニィが大きくビクッと震える。やったか?
「!? 違う、避けて!!」
ロアの切迫した声に対し、反射的に屈む。私の心臓があった場所に異形の腕があった。肩から生えたその腕はシュルシュルと戻っていく。
「もはや無駄だな。斬るしかない」
レイはここまで静観してくれていた。だが、子どもたちの声が逆効果となれば、手遅れと判断できる。こちらが手遅れになる前の、最大限譲歩した判断だ、従わざるを得ない。
「待たせて悪かったね。ロア……ロア先生、援護頼める?」
「冗談を。あなたが援護するんですよ」
そう言うと、レイとロアは一直線に駆ける。伸びる腕を封じるなら……側面から軌道を逸らす!
再び爆撃に晒されるジニィ。それと即席とは思えぬコンビネーションで隙なく攻防を繰り広げるレイとロア。自分とは強さの次元が違う。
「や、やめろ! 先生は悪くないだろ!」
喚く子どもたち。それを“フィフスロック”の受験者たちが抑えてくれている。
「ダメだ、ダメだ、子どもたち、子どもたちは……」
爆撃を物ともせず、ふたりの斬撃もかすり傷程度。反撃はするどいが、主体的な攻撃の意思はない。心ここに在らずは続いてる。倒すなら今しかない。
「これなら、どうだ!」
火、水に続いて切り札の雷を玉にしてぶつける。ここまで弱らせた甲斐あって多少効いているようだ。
すかさずレイが首に刀をかけ、引き抜く。反射の一撃はロアが左足を崩し、レイを掠めるように空を切る。レイは返す刃で右足を斬り落とした。
「あ、あぁ、いが、と」
倒れ込むジニィ。傷口が塞がり、再生を始める。これを阻止して捕縛する。それで、終わるはずだった。
「うわぁぁぁ!」
響く叫び声。それは子どものものではなく、“フィフスロック”のシオンだった。肩口からザックリ切りつけられたシオン。一体何がと整理する前に、レイが膝をつく。
「せ、先生、まも、守る……」
そこには、半身を黒い何かに追われ、腕から刃を生やす子どもの姿が。ジニィが抗う力と称した何らかの術を子どもたちも得ていたのだ。それが最悪の形、最悪のタイミングで出てきてしまった。
「! いけない!!」
ロアは叫んでクナイを投げる。投げた先は別の子ども。その子もまた、何かを口にしようとしていたのだ。突然クナイを投げられ、動揺したその子を拘束するロア。そこに、子どもを、仲間を傷つけられたふたりが凄まじい勢いで接近してくる。
「させない……」
魔法の玉と一緒に飛び出す。玉は牽制にもならず軽く流されたが、僅かな時間で、子どもの斬撃は受け止めることができた。だが、ジニィは……。
「ダメだよ! 先生!!」
ジニィとロアの間に入ったのは、ジニィに抱えられていた女の子だった。怪我をしていたと思ったが、間に入って、そして、腕に刺し抜かれてしまった。
「あ、ああ、あ……」
「マ、マリアぁ!」
「マ、ママ、なんで」
ジニィは言葉を失い、仲間の子どもたちもショックを受けている。
「もう、大丈夫、だから、お家、かえ……」
血を吐きながらジニィを諭す少女。その声は果たして届くだろうか。
「応急処置をしろぉ!」
叫びと共にジニィを背後から斬りつけるレイ。私は我に返って女の子に近寄る。男の子は動かず、ジニィはレイに反撃するため腕を抜いた。
「助けなきゃ、この子は絶対助けなきゃ」
魔法は一通り勉強した。才能溢れる幼なじみに必要としてもらうため、役に立つならなんでも使えるようになった。回復魔法だって人並み以上に使える。それでも、この子を助けるにはあまりに足りない。
(なぁ、いい加減俺に頼れよ。そんなに怖いか?)
身体の内側に響く声。ある時を境に、ピンチの時に聞こえる幻聴。
(ディアの首が落ちた時、あれだけ後悔していたじゃないか。また後悔するハメになる)
うるさい、あなたの力は借りない。私だけを助けてみんなを助けなかったあなたの力なんて必要ない。
(でもよ。ソイツ、死ぬぜ)
腕の中で息が弱まっていく女の子。ダメだ、なんとかしないと。
(俺の力を使えば、助かる命だ)
……あなたの力を使ったら、私を残して死んだ彼らと同じ。それだけは嫌。
(つまらないプライドだな。そのせいで……)
「くそ、くそっ!」
私の回復魔法じゃ追いつかない。でも、この力を使ってしまったら……私は、私はどうすれば……!
「代わってください!」
切羽詰まっていると、黒い鎧が急に隣から割り込んできた。“黒の竜”の受験者のひとりだ。
「私が回復しますから、マイトを、彼を助けて」
顔を上げると、ジニィと子ども、二体の異形相手に黒い鎧が立ち向かっていた。自分の世界に閉じこもっている間にも、誰かが守るための戦いをしていたのだ。
黒い鎧の彼はかなり押されており、盾はボロボロになっている。
「あ、あ、なんで、ナンデ」
「せんセイ、たす、た、たすけ……」
彼らは何のために戦っているのか。根底には守るという気持ちがあったはずだ。その結果は、あの姿。守りたいという気持ちは、良い結果をもたらすとは限らない。一番生き残ってはいけない私が生き延びたように。本当に生きるべきは彼だったのに。
「ゴルディ! しっかりしなさい!!」
ロアの声も私には響かない。私は、どうすればいい。彼なら、どうする——。
『……私は、経緯はどうあれ、ゴルディと会えてよかったし、命を救われたよ』
不意にディアの言葉を思い出す。首を落とされてなお、何もできなかった自分への言葉。この言葉に後悔ともう一つの感情が揺り動かされた。
「私が、救った」
彼のように人を不幸にする、私にはできない。そう決めつけていた。でも、無我夢中で行動したら、自分にできていた。
(俺はさ、お前に笑って生きてほしいんだよ)
心のうちに響く声。先ほどまでの重々しい声ではない。懐かしい声。私が奪ってしまった彼の声。
(お前がやりたいことをやる、それが俺の、俺たちがやってほしいことだ)
自分の中に響く、都合の良い言葉。肩には自分が躊躇って救えなかった命が重くのしかかる。いまさらそんなの、許されない。
(お前が許さないなら、俺が許す。新しい仲間を救ってやれよ。命を懸けあえる、大事な仲間だろ)
遠くで竜に立ち向かう三人が見える。彼女らは常に自分の身を危険に晒しながら、みんなを守っている。だが、自己犠牲の意識など感じたことはない。
(この力は呪いじゃない、託したのは俺の意思じゃない。この力は、お前の力で、託したのは俺のわがままだ。もっと自分に素直になれってな)
目の前の景色が現実に引き戻されて行く。黒い鎧のマイトが、レイが、命をかけて異形と対峙している。彼らは自己犠牲によって不幸を残して去る悪しき存在がなのか。否。
(それじゃ、俺らは遠くから見守ってるよ。コイツと、仲間と仲良く、な)
肩の荷、心の枷、とにかく何かが取り払われた気がした。同時に、この手に強くのしかかる命の重み。私がこの場で救える、命の重み。
(話し合いは済んだか? どうする)
響く声は元通り、重々しい声。さっきのはアンタが生み出した幻? どうでもいいけどさ。『全てを叶える黄金の魔神』さん、その力、たっぷり使わせてもらうよ。
(待ちくたびれたぜこの時をよぉ……。欲望を、喰わせろ!)
ぼろぼろの杖を握りしめ、戦場に割って入る。
「ま、守る……力……」
ジニィは首も白い異形に飲まれ、腕が四本に増えていた。子どもはまだ半分だけ、黒い異形に覆われ、刺々しくなっている。
今なら、その力に頼ったふたりの気持ちがわかる。私がもっと自分と向き合えていれば。いや、だからこそ、終わらせる責任がある。
「ここまでありがとう、後は私に任せて」
遠くからディアたちが走ってくるのが見える。レイたちを任せてしまおう。
「お、俺、俺が、助け……る? 助けて……」
半身を飲まれ苦しむ子ども。彼も連れて行ってもらおう。まだ引き返せる状態だ。全部丸投げなんて、ワガママになったな私。
(いいじゃねぇか。俺を使うんだ、叶わねない願いはねぇ。もっと『欲望』を解放しろ)
「ディア! その子を捕まえて上に行って!!」
「いや、私たちも戦……」
「これ以上、こんな姿で居させたくないから……!」
杖を握る手に力を込め、ディアに託す。今の私の『欲望』はジニィを終わらせること。そのためなら、人に迷惑をかけようと構わない……いや、仲間を信じて託すことができるんだ。私はもう、自分からも過去からも、仲間からも逃げない。
「私は、私の意思で戦うことを決めたから。大丈夫」
「……死なないで」
「大丈夫、こんな中途半端じゃアイツらに死なせてもらえないよ」
アイツらが残してくれた黄金の魔神は、たった一つ純粋な願いを叶えるためだけに私に憑いている。——私がこの先も笑って生きていけますように。私が迫る仲、彼が、みんなが遺した呪い。それを託してくれた祝いにできる、ディアたちと出会えたから。
「……」
物も言えなくなったジニィ。待ってて、今楽にしてあげるから。




