Gランク、退く
こちらに迫ってくる一団の先頭は“黒い竜”。行きより早く戻ってくる。黒ずくめの鎧なのに軽々と走る。
続けて“フィフスロック”。ロアが新人を援護しながら順当に走る。ゴルディには厳しいことを言っていたが、見捨てることはしない様子。
次にギルド職員。ジーラックがひとり背負って走っている。
そして、“獅子の咆哮”。へばってダラダラ走るのが目立つ。
最後に“シルエラ”。“獅子の咆哮”に妨害され、体勢を崩したジニィに子どもたちが駆け寄り、竜の攻撃圏内に。今から背を向けて走れば全滅する。
幸い、竜も小蠍も止まり様子を見ている。追いかけていた獲物が振り返って警戒しているのだろう。今のうちに追いつかねば。
「おい、こっちに来るんじゃない!」
“黒の竜”のメテオの声がする。これを無視してゴルディとレイは駆け抜ける。どうやら“黒の竜”は逃げの一手で凌ぐようだ。自分たちが先行して招いた不始末、そんなの許せない。
「反転して! 頭に火力を集中させます!!」
「無茶言うな、奴はそんなレベルじゃ——」
「——チッ、使えねぇなぁ!」
自分勝手な振る舞いの“黒い竜”にはイライラしていた。そこにこんな弱腰。レオハやローザも呆れながらすれ違い、私もここまでの鬱憤を吐き出してやった。すると——。
「あっ、こら、待て!」
「言われっぱなしは我慢ならん」
「そこまで大口叩いたからには勝てるんだろうな」
怒気を孕んだ声で受験者ふたりが振り返りついてくる。遅れてメテオともうひとりもついてきたのだ。
「勝てる勝てないじゃない、勝つんだよ」
「は、頭悪いだろお前」
「アンタらほどじゃないよ」
兜で顔が見えないし、馬鹿にされたのは腹立つが、そこまで嫌な気はしなかった。こちらも頭悪いんだなくらいに思うこととした。
実際、勝つ見込みもなく挑むのは馬鹿だ。だが、敵は待ってくれない。それに、仕込みはしてきた。だから、考えながら戦う。それが私にできることだ。
「何をしてるのアナタたち! 戻りなさい」
ゴルディたちはまた似たようなことを言われるも無視。私たちもそのまま駆け抜ける。結局、“フィフスロック”も合流した。ゴルディに挨拶していた子、シオンだっけ? がゴルディを追いかけ、なし崩し的な合流だ。
そのまま、ジーラックや“獅子の咆哮”ともすれ違うが、ジーラックと“獅子の咆哮”はそのまま逃げる。怪我人の輸送と護衛。ジーラックはともかく、“獅子の咆哮”が護衛でついていく必要性はわからないが、一番の不確定要素が離脱してくれるならむしろ嬉しい。
かくして、竜退治の即席メンバーが決まった。ゴルディやレイの接近に気づいた竜によるジニィへの爪振り下ろしが開戦の合図になった。
流石に同行者なだけあって、子どもを抱えながらでも華麗な横っ跳びで躱してみせるジニィ。しかし、それでは次のかみつきに対応できない。
「フンッ!」
「伏せて!」
その隙をレイが二刀を同じ方向から横薙ぎし、竜の左目を狙う。ゴルディも開いた口に魔法の玉を叩き込む。
竜は顔を跳ね上げ、今度は迫る私たちの一団に注目する。そして、一歩踏み出し、息を吸い込み……。
「ブレスが来る、盾を……」
「その必要はありません」
メテオの指示より早く、加速したレオハが竜の目の前に踊り出る。そして、思い切りピックを振り下ろす。
「何外してんだ!」
竜は首を左側にひょいと捻り、レオハの攻撃を躱す。予定通りに。
「ローザ、今!」
レオハの背中から身を乗り出したローザが飛び、がら空きの右目を一突き——。
「いや、尻尾が!」
ローザを襲う尻尾。向き合った状態で届くほど長いとは思わなかった。まずい、空中じゃ躱せない。ゴルディも魔法でどうにかしようとするが、効いていない。足場も一瞬で崩せるような敵のサイズではない。
ガンッ!!
緊迫した空気が妙な静寂を作り出していたが、弾かれる音により、壊れた。飛んでいくローザ。顔は無事な竜。作戦は、失敗した。
「子どもたちはねぇ、守らないと……」
「せ、先生!」
状況を整理する。大前提、ローザは尻尾に当たることはなかった。なぜなら、飛べるからだ。それこそが、ローザの能力。正確には浮く、だが僅かながらも空中で動ける。これで身を躱し目を突けば完璧だった。ローザならその対応も込みで動いていたはず。
実際は、狙いがズレて皮膚にあたり、弾かれた勢いで空を舞った。そんなところだ。浮けるので着地にも成功し、大した怪我はない。問題は——。
「な、なんなんだよ、それ」
「こ、これが抗うための力ですよ」
ゴルディが驚くのも無理はない。ジニィがいきなり竜の右前足を切断したのだ。先ほどまでとは体格から違う、明らかに無理のあるパワーアップをしたジニィが、である。
虚な目、痙攣を繰り返す身体。そんな状態で竜に向き直り、懐から取り出した粉を吸い込む。
「よし、今のうちに畳みかけるぞ」
「いや、迂闊に近寄っちゃいけない。蠍が潜んでる」
この一連の流れのうちに蠍が半数近く減っている。逃げた個体もいるだろうが、奴らが地面を潜れるのは知っている。気配からしても下で機会を待っている。飛び込めば挟まれる。
「あ、あぁあ倒す、倒す……」
距離はあるが、ジニィの様子がおかしいのは伝わってくる。どうする、そうしている間にも、竜は飛び上がり、全員を押し潰そうと——。
「つまり、迂闊じゃなきゃ近寄っていいよな」
“黒の竜”の馬鹿にしてきた男はそういうと、全力で走り出した。地雷の如く一斉に反応する蠍。それを間一髪避けたり足場にしたりで進んでく。馬鹿と天才は紙一重。そして彼は……。
「おわ、しまっ!」
「ったく、ほんとに頭悪いわね」
「互いにな」
彼の足を掴もうとした蠍をトゲ棍棒でしばく。動き出した彼に並走していたのだ。そう、彼も私も馬鹿なのだ。
「さぁ、行くわよ」
飛び出た蠍は後続が対処してくれている。なら私たちは突っ切るだけ。ジニィがどうにかなる前に、間に合え。
飛び上がった竜は前転の要領で、尻尾を叩きつけるつもりだったのだろう。まさか、ジニィが飛び上がって腹を攻撃してくるとは。ジニィは剣を腹に突き刺し、そのまま竜と一緒に落下する。
全身を岩と水晶で覆った竜……この距離で見たら竜より蜥蜴がしっくりくるな。竜改め蜥蜴に私たちの攻撃は工夫しなければ効果がなさそうだ。
ジニィは蜥蜴の下敷きになったが、蜥蜴を投げ飛ばし、ピンピンしている。虚だった目は血走り、引き攣った笑みを浮かべている。子どもたちが怯えるレベルの狂気。化け物対化け物になりつつある。
「ディ、ディア。早くジニィを止めないと」
「まずは蜥蜴をどうにかしたいけど」
「そら、無理だろ。見ろよあの手。生えてきたぜ」
蜥蜴は息を整えながら斬られた右前足を再生させた。
「あの蜥蜴、耳と鼻が潰れたらあとは逃げていくそうです」
「では、頭を集中的に?」
「あ、ああああの、すみません」
いきなりジニィがフラフラ近寄って話しかけてきたからびっくりした。その状態で話が通じるのか……。
「力が足りません、貸してください」
「えぇ、今から協力——」
「魔力を、寄越せ」
「おいおい、何企んでやがる」
ジニィは私の首を絞めようとしてきた。間一髪、“黒い竜”の男がジニィの腕を掴み止めてくれたが。
「邪魔、するな!」
「チッ」
なんと、彼を蹴り飛ばしてしまったのだ。ダメだ、まさか敵が増えるなんて。これでは竜には——。
「ジニィは私に任せて」
ゴルディが前に出る。しかし、こんな馬鹿力を魔法使いがどうにかできるわけが。
「援護する」
ゴルディに並び立つレイ。そちらに戦力は割きたくなかったが、仕方ない。
「私が耳、レオハが鼻、ローザは……」
「腹、ですね」
「合図頼みます」
「なら、私は右から、レオハは左で……行くよ!」
一斉に駆け出す私たちの前に立ちはだかるジニィを、無数の火の玉が襲う。ゴルディの容赦ない一撃。そこまでする必要は……。
「ギヤァァァ!」
膨れ上がった身体が弾け、白く変色した異形へと姿を変えるジニィ。もはや、人間ではない。
「そんな、先生!」
「なんで、なんで」
「よくも先生を!」
子どもたちの泣き叫ぶ声が聞こえる。やはりこんなところに連れてくるべきではなかっただろうと一瞬思うが、気を取り直して集中だ。でなきゃ私がやられる。
蜥蜴は待ってましたと言わんばかりにこちらの突撃と合わせて動き出す。もう直進。跳ね飛ばすつもりか。
ガンガンガン。私は盾に棍棒打ち付けて音を出す。だが、効いている様子はない。興奮して聞こえていないのか?
ローザは串を飛ばす。顔に当たるが、刺さらない。しかし、蜥蜴は急に飛び退いた。これこそが、ローザの能力の真骨頂。コーティングだ。今は串に匂いをコーティングしたのだろう。腹を見せた今がチャンスだ。
「ディアさん、わたしたちはまだです!」
レオハの叫びに冷静さを取り戻し、迂回して近づく。ローザは槍を構えて、投げる。一直線に蜥蜴の腹の傷へと伸び、刺さる。蜥蜴は腹を地面に擦り、のたうち回る。多少は効いているようだ。
頭も地面スレスレで振り回す形となる、ここがレオハの待ったタイミングだ。行くぞ!
「くっ、蠍が」
またしても進行を邪魔する小蠍の群れだが、背後からの援護射撃で蹴散らされていく。
「まずは決めてこい!」
「これでも喰らえ!」
後ろには仲間に回復されながら銃を撃つ彼の姿。そして、蓄積した魔法を放つメテオが。今、行くしかない!
まずはレオハが加速して飛びかかる。そこは尻尾で狙われている。かつてのレオハならここでリタイアだったが、今は違う。不意に加速を止め、敵の狙いを狂わし回避した。これでレオハの攻撃は届く。
「まだです、ディア! 敵の狙いは——」
自分も飛びかかろうとした時に気づいた。尻尾は空を切ったのではなく、はなからレオハと私のふたりを捉えていたのだ。全力で盾を構えるが、衝撃は防げない。
「かはっ」
「ディア!」
「と、蜥蜴を……」
駆け寄るローザ。しかし、私に構ってる場合じゃない。身体の痛みが薄れていく。そうだ、戦いはまだ終わらない。レオハは狙い通り鼻を潰してくれていた。あと一歩なんだ。
気合いを入れ、大地を踏み締める。すると、凄い勢いで蜥蜴と目が合う。トドメを刺しにくるつもりか? いや、あの反応はもしかして。
「レオハ、ローザ! 撤退を!!」
私は地団駄を踏みながらふたりに合図する。その滑稽な光景に首を傾げたふたりだが、素直に従い、蜥蜴から離れる。
蜥蜴はというと、大層嫌がりながら洞窟の奥へと引いていき、小蠍もつられて引いて行った。第一関門突破だ。
「そんな手法、よく思いつきましたね」
「たまたまだよ。耳がいいってのは振動に敏感なのの誤解だったんだ」
「では、お次は彼らをなんとかしなければ」
「タタラさんたちに任せっぱなしだからね、ここも素早く片付けよう」
ゴルディのいる方へ目を向ける。心配すぎて逆に意識しないようにしていた。すると、異形が増えている。代わりに子どもが一人足りない。
まさか……。それはつまり、ジニィと同じように力を使った子がいるということ、か。ジニィ、これがアンタが欲しかった力なのか?
残った子どものうち、ひとりはロアが押さえつけ、もうひとりは“黒い竜”の術師が回復している。ジニィが抱えていた子だ。“フィフスロック”の受験者たちは眺めるしかできていない。他に残したメンバーは蠍を片付けこちらに向かってきているところだった。
異形を相手にしているのはゴルディとレイ、“黒い竜”の騎士。全員満身創痍、装備がボロボロだ。特にレイは背中からの出血が酷く、立っているのがやっとに見える。
「ま、守る……力……」
ジニィと思しき異形は腕が四本増え、首がない。子どもと思しき異形は半身が黒い何かに覆われ、棘が生えていた。
「お、俺、俺が、助け……る? 助けて……」
「ディア! その子を捕まえて上に行って!!」
「いや、私たちも戦……」
「これ以上、こんな姿で居させたくないから……!」
ゴルディはジニィを倒す気だ。だが、私たちの中でも一際力が弱いゴルディだ。勝算はあるのだろうか。
「私は、私の意思で戦うことを決めたから。大丈夫」
「……死なないで」
「大丈夫、こんな中途半端じゃアイツらに死なせてもらえないよ」
どう考えても、総攻撃で潰すべきだが、私はゴルディを信じることにした。半身の異形に振り回される子の確保に人手が必要というのもあるが……。
とにかく、上に急ごう。あの子はまだ、治療が間に合うかもしれない。
「上に行くぞ! ローザ、レオハは手伝って」
全員に合図を出す。異形となりつつある少年を救出する。上で待つタタラたちのためにも、スピード勝負。第二関門、攻略開始だ。




