一話-5 狙う理由の因果関係
咲夜の言った通りにビルの立ち並ぶ街並みに入れば狙撃はもうされなくなった。
今通っている道の周辺の建造物には岩蔵さんの言った通りに念入りに不審人物を排除したみたいで今はそれらしい気配は感じない。
「それにしても凄腕を雇ったものだね。狙撃に関しては当たったら全弾命中だったよ。本で読んだ限りではあそこまでの遠距離狙撃は成功率はあまり高くないらしいし、常日頃から訓練していたんだろうね」
「このご時世では殆ど使われなくなったというのにご苦労なことね」
妖怪復活以前から日本では銃規制があったというけれど。ではあの人たちはどこからあのような銃器を手にしたのか。
どの道にしても違法であることは間違いないのでそちらの捜査に関しては別の人に任せるとして。
「大門先輩としてはこの先の道で襲撃するとしたら何処にします?」
「この先であれば踏切が怪しいかと。時刻表を見ましたが、このまま行けばそこで一度停止することになるかもしれません」
念の為にと目的地までの地図は頭の中に入れてある。
確かに大門先輩の言った通りにこのまま進めば一度は踏切を通ることになりそうだ。
「止まらずに走り抜けた場合はどうなります?」
「それをさせない為に何かしらの方法で遮断機を降ろさせ、列車の速度を調整させる可能性もあります。その為には運転手を脅す、或いは運転手を仲間に操作させることになるでしょうね。事故の可能性を考慮して少し離れた位置に停車する方が良いかと」
『鉄道会社にはこの時間は列車を通すなと通達してあるはずですが』
「ちょっと待って下さいね」
言われて探ってみたら驚いた。少し離れた位置からでも凄い速度でこちらに向かっている怨念の籠った感情がこちらに届き、更に時刻表ではまだ閉じないはずの遮断機がもう降りて来ている。そして遠くからはかなりの速度で走行する列車の音が聞こえてきた。
流石に脱線事故までは起こしはしないと願いたいけど、こんな街中で銃撃をする人たちに常識を求めるのは難しいか。
「大当たりみたいです。岩蔵さん、今の通りにお願いします」
『了解しました。全部隊に通達……』
前方の景色に異常を見た岩蔵さんが即座に連絡を各方面へと飛ばしていく。
その中で前方の車両に乗っている魅緒さんの声が聞こえてきた。
『大物が来るみたいだから私が出るよ。清花嬢ちゃんは結界の準備をしな。それと悪いが協会の子たちも入れておいてくれ』
「分かりました。では、ご武運を」
『今世紀最大の馬鹿に自分のしていることの意味を教えてきてやるさ』
列車が前方を通り過ぎると同時に一人の人間が降りてきていた。
その人物は一級退魔師にも劣らない濃密な霊力を迸らせ、こちらを見て笑う──と同時に遥か彼方へと吹き飛んだ。
相手の力を弱めるお陰で建築物の被害の減る僕とは違い、まず魅緒さんの最初の一撃で踏切が物理的に無くなった。消し飛んだと言っていい。何かの術が炸裂し地面が破裂したように爆ぜ、粉塵をまき散らし、時間が経った頃には抉れてコンクリートの下の土のみが見えている。
それを見ながらも結界を作る為の祝詞は唱えて。
「岩蔵さん。今の内に二台目の車両近くに集まるように通達して下さい。結界を張ります」
『そうさせて頂きます』
流石にアレに加勢しに行くとは言えないか。すぐに三台の車が集まって来る。
僕が結界を張り終えるのと外部から術らしきものが飛んでくるのはほぼ同時だ。
列車から同時にではなく時間差で降りて襲撃を仕掛けてきたらしい。
とはいえ、こちらが本命と言うには火力不足。結界を破るには少なくともこの百倍の威力は必要だろう。
「全体像が分かり辛いから僕は外に出るよ。咲夜、何か視えたら通話でお願い」
「わ、私はどうしたら……っ!?」
「冬香は怪我人がいたらこっちに連れて来るから治してあげて。あと、慌てずに咲夜の言うことをきちんと聞くように」
「わ、分かりましてございます!」
本当に分かってるか心配だけど冬香のことは他の二人に任せるとしよう。
「私も出るとしましょう」
僕と同じく大門先輩が降りたのは車両外の方が出来ることが多いからだろう。
「すみませんがこういう時の助言を貰ってもいいですか?」
「お任せ下さい。数少ない見せ場ですから張り切っていきますよ」
「見せ場はない方がいいんですけどね」
魅緒さんが勝って戻ってくればそれで終わる話だけど、負けた場合と戦いが長引いた場合を想定して僕たちは動かなければならない。戦いの余波が今もなお届いているということは戦いが続いているということ。遠くだから様子こそ分からないもののすぐに終わりそうではないということは分かる。
「死ねぇ……っ‼︎ 大蓮寺清花ァッ‼︎」
つまり、この状況を自分たちでどうにかする必要が……。
「喰らえ……っ! 必殺の……っ!」
必要が……。
「はぁ……っ! はぁっ! ……うっ、おぇ」
「うーん」
敵が殺すつもりで来ている以上は浄化の力は最大限に適応されている。
でも放つ術の見た目の派手さは褒めてもいいかもしれない。もしかしたらと僅かでも肝は冷えたから。
「この程度の相手なら無視して僕たちだけでも進むことは出来ますが、どうしますか?」
「道元様の手が届かない場所で襲われる可能性が考えられます。あまり離れるのはよろしくないかと」
先行き不透明である今は下手なことはしない方がいいか。
つまりここに留まって何か出来ることを探した方がいいということ。
「そうなると情報が欲しいですね」
「幸いにも目の前に転がっていますね」
小声同士で頷くと、まずは一番に意識されている僕が前に出る。
当然、意識はこちらに集中するので何をするつもりだと警戒された。
「すみません。お疲れのところ申し訳ありませんが、どうして命を狙われているのか教えて頂けませんか?」
攻撃ではなくただの質問に目の前の人たちが一瞬呆けた後、激昂したように叫び出す。
「白々しいッ! お前が世の安寧を乱しているからだろうが!」
「はぁ、世の安寧ですか」
その安寧というのを乱しに乱しているのが宣戦布告をしてきた妖怪側で、それと敵対する僕を襲うこの人たちはその安寧を崩す側だと思う。
どうも主義主張とやっていることが乖離している印象だ。
精神が錯乱しているようにも見えないし、本人としては本心からそう言っているように見える。
僕たちを囲む彼らに何かしらの術の形跡はあるようだけど洗脳と呼ぶには弱過ぎる。洗脳ではなく思考誘導の類だろうか。
大門先輩ももう少し観察したいようだからこのまま話し続けるとしよう。
「そんなことをした覚えは一切ないんですが? どこかの誰かとお間違えでは?」
「お前が……お前がおかしな霊具を作ったせいで妖怪たちが攻め込んで来るんだろうが!」
「あぁ、なるほど。そういうことですか」
言いたいことは理解した。退魔師側も妖怪側も如何なる手段を用いてか僕たちが新たな霊具を作ったというのは知っていた。
その霊具を作った結果として起きた出来事が、彼らの中での因果関係では『霊具が作られた"から"宣戦布告された』ことになっていて、その論理でいくと霊具がなければ宣戦布告も無くなるということになっているらしい。だから僕を殺せば妖怪たちが攻めて来ることはなくなる、と。
「くだらない」
思惑を理解して最初に思ったことがそれだった。
「確かに。実にくだらない理由でしたね」
僕の言葉に呆気に取られた襲撃者の男性を見ながら大門先輩が続いて頷いた。
動機については正直もうどうでもいい。あとはどう対処するかだけ考えよう。
そう思っていると、結界の向こう側にいる男たちが肩を震わせ怒りの形相で吠える。
「くだら……ない、だと! お前ッ! お前のせいでどれだけの人が死ぬと……っ!」
「全て妖怪のせいでしょう?」
「な……っ」
「今も昔も妖怪のせいで死んでしまった人たちの責任は、その咎は妖怪にこそ向けられるべきもののはず。でも自分たちでは大妖怪には勝てないから見るからに弱そうで勝てそうな相手である僕に責任を押し付けようとしてる。ハッキリ言ってそれは負け犬の思考です。その挙句に妖怪たちの走狗に成り下がるなんて。その行為は人として下劣も下劣。人の敵に成り下がった分際がどの口で世の安寧を口にするのか」
「────」
「図星といった顔ですね。これは助言ですが、真に世の安寧を想うのならば妖怪をこそ駆逐すればいい。この程度の道理も分からないのならば全てが終わるまで誰も知らない地下施設でも作ってそこに籠っていればいい。そこなら争いのない平和な世界を思う存分堪能できるし、その方がよっぽど世の為人の為になりますよ」
全面戦争が起きれば妖怪のせいで死んでしまう人が出て来るのは分かっている。きっと少なくない人たちが命を落としてしまうだろう。
彼らの言う通りに切っ掛け自体は僕なのだと思う。
では僕がいなければ起こらなかったのか。あの霊具を作らなければ全面戦争が起きなかったのか。
答えは分からない。占いは所詮は占い。そして起きてしまってからは全てが結果論だ。
だからこそ何が起きてもいいように、その時に自らが悔いを残さないように準備をするのだから。
あの霊具はそういった思いから生まれた産物で、そこに罪なんてある訳がない。
「でも、それは強者の理論だ」
「うん?」
言うに事欠いて強者だと。つまりは自分たちを弱者だと位置付けていると。では、もしも僕たちが守らなければ抵抗することも出来ずに死ぬことになる一般人の人たちのことは何だと思っているのか。
「戦う力あるくせに、まさか自分たちが弱者だとは言わせませんよ。仮に弱者だとしても、それを理由に戦うことを諦めて妖怪の喜ぶことをすると? 言い訳にしてももっとマシな言い訳があるでしょうに。……ハァ。僕よりも年上のいい歳をした大人がそんなみっともないこと言わないで頂きたいものですね。今の僕の心境を一言で言うなら失望そのものですよ。義賊と聞いていたから自分たちなりに日本の為に行動しているものだと思っていたのに。それがただの臆病風に吹かれた裏切者だったとは。過去にいた本物の義賊の人たちに詫びた方が宜しいのではないですか? 貴方たちは正義の味方どころか義賊ですらない、紛う事なき人類の敵なんですから。真に駆逐されるべきはどちらか議論の余地もないですよ」
「清花お嬢様。言葉で叩きのめすのはそれくらいに。……これを聞いている人たち、これ以上傷を抉られたくなければ口を塞いでおくようにしておきなさい。これ以上は私でも庇え切れませんよ」
静かにという動作で大門先輩が周りを囲む人たちを諭す。
諭し方が少し気になるところではある。しかしながら、どうやらそれで静かにはなったようだ。
次にこの人たちから情報を得るべきか考えたけれど有益そうな情報を持ってなさそうだと判断した。
「向こうの戦況はどうでしょう。助けは要りますかね?」
「戦闘音が続いていますが、最初と違って種類が偏ってきているようです。道元様の戦い方を知らないのでどちらが優勢かは分かりませんが決着にはもう少し掛かりそうですね。ここから援護する分には問題ないかと」
「じゃあ岩蔵さんにお願いして」
魅緒さんに連絡して貰ってこっちに連れて来るように伝えて貰おうとしたところ。
「そうかい? じゃあ頼めるかね。存外にしぶとくて面倒だったんだ」
人が新幹線くらいの速度で飛んできた。
「……っ! この化けモンがッ! 人のことポンポン投げンじゃ……あ?」
成人はしているだろう。三十歳ぐらいのおかしな格好をした男性だろうか。それが飛んできては地面にめり込んでいた。
言葉通りならもう何回も同じ目に遭っているらしい。地面が二メートルほど陥没する威力で何回も投げられて無事なのはこの人の術か何かなのかもしれない。そしてその男性が間近にいる僕に気付いたらしい。
「お前が大蓮寺清花だな⁉ 俺と一騎打ちをぶ──」
立ち上がったと思ったらこちらを睨んだ男は更に数メートル埋没していった。
魅緒さんが更に術を叩きこんで埋没させたらしい。
丁度いいと思って間髪を入れずそこに水を満たしていく。
男は足掻いていたけれど、僕の操る水の中に全身を浸していてはそれは無駄な足掻きでしかない。
予め生成しておいた神水は急速に男性の力を奪っていき、みるみるうちに抵抗力が無くなっている。
見た感じでは魅緒さんは一切傷を負っていない。つまり一方的に攻撃していたにも関わらず決着が着かなかったということ。
このことから考えるにこの男の力は回復力か無敵のようなものに寄っているものだと推察する。
それは特級退魔師に抵抗出来得るくらい強力なものだったのだろうとも。
酸素のない状態でも意識を失わずにいられるのか、この状況を脱する力が彼にはあるのか。
「終わりました」
答えは男の気絶という形で終わった。
窒息して意識を失った男を取り出してから地面にそっと置いておいた。
仲間が駆け寄ろうとするけれど起こされたら面倒だから拘束しておくとしよう。
「流石。手際が良くて結構だ」
「いえ。地面に埋めて動けないようにしてくれたお陰です」
僕の水には速度はあまりない。やろうすると溜めが必要だったりする。だから広範囲にばら撒いたり雨を降らせたりする訳で。
状況的には偶々だっただろうけど結果的にお互いに手助けする形となって良かった。
「魅緒さんが出たということはこの人が件の義賊の頭ってことですか?」
「いや? 確か違うはずだ。こいつは別の組織の頭領だった記憶がある。義賊の方の頭領の男は数の暴力を好まないから出て来るのは基本的には最後の最後になるはずだ」
魅緒さんがわざわざ出るくらいの本命ではあるけど、また別の本命がいるということか。
「ではその義賊の頭領というのはどこに?」
「……そこで顔中皺だらけになって変顔してる奴」
少し辺りを見渡した後に指し示された場所には言葉通りに主に眉間に眉を寄せて口元を窄めている男がいた。
確かに変顔だ、と思うと同時によくよく探ってみれば結構な霊力を内包していることが分かる。
この至近距離でよく隠せたものだと感心するくらいには存在感というものがなかった。
……変顔をしている理由がよく分からないけど。
そこで大門先輩が僕の耳元に顔を寄せてきて耳打ちされる。
「清花お嬢様の説教が余程効いたみたいでして。最初こそやる気に満ち溢れていたのですが……」
「あの人に説教をしたつもりはないんですけど」
その時に思ったことをそのまま言葉にして返しただけで、別にやり込めようという意思はなかった。
ただ動機があまりにもアレだったので説教臭くなってしまったのは確かにそうかもしれない。
しかしあの程度で改心するとは考え辛く、大門先輩の言葉であってもイマイチ飲み込めないかもしれない。
「あのような輩でも内心では後ろめたい気持ちはあったということです。だからといって既に許せる範囲は超えているので気にする必要はありません。お嬢様は堂々と思うがままになさって下さい。それから私は少し勝手をさせて頂きますね」
「あ、はい。行ってらっしゃい」
内心と言われればそれは僕でも読み取ることが出来ないので何とも言い難いところで。
音もなく去っていく大門先輩に目を向ける人はいない。
どうやら裏で動いてくれるようなのでこちらに注目が集まるように振る舞うこととしよう。
「魅緒さんとしてはどうするべきだと思いますか?」
「私か? まぁ、とりあえず術を封じて縛るなり気絶させたりするな。それで警察に引き渡して法に照らして禁固刑が妥当だろうよ。お嬢ちゃんをヤるにしたってあの銃撃はやり過ぎだ。完全に術師同士のいざこざの範疇を逸脱している。どんな弁護士だって裸足で逃げ出すくらいの大やらかしってやつだ。罪状としてはとりあえず銃刀法違反に殺人未遂かそこらか。あとは最近出来た退魔師法にもいくつか抵触する可能性があるな。私も法律の専門家じゃないから詳しくはないが、過去の事例からすると少なくとも三十年は出てこれないんじゃないかね? まぁ、それでも甘いとは私は思うが」
過去に色々と経験してそうな美緒さんからはあり得そうな未来図が実際にそうなるという予感がするほどに提示される。
それならさっさと無力化して捕まえてから引き渡すとしよう。
「ではそれでいきましょうか。罪の意識があるのならば大人しく捕まって頂きたいのですが。どうですか?」
聞くと頭領の人はこちらに向かって頭を下げた。
「申し訳ないが、それには従えない」
「ではどうすると? このまま無罪放免といかないのは理解していると思いますが」
「妖怪を退治する。罪については今回の戦いが終わった後に出頭するつもりだ」
「それが信用出来ると?」
こんなことをやらかす人たちを野放しにする方が危ないだろう。
襲われた方からすればやっていることは妖怪とそう大差ないのだから。
しかし僕と義賊の頭領の人との間に体を割り込んだ魅緒さんが申し訳なさそうに告げてくる。
「今回に限ってはコイツのことを信用してあげな。他の実力者が私の相手をしているってのに、一対一で私を倒すまでは清花ちゃんには手を出さないって決めていた筋金入りの頑固者なんだ。今回は間違った方向に動いちまったが、それでも自分の言ったことは絶対に曲げない芯はある男なのさ。ここは私に免じて見逃してやって欲しい。自首するっていうのも嘘じゃないんだろう?」
「あぁ。約束は必ず守る」
そう言われるとどうしようか迷うところだ。
確かに嘘は吐いていないけれど、今のように後で気が変わるという可能性はある。僕の力はそこまでは保証出来ない。
「この人が自首せず逃げた場合、魅緒さんが責任を取るということいいですか?」
「そう受け取って貰って構わないよ」
「そのせいで死人が出た場合に責任が取れるとは思えませんが?」
「それなら私の監視下でのみ行動を許そう。視界外に出たら即座に捕まえるよ。アンタもそれでいいね?」
「無論だ」
彼らを逃がす場合と逃がさない場合を考える。本音を言えば存在が危険なので牢屋で大人しくしていて欲しいところではある。しかし最悪なのは魅緒さんが敵となる場合だ。特級退魔師と敵対するのは流石に避けたい。
自らが責任を負うと言っている以上はここは素直に退いておく方が無難だと判断した。
「そうですか。ならこの場は見逃します。この状況下ですし、妖怪を狩ってくれるというのならそれに越したことはないですから」
尤もらしい理由を付け加えながら宣言すると周りの人たちの緊張感が解けていくのを感じる。捕まると聞いて身構えていたようだ。
いや、捕まるのは結局は変わらないのだけども。命の危険を考えればこのまま捕まっていた方がいいくらいなのを忘れているのかもしれない。
……頭領以外の人が浮ついた気持ちでいるのは問題だ。もう少し釘を刺しておく必要がありそうか。
「可能かどうか分かりませんが、もしもそれなりの実績を残した場合は多少の減刑を僕と魅緒さんが口利きします」
こういう交渉の時はまずは飴を与えるといいらしい。そして次は鞭だ。
「おい、そんな約束を……」
「ただし、完全に罪を失くすという訳ではありませんからね。もし戦いが終わった後に自首せず逃げた場合は危険分子と見做して僕の名前を大々的に使ってでも追い詰めますし、罷り間違って妖怪ではなく人を傷つけた場合には妖怪と同類と見做して僕の全身全霊で一人残らず貴方達を狩ります。それだけは覚えておいて下さい」
これには魅緒さんも当て嵌まるという視線を向ける。責任を持つと言ったからにはきちんと監視もして欲しいものだ。
相手は僕を殺す為ならば退魔師殺しとも呼べる殺傷力の高い狙撃銃すら持ち込む人たちだ。信用なんてトイレ用の紙に書いた程度のものでしかない。もしも彼らを逃したせいで顔見知りの誰かが傷ついたとしたら例え特級退魔師だろうと許すつもりはなかった。
魅緒さんが初対面で親切にしてくれているとはいえ、それが信用に値するかどうかで言えば否と言わざるを得ない。僕は信用という言葉が使える程にこの人のこと知っている訳ではない。
それでもこちらが顔を立てて信じるのだから、それ相応の覚悟を以って欲しい。そう視線で伝える。
「いいですね?」
後押しとして最初に現れた時に美緒さんがやっていた霊力の放出である威圧をする。
その威圧を浄化の力で僕は全力で発揮した。魅緒さんと最初に会った時にやったのが意図した拮抗ならば今回は押しつぶす勢いでやる。
相手は特級退魔師とそれに抗することの出来るほどの相手だ。半端にやって所詮は口約束だと侮られては困る。
今のこの場で相手に自分の意思を通すことが出来るのは対話でもなく単純な力のみだ。
二人がこれに抵抗する意思があったかないかは分からない。ほぼ無抵抗のまま威圧が自然に抵抗する二人の力を飲み込む。
その余波のせいか、僕を未だ敵視する人がそこかしこで倒れる音がする。
「では、そういうことでお願いします」
これ以上は弱い人たちの精神が持たなそうなので威圧を打ち切って二人から離れる。
咲夜たちのところへ戻ろうとして、車を見たことで思い出す。
義賊の人たちが妖怪と戦ってくれるのは別に構わないけれど、それにはあの狙撃をしてきた人たちは別に要らないはずだ。
「……あぁ、それと自首でもいいですが実弾で撃ってきた人は妖怪退治には関係ないので捕まえて牢屋に入れておいて下さい。全員捕縛したかどうかは後で聞きます。嘘だと分かったら約束の不履行ということで即敵対と頭に叩き込んでおいてくれると嬉しいです。その時は全員捕縛するまで協力出来ないと協会に伝えるつもりです。これを聞いている岩蔵さんもいいですね?」
決定事項なので返事を聞かないまま咲夜への報告の為に僕は車のところへ戻る。
チラッと見た限りでは結界の端のところで大門先輩が一般人に扮した人に対して尋問している様子が映った。
兵士の僕への怯えた視線を見るに尋問は上手くいきそうなのでここは下手に近寄らずにそのまま車に行くとしよう。
車の中では皆一様に気難しい顔をしていて、全員が何かしら含みのある視線をこちらに向けていた。
「えっと、会話は聞いてた?」
「東司が通話状態の端末を貴方に忍ばせていたからね。それじゃなくてもあの尋常じゃない霊力を感じれば誰だって何があったか分かるわよ」
言われて探ってみると、確かに大門先輩の端末らしきものが忍ばされていた。
流石は師匠だと感心していると不意に頭を撫でられた。何事かと頭を上げると、そこには複雑な表情の倉橋さんがいて。
「えっと、倉橋さん?」
長年一緒にいる咲夜も何事だという顔をしているくらいだ。余程のことに違いなかった。
「私から申し上げることは一つだけです。清花お嬢様の頑張りは皆が知っています。それが自分たちの為でもあり、見知らぬ誰かの為でもあるということを。あれらの言葉を気にするなとは言いません。ですが貴方を応援し後押ししてくれる人がいることを忘れずにいて下さい」
これは、励まされているのだろうか。
あの一団の霊具を作らなければ妖怪が宣戦布告してこなかったのではないかという一言には確かに思うところはあった。自分のせいで誰かが死んでしまうかもしれない。それは誰かを助けたいという想いで行動している自分の行動とはかけ離れた結果だからだ。
しかし霊具を作らなければ攻め込んで来ないのかという疑問に対しては結局のところいくら問答をしたところで答えは出ない。それはただの結果論に過ぎないから。ならば今目の前にあることに対処していくしかない。
そう自分に言い聞かせることで平静を保とうとしている。……と、そう他の人には見えているのかもしれなかった。
「そう言って貰えるだけでも嬉しいです。ご心配をおかけしましたが僕は大丈夫なので」
「今は大丈夫でも後になって思い出してみればということもあります。そういう時は私でなくとも良いのでせめて咲夜お嬢様にはきちんとお話するんですよ?」
「わ、分かりました。その時は相談すると約束します」
「……清花お嬢様は基本的には相談してくれるんですが、物事に夢中になり過ぎると一人でやろうとする癖がありますからね。その時にも忘れていなければいいのですが」
「そこについては鋭意頑張るとしか。はは、は……」
これは思ったよりも心配されていたみたいだった。あの人たちの言うことは全然気にしていないとは言えない雰囲気。
咲夜が心配のしすぎといった同情の眼差しでこちらを見ているので多分薄々とでも理解はしてくれている気がする。
心配のし過ぎと思う反面、それを嬉しいとも思うのでここは黙って受け入れることにしよう。
少しばかり倉橋さんの有難いお説教が続いた後、ようやく終わったところで冬香が手を叩いて声を上げた。
「何はともあれ、これでやっと前に進める訳ですね!」
「そうね。ここは狭苦しいから早く広い所で落ち着きたいわ」
二人がそんな何気ないことを言った瞬間、辺りに破砕音が轟く。まるで巨大な何かが地面に向かって落ちてきたかのような襲撃だ。
その衝撃で地面が揺れることで車体が一度跳ねたくらいには凄まじい勢いだった。
「ちょっと、何事……っ」
「あ、頭……打った……」
直前まで気を抜いていたらしい二人は先程の衝撃で被害を受けているみたいだ。
結構痛みがあるらしい冬香だけど、そこは自力で治してもらうこととしよう。
「倉橋さんは大丈夫ですか?」
「怪我はありません。この程度のことは経験済ですのでご心配なく」
「おや、私のことは聞いてくれないのですか?」
いつの間にか戻って来ていたらしい大門先輩がおちゃらけた様子で尋ねてきた。
「大門先輩は咄嗟のことでも何とかしますし」
「その通りではあるのですが、これを信頼と受け取るべきか投げやりだと憤るべきか」
懐から出した手巾で目元を拭うも涙は出ていないし演技をする気もないからウソ泣きだと誰でも分かる。
後頭部を押さえている咲夜がそんな大門先輩の様子に何か言ってやろうと口を開きかけたその時。
「大蓮寺清花ってのはどこだ! おら出てこォい! 俺様がブッ殺してその首獲ったらぁ! だからさっさと来いよ俺の愛しい愛しい五億円ちゃ~ん! ガハハハハーーーッ!」
荒々しく、それでいてどこか覇気を感じる雄叫びのような大声が耳に響く。
本来ならこれを聞けば恐怖に震え上がったりするだろう。
それほどまでに迫力があり、発する霊力も尋常ではなく、なるほどこれなら特級退魔師が派遣されるのも納得だ。
外では魅緒さんとこちら側に寝返った義賊の人が臨戦態勢になっている。
凄まじい程の緊張感が直接見えていない自分たちでも感じ取れるくらい場が緊迫していた。
それでもと言うべきか、この場にいる全員が同時に同じことを思ったに違いない。
こういう時に真っ先にそれを口に出す冬香は、やはり冬香だった。
「なんか一番清花さんに勝てなさそうなのが来たんですけど!」




