一話-4 道中の護衛
「それじゃあ、咲夜、清花。行ってくるよ。暫くさよならだね」
「うん。そっちも気を付けて」
「後で連絡するわ。葛木家の人にもよろしく伝えておいて」
午前七時と少しの頃、清光に変身をした柳さんを迎えに来た葛木家の使用人兼護衛の人たちに彼女を任せて見送った。
早めに葛木家を呼んだのは千郷の様子を他の人たちに見られない為だ。偽物の僕と一緒に葛木家へ向かうことになる時の千郷はお世辞にも演技が上手いとは言えなかったのでこれで正解だったろう。
冬香は一緒に連れて行って途中で土御門宅で降ろす予定だ。
それから時間を置いて岩蔵さんたちの迎えが来た頃、僕たちは改めて外に出ていた。
「どうも。先日振りですね。お嬢様方におかれましてはご機嫌麗しく、装いもとてもお似合いで素敵ですよ」
「ありがとうございます。お陰様で気兼ねなく睡眠をとることが出来ました。あれから何か変化はありましたか?」
「皆様に関わるようなことでは今の所は特にありませんね。どこの勢力も今は静観を決め込んでいるようです。あぁ、それからお礼がまだでしたね。咲夜様のお陰で掃除が捗りましたよ」
「それは結構なことです。まさか清花の探知範囲内にわざわざ来てくれるとは思いませんでしたが」
二人が話しているのは先日に起こったちょっとしたことの事柄だ。
事前に聞いていた移動中での襲撃、その予兆となる先兵が僕たちの管理する地域に侵入しようとしてきた。
勿論だけど悪意漲る彼らが僕の探知に引っかからないはずもなく、大まかな位置を咲夜に伝えてそれを咲夜が視てから協会に伝えた。それから彼らがどうなったのかは分からないけれど全員捕まったのは僕も咲夜も認知しているので問題はない。
いや、この場合はこれ自体が問題だったか。
「その彼らですが、こちらで少しお伺いしたところ向こうの勢力が判明しましたよ。組織名は確か……えぇと、はいはい、暁の闇と書いて"暁闇"だそうです。意味するところは夜明け前と言ったところでしょうか」
「自分たちこそが戦乱の夜明けを齎すという自信……。あるいは日陰者である自分たちを揶揄した自嘲的な名付けと言うべきかしら」
「それは創始者にでも聞かなければ分からない話かと。ちなみにこの組織は基本的には犯罪者となった退魔師を狩る言わば義賊のような活動を活動指針として掲げており、今回の一件もその一環に過ぎないと語っているそうですよ」
それでどうして僕を狙うのかよく分からない。
というか、義賊にしては殺気しかなかったような。嘘でもあれでは正義を語れないだろうに。
「どうせ妖怪が全面戦争を仕掛けてくる理由が清花だからだと言われたんでしょう。その清花がいない状態で全面戦争が起きたらという考えが少しも浮かばない辺りは救いようがないわね」
呆れながら語られた推測に納得していると、岩蔵さんも肩を竦める。
その後ろにいる”知らない誰か”も同感だと嘆き溜息を吐いていた。
「誠に遺憾ではありますが同感です。件の組織は義賊という側面もある為に一部には人気もあるのですが、今回のことで改めて犯罪組織として周知しました。三十人にも満たない弱小組織ではありますが末端は殆ど拘束済みですのでご安心下さい」
「捕まえるのは有難いものの、あまりやり過ぎて私たちが逆恨みされても困るのですが?」
「ご安心下さい。仮に釈放となっても犯罪を犯した退魔師には出所時に術式使用禁止の誓約を課されますよ」
「そんなものは後でどうとでもなるでしょう。解呪の専門家だっているくらいですから」
そうなんですよねと岩蔵さんは困ったように笑う。
すると岩蔵さんの後ろの方にいた誰かが堂々と僕の後ろまで歩いてくる。
だけど、何故かみんなはそのことについて何も関心を寄せようとしない。
「先程からいる貴方はどこのどなたですか?」
その人に向けた僕の一言に、岩蔵さんを含めた全員が疑問符を浮かべて、次の瞬間には驚愕に変わっていた。
まるで今この瞬間に現れでもしたかのように僕の背後に誰かがいることに気付いたらしい。
「おや、驚かせようと思ったんだけど気付かれちゃったか」
「岩蔵さんの後ろにいた時から知っていますが」
「術が効いていないって訳じゃなさそうだけど。……ふむ」
首を傾げながら言う声の主の声音は女性でかなり若い。しかし少なくとも同年代よりは上といったところだろうか。
二十台かそこら辺り妙齢の女性であるにも関わらずここまで急接近したことに僕以外の誰にも気づかせなかった事実。
そして存在を認識したことでやっと感じ取れる女性から発せられる威圧感。
瞬時に発せられた、白面と対峙した時とは似て非なる圧迫感が体を包む。
この圧力に対抗出来るのはこの人と同格の相手だけに限られる。
悪意はなくただの悪戯心だから放っておいたけれど、これは僕が何とかしないといけないか。
「霊力を引っ込めて下さい。周りが委縮してしまっていますから」
発せられる威圧に同じだけの圧を以って押し返し、皆を僕より後ろ側に位置するようにすることでようやく水を得た魚のように呼吸を取り戻したようだ。悪戯にしてはやり過ぎだと非難の目を向けると、女性は両手を挙げて降参の意を示していた。
そこで僕は相手をようやく視認する。
背丈はやや高めで長い髪を後ろで一つに纏めている。
衣服はシャツの上に上着を羽織り、下も体の線が出てしまうくらいぴっちりしたズボンを履いている。
胸や腰回りで女性だとすぐに認識出来るものの、雰囲気や佇まいから全体的にやや男性的な印象が見受けられるというのが率直な感想だった。ある意味では僕と対照的……と言っていいのかはまだ分からないけれども。
その女性は片手で謝意を表しながら笑う。
「すまんね。少しばかり試したかっただけなんだ」
「……試すにしてももう少し穏便に出来ないものなんですか? 僕一人ならまだしも他の人を巻き込むのはどうかと」
「兵は神速を貴ぶと言うだろう? 術師同士、これが一番早いのは其方も感じたはずだ。……おっと、一理はあるけど心情的には納得し難いといったところかな? ハハッ、まぁこれくらいは退魔師同士のちょっとしたご挨拶程度さ。この程度で一々怒っていたらこの先身が持たないぞ、若いの」
特級退魔師界隈面倒くさいなと思っていると女性は僕の両肩を叩きながら豪快に笑いだす。
「まぁ、そう面倒臭がるな。他はともかく私としては優秀な女退魔師は諸手を挙げての大歓迎さ。だからお試しもほんのちょっとした軽いものだったろう?」
「あれがちょっとした程度というのは価値観の相違というやつですかね?」
「うん? 本当に少ししか出力していないはずだぞ。だから別に何ともなかったはずだが? ほれ、誰も気絶もしていないだろう?」
そう言うものの、その視点には僕しか映っていなかった。いっそ清々しい程に視界にすら入れていない。
この場にいる他の人に対して興味というものがそもそもないのだと理解させられる。
「僕にはよくても……。いえ、特級退魔師ともなると一般人の視点が欠けてしまうものなんだろうと納得しておきます」
言われた言葉を気にしてか女性は周りを見渡す。そして一箇所に目を留めた。
「ふむ? あぁ、これはこれは。もしかして岩蔵君じゃあないかね? いつもご苦労様。まだ現役かい?」
「私が現役だったのはもう二十年も前ですよ。そういう貴方は相変わらずのようですね」
「そうだったか? ふむ。いつも思うが時が経つのは早いな。まぁそれはいいとして今はこっちだ」
短いやり取りの後に再び僕へ視線が向けられる。
このままだと有耶無耶になって流れてしまいそうなので今のうちに聞いておこう。
「それで、まだどなたなのか聞いていないのですが」
答えは分かりきっているものの、それでも確定ではない。
女性は問われてはたと気付いたように手を打った。
「おや、そうだったか。ここ最近は顔を見るなり畏まられるばかりで名乗る機会がなくてね。つい忘れてしまっていたよ。……コホン。私は道元魅緒という者だ。知ってはいるけど、君の名前も聞いておこうか」
「初めまして、大蓮寺清花といいます。道元さんの名前は兼ねがね聞き及んでいます。何でもただ一人の女性の特級退魔師だとか」
「魅緒でいいよ。代わりにお前さんのことは清花と呼ばせて貰うね。実を言うと私は割と気さくな方なんだ、知ってたかい? そんで、ただの一人のだったか? それは言われてもあんまり嬉しくはないね。なんせ成功例で浮かれてポンポン生んでは増やしたせいで一時期は周囲が道元だらけになっちまったから。あぁ、それとただ一人のって所に関しちゃ現役ではと付け加えるべきだけどね。私の知り合いにも特級退魔師に連ねられるような奴は何人かいるけどさ、どいつもこいつも七面倒臭い役は夫や子供に押し付け……おっと口が滑った。まぁ、そんな感じさ。だから実は私が唯一という訳でもないんだな、これが」
凄く色々と喋ってくれる。何だか語りたくて仕方がないといった風情だ。
知ってたかと言わんばかりにこちらを見る道元さん。名前からすると確か今のお歳は八十か九十辺りだったはずだ。場合によってはそれ以上ということすらあり得る。
見た目こそは二十台後半といったところだけど、これにはこの人の血脈しか使えない術が関係しているとか何とか。同じ血筋の人は普通に歳を取っているそうなので不老には特級に至るくらいの何かが必要ということなのだと思われる。
お婆ちゃんと呼んでもおかしくない年齢なのにそう呼ぶことに抵抗感のある見た目なのは認識がおかしくなりそうで困ったものだ。
それにしても、最後の話は聞いていい話だったのだろうか。
……岩蔵さんが耳を塞いでいる辺り聞かなかったことにしたい話ではあるみたいだけども。
「その、特級には名を連ねていない人も今回の戦いには参戦するんですか?」
「勿論さ。大概はもう孫にひ孫もいるようなババアばっかりだから、小娘がババァの生き死になんて気にすんじゃないよ? 死んだとしてもそれはただの寿命ってだけの話さ。私を含めて最優先に助けるべき命じゃあない。老人らしく来るべき時が来ただけさね」
その人たちだって家族がいるだろうに。気にするなとは難しいことを言う。
すると道元さん……魅緒さんは笑いながら僕の頭に手を乗せてくる。
そして自嘲気味に笑った。
「いつもなら守られる側は黙って守られてろって喝を入れてやるところなんだが。悪いね。私ら年寄りの不始末だ」
「僕の責務でもありますから」
「ガキにそう言わせないようにするのが大人の役目なんだよ」
だからといって髪が乱れるのでわしゃわしゃするのは止めて欲しい。
ただこの手には色々な感情が入り乱れているので何も言えない。
きっとその考えに至った年相応の経緯があったのだろうから。
「……ふぅ。まぁ、あれだ。極力そっちに行かせないようにしてやるから。お前さんは勝手におっ死ぬんじゃないよ」
「元より死ぬつもりは毛頭ありません。負けられない理由があるので」
咲夜と倉橋さんと大門先輩。あと冬香ももしかしたら入るか。
狙われているのは僕だから安全なところにと言ったところで聞き入れてはくれないと確信している。
だから守る。絶対に妖怪なんかに殺させはしない。だから僕は死ねないし、死なないように全力を尽くす。
「良い眼だ。そういう眼をした奴は大体……あー、まぁ大体死んだが……。何だかんだ生き残る奴もいた、ような気がするな?」
「えぇ……」
「嘘を言っても仕方なかろう? ……えぇい、そんな目で見るな。仕方がない。こうなったら私の武勇伝をいくつか披露してやる。これを生き残る為の参考にするといい」
それは面白そうだと思っていると、ようやく調子を取り戻したのか岩蔵さんが僕と魅緒さんの間に滑り込ませる。
「ご歓談中失礼。まずはここへ来た本来の目的を遂行して頂きたくお願い仕る」
京都へ行く僕の護衛についてのことを告げられた魅緒さんは一瞬なんのことか分からないと言った顔で呆けた後に手を打った。
「そうだった。この子の護衛をしに来たんだったね。うっかり忘れてたよ」
「…………。もしお話が望みなら道中でお願いします。貴方様にはそれ以外にも役割があることを努々お忘れなきよう」
「分かってるよ。ただちと話に夢中になっただけだろう? 子供に構いたくなるのが年寄りの性ってもんさ。許せ」
僕に対する態度がお婆ちゃんのそれだとしたら、岩蔵さんに対する態度は特級退魔師のものだった。
特に意識している訳ではなさそうなのに、ごく自然体で話しかけているだけでも岩蔵さんには相当の負荷が見て取れる。
この人を相手にする時だけ心臓の音が聞こえてきそうなくらいに汗がダラダラだ。
ただ"居る"というだけで周囲に影響を与えるのが特級退魔師でもあるらしい。
「仕事をしてくれるのであれば幾らでも許しましょう」
岩蔵さんが合図をすると僕たちのすぐ傍にやって来る車。しかしそれは今まで見たことがないような車だった。
簡単に形容するならば装甲車といったところだろうか。形状から外装、タイヤに至るまで普通だとは決して言えない。
「これは?」
「これは装甲車と言って主に軍事目的に使用される車両の、その最新式です。対弾対爆にも優れているので安心確実に目的地へ着くことでしょう」
「対弾はともかく対爆ですか」
霊力を含まない物体の為にどちらも妖怪に対しては全く意味を為さない物ではあるけれど、人間に対しては極めて有効な武器ではある。
退魔師といえど実弾で撃ち抜かれればひとたまりもないし、被弾箇所によっては死に至る場合も少なくはない。
それは爆弾であっても同じこと。狙われている場所から逃れれば問題のない狙撃と違って爆弾は殺傷範囲が広く、また威力も凄まじいから簡単に防げるとは言えない。とはいえ、どちらも自然発生する類のものではなく意図して使用される物なので僕には感知し易い。
問題なのはそれを分かっていて岩蔵さん側が問題視しているところで。
「念の為です。この装甲車は人間の術ならばある程度は防げるので非戦闘員の保護としても役に立ちますから」
「魅緒さんがいても安心は出来ないと占いでは何と出ているんですか?」
「そう心配なさらずとも、油断して万が一があってはいけないというだけの話ですよ」
自慢げにそう語る岩蔵さんだけど、その横で魅緒さんが何かに気付いたように手を叩いた。
「そうだ。忘れてた。清花のことを裏の奴らに知らせておいたんだった。うっかり言うのを忘れてたよ」
それを聞いた岩蔵さんの表情が引き攣ったまま固まる。つまりそれほどのことだと。
「魅緒さん、その裏というのは?」
「裏世界の住人、つまり人間より妖怪側に近しい奴らのことだよ。そいつらに清花を殺す最後の機会だって色々と言えないような伝手を使って触れ回っておいたのさ。絶対に食い付くと思うから全部獲っちまおうか」
「意味は分かりましたが、何故そんなことを?」
「こんな時しか絶対に釣れない奴らだからだよ。残しておけば妖怪に加勢して退魔師は殺すわ一般人は殺すわで絶対に碌なことにならないからね。このまたとない絶好の機会に是非とも一網打尽にしたい。もし私ら勝利した場合は妖怪の次にお前たちが狙われるってね。その中でも特に相性の悪い清花は今の内に殺しておかないと大友家の二の舞になるのは確実だって触れ回っておいたのさ」
浄化の力が妖怪と悪人に強く作用するのは周知の事実だけど、今までは見逃せる範囲だった。
でも大友家に力を行使して暫く行動不能にさせたことがその裏世界の住人とやらに火を付けたらしい。
そこで今の今まで固まっていた岩蔵さんが動き出す。
「魅緒様! 何かする前に事前にご連絡下さいとあれほど……っ!」
「だから今こうして言っているだろう」
自分は何も間違っていないと言わんばかりの態度に然しもの岩蔵さんでも閉口せざるを得なかった。
その気持ちには僕も、そして僕以外の人たちも同感の様子ではある。
「清花が向こうに着けば陣を張るだろう? 妖怪との戦いに勝った後だと意味がない。だから、今しかないなのさ」
魅緒さんは「まぁ、それでも来ない奴のが大半だろうけど」と笑い飛ばして岩蔵さんの肩を叩く。
「そう心配しなさんな。私とこの子がいれば敵はいないも同然さ。そんなに心配なら他の特級にでも救援の打診をしてみるといい」
「それが出来れば苦労しないのですよ。まずは清花様に了承するか確認をさせて貰います」
「構わんが、この子は同意してくれると思うよ。何せ浄化使いだもの、なぁ?」
僕個人としてはそれで構わないとは思うけど、それは魅緒さんと僕の二人だけの話だ。
咲夜たちや退魔師協会の人たちが周囲にいることを考えれば諸手を挙げて賛成は出来ない。
視線を咲夜に向けると彼女は仕方ないといった風に首を縦に振った。
「僕たちはそれで構いません。その代わり、怪我人も死人も出さないように全力で対応をお願いします」
「私が蒔いた種だ。勿論そのつもりだとも。道元魅緒の実力が伊達ではないというところを見せてあげよう」
この人にここまで言わせてやっぱり無理ですとは言えないのでこの作戦は実行することで確定しただろう。
岩蔵さんも先ほどから溜め息を連発しながらもひっきりなしにどこかへ連絡しているようだ。
話し合いは終わり、必要な物以外の荷物を別の装甲車に預けて四台からなる装甲車の列の二台目に僕たちは乗り込んだ。
霊力の少ない人に対して強い影響を与えてしまうから魅緒さんは先頭の車両に乗り、 岩蔵さんは仕事柄で特級退魔師と関わることがあるから平気だと語り、魅緒さんと同乗している。
そこでようやくといった感じで皆一様に一息を吐いていて、なぜかと聞けば喋ろうにも胸を圧すような苦しみで言葉を発することが出来なかったらしい。咲夜たちからするとあの白面と大差ない圧迫感を感じていたみたいだ。
そうして息を付いたのも束の間、唐突に殺気が僕……というよりはこの装甲車に突き刺さる。
車を走らせてから少しした今、ちょうど高架橋を走っているところで周囲に身を隠せる建物がない状況。どうやら用意周到に待ち構えられていたということらしい。
「随分と手荒い歓迎だね」
距離としては大体五百から八百メートル圏内に複数といったところだろうか。そこから何か飛来物がこちら目掛けてやって来る。
狙撃だ。今までの間ずっと殺気が隠されていたことから考えるに作戦開始の直前まで狙撃手はこちらの位置を……いや、存在すらも知らなかったのだろう。
どうやら僕が殺気に気付くことが出来るという前提で色々と作戦を考えられてはいるようだ。しかし撃つ前にはどうしても目標となる相手を視認する必要があるし、そもそも意識しなければ引き金を引くことは出来ない。
銃という仕組み上はどうしたって、それこそ引き金を引くことさえ機械に任せたって命令するのは人間なのだから殺意は混じってしまう。従って避けるのも止めるのも容易い。
「銃弾と水は相性が悪いのにね」
何もないただの空中では無類の速さと殺傷能力を誇る銃弾ではあるけれど、こと水中ではその能力は殆どが無に等しくなる。
少しばかり調べた程度だと一般的な自動拳銃では水面から二から三メートルほど進んだところで人の皮膚を貫通する能力を失ってしまうそうだ。今回使われた銃器が狙撃用の特別強力なものだとしてもあまり関係はない。こちらは圧力を高めて抵抗力を高めることが出来るし、水流を操ることによって軌道をそのものを変えることだって出来る。
広域に水を展開することも局所的に水の壁を作ることで無力化することはそう難しくはない。
「銃弾⁉︎ 狙われてるんですか⁉︎」
戦いを経験したことのない冬香には今の空気感が平常とは程遠いということを敏感に察知していたのだと思う。
すぐに大門先輩が冬香と咲夜の頭を掴んで位置を下げさせてくれるのでそちらは任せることに。
「冬香、落ち着いて。今言った通りに銃弾程度で僕の水を突破することは不可能だから。ちなみにこんなのが飛んできているよ」
「撃たれてるのに冷静過ぎませんか!?」
窓の近くに水で運んできた銃弾を見せることで本当に狙われている実感が沸いたらしく顔を蒼ざめている。
撃たれ始めてから都合七発ほど防いではそれを窓のところに集めると逆に落ち着いてきたようだけど。
「最初の一発はここから五百メートルくらい離れたビルからみたいね。こっちから反撃は出来るの?」
「咲夜の視界を借りれば出来なくないけど……。防御が疎かになるからやらない方がいいね」
物が物ということで命ちゃんのお陰で作られた霊具に関しては手元にある。
それを使えば確かに迎撃は出来るだろうけど、意識が別の場所に行く関係上あまり防御に適しているとは言い難い。
「そう。それなら私たちは放置でいいわ。一応聞いておくけれど、防御の負担はどれくらい?」
「丸一日続けたところで大したことじゃないくらいだよ。これが白面だったらこの程度の防御は易々と貫いてくるから安心なんて出来ないんだけどね。あっちは二重三重に水壁で防御した上で的確に水弾を当ててやっと軌道を変えられるくらいだったからさ。まぁ、あれに比べたら大抵のものは大したことなくなっちゃうんだけど」
僕がわざとらしくやれやれといったように軽く肩を竦めることでやっと場の空気が軽くなる。
警戒心を全く無くした訳ではないけれど、少なくとも神経を張り詰めたせいで精神的に疲労するということは無くなったはずだ。
『あー、もしもし。こちら岩蔵ですが。もしかしなくてもですが……今ってどこかから撃たれてます?』
そんなところで僕たちのところに前方の装甲車に乗っている岩蔵さんから声が聞こえてくる。
運転手の人から「通話を繋いでいるのでそのままで対話可能です」と教えて貰い、こちらも答えることに。
「四方八方から撃たれてますよ。今は……えっと、全部で四十発です。全て僕たちの乗っている車に向けて撃たれてます。全部高い建物からですので発見はし易いと思いますよ」
『対処します。暫しお時間を頂きたく』
「他の人と連携されると厄介なので早急にお願いします」
『警察にも協力して貰っているので捕縛にはそう時間は掛からないかと』
「分かりました。こちらに危険はないのでお任せします」
銃弾は普通の人間なら一撃が必殺の攻撃ではあるけれど、こと僕に限ってはわざわざ自分たちの方から「ここを狙いますよ」と教えてくれているし、撃つ瞬間まで丁寧に教えてくれている。
ただこれは僕だから出来ていることであって、他の人には依然として脅威であることに変わりはない。
協会としてもこんな街中で発砲するような人たちを野放しにすることは出来ないだろう。
言葉を発してから数秒ほど返事がなく、不思議に思っていると聞こえてきたのは違う声色だった。
『協会の子が怠慢しちゃってすまないね。私は本命の方に専念するからもう少しそのままで頼むよ』
「分かりました。そちらはよろしくお願いします」
『あぁ。大船に乗ったつもりで任せておきな』
途中で替わった魅緒さんはそう言って通話を切った。最後の方で岩蔵さんが何か言おうとしていたけれど大丈夫だろうか。
少し待っても再度通話が来ることはなかったので用事はないみたいだ。
「こんな街中でこんなに撃ってくるなんて相手は相当焦ってるみたいだね。どうせなら妖怪や退魔師たちと一緒に来ればいいのに」
「そんなことをしたら本格的に人類の敵扱いになるでしょう。そうなったら勝っても負けても人間の敵よ。それは嫌だけど清花も生かしておきたくないってところじゃないかしら」
「えっと……皆さんはどうして普通にしていられるんですかー?」
恐る恐るといった感じで手を挙げた冬香は少し肩を狭めて怯えた様子を見せている。
こんなにも撃たれているという事態は確かに恐怖モノではあるけれど。
ここは身体能力では同じ一般人目線の咲夜に語ってもらうとしよう。
「車に弾が直撃でもしていたら私も驚くでしょうけど。今の所はそんな気配は微塵もないからね。貴方は清花を信用していないの? うっかり防ぎ忘れて私たちに当たるとでも思ってるの?」
「むっ。そういう問題ですか? なら私ももう驚きませんけど! 全っ然平気ですけど!」
「それでいいのよ。今は開けた場所だから射線が通っているけれど、もうすぐビルが立ち並ぶ区域に入るわ。そうなったら狙撃は不可能でしょう。進行上の道に敵がいるようなへまは流石にしていないでしょうしね。……いないと祈っておきましょう」
「最後だけ投げやり過ぎませんか!?」
「こんなに撃たれるだなんて思ってなかったんだもの。事前に手を打っておいた割にはって感じじゃない? 果たしてどこまで信じていいか……ねぇ、聞いているのでしょう? そこのところの弁明はしないのかしら?」
わざとか敬語を使わず咲夜が車体前方に話しかける。通話は先程切られたはずだけどと思っていたら反応があった。
『耳が痛いですね。周囲の不審人物の捜索と異物所持に関しては入念にしたつもりでしたが』
「なら転移の術っていう線はどうなの? それなら事前の準備も意味がないことになるでしょう」
『あれは一応秘伝の術であることと使用霊力の観点から今回の敵が使用しているとは考えづらいかと。勿論我々の知らない類似した術の可能性はあります。しかしながら、転移出来るのならばわざわざ狙撃という手段は取らないと思われますね。ならばもっと適した使い方がありますから』
「そこは同感よ。これが清花でなければ早々に車が使い物にならなくなって超の付くほど危険な徒歩での移動をする羽目になっただろうということと、この事態を未然に防げなかったことはこの際だから目を瞑ってあげましょう」
『寛大なお心に感謝します』
「代わりに教えて欲しいのだけど、この先は安全なのよね?」
『この身に代えましても皆様のお命はお守り致します、とだけ申し上げます』
答えを聞いた咲夜は不満そうに鼻を鳴らした。分かり切った答えばかり話す岩蔵さんに辟易といった様子だ。
明確に言わないのは占いのことだからというのは理解している。だからこそ、話せないということは話せる段階まで至っていないことの証左であることもまた分かっていた。
つまりはまだこれから何かあるということを暗に言っているのと同じだということに他ならない。
「別の人に代わりに死なれても迷惑なだけよ。一応聞いておくけれど、応援は寄越せないの?」
『既に要請はしています。ただ他の地域でも身元不明の術師が暴れているらしく絶対とは言い難い状況ですね』
「身元不明ねぇ。これでよくあんな大口叩けたわね。それともあの時点では"そうだった"のかしら」
岩蔵さんが何か言おうとする前に、咲夜が続ける。
「コレ、高く付くから。上にもそう伝えておいて頂戴。拒否でもしようものなら貴方たちの下に雨が降るとも申し添えておいて」
例え通話越しの少し乱れた音声であっても、そこに含まれる威圧感は伝わったのだろう。
苦し気な了承の声に、それでも咲夜は満足そうではなく鼻を鳴らして応えた。




