一話-3 荷造り
岩蔵さんがいなくなってから、寝不足にならない程度にこの話を受けていいのかを僕たちは話し合った。
白面の襲撃から続けていきなりの話だったし、知らない人たちに知らない場所へ連れて行かれることに対して恐怖感があるのも確かだ。最近でも襲われた身として同じようなことにならないか心配にもなる。
岩蔵さんの言うことが正しいのならばこの地に留まるよりも案内される所へ向かった方が、それも早急に向かった方がいいのも確かだ。緊急性を考えれば悩んでいる時間すら惜しいのかもしれない。
だけど決断する為の材料が僕たちには決定的に欠けていて。だからこそ、この決定は慎重に決めなければならなかった。
向かってからやっぱり帰りますは通らないし、通してくれないだろう。
だから僕からは景文さんを通して土御門家の当主にも話を伺い、現状について聞いて岩蔵さんの話が正しいのか、これを受けるべきかどうかを相談をした。
その話を受けて確かなのはあちらでも白面襲撃については裏が取れていることと、土御門家の方でもかなり忙しく今から僕の為に土地を用意するのは難しいことだ。
土御門の当てが外れた以上、自力で全ての自地域を守るのが難しいことを考えると地域住民の安全を図るという意味で提案された場所へ行くのは理にかなっていることになる。
懸念点は急な話であることとその地が安全であるかだけど、これについてはいくら議論しても結論は出ることはなかった。どうしたって不確かな話ではあるからだ。
この話の利点と欠点を話し合った結果、結果として賛成一致で岩蔵さんの話に乗ることにした僕たちな訳だけど、この判断が吉と出るか凶と出るかはまだ分からない。
そうと決まったらその為の準備をしないといけない。
咲夜は準備の全てを倉橋さんと大門先輩に任せて端末と向き合っている。
今回の件では報連相はとても大事だ。僕たちが移動した後もこの街に妖怪が出現する可能性を考えれば何も言わずにどこかへ行くというのは街の管理を預かる者として無責任以外の何物でもない。出来るだけすぐに移動して欲しいということで引継ぎをする時間がないのが心配だけれども。
そこについては宝蔵家から派遣されてきた人たちと連携してもらうことになるだろう。
代わりに妖怪退治をしてくれるのが宝蔵家か退魔師協会の人なのかは向こうに丸投げで任せることとした。
咲夜のことは倉橋さんたちに任せるとして、冬香を置いて僕と千郷は持っていく物の取捨選択を始めることに。
「それにしても清花の名前って凄いんだねぇ。協会の偉い人がわざわざ頭を下げに来るだなんてさ。あっ、これなんかいいんじゃない?」
「妖怪が宣戦布告した切っ掛けが僕かもしれないから自作自演もいいところだけどね。んっと、それは少し動き辛くない? 見た目よりも何かあった時のことを考えて動きやすい方がいいと思うよ」
「でも霊具は作ったから遅かれ早かれの問題なんでしょ? どっちみち全部妖怪のせいだから気にしないの。ていうか、清花の仕事は基本的には霊具作りとか遠隔支援だけなんでしょ? だったら別に見た目重視でも良くない?」
「うーん。……いや、宣戦布告をしたって妖怪が約束の日を守る保証はないんだし、いつでも戦えるようにはしておかないと。やっぱり動き易い服だけにしよう」
千郷はそれもそうかと納得してヒラヒラの多い服を元あった箪笥に仕舞っていく。
宣戦布告の件であまり気を張り詰め過ぎて精神的に疲労するのは良くないけれど、どうせまだ来ないと楽観するのも良くない。程々に戦意を高めておいて維持し続けるのがいい。そう大門先輩の受け売りだ。言うが易く、それが難しいのだけども。
「じゃあこれとこれ……あとこれもいいかも」
「千郷? あんまり大荷物にしないでよ? 大量に持って行っても全部着れる訳じゃないんだし。必要最低限でいいんだからね」
「えぇ~? でもいつまで掛かるか分からないじゃん。それに雑誌で有名になった清花が同じ服を着回してるとか評判に関わるでしょ?」
「非常事態の時にそんなことに気を回している方が評判に関わるよ」
「むぅ。まぁ一理はあるから諦めるか。……最悪はあっちで買えばいいし。外出は……どうなんだろ。ダメなら店の方から来て貰えばいっか」
微妙に納得していないような呟きだったけれど、とりあえず衣服だけで荷物が一杯になってしまう事態は防げたようだ。
僕の手伝いをしている千郷は元々こっちに持って来ている私物自体がまだ少なくて、移動に際して持っていく物も同じ物をそのまま持っていくことになる。
つまり準備に関しては早くも手持無沙汰になった千郷は僕のお手伝いをする以外にあまりやることがない。なのでこちらのお手伝いに来ているといった感じだ。咲夜の方は倉橋さんがいるのでそう時間は掛からないだろう。
ちなみに咲夜側の千郷の手伝いは咲夜によって拒否されていた。
「ねぇ」
服を漁りながら声が掛かる。
「どうしたの?」
「あの子はあのままにしておいていいの?」
かなり衣服に時間を掛けているなと思ったらそれで気を紛らわせていたみたいだ。
「冬香のことなら心配は要らないよ。自分の道は自分で決められるはずだから」
「本当に? 清花に拒絶されて随分へこんでたみたいだけど」
「ただ言われたことをするだけじゃダメだと思うから。今回ばかりはお試しだとか僕がいるから安全だとかは言ってられない。文字通りの命を懸けるって選択を他人任せにしちゃ駄目だ。千郷ならこの意味は分かるでしょ?」
「まぁ……それは私にも分かるけどさ」
妖怪と自らの力で戦った経験のある千郷だからこそ僕の言いたいことは分かるはずだ。
冬香は今まで自分の意思で正面から妖怪と戦ったことはない。あくまで僕という監督役がいて、安心安全な環境下で遥か格下の妖怪相手での修行という名目でしか妖怪と相対したことはない。
今回は互いが互いを殺せるだけの力を持った者同士が全力で殺し合う場だ。そして戦での負けはそのまま死を意味する。
そこは命を賭ける覚悟のない者が安易な気持ちで立ち入っていい場所ではない。
極限の状況で恐慌状態に陥って変なことをされるかもしれないことを考えると、寧ろ邪魔だとすら言えてしまう。
そうならない為の心構えは自分でしか持ち得ることは出来ないと僕は考えている。だからあんな風に言った訳だ。
「気になるなら時々でいいから様子を見ておいてくれるかな。変なことはしないように日頃から言い含めてるから大丈夫だとは思うけど」
「つまり日頃から言われるような子ってことね。りょーかい」
「千郷と同じで衝動型だから思い付きで一緒になってハチャメチャしないでよ?」
「私のことをどう見てるのかよぉ~く分かった。私を昔のままだと思ってるって訳ね?」
「嘘はすぐに分かるからね」
だから続きを言ってごらんと促してみると千郷は視線を逸らす。
そして衣類を箪笥に仕舞ってから部屋を見渡した。
「さぁ、次はどれを詰めればいいんだっけ」
「次は霊具とその器かな。壊れ物だから丁寧に扱ってね」
「ふーん。そういえば霊具ってどんなモノ作ってるの? っていうか霊具作り習ってたっけ?」
「いや、まだ習ってないよ。だから使い捨てばっかりなんだ」
「えぇ? 素材が勿体なくない? けどまぁ、知識面で頼れる人がいないから仕方ないか」
「千郷は霊具作りとかしたことはあるの?」
「私がそんなチマチマしたことに向いてるように見える?」
「自分で言うことじゃないね。でも優れた退魔師は戦う為の武器を自分で作るって聞いたことはない?」
そういった言葉を聞いたことはありつつも今の所は大門先輩の教えもあって武具を使うことは想定していない。
それでも武器の有用性は知っているつもりだ。
だって試合ではいつもいつも武器の間合いにボコボコにされているから。
……今も非常事態の最中だと言うのにこんなことを話しているのは、これが千郷の気が紛れるからだ。
少し浮ついた様子なのはそうしていないと落ち着かないからだろう。
「なに変な顔してるのか知らないけど、自分で霊具作りとかお金がいくら必要なのって感じじゃない? そりゃあ清花くらい稼いでいれば話は別だけどさ。まず既製品の修理費だってバカにならないのにさ」
「やっぱり修理費って高くなったりするの?」
「当ったり前に決まってるでしょーが。模擬試合とかと違って殺す気で振るってる武器なんだし消耗して当然。もっと高級品ならって言う人もいるけどさ、品質が上がればそれに見合うだけの実力を持っているということでより上位の妖怪と戦うことになるんだよねぇ。だから結局はお高い修理費が必要になっちゃうってわけ。お分かり? この万年貧乏退魔師の気持ちがさ!」
武器が要らず、怪我も自力で治せる僕はかなりの費用を浮かせることが出来ていたみたいだ。
そんなことを考えていると千郷の表情は怒りから一転して笑いに変わった。
「その点で言えば清花のところで働く限りは必要経費として処理してくれるらしいし、他の退魔師が羨ましがるかもね」
「羨ましい? ってことは基本は自費になるの?」
「そう、基本はね。だから腕のいい霊具職人は全力で囲い込もうとする家が殆どだし。大体は五家の連中が持ってっちゃうけどね!」
「そ、そうなんだ……」
想像では退魔師の所属する団体の元だったり、政府だったりが全額と言わずとも多くを負担するものだと思っていた。
治療費と修理費が妖怪退治の報酬と同等だったらそもそも暮らしが成り立たなくなってしまうから。
しかしどうやら退魔師の世界は僕の思っていたよりも厳しいらしい。こういうのを世知辛いというのだろう。
「あっ、そういえば清花が作ってるみたいな自作の場合は全額自己負担のはずだよ。一円も保証とかされないから気を付けてね」
「それはそうだろうね。そこまで一々責任は持てないだろうし、持つ義理もないか」
「そうそう。例えば退魔師協会が出してる物とかは政府が絡んでるだけあって税金からかなり出るみたい。前園家みたいに名のある所はそれなりに補償してるって聞いてるかな。まぁ。一々長ったらしい契約書を書くハメになるんだけど」
どうやら色々と経験のあるらしい活字が嫌いな千郷は遠い目をしていた。
「それなら僕から龍健さんに頼んで千郷の武具を取り寄せようか?」
お金ならこちらが出すつもりだし、今のこちらの状況的に優先して対応をしてくれる可能性は高い。
悪用する気持ちはないけれど、前園家としても僕からのお願いは断り辛いと思うから話は聞いてくれるはずだ。
その原因となった一幕を目撃している千郷はこちらを勢いよく指差した。
「その手があったか!」
「千郷も武器と防具が必要ならしっかり言うんだよ? お金をケチって勝てる相手じゃあないからね」
「それならこっちで勝手にやらせてもらうかな。名前は思い切り借りていいんだよね?」
「いいけど、その前に絶っ対に咲夜には相談してよ? 勝手にしたら凄く怒るからね?」
「えぇ~、どうしよっかなぁ? アイツには"色々とお世話"になったし、借りは倍にして返したいんだよねー」
「アイツって? 咲夜のこと? 龍健さんのこと?」
「陰険龍健、略して陰健の方」
酷い呼び名だけど、そう呼ばれるに値する話でもあるのだろうか。
「何かあったの?」
「別に。ただ勧められるがままに色々買っちゃったら……ほんのちょっとだけ借金が出来ちゃっただけで」
詳しいことは分からないので何とも言い難いものの、借金が良くないということは分かる。
その辺りについては咲夜と倉橋さんから何度も何度も怖い話を聞かせられているから借金は駄目だという意識はあった。
「もう返済は出来たの?」
「勿論。でも借金を返す為に酷使したせいで買った霊具の修理費が高くなっちゃって。それでまた高い修理費を払うっていう火の車になっちゃいそうだったからもう身の丈に合わないのは止めたの。……今思い出してもあの頃は地獄だったわ」
お金が無くなると物資的にも精神的にもひっ迫して疲れやすくなり、失敗をし易いのだとか。
倉橋さんがこの話を知れば「若い内に経験出来て良かったですね」と言いそうだ。そこについては僕もそう思う。
最終的に高い霊具を買うのを決めたのは千郷だったとはいえ、その霊具の費用や修理費が原因で人が死んでしまう可能性を考えると前園家ももう少しやり方を改めるべきではないだろうか。
今のは千郷からのみの話なので、その辺りは今度龍健さんに会った時に聞いて見るのもいいかもしれない。
「……なるほど。お金の話にやけに実感が籠ってると思ったら体験談だったんだね」
「そういうこと。もう思い出したくもない過去なんだからこれ以上掘り返さないでよね。……あっ、そういえばこの前お母さんがお金の管理してることについて言ってたよね。何で知ってるの?」
「名雪さんから聞いたんだよ。あの時の千郷は情緒不安定だったから。僕……清光としての僕に関係するから色々話してくれてね。逆恨みとかしたらダメだよ?」
「それにしたってお金のことは関係なくない?」
それは確かに。ただの女の子同士の他愛ない世間話程度の感覚だったのだろう。
ただ名雪さんからは千郷を貶める意図はなかったように思う。
「こうなったら私からも色々暴露してやろうかな……」
「今度は名雪さんから何で知ってるのって詰められるから止めてね」
「あの人、裏では凄いんだよ。特に女の子に対してはね、彼氏を奪われるかもって警戒心バリバリなんだから」
止めてと言ったのに止まらない愚痴。
でも言われてみれば初めて会った時もやたらと男女関係について深堀しようとしてきたのを思い出した。
あの時のまとめ役としてという言葉も嘘ではなかったけれど、それは本音を覆う為のものだったか。
「藤原さんに好意のある人はどうなるの?」
「…………別に陰湿ないじめに遭う訳じゃないよ? ただあの人と深い仲にはなれないだけで」
「それが一番の問題なんじゃ?」
気づいてしまったかとでも言いたげに気まずそうに視線を逸らされる。
まとめ役としての地位を持っている名雪さんが藤原さんと同席させたくないからと特定の個人を除け者にされてしまうと、よく招集されているらしい若者の集まりにも呼ばれなくなってしまう。
それはつまり将来においての退魔師界隈からも除け者にされてしまうことと同義で。
本人のその気がなくても周りにそう思わせるのは如何なものかと思う。
やはり退魔師の世界——いや、この場合は女性の世界は怖いという話になるのか。
「でも安心して。私の知っている限りでは弾かれた人はいないから」
「それは擁護になっているのかな?」
「だってあの集まりだと私はかなり後から来た組だし。流石にその前に関しては知らないし興味ないから」
「……というか、千郷がああいう集まりに参加し出した経緯って何があったの? あんまり興味なかったでしょ?」
「気になる?」
「話したくないなら別にいいけど」
僕の事件の後のことだろうから話し難いこともあるだろうと思って言ったのだけど、千郷は聞いていないのか「どうしても聞きたいなら話してあげる」と満足気な顔をして胸を張っていた。
そして千郷が語ろうとした時、扉が叩かれて誰かがやって来た。
「貴方たち、まだ終わってないの?」
「げっ、鬼守銭奴!」
「清花と金銭感覚幼稚園児。あとどれくらいで終わりそうなのかしら?」
戸を叩く音の後に咲夜の声が聞こえた。端末を持ちながらなので仕事の片手間に確認に来たといった様子。
というか名前を呼び合うことすら普通に出来ないものなのか。
これでお互いに悪意がないのはいっそ仲良しなのではないかと思考が混乱してしまいそうだ。
とりあえず面倒なのは嫌なので千郷が応戦しようとする口を塞いで代わりに答えることにした。
「衣類はもう終わってて今は霊具関係を整理してるとこだよ。もうすぐ終わると思うけど何か用があった?」
「これからのことについて少し共有をするからその子はそのまま黙らせておいてもらえる?」
「喧嘩しないなら離すけど?」
千郷に問いかけると頷いたので解放する。咲夜はやや不満そうだけども。
約束通りに大人しいままの彼女を見ながら部屋の中の一角に座った咲夜は端末を立ち上げていた。
「咲夜、あれから何かしら進展はあった?」
妖怪が宣戦布告をしたと聞いた時からもうかれこれかなり時間が経っている。
こうして準備をしている間に夜になっていたけども、あれから何かが起こったという話は聞かない。
焦った様子でもないので妖怪が仕掛けてきたという訳でもなさそうだ。
「妖怪側には特に何もないみたいね。散発的に高位妖怪の現出は見られるものの、計画性はなく偶発的なものという見方が強いわ。油断は出来ないけれど今の所は不意打ちをするつもりはないと見ていいでしょうね」
「もし不意打ちがあるとすればいつだと思う?」
「私たちが移動する時以外にないわね。貴方が念入りに張った自陣の外に行くのだし、これをまたとない機会と捉える可能性は低くはないはずよ。ただ退魔師協会側の意見としては妖怪の不意打ちはないと見ていいらしいわ」
「……何か矛盾してない?」
千郷も同じことを思ったのか喋ることを禁じられているため身振り手振りで何かを伝えようとしている。
その煽るような仕草に若干の苛立ちを見せながら咲夜は答える。
「妖怪の、と言ったでしょう。移動中に警戒をするべき相手は人間よ」
「日本人の面汚し……」
喋るなと言われても抑えきれなかったらしい呟きが束の間の静寂の中で鮮明に聞こえた。
言葉の選択はともかく同じことを思ったからか咲夜からも呆れたような溜息が漏れて。
「行動が疑わしい連中に関しては協会が既に摘発を始めているみたいだけれど、生憎と全てをという訳にもいかないらしいわ。それらが少数で動いているのもあるし、表の人間ではないから足取りを追い辛いというのもあるのでしょう」
その存在が分からない相手を察知出来る人と言えば思い当たる人はいる。
優秀な味方としてこちら側に弓削家がいるのは頼もしくもあり、恐ろしくもあるところだ。
「京都に行くまでは護衛に特級が就いてくれるんだったはずだけど、それでもなのかな?」
「えぇ。機会は他にないもの。可能性はゼロに限りなく近いけれど、相手に特級くらいの戦力が複数いるかもしれないと想定だけはしておくように」
「特級って、もしかしてそういう情報が入って来てるの?」
「それに関してはいいえね。でもわざわざ特級退魔師を護衛に据えるくらいなんだから相応の相手を考慮に入れているのは間違いないでしょう」
「分かった。じゃあ結界の霊具を余った時間で作っておくね」
岩蔵さんにお願いをしていた器は既に準備してあるというのでお願いをすれば幾つか持って来て貰えるはずだ。
襲撃があるなら、それを使って咲夜と冬香に渡す分の霊具を作っておいた方がいい。
「こっちでさっき連絡はしておいたから霊具の方はお願いね。貴方たちの方から何か質問はある?」
「冬香はどうしようか? 一緒に土御門家まで送りに行く?」
「安全を考えればその方がいいでしょうけど……。どうなるかは分からないけど、その方向で向こうに打診しておくわ」
「千郷は何か聞きたいことはある?」
聞くと腕を組んで唸った後に。
「京都の美味しい物って何だっけ?」
「知らないけれど、向こうはもう色々準備しているみたいだから楽しみしておいたら? 高級懐石料理も出るみたいよ」
何とも気の抜けた質問だ。というか真面目に答えるんだと思った。
「懐石料理かぁ。私、食べたことないんだよね。美味しいのかな?」
「滞在中は向こうの食事で舌が肥えないようにしておきなさいよ。現地に住みたいと思わせるよう全力で囲みに来るでしょうから」
そうして語るべきことを語り終えたのか、咲夜は言い終わると端末を閉じて腰を上げる。
「昼食は向こうで摂ることを考えて移動の時間も考えると大体朝の八時前後にここを発つことになるからその前に準備は済ませておいて。あと芹井さん、貴方は後で合流することになるから覚えておきなさい」
「えっ? 何で?」
「貴方の役割をもう忘れたの? 清光君のことは向こうの実家に言って迎えをお願いしているけれど、念の為に貴方も同乗しておきなさい。協会側にはその後で私たちの所まで安全に連れて来るように言ってあるから」
「……そうだった。了解。仕事はキッチリするわ」
倉橋さんと大門先輩は僕たちに付いてくる。危ないからと言って僕たちを置いて避難するような人たちではないのでこればかりはもう開き直ってこちらからお願いをすることにした。
でも清光に関してはそうはならない。本人に戦える力がないし、単純に足手まといになるからだ。かといってここに残すことも難しい。
変身時間に制限のある柳さんを連れて行くことは出来ないし、見知らぬ土地で僕が二役をするのはあまりにも危険が過ぎる。
以上のことから清光には実家に避難をしてもらうのが最善だと判断して柳さんに僕のフリをして葛木家に帰って貰うのが最善ではあった。
千郷がここにいる理由が清光関係である以上、後で合流するにしてもまずは実家までは一緒に付いて行って貰った方がいいだろう。
「懐石料理には間に合いそう?」
「そこ、気にするところ?」
「気にするところでしょうがッ!」
かつてないほどに力強く断言されてしまった。千郷にとってはかなり重要なことらしい。
「美味しいのを食べるとやる気が出る。やる気がないと何も始まらない。だから食事は重要。どう? 理解した?」
小難しい話をした後で自分も何かしら述べたい気分にでもなっているのだろうと思う。咲夜に対してどうだとばかりに胸を張って威張っている。絶対止めた方がいいのに。
「はいはい。分かったから。じゃあ食事に見合う働きをしなかったら次から食パン一枚でいいわね。やる気があっても結果が伴わなければただの無駄な浪費だもの。嘘は吐かないと豪語する貴方のことだもの、きっとそれだけの自信はあるのでしょう。私はそれを信じることにするわ」
「それはちょっと話がちが」
「それじゃあ私は自分の荷物の確認に行ってくるから。そっちが終わったら荷物を移動してから私のところに来なさい」
反論は許さないとばかりに普段の足取りで出て行ってしまう。伸ばされた千郷の腕がだらりと垂れ落ちた。
普段から仲良くしておけばあんな風に言われたりはしないのに、と思う。
だけど千郷にはそういった打算ありきでの人付き合いは無理だろうしこれは今後も続いていくだろうなと感じた。
「それじゃあ準備を続けようか」
「ちょっとは慰めてよ!」
「働きに見合った報酬をっていうのは全くその通りだからね。ちなみに今の千郷の仕事は僕のお手伝いだよ」
霊具の器を投げ渡すと彼女は持ち前の反射神経でもってそれを受け止める。
壊さないように衝撃を和らげ、握りつぶさないように力加減を見極めて。
硝子製の壊れやすい物でも難なく手に持った千郷はもう昔の彼女ではない。
だから早めに咲夜とは和解して欲しいところではあるのだけども、これが中々難しい。
「はーい。……全く、もう少し優しくしてくれてもバチは当たらないのになー」
小声で不満を漏らす千郷に貰い物のお菓子を与えつつ着々と準備を進めていったのだった。




