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一話-1 京の使い




 妖怪が人間に対して宣戦布告をしたその日、僕たちの所へ突然やってきた退魔師協会本部の岩蔵さん。

 目の前の人が言う京都に行って力を振るうとはどういうことなのか、その言葉の意味を確認する為にもまずは話し合いがしたいと中へ招待する。外部の人間を中に入れるということで柳さんを呼びたいところだけど相手が相手だ、変なことをすれば疑いが増す可能性があるのでここは呼ばないでおこう。

 変な事を起こす気でいれば全力で対抗するのみだ。

 そんな僕たちから発せられる威圧感に冬香が眩暈を起こしていたので別室にて待機してもらい、他の人員で接客用の部屋にて対峙する。

 倉橋さんが淹れたお茶を啜ってから岩蔵さんがその味に舌鼓を打ち感想を述べた所で、持って来ていた紙袋から何かを取り出しつつ口を開いた。


「まずはこちらをお納め下さい。私の地元で売っている京都のお菓子です。かなりの有名店で巷でも美味しいと評判なんですよ。孫たちにもよく欲しいと強請られるものでして。きっと皆様のお口に合うかと」


 唐突に差し出されたのは高価そうな木箱に収められた、これまた高級そうな洋菓子だった。こういうのは菓子の価値でその人の地位の高さだったり、やってきた目的の本気度が測れると教わったことがある。

 しかし生憎と僕はまだそこまで知識を持っていない。これは咲夜や倉橋さんの得意分野だからそこは任せるとして。


「有難く頂戴致します。倉橋さん、お願いします」


「確かに。ただ今お茶菓子をご用意致します」


「ありがとうございます。……すみません、突然の訪問でお迎えするご用意が出来ていなくて」


「どうかお気になさらず。元々は前触れなく突然やってきたこちらの落ち度ですので」


 もっと堅苦しい内容を語られるかと思いきやのことで拍子抜けではあるけれど、きっとこちらが身構え過ぎていたから空気を入れ替えようとしてくれたのだろう。

 僕たちと違って岩蔵さんの方は比較的穏やかな様子で居続けているのがその証拠と言っていい。


「私にもお嬢さん達と同じような年齢のような孫がおりましてな。贔屓目に見ても可愛い子なのですが少々甘やかして育ててしまいました。それに比べてお嬢さん方はよく出来ていらっしゃる」


「自分ではまだまだだと自覚しておりますが、そう仰って頂けるのではあれば先生が良いのでしょう。その名に泥を塗ることがなくほっと胸を撫でおろす思いです」


 この人の前に立つのには高校に編入したての頃の僕だったら粗相の嵐だったはずだ。その場合は咲夜が矢面に立ってくれたとは思うけど、この人の前では流石の咲夜も平静でいられるかどうか。

 秘めた実力もさる事ながら、それよりも本部の偉い人ということで話術の方に気を付けなければ。


「いやいや、お嬢さんくらいのお歳でそれくらい出来ていれば上出来でしょう。この時分ですから、礼儀作法は二の次になりがちなのも仕方はありません。両立が出来るのは余程の才を持つ者でなければ務まりませんよ」


「恐縮ですが、まだまだ文武両道とは言い難いです。そう自覚する日々を過ごしています」


「ご謙遜ですな。そのお歳で短期間瞬く間にでご成長なさった方の言葉とは思えません」


「……まるで見てきたかのような物言いですね」


 ここに来て引っ掛かりを覚える言葉を使う。和やかな雰囲気を出しつつ探っているのか。

 相手が誰であろうと、こちらに敵対する気ならば相応の対応を取らせてもらう。そう言葉に力を乗せる。

 すると相手は半分閉じていた目を開いた。

 

「いや申し訳ない。職業柄つい癖で疑るような物言いになってしまった。決して他意はないのですよ。失礼のお詫びと言ってはあれですが、お嬢さん方の知りたいでしょう現状について軽くお話しましょう」


 なるほど、そう繋げてきたかと感心した。ただ一方的に情報を与えるのではなく、この流れなら向こうはそう疑われずに話が出来そうだ。少なくともこちらの警戒心は幾分か下がっているように感じている。

 とはいえここにいるのはそれが分からない人たちではない。咲夜も理解しつつ話を聞いているように思う。

 ……千郷については、小難しい言葉遣いのせいで思考が若干壊れている可能性が高いか。今のうちに倉橋さんに連れ出してもらうことにしよう。


「まずは情報の擦り合わせと致しましょう。恐らくですがそちらが分かっているのは退魔師協会が襲撃に遭ったこと、その場で妖怪から日本全国に対して宣戦布告をされたことの二点くらいかと思いますが、違いますかな?」


 これについては僕よりも咲夜にお任せした方が良さそうだ。

 目線で交代をお願いすると、岩蔵さんもそれを承知したようで咲夜に目線を送る。


「宝蔵咲夜と申します。岩蔵様、そのお話については私が承っても宜しいでしょうか?」


「構いませんとも。是非とも貴方にも聞いて頂きたいと思っておりました」


 それは本当ではある。しかし僕と咲夜に対しては明らかに順位付けはされていた。だから最初に挨拶をして名前を聞いてきたのは僕のみだったのだろう。


「ありがとうございます。そしてですが、私たちが持ち得た情報として今仰った件については言葉以上のことは知らないというのが実情です。なので是非ともお話しを伺いたいところですね」


「今件に関しては一定の情報以外に箝口令を敷いておりますので詳しい話が回ってこないのは仕方ないことかと。ちなみにその情報の元は土御門のお坊ちゃんで?」


「彼と私たちで遊びに出掛けていた最中のことだったので」


「それは災難でしたね。ですが今回のことが片付けば遊ぶ時間は腐るほどあるのでご心配なさらないよう」


「お気遣いありがとうございます。私も清花もまだ学生の身分で未熟者の身ですから。この非常事態に際しても"優秀な大人たち"が何とかしてくれると信じております」


 一瞬だけど相手の心が揺らいだ。

 

「ご謙遜を。大蓮寺清花様の名はよく耳にしておりますよ。かの大妖怪たる九尾の狐、特別名称白面を退けたとか」


「あの時は分身体で助かりました。あれが本体だったらと考えると体が震えてしまいそうです。……その後、本部を襲撃した白面はどうされたのですか?」


「宣戦布告をした後に妖穴へ逃走しました。本部付近に特級退魔師がいない状況を見越しての襲撃だったのでしょう。しかし幸いなことに短時間の出来事だったので人的被害は少なく済みました。死人がいなかったのも日頃からの訓練の賜物でしょう」


 言っていることは嘘ではない。だけど本当のことも言っていないといった印象を受けた。

 思うに逃走したではなく逃走されたというのが正しい表現ではないのだろうか。

 あの白面が自ら窮地に陥るような場所に顔を出すとは思えない。大人として面子の為にもそう口には出来ないといったところだろうか。


「本部としてはその白面は本物だったと認識しているのですか?」


「はい。貴方達を襲った分身体と妖力の質や波長自体はほぼ同一のものでした。問題は妖穴は既に閉じられたものの、あれが作為的に作られたものだということです」


 その言葉に以前に白面が鬼を呼び出した光景を思い出す。

 咲夜の予想ではあの時点ではまだ大妖怪が通れるものではなかったというものだった。

 つまりはもう既に白面ほどの妖怪が出てくる準備は整っているということだ。

 

「この妖穴については土御門のご子息から話を聞いていたので以前から対策は検討しているのですが、生憎と奴らめはその隙を与えてはくれないようでして。やっと対策に目途がついたと思った矢先の宣戦布告で本当に困ったものですよ」


「相手も馬鹿ではありませんもの。大蓮寺家のこともありますし、こちらもやられてばかりではないと信じたいものですが」


 僕たちと白面の一件を知っているのなら大蓮寺家のことも当然知っているはずだ。

 同様に知らず知らずのうちに滅亡している血筋がないとも言い切れないと咲夜は言っている。

 妖怪にいいようにされている人たちが悪いと言えばそうだけども、退魔師を束ねる立場の人はそうとは言えない。言ってはいけない立場にある。


「確かに我々退魔師は後手の対応ばかり迫られてきました。際限なく湧き続ける妖怪と死ねば減るしかない人間、しかも相手は寿命がないときた。予言や占いでも人類の未来は暗く、破滅が目前にあったと言ってよいでしょう」


 岩蔵さんは僕たちが口を挟む前に「ですが」と力強く続ける。


「状況は大きく変わりました。大蓮寺清花様、貴方が現れてから」


 腕を広げて大きな手振りで心情を伝えようとしてくるものの、言われたことは文奈さんと大きく変わらない。

 そのまま伝えてある咲夜も同様だ。驚くでもなく言葉の続きを待っている。

 岩蔵さんは何の反応もないことにガッカリしたように手を降ろし、一息吐いてから続ける。

 

「清花様のことについて情報を得たのは我々と妖怪側のどちらもほぼ同時期だったと考えられています。その後に起きることまでも含めて」


「その後というのは初耳ですね。詳しく教えて貰っても?」


「戦いは清花様が現れたその瞬間から始まっているということです。今の日本全国を一つの盤面と見るならば、これまでとは激変した盤面のどこにどの駒を配置するかという読み合いの真っ最中なのですよ。最も、こちらもあちらも駒は思い通りに動いてくれないのですがね」


 これも大体は予想の範疇ではある。未来が分かるのならば相手に対して有利な人を配置したいのは当然の心理だからだ。

 しかし妖怪側も黙ってやられてくれるような優しい連中ではなく、こちらが配置した人員に対して有利な妖怪に再配置することになる。

 それを何度も何度も繰り返して繰り返す。 

 きっと限界ギリギリまでそれは続けられるはずだ。

 

「今まではお互いの駒をどうやって削りながら詰みまでもっていくかの戦いでした。あちらは人類側の戦力をじわじわ削り、我々は更に強い駒の育成に力を入れる。それを幾度ともなく行い、最終的に総力戦によって未来が決定する……という予定でした」


 戦争というものは終わりを見据えなければただの泥沼になるばかりだ。

 大人たちは戦いそのものだけではなくその先のことまで考えていたということなのだろう。


「そこへ来て、盤面をひっくり返し全ての行く末を左右する駒が現れた」


「それが僕ということですか」


 こちらの答えに満足といったように岩蔵さんは頷いた。


「ですので清花様には我々の本部のある京都に来て頂きたいのです。京都に来て頂く利点としてはこの日本の中心地であることから、国の最外端まで術を飛ばすことが容易になること、無人の土地を用意するので周辺住民などを考慮しなくとも良いことが挙げられます」


 なるほど確かにこちらの懸念点を的確に潰してきていた。

 悪い話ではないことは確かだ。特に周囲に一般市民がいないとなれば、いざという時に自分の守りに専念できる。

 いい話過ぎて裏があるのではと疑ってしまいそうになるくらいには都合がいい。

 

「お話は分かりました」


 しかし咲夜は拒絶するように冷たい声色で突き放した。

 見れば落胆したような、相手を見下げたような視線がそこにあった。

 何を言うつもりか分からないけれど、止める前に咲夜は口を開いていて。

 

「つまり退魔師として未熟な未成年に全面的に頼らないと負けてしまいそうなほど大人の退魔師たちが弱いと、つまりはそういう話ですね」


「咲夜。それは言い過ぎだよ」


「言い過ぎなはずがないでしょう。何が一級、何が特級よ。名ばかりで全然大したことないじゃない。でもその名ばかりの誇りに縋っているせいで素直に頭を下げられないのだから本当に情けないと言う他ないわ」


 擁護しようにも言葉が見つからなかった。

 確かに頼られることは嬉しい。力になれるのなら是非そうしたい。しかし活動し始めてから……いや、浄化の力を手に入れてからそう時間も経っていない僕に対しこの状況下で真っ先に当てにするのはどうなのか。

 岩蔵さんによいしょよいしょと持ち上げられて舞い上がっていたか、今は冷や水を浴びたように少し冷静になった気分だ。

 やはり変に口を挟むべきではない。これ以上は何も言うまいと口を強く結ぶ。


「いやはや、確かに現状を鑑みればそう言われても仕方ないですね。一体何をやっているんだと言われてしまえば返す言葉もありません」


 岩蔵さんは殊勝な態度で頭を下げてはいる。

 ……が、別にそこに謝意はない。


「ところでお二方は特級退魔師についてはどれくらいご存じですか?」


「どれくらい、というと?」


「性別、年齢、術の種類、霊力の多さ、戦績など、その多くは我々でも知らないことが多いのです。そんな秘匿主義の塊とも呼ばれる特級術師ですが、重要なことで一つだけ分かっていることがあります」


 こちらが考える間もなく続けられる。

 少し肩を落とした様子の岩蔵さんの視線は天井に向けられて。


「その数はたったの十二人しかいない、ということです」


 十二人。それが多いのか、少ないのか。いや、妖怪の多さを考えると少ないと見るべきなのだろう。

 もしも日本全国の各地に妖怪が配置されるとなると、果たして十二人で大妖怪たちを相手に出来るのかどうか。

 直近で討伐された大妖怪は一体のみ。他の大妖怪は大昔に討伐されていなければ今も残っている可能性が高い。

 現存する確認のとれた個体だけでも二桁はいくと記憶にはある。

 ……正直に言って全く数が足りていないと言えた。


「一級と特級の間には大きな隔たりがあり、その差は努力やありきたりな才能では決して埋まらない差があるとされているのは知っての通り。大妖怪とそれ以外もまた然りです。しかし本当に特級退魔師と大妖怪の実力は拮抗、または退魔師側が上回っているのかは定かではありません」


「近年では大鬼が討伐されましたが? それはこちらが上回っているという理由にはなりません?」


「アレは例外と考えるべきかと。彼の方は半分が人ではありませんからね」


「人として特級に分類されているのなら例外ではないでしょう。少なくとも強さの目安にはなります」


 二人の間で議論が続けられる。

 話の着地点がどこになるのかは分からないものの、岩蔵さんが退魔師事情を語ると咲夜が反論しつつそれを受け流すのが繰り返された。

 僕なりに岩蔵さんの言うことを整理すると特級退魔師といえど勝てるか分からない。だから僕の力が必要だということだ。

 だから力を貸してくれ、そう言われれば条件は付けられるだろうけど要求は通るはず。

 

 ここまでの流れはつまるところ、大人の意地とか誇りなどが問題の根幹なのかもしれない。

 たかが学生の、たかが未成年のひよっこ退魔師に頭を下げられるかという矜持が。

 岩蔵さんからすれば高圧的に接することは出来ないがこちらの要求は聞けと考えているのだと思われる。

 退魔師協会側からの依頼となれば当然報酬が発生するし、この非常時に当てにしているのに安い報酬ではどんな要求をされるか分からない。ゆえに僕たちの方から協力を申し出るように話を持っていこうとしている可能性を考えた。


 ……正直に言えば心底下らない。この非常時に一体何をしているのかと言ってやりたいくらいだ。

 とはいえ、ここで僕が下手に口を出して岩蔵さんの言う役割を安請負をすることは出来ない。

 思い出すのは鬼と戦った後に五体満足だからと武原家に援軍に駆り出されたこと。

 協会は大義という名目の強権を持っていると勘違いをしている人たちの集まりだ。以前にそう咲夜が語っていた。それが僕を退魔師協会に所属させたくない理由があるが為に口は挟まない。

 それでもここが限界だろう。咲夜に目配せをすると渋々ながら頷いていた。


「岩蔵さん。どうやら話は平行線のようですが、これ以上話すことがないなら今日のところはお帰り下さい。僕たちは今後の為に備えなければならないので」


「しかし、清花様」


「場所の問題ならこちらで何とかします。土御門家の力を借りれば相応の土地は用意して貰えるでしょう。それで貴方の言った力を振るう場所と一般市民の問題は解決します。僕たちは別に必ず退魔師協会に頼る必要はないのです。二度は言いません。これ以上何もないのならばお帰り下さい」


 対話を咲夜に任せきりに出来たお陰でこちらは話の内容を理解して対応を決めることが出来た。

 これ以上は待っても時間の無駄だ。こんなことに時間を割くならば霊具制作でもしていた方が有用だろう。


「そう仰って頂けて助かりました。これで話を次に進められます」


 怒るか帰るかをすると思っていた岩蔵さんはにこやかな笑顔を浮かべていた。

 

「いやぁ、我々としてもこのような話の進め方で協力して頂けるとは考えておりません。ですが上の方がこう、アレでして。私の身の上では先にあちらの意向を話をしなければならなかったのです。茶番に付き合わせてしまって誠に申し訳ない」


 つまり、まんまと手の平で踊らされたということか。


「えっと……咲夜は分かってた?」


 隣で何とも思っていないような態度をしていたから聞いてみると、少し呆れた目で岩蔵さんを見ていた。


「まぁ、薄々とね。断られる方向に話を持っていこうとしていたし。私としてはそれが本心でも別に構わなかったから乗っかっただけよ」


「おや、流石鋭いですね。ですが清花様がお断りして頂けたお陰で私達の案が通るようになりました」


「つまり私たちをタダで使いたい派閥ときちんと報酬を支払うつもりのある派閥があるという認識で宜しいですか?」


「概ねその通りです。全く持って無茶を申しつけられたものです。しかし今回の件でようやくその座から引き摺り下ろすことが出来ることでしょう。危うく交渉が失敗し、清花様の協力を取り付けられなくなる所でしたので。いやはや、我々が別案を持っていなければ日本国民の皆様を危険に晒すところでしたよ」


「私達の協力が欲しいのなら政争に巻き込まないで欲しいものですね。……ということらしいわ。まぁ、報酬が大したことがなかったら結果は同じだけどね」


 僕に話かけるようにして岩蔵さんに脅しを仕掛けていた。タダで使うのと安く使うのは同じではないが心の持ちようは同じだ。安く使おうとしているとこちらが判断すれば岩蔵さんが対立している派閥と何も変わらない扱いになるだけということ。

 下手に様子見の提案が出来なくなった岩蔵さんは手巾で額を拭っていた。


「いやはや本当に恐ろしいお嬢さん方だ。いいでしょう。それならば早速ですが本命からお話すると致しましょう」


 言いながら机の上に差し出されたのは何やら小難しいことが沢山書かれている紙が複数枚。

 一枚の紙に判子が複数押してあったりしているので重要そうな書類ではありそうだ。

 これが何なのか判断する前に話が続けられる。


「こちらは今回の作戦に参加して頂く上で非常に意義のあるものになっています。詳しい名前は書類に書いてありますが漢字が長ったらしいので要約して説明を致しますと、清花様には国の定めた要職である防人に就いて頂きたいのです」


「防人、ですか? それはそのままの意味で?」


「はい。読んで字の如く防ぐ人と書いて防人です。国を守護するお役目に就く人に対して用いられる呼び名であり役職名ですね」


「その防人というものになると具体的に何がどうなるんですか?」


「やって貰うことは至極簡単、お国を護って頂くことです。その役職に就いて頂く恩恵としては五家と同等の権力が与えられるということです。これは決して名ばかりのものではなく、国を護る為ならば超法規的措置すら可能な実質的な強制執行権を持つ存在になることになります」


 どうやら僕が簡単に理解出来る範疇の話ではないことは理解出来た。

 一見すると良さそうな話だけど、これには絶対に裏はある。陥れようとは考えていないものの、別の意図があるに違いない。

 こんなやり取りをする人を何度も見てきたからかぼんやりとだけど分かるようになってきた。

 この話は咲夜に投げた方が良さそうだ。と考えていると岩蔵さんは言葉を選びつつ指を立てる。


「例えば五家の方々に対してもこの地位というのは有効ですよ。何しろ、その五家より上の存在が認めたことなのですから」


「あら、それは大変魅力的ですね。これであの煩い実家からあれこれ言われなくて済むかしら」


「そうなるかと。では」

「でもお断りします」


 遮るように浴びせられた言葉に余裕を持っていた岩蔵さんの笑みに亀裂が走ったように見えた。


「あぁ、誤解なさらないで下さい。依頼に関してはお受けします。何しろ人命が掛かっているんですもの、そこに関して四の五の言いはしません。ですが報酬に関してまではあくまでそちら側の提案であり、受けるか否かはこちらが決めます。異論はありますか?」


「異論とまではいきませんが、こちらの提案はそちらにとっても有益であると思いますよ? 即断してしまうのは勿体なくありませんか。少なくとも一考の余地はあるかと」


「では一考はしましょう。報酬に関しては後日こちらから要求致します。それ以外に関して話を進めても?」


「……分かりました。良識の範囲であれば最大限叶えることを約束しましょう。今はもっと優先すべきことがありますから」


 僕には咲夜がどんな意図でもって提案を断ったのは分からない。しかし明確に考えがあってのものだとは感じているのでもう余計な口出しはしないことにする。岩蔵さんの方もその意図を感じ取ったからあまり食い下がろうとはしなかったのだろう。

 単純にその交渉の時間自体を無駄だとして切り捨てたのかも。


「ではこれからのことについてお話をするとしましょう」


 軽く茶を口に含んだ岩蔵さんは一息吐いてから続けるる


「ですが本題に移る前に、先程お話した特級退魔師について触れさせて貰います。その方が現状を正しく認識出来るかと思いますので」


 岩蔵さんはそう前置きをした上で一拍置いてから続ける。


「まず、現在我が国には特級退魔師は十二人います。誰もが素晴らしい才能を持ちながらも常に研鑽を続ける国の宝と言って差し支えないでしょう。ご存知の通り特級退魔師とは退魔師にとって最高の地位であり、また最強を名乗る程の力を持つ方々でもあります。その力は一級ですら比肩するに値しないほどの隔絶したものである」


 と世間では語られていると岩蔵さんは口にする。

 言葉の意味からして、それは実態ではないと言いたいのだろう。

 

「しかしながら現実では特級退魔師が大妖怪と戦った経験はあまりにも少ないのです。そもそも大妖怪がこちら側へ来ること自体が稀ですし、その場面に必ずしも特級退魔師が居合わせる訳でもありません。本当に特級退魔師が大妖怪に勝てるのか、少なくとも我々の見解では半数が良い勝負が出来れば上々と考えておりました」


「それを悲観的と言うべきか、楽観的と言うべきか。協会本部の人間としてはどうお考えです?」


「現実的と言い換えた方が良いかもしれませんね。実際のところ、特級退魔師の中でも実力に優劣はありますし、その力が戦闘能力向けではない場合もあります。彼らの中で大妖怪に勝てると信じるに足る力を持つのがその程度の人数ということになります」


「占いで予測されている侵攻規模と大妖怪の数はどうなんですか?」


「一級以下の軍勢が少なくとも前回の三倍以上。出現する大妖怪の数は十数体とされています」


 先程の話と合わせると、つまりは大妖怪の数に対して拮抗するだけの力を持つ退魔師が全く足りていないと。

 それを聞いた咲夜はわざとらしくというのが明確に伝わるほどわざとらしい溜め息を吐いた。


「貴方たち、清花がいてくれて良かったわね。危うく詰んでいたところじゃない」


「えぇ、それはもう。もっと先の未来で起こっていたであろう決戦での大妖怪の数が三十から四十と考えれば此度の戦いは楽勝とすら言えましょう。おっと、つい口を滑らせてしまいました。これについては内密でお願いしますよ。一応は機密扱いの情報なので」


 ……これまたわざとらしい。

 内容が内容なので茶目っ気を出して誤魔化しているようだけども、しかしこの話には全員が押し黙るしかなかった。

 もっと先というのがいつのことなのかは不明だけど、その時に日本側の戦力が整っていると考えるのは楽観的ですらない。

 今で良かったという岩蔵さんの言葉が本音だということに今更ながらに納得した。

 

「……その戦力差を覆す力が清花にあると?」


「あるいは子孫まで含まれているのかは私には分かりかねますが、少なくとも妖怪側はそう判断したようです。判断材料としてはそれで十分でしょう」


「そうですね。では目先のことに話を戻すとして。其方側が希望するのは一対一での勝利に疑問のある人に対しての支援といったところでしょうか?」


「最優先目標はその通りになります。一箇所でも敗北すればその戦力が他の大妖怪に加勢するか、清花様を直接襲いに来かねませんからね。逆に言えば勝てばその分だけ他が楽になります。特級退魔師たちの勝敗がそのまま戦いの趨勢を決めると思って貰って結構です。第二に余力が十分であれば劣勢地域への術を行使して頂ければと思います。こちらに関してはその都度に私共が詳細な位置をご報告する予定です」


「民間人の保護はしなくていいのかしら?」


「他退魔師による救援が間に合わないと判断した場合にはお願いすると思いますが、基本的にはないものと考え下さい。本来彼らが戦うべき相手を清花様がするのですから文句は言わせません。それと作戦開始までには一般市民の避難は完了しているはずなのでそこまで心配なさることはないかと」

 

 なるほど、準備は既に始めているということか。

 もしかしたら白面の襲撃より前から進めていたのかも。……いや、これは聞かなくもいい。文奈さんたち占い師が関与している以上は聞いても意味のないことだから。

 

「もう一度聞くわ。清花は民間人を助けなくてもいいのかしら? 被害が出た時に清花に矛先が向くと困るのだけれど?」


「我々も最大限の努力でもって民間人を救護は致す所存ではありますが、善良な市民に関しては全く問題ないとだけ申し上げておきます」


「そうですか。分かりました」


 言葉の裏には善良ではない市民は責任を持てないと言っていた。それは妖怪の出現する現場に殺到する一般人達のことだろう。

 退魔師が戦っていると現場を一目見ようと近寄ってくる人というのは一定数いるものだ。過去にはそれが原因で死傷者が出ていて、政府が無謀なことは止めるようにと警告をしてもそれはあまり効果はなかった。馬鹿なことだと分かっていても、あるいは本当に分からないで突撃してくる人は後を経たない。

 咲夜のこの質問は恐らく岩蔵さん問い詰めるためのものではない。きっと僕に言い聞かせる為のものだろう。

 もし咲夜の目を通して見えた景色の中に"そういう場面"が見えた時にどうするべきかを覚悟しておく為に。

 だから無慈悲に切り捨てろと言う為に言っている訳ではないことくらいはこの付き合いの中で知っているつもりだ。

 そしてもしやるなら支障のない範囲で効率よくやれと言ってくれているのだと思う。

 

「先ほども申した通り、この危機的状況に際して私たちも協力は惜しまないことは約束します。その上で今回の依頼に受ける者として幾つか要求をさせて貰ってもよろしいかしら?」


「実現可能な範囲でしたら何なりと。最優先でご用意致しましょう」


「まずはこの子が以前作った霊具を知っていますでしょう? その器となる物を可能な限り用意して下さい」


「既に認知している全てを接収させました。今は一級退魔師複数人に見張りをさせておりますのでご安心を」


「次に浄化の力と親和性の高い実践向けの武具を用意して下さらない? これについては土御門景文に聞けば分かると思うけれど……そちらはまだのご様子ね」


「ははは。あのお方はどうやら隠し事が得意なようでして。いやはや、ですが才ある若者がいることは嬉しい限りですとも。すぐに取り掛らせます。そうお時間は掛からないかと」


「ありがとうございます。そちらからも何かしらあれば一応お聞きしますけれど如何ですか?」


「こちらとしては結界の霊具を量産して頂けるだけで大助かりなのでそれ以上を求めるつもりはありません。要らぬ仕事のせいで当日に不調をきたしてしまっては元も子もないですからね。他にご入用のある際はこちらまで」


 言いながら岩蔵さんは一枚の紙を取り出して咲夜の方に差し出す。


「清花様、並びに咲夜様と相談や交渉をするのは私のみに限られておりますので別の者がもしも私の代理を主張したとしてもその瞬間に通話を打ち切って下さって結構です。……あぁ、私より上の役職を名乗っていた場合は職権濫用で警察の方に引き渡すのでコソっと教えて下さいね」


「あら、怖いわ。そんなことをしたら私達がお偉い様方に睨まれてしまうそう」


「いえいえ、この非常事態にそんなことをする輩はきっと妖怪に与する日本国民にとっての敵でしょうからね。実を言うとそういった輩を捕まえるのも私共の仕事なのですよ」


「そうなのですね。本当に頼もしい限りだわ。それなら安心してご報告するので後のことはお任せ致しますね」


「必ずや貴方様方に害が及ばないよう尽力することをお約束します。その時は吉報を期待して下さい」

 

 わざわざこんなことを口にする必要があるのかと観察していたけれど、岩蔵さんの意識が断続的にこの部屋の外部、もっと言えば建物を幾つも挟んだような遠い場所へ向けられていること気づいた。

 術式の行使は感じられないので機械類による遠隔通話だろう。

 この会話をあえて聞かせているのは相手が内容の対象だからか、それとも間接的に伝わることを計算してのものか。

 咲夜が機器類のことを知ってるかは分からないけれど、あの息の合いようは察しているくらいのことはしているのかも。

 つくづく思うのはやはり咲夜がいてくれて良かった。岩蔵さんのように言葉自体に嘘がないと安心して相手の言う事を鵜呑みにしてしまいそうだ。

 岩蔵さんの下に、少しずつ黒い靄みたいなものが集まり出しているのを見ながら二人の会話を続けて聞いた。

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― 新着の感想 ―
2話前で「白面が本部を襲撃した」と景文が言っていたはずだけど今話で咲夜が「本部を襲撃したのは白面だった」と言ったことについて清花が「それは僕たちも聞いていない情報だった」と思っている事に違和感が…
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