間話 ある日の学校生活
「清花さん! さ、ささサイン下さい!」
「えっ? サイン? それって有名人が色紙に名前を書くみたいなやつ?」
「はい! ここにお願いします!」
早朝に学校に登校した僕を出迎えたのはとある冊子を持った生徒だった。
その表紙は見覚えがあり、先日発売されたばかりのファッション雑誌に違いなかった。
学業には本来必要ないものだから先生にバレたら没収されるだろうけど、そこは分かっていて持って来ているのだろう。
「あぁ、買ってくれたんだ。何だか恥ずかしいけど、ありがとうでいいのかな?」
「い、いえ! す、凄かったです!」
「凄い……? よく分からないけど、僕なんか初心者過ぎてやっぱり浮いてるしサインなんて書く程じゃないよ。それになんて書けばいいのか分からないし」
僕を撮影してくれた雑誌の会社はとても仕事が早かった。
本当に仕事を受けるか分からないというのに僕の為にギリギリまで枠を開けていて、僕の撮影が終わったと同時に突貫工事で編集作業を終えて印刷から発売まで行ったらしい。
更には雑誌の予約数が発売予定数を大幅に超えてしまったということで、急遽として増産体制を作って事前に再販を約束した上での発売となったらしい。そのことを謝られたけれど、僕としてはかえって忙しくさせてしまったみたいで申し訳ない気持ちだった。
出版社としては嬉しい悲鳴みたいで、電話口で次回もと熱望されてしまったくらいだけどそこについては咲夜と相談をした上でと返答させて貰った。ただあの分ではまたお願いをしに来ることだろう。
丁度目の前にいる人たちのように。
「そんなことはありません! もし浮いてるとしてもそれくらい清花さんが際立っているからです! ですのでモデルとして今後活躍していく清花さんの初期サインを貰いたくて!」
「モデルについては暇さえあればやることもあるかもしれないけど、継続してやっていく訳ではないよ」
「えぇーっ⁉︎ そんな勿体無い! これだけ凄く綺麗に撮れてるのに!」
そもそもそんな時間がないのだから、と答えようとしたところで周りで話を聞いていたらしい生徒が驚きの声をあげながらこちらに詰め寄って来る。
どうやら数もそれなりだったみたいで、あっという間に周りに人垣が出来てしまった。
「写真写りに関してはカメラマンさんと編集してくれている人のお陰だよ。実物よりも綺麗に撮れてるでしょ?」
「「いや、それはない」」
何だかそういうことらしい。自分では分からないことというものは往々にしてあるものだと書物で見たことがある。これが正にそれに当たるということか。
そんな僕の前に雑誌のとある箇所を突きつけられる。
そこは夏服でも比較的夏の終わりを想像して着た衣服で、秋目前を感じさせる装いだ。
今の季節には丁度良かったし布面積も多めだったから比較的着やすかったのを覚えている。
「私、清花さんの秋服見てみたい! そんでもって真似したい! 本当にモデルやらないの⁉︎」
「そうそう! 今回のこれとか、もうすっごい人気なんだよ⁉︎」
言いながら幾つもの僕が被写体を務めているところを指さされては口々に褒められる。
そのことに嬉しいとか有難いという気持ちがないと言えば嘘になる。出来ればその願いを叶えたいという思いも確かにある。
だけど、だからこそしっかりと言っておかなければならない。
「今回に関しては偶々僕に時間があって、向こうも納期のギリギリまで僕のことを待ってくれていたから出来たことなんだ。普通はそんなに待てはしないし、待っていたって僕の予定が空くとも限らない。金銭の関わることだし安易に出来るとは約束出来ないよ。だから次回については未定だと言うしかないかな」
「そっかー。清花ちゃんは退魔師のお仕事もやってるんだもんね」
中には退魔師業よりも広報だったりアイドルに寄った活動をしている退魔師もいるにはいるらしいけど、僕は修行や妖怪退治の時間を削ってまでアイドルの為に時間を割く気はない。
アイドル業そのものが修行になるということには目を瞑ることとして。
「清花ちゃんはこの前の大規模侵攻?の時なんか、他所のとこに名指しで呼ばれてたりもしたしね。修行に妖怪退治に学業に、なんてやってたら時間がなくて当たり前かー」
「てか、どんだけ清花さんに負担させる気だよ。学生の本文は学業なんだから大人がもっとしっかりしてくれないとだよな」
「それ言ったらモデルの仕事も出来なくなるんですけど?」
「そうだった。学生の本文は学業とモデルだよな。悪い悪い」
そんな話の流れになったところで複数の目がこちらを向く。
「普通の学生だったら出来るかもしれないけど、再三言うけど僕は退魔師だよ。今回のことは気まぐれ程度に思ってね」
「そんなぁ……」
そこかしこから溜め息が聞こえるけれど、そこまでガッカリする程のことなのだろうか。
差し出された雑誌の中身を改めて見てもやはり他のモデルよりも表現力に欠けているように思える。
他の人たちが動きや表情をよく見せているのに対して僕はどの写真にもあまり大きな変化がない。
魅力という点では他の女性たちの方がやはりあると感じられる。
なのでここまで騒がれているのはやはり身近にいる同級生がこういった雑誌に載ったという出来事そのものが大きいのだろうと結論付けることにした。つまりただの一過性の熱に過ぎないということだ。
「だからサインとかはするつもりはないかな。ないとは思うけど、もしもモデルのお仕事をもっとするようになったら改めて聞いてみて貰ってもいい?」
「うぅ、残念だけど仕方ないか。無理強いすると袋叩きに遭うし」
「お詫びと言ってはアレだけど、雑誌には載せなかった写真の一部とかを貰ってるからそれを見せるくらいならいいよ」
「えっ! それっていいのぉ⁉︎」
「勿論だけどネットに拡散されたりすると困るから僕の端末から見せるに留まるし、他の人が不満に思ったりしたら出版社に迷惑が掛かるかもしれないから、誰にも言わないって約束出来るならになるけど。これは連帯責任になるから、破られた場合は同じことは出来なくなるし、今後はサインも出来なくなると思う。それでもいいなら見せていいって許可は降りてるよ」
「やりぃ! 絶対に誰にも言わないって約束する! 破った人がいたら村八分にして磔にしながら市中引殺しの刑に処するから安心して!」
「怖いよ⁉︎ 誰もそこまでしてなんて言ってないから⁉︎」
遥か昔に行われていたという拷問をすると口にされるとは思わなかった。
相手は僕なんかよりもよっぽど関わりが深い顔馴染みのはずなのに。
怖いところはこの発言に一部しか何とも思っていないところか。何なら頷いて同意している人すらいるほどだ。
「別に写真が数枚あるだけだし、そんな大それた罰がある訳でもないよ。そんなことをされると困るから、逆に見せられないよ?」
「ごめんなさいごめんなさい! 後生なのでどうかそれだけは!」
「それでどんな写真があるの? 雑誌に載ってる姿の別の角度とか?」
「それもあるし、カメラマンの完全な趣味で着せさられたのとかだね。そんなに多くはないからこの休み時間中に一緒に見ていこうか」
始めてもいいかなと周りを見てみると、いつの間にか周囲は女の子ばかりで埋め尽くされていた。
少しはいたはずの男子は押し出されて人垣の一番遠めのところへ追いやられているのが見える。
そう何度も見せる時間はないのでこれっきりになるとは思うけど、そこは女子たちの結束力の勝利としておくことにしよう。
どうやら待ちきれないようなので時間も勿体ないことだし早速端末を操作して送られてきた写真を表示する。途端に耳に高音が響いてくるけれど、なんと言うか……慣れた。以前は頭に響く感じがしたけど、今はどうとも感じない。
「これは雑誌にないやつだよね? どうして載らなかったの?」
「カメラマンさんが影の入り具合で気に入らなかったんだって言ってたよ」
「うわぁ……凄いプロ根性。素人目じゃ何が駄目なのか全然分からないよ」
「清花さんはこの服は着てみてどうだった?」
「素材は良いし程良い解放感と動き易さだったけど、結構体の線が出るからそこは個人によるって思うかな」
「ナルホド。……似合うのが清花さん限定って訳だ」
「別に限定なんかじゃないよ。軽く着崩したりしたらそういうのは気にならなくなるってらしいし。ほら、次の一枚でそれもやってるよ」
「本当だ。これなら私でも似合いそう!」
「色合いも少し変えてみれば更に似合うんじゃないかな。……そうだな、少し青色を加えてみるとか?」
「確かに良いかも! えぇっ、清花さんってそういうのも出来る人なの⁉︎」
「事前に色々と着る服については聞いてるからね。だから他の服に関しては質問されても答えられないよ。分からなかったら何でも聞いてくれって衣装担当の人に連絡先も聞いてて、結構お世話になってるんだ」
「勉強熱心だぁ……。ねねっ、それじゃあ雑誌に載ってるやつでもそういうの出来る感じ?」
「それなら私も聞いてみたい! ちょっと着てみたいのがあったりしてね!」
「僕の素人判断よりお店の人に聞いた方が確実だよ?」
「いいのいいの! 清花ちゃんに聞くことに意味があるんだから!」
本気で受け止めないで世間話程度で聞くというのなら別に構わないだろう。本人たちも話題の一つとして口にしたに違いないから。
そんな感じで雑談をしているとすぐに休み時間も明けてしまい、次の授業の予鈴が鳴る。
今日の休み時間は全てがそんな感じで進んでいって、それは一日が終わるまで続いてしまった。
そのせいで趣味の読書を合間に入れることが出来なかったけど今日くらいは仕方ないだろう。
全ての授業が終わり、帰宅の時間になった時に学級委員長の子が「あぁーっ!」と大声を出し始めた。
「——文化祭?」
話を聞くに、どうやら毎年の学校の行事としてそのような催しが行われるらしい。
運動会、文化祭、修学旅行は学生にとって大事な出来事の一つだという。その内の一つということだ。
それを告げてきた委員長は鼻息荒く捲し立てるように告げる。
「そうなの! ウチの学校のは九月の後半時期だから今は早いっちゃ早いんだけど、夏休み前に準備を進めたいクラスとかもあるから先にやる出し物だけ決めることになってるんだ!」
「そうなんだ。そういうのは参加したことないからやってみたい気持ちはあるけど」
妖怪は生憎と夏休みなんて考慮はしてくれない。
学校が休みになる分だけ暇が多くなりその文化祭の準備に力を入れられると思われているかもしれないけれど、夏休みというのは学生たちが街中に溢れかえるせいで妖怪との遭遇事故も少なくはない。
おそらくはそのせいで出動回数が増えるだろうから、僕が準備期間で力になれることは少ないと思われる。
その辺りの事情を説明すると、話を持ってきた女子生徒は残念がりながらも納得はしてくれた。
「まぁ、清花ちゃんの場合は仕方ないよね。他にも似たような感じで準備の手伝いは無理って人が一定数いるから、お手伝いをしないのが清花ちゃんだけってことはないからそこは安心して大丈夫。ただ……」
「そうだね、その分だけ他のことで補えればいいかなとは思うけど」
「清花ちゃんならそう言ってくれると思ってましたとも!」
正に理想通りの答えと言わんばかりに懐から取り出したのは一枚の紙。
そこには「メイド喫茶」なる文字が堂々と書かれていた。
「メイドって、執事とか女中さんがするようなことをする人たちのことだったよね」
「お、おぉ。もしかして清花ちゃんの家にいる感じ?」
「僕のというよりは咲夜のだけどね。それに、どっちかと言えば僕もその部類に入るのかも?」
実態はともかく、形態としては雇用という形だから立場としては僕と倉橋さんたちは同じだ。だから大門先輩のことは先輩と呼んでいるのだし。
すると何故か沸き立つ同級生。
この教室で学び始めてから一度もこの人たちを理解し得たという瞬間がないのはある意味で凄いことだと思う。
「ってことは! 清花ちゃんが咲夜さんのことを『お帰りなさいませ、お嬢様』とか言ったりするのぉ⁉︎」
「一緒に帰ってるのにお帰りなさいはしないでしょ」
「あっ、そっか。じゃあじゃあっ、給仕とか洗濯とか! 朝を起こす係とか!」
「朝は勝手に起きてるからやらないけど、食事とか洗濯は出来るだけ手伝うようにはしてるよ。みんなの分となると中々大変だからね」
僕自体が忙しいのもあるし、倉橋さんにやんわりと断られることもあるからそうあることではないけども。
詳しい事情までは言わないつもりでいたものの、僕の言葉に何故か胸を押さえて苦しそうに目を逸らす同級生たち。
……多分だけど、家事を手伝わないことに罪悪感を感じているのかもしれない。
「みんなもご家族が大変そうにしていたら手伝ってあげた方がいいよ。このご時世だから、出来るだけ悔いのないようにね」
出来ることなら僕だって妖怪のいない時代に生まれたかったものだけど、現実はそうはいかない。
霊力を持たない一般人は不意に現れた低級の妖怪にだって殺されてしまうこともある。
そういった悲劇は今の時代では数えきれないほどに聞いた事例で、だからこそ今を精一杯生きた方がいい。
と、皆まで言わなくても理解してくれたようだけど。
「そうだよね。でもだからこそ、私たちも清花ちゃんに少しでも思い出を作って欲しくて……っ!」
学級委員長の子は涙ながらに震える手で紙を取り出した。
「清花さんにはこれを着て文化祭で給仕係をして欲しいのです!」
「うん。いいよ」
「え゛っ」
見せられた紙には洋風の給仕服の写真があった。
ちっと胸元が開過ぎなのと少し丈が短いようだけど、そこは少し相談させてもらうとしても文化祭で給仕係をするのは問題はない。
「準備が手伝えないからね。それくらいはするつもりだよ? ……何かおかしかった?」
「えっ、あっ、いや……して貰えると思ってなかった、といいますか」
「妖怪のことを言ってるなら、突然現れるとか予期せぬ事態が起こったらそっちを優先するけどそれは構わないかな?」
「それは、はい。大丈夫ですけど」
会話をしてもどうも噛み合っていないみたいだけど、何の事は分からないので言っておかなければいけないことは言っておこう。
「勿論、この過激な服については物申すからそこはちゃんと言うことを聞いてね? 当日になって変更しましたは聞かないからそのつもりでいてくれると嬉しいかな」
「アッハイ、モチロンであります!」
以前に似たようなをやろうとしていた二人がいたので事前に忠告もしておく。これも学びだろう。
あとは当日までに手伝える時は手伝って、給仕と言うからには当日には料理などをお客さんに提供することになるはずだ。
料理は倉橋さんが一手に担っているので手伝えないかもしれないけど、運ぶ程度なら難しくもないので問題はない。
ただ同級生たちの反応が少し奇妙ではあるので、その辺りについて独自に調べてみるのはアリかもしれない。
「ちなみに試着用の物がここに……っ」
「それは写真の通りのやつなら着ないよ。流石にそれは破廉恥過ぎるからね」
「は、破廉恥……っ⁉︎ ぶふぉあっ!」
何に衝撃を受けたのか知らないけど、学級委員長は鼻血を垂らして後ろに倒れ込んだ。
頭を打たないように支えるも、気を失っているのに親指を立てつつその顔はいっそ清々しい程の笑顔だった。




