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四話-5 大胆不敵に宣戦布告




 プールから帰ってきてからの僕たちは慌ただしく動いていた。

 景文さんが持っていた緊急連絡用の霊具に来た内容はそれだけの緊急性があったからだ。


『ついさっき、白面が退魔師協会の本部を襲撃したらしい』


 それだけなら良かった。本部ならば有力退魔師がすぐに駆け付けるだろうし、退治ないし撃退はすぐのことだろうと。

 だから問題はその後のことで。


『どうやらそこで大々的に宣戦布告をしたみたいだ。中継が集まる中で全妖怪と日本全土での全面戦争だ、と』


 彼も立場のある人なので家からの招集があったのだろう。名雪さんたち三人と共に退魔師たちが集まっている対策会議の場へと赴くらしい。僕たちはそこに立ち入る立場ではないので一緒には行けないとのことだ。

 千郷は僕たちと暮らしているから一緒に帰るものの、残る冬香に関してだけど道中で何が起こるか分からないので一旦僕たちの方で預かる形とすることにした。

 宣戦布告と言いながら即日奇襲される可能性も考慮し念の為に帰宅してから即刻結界を張って万全の体制で会議をする。

 ただ会議とは言っても僕たちの手持ちの情報はほぼ皆無と言って差し支えなく、ただの弱小勢力の僕たちに最新の情報が最速で入ってくるということはない。そこに関しては咲夜の情報網に頼る他なく、千郷も実家に問い合わせてはいるけども立場的に手に入れられる情報は咲夜とそう変わらないだろうとのことだ。

 ある程度時間が出来たら景文さんが話してくれるかもしれないとは思っているけれど、そればかりには頼ってはいられない。少なくとも今自分たちに出来ることはするべきだ。


「……何で今、なんですかね?」


 咲夜が端末を叩く音が響く中、全員が集まる居間で冬香がぽつりと零すように言い、咲夜がそれに顔も見ずに返す。


「確定とはいかないけれど、十中八九アレでしょうね」


「咲夜さん、そのアレって何ですか?」


「貴方が前に言っていた、清花が日本中に雨を降らせばいいって話よ。日本中とはいかないけれど、私の目を使って見た遠い場所に的確に清花が雨を降らす。そういう霊具を先日作ったのよ。それ以外考えられないわ」


「じゃあそれがなかったら宣戦布告はされなかったってことですか?」


「なかったら、ね……」


 冬香の質問に悪気はない。それが僕たちのせいかという意味ではなく、単純に妖怪の動機に対しての質問だろう。

 なおも咲夜が端末の画面に目を通したままで答える。


「それに対する答えはいいえよ。清花の霊力量ならいずれ似たようなことを霊具抜きで出来るようになっていたかもしれないし、もし結界の霊具だけだったとしても人間側としてはそれだけでも戦いが楽でしょう。つまり清花という存在がいる時点でいずれは全面戦争が起きるのは確実だったのよ。今回のこれはただその時期が早まったというだけの話ね」


「お、おぉー! 流石は清花さんですね。すっごい妖怪から意識されてるじゃないですか!」


「この場合、誉め言葉なのか分からないけどね。僕としてはそんなに意識しないで欲しかったんだけど」


 あの霊具はまだ近場でしか実験はしていないから性能について確実なことは言えない。しかし成功するのならば人類側にとってはとんでもない武器になると咲夜は以前に予想を口にしていた。

 もしも特級対大妖怪の戦いが発生した場合に有効な横槍を入れられる状況というのは非常に人類側にとって有利になるからだ。妖怪側からすれば戦いながら常に僕の介入を警戒しなくてはいけなくなる。その状況を作り出せるだけでもまず有利を得られたと言っていいだろうから。

 

「妖怪側が想定する中で最悪なのは十分な数の結界の霊具が各地に配備された状態で、清花が護衛に守られながら遠くから雨を降らしてくること。最善なのはどちらもまだ不可能な状態で清花を殺すことだったはず。けれど、後者の方をしなかったということはしたくても出来なかったということじゃないかしら。これは推論だけど、今回の件は妖怪側としても不本意な宣戦布告だったはず。雨を降らす霊具は出来てしまったから、次の結界の霊具を大量生産する段階に入る前に阻止しようって魂胆ね」


 これが全てではなく必ずしも推測が合っているとは限らなくとも咲夜の見立てには一定の説得力があったと思う。ここにいる面々がなるほどと納得するだけの説得力が彼女にはあった。

 話を聞いていて疑問が浮かんだらしい千郷が問いかける。


「じゃあ何でわざわざ宣戦布告なんかしたっての? 清花を殺したいだけならここに大妖怪とやらを大量に寄越せばいいだけじゃないの」


「人間側がそれをさせないからよ。弓削家が相当力を入れて清花に関わってきた以上は何もせず見捨てるという選択肢はなかったはず。もしもここに大妖怪が攻め込んで来ても、その前に清花を逃がすか清花を生かしたまま撃退出来るだけの戦力を集めるだけでしょう。それでは意味がないわ」


「だから苦し紛れに宣戦布告ってこと? ふーん……。大妖怪って言ってもあんまり大したことないんだ」


「おバカ。こっちとしては宣戦布告された方が嫌に決まっているでしょう」


 白けた様子で言ったつもりの言葉が強い否定の言葉で返ってきた為に千郷は目を丸くして驚いていた。


「えっ? 何で? こっちは妖怪が来る日が分かってるんだから迎撃しやすくて楽じゃん」


「あれだけ衆目を集めての宣戦布告ということは、もうこの情報は日本全土に広まっていると言っても過言じゃないの。わざわざ布告をされた上で、そこに来ると分かっている場所で人的被害を発生させられると思う?」


「そ、それは……出来ないけど」


「そう、退魔師としてはそれは出来ないの。つまり妖怪側がより広範囲に出現すればするほど、それだけ多くの退魔師が分散して配置"させられる"のよ。多分出現する場所は日本中の端から端までになるでしょう。……清花の守りを薄くする為だけにね」


 咲夜の言葉に一斉に僕の方へ視線が集まる。

 確かにこの大胆に宣戦布告をされた状況下で他の地域の守りを削って僕の護衛を増やすことは難しい。それをした結果、どこか別の場所で人的被害が出てしまったら退魔師側としては信用を失墜するどころではなくなるから。

 それで勝ったとしても今までと一転して人々に石を投げられる存在になるかもしれない。そうなったら妖怪の思う壺だ。

 

「広範囲に人員を配置した上で人々を守り切れないと判断したなら護衛は少なくなるでしょうし、十分に守り切れると判断したなら多く寄越すでしょう。ただしそれは妖怪側も十分に調整した上の宣戦布告だから、必然的に清花の護衛はほぼ最低限以下のものになると考えるべきでしょうね」


 最悪の光景を想像してか、冬香がポツリと溢す。


「そんな……。でも清花さんがいないと妖怪側が困るほどの術が無くなっちゃうんですよね? だったら護衛は沢山いて当然じゃ……」


「将来的に本当に活躍するかも分からない清花の為に犠牲になってくれとは誰も言えはしないのよ。もしもそのせいで被害が拡大したとして、悪意のある人間か妖怪の息が掛かった人間がそれを大っぴらに喧伝でもしたら退魔師の権力は大幅に削られることになる。それを良しとしない人が一定数いる以上は極力被害を減らしたと言い訳が出来るくらいは最大限の努力を見せないといけないの。それが妖怪たちの狙いだと私は考えているわ」

 

「ははぁん。つまるところ、こっちは人間様最大最強の戦法である数で囲んで叩く作戦が出来ないってワケ」


「そういうこと。向こうが投入する戦力と数にもよるけど、おそらく特級退魔師はそれぞれ大妖怪と一対一で戦う羽目になるんじゃないかしら。勝ちの目が低いところには複数投入もあり得るけれど、こっちにまで特級退魔師を回すかどうかを見通すのは今のところ困難ね」


 特級退魔師は存在は確認されているし、たまに公の場に顔を出すこともある。しかし一級退魔師と比べるとその登場回数は非常に少なく、果たして何人いるのかさえあまり分かってはいない。

 そこは昔ながらの伝統というべきか、秘密主義の退魔師らしい一面とも言える。

 だからもしかすると特級退魔師の数は思ったより少ないのかもしれないし、逆に多いのかもしれない。

 最悪を想定するならば僕たちのところに増援が来る可能性は低く見積もるべきだろう。

 

「大妖怪が来るであろうその内の一つがここ、っていうか清花のいる場所だってことでいいの?」

 

「まず間違いなく、ね。清花が特級退魔師を拝命していない以上、来ると分かっている場所であるここには最低でも特級退魔師の一人は派遣されることはまず間違いない……はず。まぁ、わざわざ予想しないでも誰が来るんだか分かってるようなものだけど」


 僕の中でもその特級退魔師については頭に浮かんだ。これまでの退魔師側の行動からして、まず間違いないと言っていいはずだ。

 まだ特級の名を冠してはいないけど、実績から言っても直近では複数の一級退魔師を相手にして勝っているし、頭の中では十中八九景文さんが来てくれるのだろうと勝手に考えていた。……考えてしまっていたというべきかもしれない。

 もしも彼の手にしか負えない場所があるのなら、僕に構わずそちらに行くべきだと考えを直して。


「妖怪の思惑については分かった。人間がそれに対応しないといけないことも。それを踏まえて僕たちが出来ることは何かある?」


「常に今の状況を最悪と想定し、最善手を選び続ける必要があるわ。さっきはああ言ったけれど、ここに特級退魔師が来ない可能性も考慮する必要があるわね。私たちが襲われても援軍はないと仮定し、それでも私たちが生き残る為の方法を模索すべきよ。ちなみに最悪中の最悪は援軍がない状態で大妖怪を複数体相手にしないといけない状況と考えて頂戴」


 確かに考えうる限りで最も最悪の状況ではある。もしもそうなったらこちらから打って出ることは出来ず、ただただ結界に籠って耐えるしかなくなってしまう。

 そうなったら最後、妖怪は僕たちを無視して無辜の人々を虐殺するだろう。それだけは本当に最悪だ。


「来る場所が分かってるなら出現位置に結界を敷いておくのは? それで閉じ込めちゃえばいいんじゃない?」


 千郷の質問に可能かどうかを検討するまでもなく、僕の中では結論は出ていた。


「……いや、多分無理だと思う。大妖怪が相手だとただの結界だと強度が足りないと思う。特別な方の結界なら大丈夫だと思うけど、それを使うとなると他のことが出来なくなるから実質的に不可能かな」


「霊具はともかく貴方の結界が保たないのには何か理由はあるの?」


「あるよ。咲夜、大蓮寺家のお墓での事は覚えてる?」


 聞くとあの時のことを思い出した彼女は軽く溜め息を吐いた。


「……えぇ。墓と言うと大蓮寺家の先祖の遺骨がなかった件よね」


 そう、あの時は咲夜の目で繋がりを追えなくなってしまったことにばかり考えを巡らせていたけれど、あの後も僕はなぜ白面が遺骨を持っていったのかを考えていた。

 

「予想だけど、白面はその遺骨を何かに利用してるんだと思う。考えられるとしたら浄化の力に対して抵抗力を増すとか、まぁそんな感じの用途で使う気でいるんじゃないかな。というかそれ以外に考えられない。白面は咲夜の目について知らなかったからそれを考慮して遺骨を持って行った訳じゃないだろうし、浄化使い対策のつもりで持っていってるはずだよ」


「抵抗力……大丈夫なの?」


「僕に使われるなら全く問題はないよ。攻撃に使うとしても防御に使うとしても障害にすらならないと思う」


 そう、こちらに対して使われるのならば何も問題はない。

 あの遺骨の人物が血縁関係にある先祖と言えど、その力は本人たちの素質からして浄化の力に干渉する力はそう強くはないはず。だからこそ今までずっと力のない赤子を狙っていたはずだ。血縁だから多少の干渉力があるだけで、僕との力の差で言えばそれこそ赤子のように取るに足らない存在だ。


「だから問題は僕がいなくなった後のことかな」


「それは貴方が私たちを置いてを離れるという意味のことでいいのよね?」


「うん。咲夜が言った最悪の状況があったとして、流石に街を襲われたら僕が止めに行かないといけない。そうなると咲夜たちを置いて戦いに行くことになると思う。そうなった時に遺骨が使われて結界が無力化されると中にいる咲夜が狙われる可能性が高いと思う」


「私? 私たちじゃなくて?」


「自分のことだから頭から抜けてるのかもだけど、あの霊具に必要なのは僕だけじゃなくて咲夜もだよ」


 本当に忘れているようで、咲夜は目をまん丸に見開いた後に視線を落とした。

 

「そう……だったわね」


 あの霊具によって天王寺の力は必要なくなったとはいえ、咲夜の力は依然として必要なまま。日本中を探せば咲夜の力に似た術や力を持った人がいる、などと考えている人がいないことを願いたいばかりだ。

 

「だから、千郷───」


「その時は私が守ればいいんでしょ?」


 言わなくても分かってると、言外にそう言ってくれていた。

 この時の為に彼女を呼んだ訳ではないけど、今回ばかりは運命の巡り合わせに感謝する。


「これからの時間で何とか結界の霊具をしつつ、出来る限り大門先輩の分も合わせて浄化の力を込めた武具を制作して見るから、それを使って咲夜たちを守ってあげて欲しい」


「いいよ。その時は任されてあげる。大船に乗ったつもりでいるといいわ」


「お願いするよ」


 大門先輩との訓練で千郷の動きは把握している。千郷は僕の知る頃よりも強くなった。安心して咲夜を任せられるくらいに。

 ここまでの話を聞いて冬香は自分の番だと今か今かと声が掛かるのを待っている。

 しかしながら、残酷なようだけど冬香に出来ることは殆どない。霊具を作ることも、事前に結界を張ることも今の彼女には難しい。それは今から地獄のような特訓した程度で何とかなるものではない。

 僕からお願いしたいことはある。けれど、それを口にしたら半ば強制しているようなものだ。冬香の自由意思によって選ばせつつこちらの考えを伝えるにはどうしたらよいものか。


「何を迷ってるか知らないけど、冬香はここに残って清花の手伝いをするんじゃないの?」


 千郷はそんな僕の様子を見て聞いてきた。


「そうだね。冬香にはさっき言った霊具制作の他に、僕がいない間の結界を維持して欲しいんだ。出来るかな?」


「結界……。さっき清花さんは自分の手を離れたら突破されるって言ってましたよね。私にその結界の維持を任せたら突破はされないと考えてるんですか?」


「それは分からない」


「えっ」


「浄化使いの敵が浄化使いの身内なんてこと、多分そうはないよ。どの時代の人でもそんなことを経験している人は稀だと思う。だから何にしても絶対に大丈夫とは言えない。だから……そう、これは大蓮寺家としての意地の問題だと思う」


「い、意地……ですか?」


「うん。誇りと言い換えてもいいかな。霊力自体は僕が霊具か何かに移して残すから術の維持は問題ないと思う。あるとすればそれは冬香が浄化の力をしっかりと扱えるか。その力が、その意思が先祖の念よりも強いかどうかだと思う」


「で、でも、私は全然力を使いこなせていないですよ?」


「無理そうなら止めても大丈夫だよ。その為に千郷と大門先輩に護衛をお願いしてるからね」


「……や」


 もしも咲夜の下に多数の妖怪が殺到した場合を考えると結界はあった方がいい。

 冬香がいれば結界の維持については問題がなくなるかもしれない。でも相手も冬香がいることを考慮して仕掛けてくるかもしれない。

 だから絶対とは言い切れないし、そんな無責任なことは言えない。


「止めて下さい!」


「冬香?」


「そうやって私に逃げ道を与えないで下さいよ! いつもみたいに、修行からは逃げられないってみたいに強制して下さいよ! 急にそんな優しくしないで下さいよ! 私は弱いからそっちにすぐに逃げちゃうんですから! それくらい清花さんならよく分かってるじゃないですか! 怖いなら止めてもいい!? そうやって私に選択の権利を与えたつもりで、実際はないじゃないですか!?」

 

「えっと……ご、ごめん?」


「友達を見捨てられない! 大蓮寺家の復興もしなきゃいけない! ここで逃げたら誰も私を認めてくれない! だから逃げられない! けど! けど……逃げたいっ、逃げられるものなら逃げたいんですよ……っ」


「そうだね。冬香の言うことも分かるよ」


 ここに来るのは僕を殺そうと、殺せると判断した相手が来る。

 もしも僕が死ねば次は自分の番だ。そう考えれば怖くなって当然で、逃げたくなって当然だ。

 まだまだ僕たちは子供で、退魔師として戦わなければいけない義務がある訳でもない。

 以前に分体とはいえ白面の脅威を肌で感じた冬香だからこそその危険性は身に染みて分かっている。

 根っからの退魔師でもなく、義務として戦う使命を持つ大人でもない彼女がここに立つのはあまりにも可哀そうだ。

 幼い頃から退魔師としての意識を植え付けられていた僕たちとは違って、冬香はつい最近までただの一般人のつもりで生きてきた。それはすぐに変えられるものではないと思う。


「……分かった。なら冬香、命令するよ。君はここには残さない。土御門家で匿ってもらうんだ」


「清花さん!?」


「自分で戦う意思を持てない人はいても邪魔なだけだよ。いざという時に役に立たないかもしれない人を残しておく訳にはいかない。……咲夜、土御門の人にそう連絡してもらっていいかな」


 咲夜はそれでいいのかと視線で問うてくる。僕はそれに頷いた。例え強制されることを本人が望んでいたとしても、僕からそれをすることは出来ない。それでは意味がない。

 浄化の力に必要なのは悪を許さない揺るぎない確固たる自分の意志だから。他人から強制されて嫌々戦ったところで先祖の呪いにむざむざ殺されるだけだ。それなら最初からいない方がいい。

 冬香は何か言いたそうにして、俯いたまま黙った。連絡してもらっている土御門家もまだ妖怪の声明に対しての対策会議をしているだろうし、冬香を引き取りに来るのにはもう少し時間が掛かるだろう。


「あれから何か情報は集まった?」


「有力な情報はまだね。ネットの方も見ているけれど、やっぱりというか宣戦布告のことが拡散されているわね」


「この家の周りが騒がしいのはそういう理由ってこと?」


 千郷の視線に僕たちも道路のある方へ視線を向ける。

 そちらからは普段の喧噪とは違う、困惑を孕んだ声が聞こえてくるようだ。

 実際にはここまで声が聞こえてくることはないものの、その異様な雰囲気は伝わって来ている。


「私たちに話を聞きたいのでしょう。安心出来る材料が欲しいのかもしれないけど、生憎と今行っても混乱が広がるだけね」


「そうだ。街ごと清花の結界で守るっていうのはダメなの?」


「街を囲うほどの広範囲の結界となると霊力消費が半端なくなるから、仮に出来たとして維持するのは無理じゃないかな。それに、もしそんな噂を聞きつけた人がいたらどんどん人が集まって来ちゃうかも」


「あー、うん。なんか簡単に想像できるわ。ごめん、忘れて」


「妖怪が優先して市民を狙った場合はその方法もアリだと思うよ。ただ耐え一辺倒だと難しそうだからやるとしたら緊急避難的な一時凌ぎになると思う」


 助けが期待出来るなら耐えられるけど、孤立無援の状態では難しいだろう。

 その時は非情な決断も視野に入れなければいけないかもしれない。


「……案を出してくれてありがとう。他に良さそうな案があったら勿体ぶらずにどんどんお願いね」


「って言っても、私は霊具は作れないし。出来ることってあんまりないのよね。実家に戻って情報収集した方がいい?」


「妖怪側が言った宣戦布告の日時が本当か分からないから下手に離れ離れにならない方がいいと僕は思う。向こうが今まで準備に時間を費やしていたとしても、たった数日程度なら誤差の範囲だろうから。……あっ、ごめん。ずっと千郷がいてくれる前提で話してた。まずは芹井家に連絡をしないとね」


 冬香と同じく千郷をこんな危険な事態に巻き込むのはどうなのか。

 頭の中で彼女の両親に話をした後、一度は実家に帰そう。そう考えていると、唐突に机を叩く音が響いた。


「馬鹿にしないでよ。私はこんな事態になって危険だと思ったら尻尾巻いて逃げ出すような女じゃない。もし私を帰そうだなんて思ってるのなら馬鹿にしないで。引け目とか関係なく、誰に何と言われようと私は自分の意思でここに残るから!」


「……分かった。けどご両親が心配するから連絡だけはしておいて。これは約束して欲しい」


「それは、分かった。ちゃんと連絡はしておく」


 娘が知らぬところで危険な目に遭っているなど親からすれば受け入れられるものではないはずだ。僕は千郷の両親とは一度か二度会った程度だけど、決して千郷の状況に関心を寄せない人たちではない。ここに滞在する許可を貰っているのだから、連絡くらいはしてさせておかないとあまりにも不義理というものだろう。

 千郷が少し嫌々ながらも受け入れたことでこの件は片付き、咲夜が言葉を発しようとしたところで建物の呼び鈴が鳴る。

 今の状況で僕たちの建物の敷地に入る人間は非常に限られている。

 各家の退魔師が今の状況を知らぬはずがないし、知っているならば今頃は作戦会議の真っ最中のはずだからだ。

 つまり、それらを承知の上で優先してこちらに来ているということ。

 ただの使い走りの可能性もあるけれど、その可能性はその人物から発せられる大きな霊力が否定している。

 咲夜の許可を得て大門先輩がその人を迎えに行き、僕たちはその人物を玄関で出迎えることにした。

 念の為に千郷を冬香の傍に置いて、僕が先だって対面をする。

 羽織の良く似合う初老ほどの男性は僕たちに所属を示す手帳のようなものを見せる。


「お初にお目にかかります。私、京都の退魔師協会本部で妖怪対策部第一課の室長をやっております。岩蔵定信と申す者です」


 生憎と僕はそういったものには詳しくはないので真偽の程は分からないものの、少なくとも嘘は吐いていないことだけは確かだった。語られた地位は詳しくはなくとも相当に偉い立場だというのは流石に理解は出来た。

 今の日本にとって経済の首都は東京のままだけど、退魔師としての首都は何処かと言われれば京都だからだ。

 つまりは退魔師の総本山とも呼べる場所での、そこ協会の本部の室長という立場は決して低く見ていい地位ではないはず。

 そしてその立場に見合うだけの貫禄と威圧感がこの人にはあった。

 岩蔵と名乗った男性はそんな立場であるにも関わらず恭しく礼をした。


「もしお間違いでなければ貴方様は大蓮寺清花様で相違ありませんでしょうか?」


 相当な場数を踏んだ、あの芝井老や前園老に似た鋭い眼光が僕を貫く。

 下手な返しは無礼であるし、何よりも無意味と考えていいだろう。

 

「はい。僕が大蓮寺清花です。まずは京都より遠路遥々お越し頂きありがとうございます。ですが本部の室長様ということは今の事態についてはこちらが何も言わずとも既にご存知のことと思いますが、一体の何用でこちらにいらしたのでしょうか?」


 この人にとっては僕以外は視界にすら入っていない。会話に混じれば視線は向けるだろうけど、それは真に視界に入っているとは言えない。常に意識しているのは僕の一挙手一投足で、他のことは微塵も気にはしていないのが分かる。

 答えに窮しない限りは咲夜を面前に出すのは控えた方が良さそうだ。

 そう身構えているのが伝わってしまったか、男性は目を細めてくつくつと笑う。


「そう警戒しないで頂きたい。何も御身をどうこうしようという意思は此方にはないのです。これに嘘偽りはないでしょう?」


 僕が嘘を見抜けると知っての発言という訳だ。


「そのようですね。しかし貴方様程の方がいらした理由が分からなければ身構えてしまうのも致し方なきこととご理解頂きたく。差し支えなければこの場で用件をお伺いしても宜しいでしょうか?」


「えぇ、構いませんとも。ではまず分かり易く単刀直入に申し上げましょう」


 岩蔵さんは僕の目を真っ直ぐに捉え、言葉を一言一言に力を込めて告げる。


「大蓮寺清花様、貴方様には京都に来て頂きたい。そしてそのお力を人民を救うべく振るって頂きたいのです」




これにて第三章は完結です。

閑話を一話入れたら続けて第四章を投稿するので引き続きよろしくお願い致します。

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