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四話-4 遊びの終わり




 あれから文奈さんたちが絡んでくるということはなく、僕たちはこの大型施設の一番の目玉と宣伝された大型の遊戯設備を堪能するべく列に並びに行った。

 他のお客さんもお腹をいっぱいにして午後からも遊び倒すぞという気概を持っているので午前とそう変わらない列の長さではあるけれど、それなりに回転数はいいのか少しずつ前に進んでいる実感はある。

 少しずつ近くに行くにつれて全貌が見えてきた。この大きいと形容するには巨大過ぎる遊具ではまずかなり長い階段を上り、飛び込み台の一番高いところよりも更に高い位置から筒状になった滑り台を降りるといった感じの遊具らしい。

 並んでいる列からも滑り台の終着点となる水場が見えており、そこでは長い長い道のりを潜り抜けてきた人が水面に衝突して凄まじい水飛沫をあげていた。単に人が水面に当たっただけでは発生しないようなそれは、お客さんが乗っていた小舟らしきものが勢いよく水を切ることによって起こっているのだろう。

 その光景を目撃する度に前後の人たちからも大きな歓声が聞こえてきていた。

 ここでは二人用の小舟に乗って滑り台を下っていく方式で運営をしているようで中々に刺激的な体験が出来るみたいだ。筒状の滑り台の内部からも楽しそうな悲鳴が時折聞こえてくる。


「さて、二人ずつとなるとどうしましょうかね」


 ここにいるのは五人。二人ずつだとすると一人は余る計算だ。一応一人でも乗れるようなので体験が出来ないという訳ではないようだけど、二人乗りと比べれば幾分か楽しさは減少するか。


「俺が一人で乗るよ。男女比率的にその方がいいと思うし」


「いえ、私が一人で乗るわ。一人で乗る方が気が楽だから」


 当然こうなる訳で。二人がこう言い出すのは何となく予感はしていた。

 咲夜は他人に弱みを見せるのを嫌がるからこういった絶叫系に近い乗り物は乗らないか一人で乗りたがるだろうなとは思っていたし、景文さんも遠慮するだろうなとも。


「面倒だから公平にじゃんけんで勝ち抜け順にすればよくない?」


「嫌よ。それだと動体視力で私と冬香が負けるじゃない。全然公平じゃないわ」


「じゃあどうすんのよ。今からくじでも作る気? そんな時間ないけど?」


「だから私が一人で乗って、清花と土御門、貴方と冬香で乗りなさいよ」


「だったら私が清花と乗る! じゃあ景文と冬香が一緒に乗れば解決ね!」


「空気を読みなさいよ。貴方が清花と乗って何になるっていうの」


「いいじゃん。せっかく出来た新しい友達なんだからこれを機に親交を深めようとしてもさ!」


 こう長いこと並ぶとなるともう一回乗ろうという話は中々難しい。これ一回限りだと考えるのが自然だろう。

 だからみんなもその前提で話をしているし、それならば自分の思う乗り方で乗りたいというのは何も悪いことではない。

 しかしこうも希望が混ざり合ってしまうと全ての要望を叶えることは出来なくなってしまうか。落としどころが難しくなってしてしまった。そこへ前から手が伸びてくる。


「でしたら私たちと合流するのはどうでしょう。丁度私たちも奇数でして、良ければそちらの一人と一緒に乗せてもらえればと」


「うわ出た。妖怪未来視お化け」


 前にいるのは気付いていたけれどあえて無視をしていたというのに、あちらから話しかけてきた。

 一緒にいる二人は「あちゃー」といった様子で頭を抱えている。

 ちなみにお化け呼ばわりしているのは千郷だ。そのお化け呼ばわりは心外だったのか千郷を睨んでいて、失言を漏らした当人は口元を押さえて斜め上を見ている。

 こちらに手を差し伸べる文奈さんの隣には先程会ったばかりの藤原さんと、久しぶりに見た名雪さんは揃って手を合わせて謝罪の意を示していた。


「ご、ごめんね? この子のことは忘れて! すぐに黙らせるから! 文奈、貴方はいいから黙ってて!」


「お前は清花さんに関わるなと厳命されてるだろ! 調子に乗ってるとまた座敷牢に入れられるぞ!」


「一度解放された私を捕らえるのは不可能よ」


「自慢気に言うことじゃないんだよ! 本っ当にすまん! あれだったらコイツを連れてすぐに離れるから!」


「本当にごめんね。この子のことは私たちが責任を持って何もさせないようにするから」


 文奈さんがこれ以上喋らないように頬を両側から押さえつけられているせいで均整のとれた顔面が崩壊しつつある。

 遠ざけようとしてくれるのは有難い。しかし流石に関係ない二人まで楽しむ権利を奪われるのは筋違いというものだろう。


「離れる必要はありませんよ。文奈さんさえ何とかしてくれるのであれば、どうぞそのまま楽しんで下さい。ちなみに文奈さんに聞きますが、わざわざ僕たちの近くに来た理由は何か伝えたいことがあるからですか?」


 彼女の場合は何か大きな理由があるからかもしれない。

 僕が質問に文奈さんは至って真面目な表情で語る。


「いえ、ただ単にこの男をそちらに押し付けたかっただけで他意は一切ないので悪しからず」


「……そうですか」


 嘘っぽいのに真面目に言ってのけるこの人と僕はこの上なく相性が悪いのかもしれない。


「冬香、あれは嘘を言ってると思う?」


「言ってない……んです、よね? あの、合ってます、よね? あれ、嘘じゃないんですよね!?」


「合ってる。合ってるから面倒なんだ」


 日々成長をしている冬香の嘘感知にもしっかりと嘘ではないと出ているようだ。

 僕たちの答えに文奈さんの隣の二人は頭を抱えていた。

 どうして彼女を除いた二人でここに来なかったのかは謎だけど、どうせその辺りも文奈さんが関与しているのだろう。つまりは聞くだけ無駄ということだ。


「それじゃあせめてコイツのことは責任を持って俺たちが何とかするから。そっちはそっちで楽しんでくれ。おい、思い通りにならなかったからって俺の腕を噛むな⁉︎」


「分かりました。頑張って下さいね。応援だけしておきます」


「お、おう。この間のことはまたいずれしっかりとお礼させてもらうからな——ってまだ噛むなっ⁉︎」


 それだけ言って二人は前を向いた。言葉を返そうと思ったけれど、二人は暴れる文奈さんを押さえつけるので手一杯のようなので返事はしないでおこう。

 こうして無駄な時間を過ごしている間にも着々と順番は回っている。

 これ以上は議論に時間を掛けられないか。


「仕方ないから恨みっこなしのグーチョキパーで決めましょう。運動神経良い組みは直前まで目を瞑りなさい。嘘の気配は清花が判断してくれるから真剣にやるのよ」


 咲夜の提案で三種類の手を出し、同じ種類の手を出した人同士で一緒に乗る。

 そうして開始された組み分け。ちなみに僕は誰とでもいいので特にこれといって決めることなく思いついたものを出した。


「じゃあ僕と景文さん、冬香と咲夜、千郷は一人でってことで」


「仕方ないわね。冬香、変なことをしたら風音様に色々報告するから覚えておきなさい」


「サー、イエッサー!」


「……っ!」


「ぐぇっ⁉︎」


 咲夜と冬香が変なをことをしている中、景文さんが隠れて拳を握り締めている。ちなみに千郷の呻き声は悔しいからではなく、直前に全力で手の形を変えようとしていたせいで筋を痛めていたからという理由でだ。本当にしょうもない話で体を痛めないで欲しい。

 この手の怪我は放置すると酷いことになるのでさっさと治しておく。


「あー、これこれ。体に沁みるわー」


「全く、変なことで怪我しないでよね」


「変なことじゃないしー。アイツに負けるのが嫌だっただけだしー」


 途中から目的がズレてそうなっていたのは本当だろうけど、それはそれで馬鹿な話だと理解して欲しいものだ。

 

「……それで、滑る順番はどうする?」


「だったら私が先に行く。それくらい負けた側として選ばせてよね」


「じゃあそれで。揉めそうだから二番目に咲夜と冬香、最後が僕と景文さんで。……向こうはどうするのかな?」

 

 こちらは順番まで決まったけれど、目の前にいる三人組は今だに暴れる真ん中の人を押さえつけるのに必死だ。

 往生際が悪いというかなんというか。


「どうせ何だかんだ利通が一人で滑る羽目になるでしょ。いっつもそうなんだから」


 千郷の言う通りになるのであれば、それは何とも可哀そうな話ではある。恋人がいるのならそちらと一緒に滑りたいだろうに。それも含めて今の三人の関係ということなのだろうか。なんとも難しい関係性だ。

 他のお客さんが順繰りに滑っていき、前にいた名雪さんたちも滑って行く。

 ただやはりというか千郷の言う通り藤原さんが一人で滑ることになっていて表情のない顔で滑って行ってしまった。もしかしたら何かしら弱みでも握られているのかもしれない。どうか強く生きて欲しいものだ。

 そうしてようやく僕たちの番が回ってきて、一番目の千郷は飛び込み台の時のように躊躇なくさっさと滑っていってしまった。こういう時の千郷は思い切りがよく、滑り台の中からは楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 次に咲夜と冬香の番になる訳だけど、二人が小舟に乗ってさあ行こうとした時に冬香が後ろを振り返る。


「咲夜さん、やっぱり私は後ろの方が」

「やって下さい」

「アッカリヤシター、ッシャーセー」

「ひぇぇぇえええええっ!?」

 

 職員さんが咲夜のお願いを聞き届けた結果、お客さんを見送る係の人が自分の順番になっても中々進もうとしない人向けに使用していた、勢いよく小舟を蹴って押し出すという戦法を使用した。勿論二人が小舟の取っ手にしっかり捕まっているのを確認しているので危険はない。ただし他のお客さんと違って初速で急加速するので恐怖心は増大するはずだ。

 冬香の悲鳴は大きく、長く、それでいて悲痛なものだった。

 それを聞いて次の準備を進める職員さんに聞いて見ることにした。


「これって男女で乗る場合、どちらが前に乗ることが多いんですか?」


「体格差にもよりますが、男女で乗る場合は前方の方が強く水を被ることが多いので男性が前になることがやや多いですね。最後まで取っ手に捕まってもらうことになるので水飛沫を自分の腕でガード出来ないですから。女性はお髪が乱れるのを気にされる方が多い印象です。もっとも、速度や水飛沫を強く体験したいのであれば前をお勧め致しますがどうされますか?」


「なるほど。ありがとうございます。じゃあ僕が後ろ行きたいと思います。景文さんはそれでいいかな?」


「清花さんがそれでいいなら、全然。……いいのかな。どう思う?」


 何やら小さな声で係員に語り掛けているけれど、気にせずに係の人が用意してくれている小舟に乗り込む。

 係員の人は良い笑顔で親指を立てて景文さんを送り出している。一体何を話していたのだろうか。

 そうして彼は促されるままにぎこちない動きで僕の前に腰を降ろす。そこまで大きく体格差がある訳ではないものの、女の背丈からだとやはり男性の背中は大きく感じる。景文さんは細身ではあるものの付けるべき筋肉はしっかりとある感じだ。無駄がないというべきか、必要なところにのみ重点を置いているのが大門先輩の訓練を受けている身としては理解出来る。


「あの、清花さん?」


「うん? どうかしたの?」


「いや、そんなにまじまじと見られると……」


「あぁ、ごめんごめん。そうだったね。それじゃあお願いします」


「アッハイ。ッシャーセー」


 何だか生暖かい視線があったような気がするけどきっと気のせいだろう。

 今度はゆっくりと送り出されるような勢いで僕たちの乗った小舟は滑り台を下りだしていく、その勢いは瞬く間に疾走状態へと突入し、下に流れる水を巻き上げながら凄い勢いで進んでいく。

 順番待ちの間に見ていたからこの設備の形状からして真っ直ぐに下ってはいかないことは分かっていたものの、この身動きが取れない状態で猛烈な速度のまま急な曲がり角を曲がって行けば、必然的に外側に向けて身体に掛かる負荷は強くなる。

 振り落とされないように取っ手を掴んでいるから小舟から落とされはしないものの、どうしたって遠心力によって少し体は傾いてしまうのは仕方のないことで。

 時折少し体勢の崩れた景文さんの頭を体で受け止めて支えながら、速度が落ちる時は僕自身も若干前のめりになって彼の背中に支えてもらう。持ちつ持たれつというやつだ。

 しかしながら、この遊具は意外と面白い。これほど不安定でありつつも横転したりせずにしっかりと進めているのは計算尽くなのだろう。自動車のように車内を安定させる為の機構がないから慣性であっちへこっちへ体が引っ張られるものの、それだって娯楽として楽しめているのだから。


「うぉぉぉぉぉおおおおお~~~っ!!??」

 

 現に前にいる彼も面白さ故か思い切り叫んでいた。

 そんなに面白いのならやっぱり水を被って髪が崩れてでもいいから前を譲ってもらうべきだったか。

 前の景色が気になって座ったまま背伸びをしながら体を揺らして左右から前を覗こうとすると、景文さんの体がびくんと跳ねる。

 

「せ、清花さんッ⁉︎」

「どうしたのーっ?」


 どうも僕はこういった遊具で他の女性客のようにキャーと叫ぶ質ではないみたいで、割と冷静に状況を観察していた。それがいいことか悪いことは分からないけれど、楽しんではいるのだから間違いではないはずだ。

 この滑り台の中では要所で急加速と急減速が発生するせいで体がかなり前のめりになってしまう事が多い。前に行き過ぎないように踏ん張ってはいるものの、やはり接触は免れないことが度々あって。


「うわっと、さっきから押しちゃってごめんね!」

「いやっ! すっごい気にしてるけどめっちゃ気にしないでくれっ!」

「…………? そう?」


 こういった前の人の反応を見れるのは確かに後ろの人の権利かもしれない。これはこれで面白い。こういった施設では他の人の楽しいという感情が伝播して他の人にも移っていくものらしいし、それは自分も例外ではないのだろう。

 楽しそうな様子を見るのは楽しい。それは僕が退魔師をしていて人助けをした時にありがとうと言ってもらえた時の感情に通ずるものがあるような気がする。

 気づけば自然と口角が上がっているのを自覚する。

 しかし楽しい時はいずれ終わりを告げるもの。

 僕たちを振り回し続けた遊具は最後に長い直線で加速をし続け、水面まで一直線に進み続ける。

 その勢いのまま水場まで進んだことで小舟の正面が凄い勢いで水飛沫を撒き散らした。


「せいかさっぷ」

「おっと、凄い水飛沫だね」


 係員の人の宣告通りに僕たちへ飛んでくる水飛沫はほぼ全て景文さんに直撃した。

 後ろにいる僕はその衝撃から無事守られたという訳だ。

 僕に届いたのは真上に跳ね上がった水滴が少し程度で、その勢いは小雨ほどでまったく脅威ではなかった。多分僕たちより先に行った咲夜はこれを知っていて冬香に前を座らせたのだろう。


「く、口に水が……清花さんは大丈夫か?」


「僕は平気だよ。ごめんね、水の勢いがあんなだったとは思わなくて」


「そこに関しては気にしないでくれ。寧ろ俺はやくと……ゴホン! と、とにかく大丈夫だから!」


 あの程度の水を一々気にしていたら妖怪退治なんて務まらないので本当に気にしないでいいのだろう。

 そうして水面に浮いていると係の人が小舟を引っ張って対岸まで連れて行ってくれ、そこで降りて終了だ。

 小舟は回収されていっておそらくはまたお客さんに使われる為にどこからか引き上げられるはず。


「随分と楽しそうだったわね」


 そう言って出迎えたのは何やら少しだけぶすっとした咲夜。

 僕たちの時のように体格差がなかったせいで水飛沫でも受けてしまったのだろうか。


「うん。楽しかったよ。咲夜たちも楽しめたよね?」


「えぇ、まぁね。……で、貴方は? 楽しめた?」


 楽しむには楽しめたのだろう。咲夜は少し恥ずかし気に肯定した。

 だけど何故か鋭い目つきのままの咲夜たちは僕ではなく景文さんの方へ向かう。

 並んで、威圧感を感じさせながら前に押して出る。

 その並々ならぬ気迫感じる様に彼は冷や汗を垂らしながら答えていた。


「え、っと、た、タノシメマシタ……ヨ」

 

「ふぅん?」

「へぇ~?」

「ほほぉ?」


 一体どういうやりとりなのだろうか。全く持って謎だ。

 しかしこれは放っておくといつまでもやっていそうな感じかもしれない。 

 

「それよりも皆、次の所に行かないの?」


 午前中は素早く回れる所へ、午後は時間が掛かりそうなところをという計画で回る予定だったので次の場所に行くなら早めに行かないと更に長い待ち時間を体験する羽目になる。

 だから提案したのだけど、こちらを向いた三人は揃って溜息を吐いた。


「はぁ、貴方が気にしていないのなら別にいいわ」


「清花ってそういうところがありそうだもんねー」


「無自覚って怖いですよねぇ」


「……???」


 三者三葉に言いたい放題に言っている。何か言いたいことがあるのならばしっかり言葉にすればいいのに。

 聞いたところで自分で理解しろと突き放されるだけだ。

 体が触れる分にはこういった施設なのだから多少はしょうがないのは分かっているだろうにこの対応だ。

 

「最後は温水プールだったっけ?」


 分からないことは放っておくことにし、頭に地図を思い浮かべながら次の目的地を聞いてみる。

 一番の目玉であるウォータースライダーなる施設は堪能したし、あとは少しゆっくりしながら体験したことのない所へ行ってみようという話だったはずだ。


「そうですね。ちなみにジェットバスみたいなものもあるみたいですよ」


「ジェットバス? それってどういう物なの?」


「簡単に言えば下から空気の泡の出るお風呂でしょうか。それとお風呂の中に強い水流を発生させることでリラックス……気持ちを落ち着かせる効果があるそうです。お金持ちなんかの自宅のお風呂に備え付けられている感じで、少し高級感があると言いますか。私も一度やってみたことがありますが中々に気持ちいいですよ」


「へぇ、お風呂は好きだから体験してみたいな。一緒に行ってみようよ」


「いいですよ。あっ、でも温水プールって男女別でしたっけ」


 何気ない疑問に後ろから「えっ」という声が聞こえる。その後にドスッという鈍い音が二つ。

 振り返ってみると脇腹を抑える景文さんと腕を回している咲夜と千郷の姿が。一体何が起こっただろう。


「でも別にここは温泉施設って訳じゃないし、その温水プールも裸になる訳じゃないんだよね?」


「勿論その通りですよ。だから男女で一緒に入ることも出来るはずです。ただ……」


 冬香は口角を思い切り釣り上げ、視界の端に景文さんを収めるようにして。


「男女一緒に入る場合は恋人同士であることが多いみたいですけどネ……あいたっ!?」


 これは流石にいただけない。軽くデコピンをすると冬香は思い切り仰け反って額を抑えた。

 

「冬香、今日は一緒に遊びに来てるんだから一人だけが気まずくなるようなことを言うのは良くないと思うよ。自分が同じようなことをされたら嫌だよね?」


「そ、そうでした。ごめんなさい。……じゃあ、一緒に入りますか? 私は止めた方がいいと思いますけど」


「どうして止めた方がいいの?」


「温水プールって簡単に言うと水着で入る温泉みたいな感じなんですよ。つまり主観的にも客観的にもお風呂に入ってるようなものでして、そこに男女が一緒に入るのはどうなのかなー……と、思ったり、思わなかったり?」


「うん? プールと同じで水着を着てるなら別に良くない? 何か気まずくなる要素があるの?」


 水着でも恥ずかしいというのならそもそもプールになんて来れはしない。見た目だけなら下着に見えなくもないところもあるものの、それはそれこれはこれと意識を切り分けて楽しむことにしたのは世の女性たちだ。

 それが温かい水のプールだからといって急に意識を変えるのは少し納得がいかないような。

 どちらかというと世間の一般的な常識を持ってるのは冬香の方なのでもしかしたら僕が間違っているのかもしれないけども、これは理屈というよりは感性の問題のように思える。

 

「いや、清花さんがいいのなら私は構わないですけど。……あっ、お二人はどうですか?」


「一緒ならそれほどおかしくは見られないはずだから私は構わないわよ。でもまぁ、冬香が気になるのなら確かサウナが併設されていたはずだから私と行ってみる?」


「あっ、いいですね。千郷さんはどうしますか?」


「私は清花たちと行く。っていうかアンタたちも最初は一緒にこっち来なさいよ。どうせ他所から見たらコイツの取りき女にしか見られないし」


「そうですね……分かりました。腹を括ります……っ」


「そうと決まったらさっさと行こ! 私、プールで泳いだことはあっても温水プールは初めてなんだよね」

 

「ちなみに俺の意見は?」


「は? 一緒に来る以外の選択肢があるの? あるのなら言って見なさいよ、ほら」


 ボソッと言った彼に対して千郷が下から睨み上げている。


「……アリマセン」


 先程から景文さんが平身低頭なのは先程のやり取りと何か理由があるのだろうか。

 ともあれ温水プールと言っても温泉に近いみたいなので俄然楽しみになってきた。

 先日の会合の時には入る予定だった効能のある温泉とやらにも入ることが出来なかったし、代わりとしても冬香の言っていたジェットバスというものを是非とも体験してみたい。

 お金持ちの家にあると言っていたし、気に入ったら自分の部屋の浴室を改装してもらうのもアリかもしれない。


「ちょっと待ってくれ」


 そんなことを考えていると、景文さんの腕に巻いていた腕時計のようなものが僅かに明滅していた。

 少し切羽詰まったような声音にどうしたんだと顔を見合わせる。

 彼が腕時計のようなものを耳に当てると、何やら電話をしているように会話をしているようだ。

 向こう側からの言葉に何度か相槌を打ったのちに「分かった。すぐに向かう」とだけ言って通話を終了した様子で、その顔からは先ほどまでの和やかな雰囲気は一切排除されていた。


「緊急事態だ。申し訳ないが、全員すぐに着替えて更衣室を出たところまで来てくれ」


 彼の言う緊急事態がどの程度のものなのかは分からない。ただそれが緊急性が非常に高いものなのは彼の様子からひしひしと感じられたし、あまり悠長にしている間がないことも察せられた。


「分かった。じゃあここを通って。汚れとかをすぐに落とせるから」


 わざわざ体を洗ってなんてことをしている余裕もなさそうなので、ここは力を使ってでも時短を目指すべきだ。

 浄化の水を板状に発生させると、景文さんから順に潜っていく。それだけで体は洗浄されたはずだし、余計な水分も取ったのでこのまま着替えるだけで済むだろう。


「ありがとう! それじゃあ俺は先に行って待ってるから!」


 そのまま駆けて行った彼を追いかけるようにして僕たちも更衣室へ向かう。

 疑問はある。でもわざわざ更衣室前で待ち合わせるというのは僕たちに話がする為だろうからそれまでは彼の邪魔をすべきではないと全員が考えているはずだ。


「話は後にして私たちも行きましょう」


 着替えはどうしたって女性側の方が遅くなりがちなのでここは会話をせず早く行くべきだろう。

 いきなりの重い空気の中、更衣室に入って無言で黙々と着替えていく。

 そうして可能な限り早く着替えて忘れ物がないように確かめてから更衣室を出ていく。

 全員で更衣室を出ると、そこでは景文さんがどこかと連絡を取り合いながら待っていた。


「歩きながら話そう。来てくれ」


 僕たちの間にある空気とは真逆に楽し気な子供たちが笑いながら親子で歩いているのが見えた。

 少しして人気のないところまで来てから景文さんは僕達の方に向き直る。


「さっきのは実家からの連絡で非常事態のみ通話が可能な霊具なんだ。対をなす霊具を持つ特定の相手としか通話は出来ないけど、その代わりに電波がないところでも通じるのと混乱時でも確実性があるから重宝されてる」


 一見するとただの腕輪のようにしか見えない物も立派な霊具だったという訳だ。


「で、その緊急連絡を掛けてきたのは俺の実家だ。要件は……」


 咲夜が大門先輩に連絡をしつつ、景文さんに付いて歩いていると建物の入り口に二台の車がやって来ていた。通常はここまで車が入って来ることはない為に他の客が何事かとこちらを見ているけれど、今は気にすることはない。

 僕たちが乗って来ていた車とはもう一つ別の車があり、そちらには文奈さんたち三人が車の外で待ち構えていた。

 景文さんは彼らを視界に収めた後、こちらに向き直る。

 

「要件は九尾の狐、白面が退魔師協会の本部を襲撃したこと。それと日本全土の退魔師に対して宣戦布告をしたことだ」

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