四話-1 プール開き
まだ少し涼しさの残る季節も過ぎた七月の中旬。
あの霊具の件で忙しくなるかと思いきや、まだまだ検証と実験と練習が必要とのことで本来の用途で使われることはなく少しの時が過ぎた。
昨今の日本の暑さについての嘆きを耳にしながら辿り着いたのは、僕たちの住まいから少し離れた位置に存在する凄く楽しいと評判の大型レジャージャンボプールという名の付いた遊泳施設。
ここには今の時期から少し遠出の人たちもやって来ているのか車から荷物を取り出して持って行っている。
子連れの夫婦や同性の友達同士、あるいは腕を絡める関係性の男女の人たちが笑顔で施設に向かっていく。
肌を刺すような日差しが煌々と照らし続けているにも関わらず笑顔でいられるのはこれからの楽しみを想像してのものなのだろう。
そしてそれは僕達も例外ではなかったみたいだ。
「清花さん! ここって色々あるらしいので全部見て周りましょうね! 全部ですよ! 全部!」
ふんっと鼻を鳴らすのは以前から今回のことを凄く楽しみにしていた冬香だ。
計画当初から出されていた課題を全てこなし、やっとの思いで手に入れた休日を彼女は全力で満喫するつもりらしい。
彼女の行動力からすれば本当に全てを回ることも可能かもしれないのはやや恐ろしくはある。
「全ては流石に無理でしょう。別にこれが最後という訳ではないのだからいくつかに候補を絞っておきなさい」
「えーっ! でも頑張ればいけますって! ……多分」
「勝手に回る分には構わないけれど、私はゆっくり回るつもりだからそのつもりでいなさい。あと清花を連れて行くのは許さないから」
「この人、勝手過ぎる! でもでも、折角のみんな揃ってのお出かけなんですよ? もっと楽しんではしゃぎましょうよー」
「私の柄じゃないから嫌よ。それでもってあと何回行けるかは全て貴方の修行の進み具合次第だから頑張りなさい」
「ある意味無理だってことじゃないですか⁉︎」
「そんなことはないわ。冬香だって日々成長してるのだからそのくらい平気よ。だから応援だけはしてあげる」
「成長した分だけ修行もキツくなるから無理なんですってばー! 咲夜さんならそれくらい分かってるくせに酷いですよ⁉︎ っていうかだけってなんですか! 手伝うくらい言って下さいよ!」
冬香が修行の日々を思い出してわんわんと叫んでいる。
悲鳴を聞きながら揺らされる咲夜はかなり鬱陶しそうだ。
そんな様子を見てか、袖が引かれる。
「ねぇ、清花? 私は大丈夫よね? 最上位とはいかずともそれなりには戦えるんだし。ねっ?」
「大門先輩と倉橋さんがいいって言うまで駄目なんじゃないかな? 今回もそうだったでしょ?」
「がーん」
冬香と同じような扱いを受けた千郷は衝撃を受けたような顔で半泣き状態になって僕の袖をぐいぐいと更に引っ張る。
「あの人かなり容赦ないんだけど。顔とか平気で狙って来るし!」
「女の子の顔を狙わないなんて感性を妖怪は持ち合わせてないからね。実戦を想定した稽古だと思うよ」
「まじで言ってる? うわ、清花の強さの秘訣を垣間見たわ……」
千郷も以前は実力のある人に師事していたみたいだけど、どうやらこと訓練に関しては大門先輩の方が厳しいみたいだった。傷や怪我は僕が治せるからこそ無茶な特訓が出来るからではあるのだけれども。
加えて倉橋さんの訓練もこなしたことで千郷は僕たちに遊びに同行することとなった。
彼女が輪に入っていない状態でここに遊びに行くことを知った千郷が少し暴れたことは記憶に新しい。
清光は流石に水場に来れないということで自宅待機していて、今回は千郷のみが来ることになった形だ。
そのお陰で男女比率が凄いことになってはいるけれど、景文さんはあまり気にした様子はない。逆の立場なら身の置き所に困っているところだけど本当に大丈夫なのだろうか。誘った僕がよく気を配る必要がありそうだ。
「何? 景文がどうかしたの?」
「うん? あぁ、男女比で言えば偏りがあるから大丈夫かなって思って」
「アイツなら心配いらないいらない。どんな可愛い娘に抱きつかれたって反応しなかった奴だし、清花のこともどうせ何かの間違え……」
そこで千郷の肩に置かれる手。
言い争う二人を他所に駐車場を歩き続けるとようやく巨大な建造物まで辿り着いた。
そこで前売りの年間パスポートなるものを購入していた僕たちはすんなりと入り口を通って建物に入っていく。
建物内の道中で見える屋外水泳場では多くのお客さんたちが賑わっていて、その喧騒がこちらにまで届いてきている。
まずは水着に着替える為に建物を目指しているところだけど、その前にある施設の案内板を冬香が目敏く発見したらしい。
「ねぇねぇ、清花さん。このアトラクション、すっごく人気らしいんですよ。一緒に行きませんか?」
「いいけど、出来るだけみんなで行こうね。何度も言ったけど、安全面を考えて勝手な行動は避けるんだよ?」
ここには退魔師も常駐しているらしいので妖怪はいないと思うけど、万が一ということもある。それに妖怪じゃなくても悪意を持って襲ってくる人がいるのであれば心構えくらいはしておかなければいけない。
そう何度も色んな人に言いふくめられている冬香は自信満々な表情で頷いた。
「分かってますって! 私もそれなりに悪意には敏感になったんですから安心して下さい! それよりもここに地図もあったんで歩きながらどこを回るか考えませんか?」
見せられた冊子には僕も気になっていた施設があった。ネットでも人気が高いらしいので行ってみたいと思っていたところだ。
「感知をしても逃げられなければ意味がないよ。勝手な行動をして痛い目に遭うのは冬香だから僕は別にいいんだけど」
「だから清花さん連れて行くんじゃないですか! あの二人は放っておいてさっさと行きましょう! 時間が勿体無い!」
まずは水着に着替えないと施設内に入ることが出来ない為、少し急足で更衣室前まで来た。
なので景文さんとはここで一旦別れることになる。
冬香が持っている地図で合流に適した場所をお互いに確認したのですんなりと合流出来るはずだ。
「そういうことだから、後でこの辺りで合流しようか」
「あぁ、俺は先に行って待ってるよ」
会話の輪から置いてけぼりだったのに嫌な顔一つせずに笑顔で男性更衣室の方へ去っていく景文さん。
……の方を見ながらニヤニヤする冬香。
これはあのことを思い出しているに違いない。
「あの人、きっと驚くだろうなぁ」
「もしかして二人が画策してた水着のこと? それならもう回収してるから意味ないよ」
「え」
「幼稚な悪戯心を持った二人が、この僕がいる水の中に一緒に入るのを凄く楽しみにしてたんだ。うん。そういう意味では僕も期待をしてるよ。早く行きたい気持ちが抑えられそうにないかもしれないね」
以前に一緒に水着を買いに行った時に僕は二つ水着を買った。それら二つを簡単に言葉にするなら無難な水着と過激な水着だろうか。その過激な方を僕に着させる為に、既に鞄に入れて準備していた無難な方の水着をすり替えて隠していたのを僕は知っていた。
というより購入した時からそんなことを考えていたみたいだったからその思考は全くの筒抜けだった。
なので倉橋さんと大門先輩を先に味方につけておき、わざと隙を作って無難な方の水着を隠されてから後で回収したという訳だ。
あとは倉橋さんたちにその隠した場所の近辺を歩いて貰えば隠されたままかどうかを確認することは出来ない。
咲夜は見ようとすれば見れただろうけど、どうやら気が付いてはいなかった様子。
結果、こうして悪事がバレていることを察することが出来なかった訳だ。
全てを分かっていてニッコリと、わざと凄みを効かせた笑顔に冬香の顔色が悪くなっていく。
「えっとあの、その、ご、ごめんなさい! ほんの出来心だったんです⁉︎ だからどうか……っ!」
「実行に移す前なら聞いたんだけどね。陽動役をやっておいて見逃してはないでしょ?」
「オ、オワッタ……」
口から魂が出て行きそうな顔をしている冬香と、それを見た咲夜がバツの悪そうな顔でそっぽを向いている中で僕たちも更衣室の中は入っていく。
更衣室では僕たち四人で奥の方の場所を取ったことで他の人がやって来ることも視界に入ることはないので安心して着替えられるはずだ。景文さんはもう既に着替え始めている頃合いだろうし、こちらも急がないとかなり待たせることになる。
なるべく急ぎながら私物や脱いだ衣服を鍵付きの扉棚に入れつつ着る予定の水着を取り出した。
改めて見ると、無難とは言ってもやはり冬香と咲夜が選んだ水着なので布地は少なめなのは変わらない。
過激な方はこれより更に布地が少なかったので倉橋さんたちを味方につけておいて本当に良かったと思う。
隣では同じように衣服を脱いで下着姿になっている千郷が水着を手に持って僕と自分とを見比べている。
「そういえば千郷も水着を新調したんだよね? どんな種類の物にしたの?」
「それは後で見てのお楽しみだよ」
「後でじゃなくてここで一緒に着替えるんだからすぐに見ることになるよ」
「くっ、細かいことは気にしないの! 清花こそどんなのを買ったの? やっぱりどえらい派手なやつ?」
「僕のはこれだよ。どっちかと言うと可愛い系になるのかな?」
「ははぁ。なるほどね、確かにそれは清花向けのだわ。ただねぇ、もうちょっとこう露出があっても良かったんじゃないの?」
「水着は二つ買ってて、そんな感じの物もあるよ。ここに持ってきてないけどね」
「えーっ、何で⁉︎ 勿体無いじゃん! 持って来れば良かったのに!」
「嫌だよ。これだって結構恥ずかしいのにさ。それに……」
咲夜たちの方を見て。
「どうもあそこで隠れて井戸端会議している二人が良からぬ事を仕組んだみたいでね。鞄に入ってたはずのこの水着と過激な方とをすり替えられていたんだよ。で、それを事前に察知していた僕がこの水着を取り返して今日持ってきたって訳。もう、危うく痴女呼ばわりされるところだったんだから」
話題に上った二人は着替えながらも僕の視線から逃れるように背を向けている。
いまそうしたところで意味なんてないのにだ。
「アイツも澄ました顔してやることやってんだねぇ。でもってめっちゃバレてるのは笑えるけど。ぷふーっ」
「それで、そういう千郷は結局どんな水着にしたの?」
「私はこれ。どう? 似合うでしょ?」
他人に着ればと言うだけあって、千郷の水着は今持っている僕の物よりも露出の多いビキニの水着だった。装飾がないから余計に肌面積が多く見えるかもしれない。
新調したというだけあって大胆な物にしたようだけど、それも傷跡を無くしたお陰だろう。
年頃の女の子らしい傷一つない綺麗な肌と修行によって引き締まった肉体美が少ない布面積もあってよく映えていた。
「うん。凄く似合うと思うよ。正に千郷にピッタリって感じだね。それはどこで買ったの?」
「そこらへんの適当な店で店員に私に一番似合う物を頼んだらこれだったの。着てみたらこれしかないと思って買ったけど、露出度高くて今更になってちょっと恥ずかしくなってきたかも。そういう清花は中間って感じだよね。らしいっちゃらしいけど」
「千郷とは反対に本当はもっと露出の少ないのを選ぼうと思ってたんだけどね。これはあの二人が選んでくれたやつだよ」
「ふーん」
他人に選んでもらった物だけど、最終的に自分でも気に入ったから買ったのでこれを着ることに後悔はない。
ただ千郷としてはその選んだという行為に自らが加わっていないことが不満らしい。
「その買い物に私を誘ってくれていればなー。もっと似合うのを選んであげたんだけどなー」
「あの時はまだ色々と話をしてなかったからね。来年は一緒に選びに行こうか。約束だよ」
「絶対だよ? 次は私が選んだやつを着てね?」
「一緒に行くとは言ったけど着る物を任せるとは言ってないからね? 僕だって審美眼を培ってきたんだからそろそろ自分で選んでいくつもりだよ。いつまでも選んでもらった服ばかり着る訳にはいかないしね」
「えーっ、そのくらいいいじゃん。清花のケチー」
「ケチ? そんなこと言っていいの? これ、結構いい日焼け止めなんだけど使わないでいいの?」
「あ、あはは。冗談に決まってるじゃん。それって最近流行りのやつだよね。私も塗る塗るー。てか何、清花が塗ってくれるの?」
「千郷さえ良ければね。代わりにこっちも塗って欲しいんだけど、いい?」
「勿論! あっ、そういえば私ばっかり見られて清花の肌を見る機会ってなかったよね」
「あれはあくまで治療が目的だったからね。別に見たくてやった訳じゃ————ひぁあっ⁉︎ って冷たっ⁉︎」
「ぷぷぷーっ。清花がひぁあっ、だって! ねぇ驚いた? 本当はもう少し可愛い悲鳴を期待して————ふぎゃあ⁉︎」
「お返しだよ。全く、変な声を出しちゃったじゃないか」
日焼け止めを塗る際は手のひらに馴染ませて温度を人肌程度にさせてから塗り始める、それくらいのことを千郷が知らないはずがない。と言うことはわざとに違いなくて、ならばとすかさず背中に液体を垂らしてやり返した。
人に対して可愛い悲鳴を期待していたというのに自分はどうなのだという話だ。
「千郷の悲鳴はふぎゃあ、でいいんだね?」
「い、今のは無しで……っ! 今ちょっと自分に幻滅してるから……っ。もう一回、やり直しを要求するっ!」
「不意打ちだから意味があるんでしょ? 自分からやっておいてそれはないよ」
「ぐ、ぐぬぬぅ」
「それも可愛らしくはないかなぁ」
「グギギ……ッ」
もっと可愛くなくなった。寧ろそれは妖怪の鳴き声に近いのではないだろうか。
この状態の千郷に塗って貰うと良からぬことをされてしまいそうなので、日焼け止めに少量の水を混ぜることで自在に操ることにする。それでさっさと全身に塗りたくって悪戯をされないようにしておいた。
「ほら、千郷も自分で塗って。こんなことやってると遊ぶ時間が無くなるよ」
「えーっ、塗ってくれるんじゃなかったの?」
「……お望みなら同じように全身に隈なくかけてあげるけど?」
僕自身がやったように、粘り気のある水を操って迫ると千郷は口元をひくつかせながら後退りする。
しかしここは更衣室。人が満足に動けるような空間ではなく、すぐに背後が詰まって距離がどんどんと縮まっていく。
そうして遂に眼前まで来た粘液に千郷は涙目で両手を高く掲げた。
「なんかドロドロの生き物みたいで嫌なんだけど⁉︎ 自分でやるから! やりますからーっ!」
「じゃあ、はい。これ。背中は塗ってあげるから後ろ向いて」
「うぅ……。清花が意地悪だぁ」
日焼け止めを手に乗せてから容器を渡す。見れば咲夜と冬香の方は着替え終わってこちらも日焼け止めを塗り終えたところらしい。そうして視界に入るのは咲夜の水着姿で。
冬香の水着は僕達で選ぼうとした時に見ているから知っているけど、あの時の咲夜は自分でさっさと購入してしまっていたので僕も冬香も何を買ったのかは知らなかった。
「咲夜はやっぱりそれにしたんだね」
「何よ、悪い?」
「そんなことないって。本当に凄く似合ってると思うよ。僕たちが選んでも多分そういうのにしてたと思う。ねぇ、冬香?」
「そうですよ! 凄く似合ってるんですからあの時も見せてくれればよかったのに!」
「こうなるのが嫌だからに決まっているでしょう。……全く」
咲夜が選んだのは僕が最初に選ぼうとしていた上下一体型のワンピース型の水着だ。更に短いけどスカートのように布地を伸ばしているので、遠目からだとやや薄手の服を着ているようにしか見えないと思う。
咲夜ならもっと大胆なものでも似合うだろうけど、彼女の内面を思うとこちらの方が適していると言える。
褒められ慣れていないので嫌々といった様子でも隠しきれない口元の綻びが嫌な雰囲気にさせなかった。
「貴方たち、もういいから静かにしなさい。それよりも彼、随分と待たせているはずだけどいいのかしら?」
「あっ」
「あちゃー、結構経っちゃってるね」
「あぁっ⁉︎ 急がないと遊ぶ時間が無くなっちゃいますよ⁉︎ 早く行きましょうよ!」
「ちょっと待ちなさい。もう一度施錠の確認と忘れ物の確認。終わった人から行きましょうか」
僕たちが更衣室に入ってからどれだけ時間が経ったのかは分からないけど、体感時間だけでもかなり経っている。
流石に悠長し過ぎたので、荷物をしっかり戸棚に入れて鍵が閉まっているか確認した後、危なくない程度の速足で急いだ。
女性用更衣室から出てすぐの所、男子更衣室と道が交差する所に彼は立っていた。
ただその姿は一人ではなく、何人かの女性に囲まれてしまっている。どうやら悪い予感が的中してしまったらしい。
「ねぇねぇ、一人なら私たちと一緒に回らない?」
「いいでしょ? お姉さんがここのことについて色々と教えてあげるから。ねっ?」
そんな感じで女性に囲まれながら、手を挙げて頑なに口元を結ぶ景文さん。
見るからに嫌がっている雰囲気だけど女性たちはお構いなしに彼ににじり寄っている。
監視員らしき人もチラチラ見ているけど何だか怖がって手助けはしてくれそうにない。
もう少ししたら女性の肌が密着してしまいそうで流石に可哀想なのでさっさと助けてあげるとしよう。
「すみません。彼は僕たちの連れなので離れて頂けませんか?」
「あっ、清花さん! いい所に……っ!」
目の前にいる男性が急に目の色を変えたからか、女性たちの視線が一気にこちらを向いた。
その目には邪魔をするなと威嚇する意思がありありと見てとれたけれど、生憎とそんな程度の気迫で退く僕ではない。
負けじと目で見返そうとしたところ、何故か女性たちの視線は僕を頭から足先までじっくりと眺め始めた。
視線が下まで行ったら、また上に上がってきて。
そして、左右に割けるように道を開ける。
もう少し口論が発生するかと身構えていただけに肩透かしを食らった気分だけど、無駄な時間を浪費せずに済んだのは有難い。
「どうも親切にありがとうございます。ほら、道を開けてくれたから早く行こう」
「えっ? あっ、あぁ!」
気が変わる前に離れようと彼の手を引いてその場を離れても追ってくる様子もこちらを睨みつける様子もない。
そこにいた女性たちは目を見合わせた後、まるで何もなかったかのように解散していた。
なので特に問題を引きずる事なく咲夜たちのいるところので帰ってくることが出来た。
「あれ、何だったんだろうね。あんなにすぐに解放してくれるなら景文さんが言った時にしてくれればいいのに」
そう疑問をぶつけると咲夜たち女性の三人は呆れたような表情を浮かべながら肩を竦めた。
これは詳細を聞いたところで無意味だと判断したので、さっきのことは忘れて施設を堪能するとことにした。
「ここから近いのは……波の出るプールだって。プールで波が出るってどういうこと?」
「それはですね、建物の奥の方に大きな機械がありまして。それで思い切り水を押し出すことで擬似的に波を作り出しているんですよ」
「へぇ、冬香は前にも体験したことがあるの?」
「こことは違うところですけど友達と一緒に遊び倒しましたよ! オススメはなんと言っても最前列ですね。後方になるにつれて距離と人混みとで勢いが無くなっていってしまうので!」
そういう事ならなんとかして前に行く必要があるだろう。
しかしここのプールにいる人たちは想像以上に多く、この混雑の合間を縫って前に進むのは至難の技と言っていい。
今こうして眺めている間も冬香の言っていた機械らしきものが動いたらしく、人工的な波が水を伝播していった。
それに相対するように水中に立つ人たちがその波に乗り、あるいは沈んでいった。
「見ているだけでも面白そうだね。波に呑まれる経験はしたことがないし、とりあえず行ってみようよ」
「俺も一緒に行くよ」
「はい! 私も一緒に行きます!」
「私は遠慮……はあ。清花と土御門君のどっちかは残りなさいよ」
非戦闘員はなるべく僕か景文さんから離れないようにと命令を下したのは他ならぬ咲夜なので自身もその例外ではない。
諦めたように続く咲夜だけど、何故か五人目の声が聞こえてこない。
「あっ、千郷さんがもう先に行っちゃってるみたいです」
「全く、あの子は冬香の以上の猪突猛進ね」
「私ってそんな風に思われていたんですか⁉︎」
並びとしては咲夜、僕、景文さん、冬香の準で横一列で水の中へ入っていく。
こうして全員で来ている以上はすぐに最前列に行くことは叶わないだろう。それは仕方ない。
まさか僕が水を操る訳にもいかないので比較的人の少ない所に向かって歩いて、そこで僕たちは次の波が来るのを待つことにした。




