三話-5 備えあれば
完成した霊具はちょっとやそっとじゃ壊れない箱の中に再び入れられてから僕たちに引き渡された。
物が物なので粗雑には扱えない。僕の結界がある以上は盗みには来れないはずだけれど、万が一ということもあるので一番人目につき易く、誰かがいる確率の高い居間に霊具を設置することにした。
霊具を作り終えたことで一応の役目を終えた命ちゃんも無事に自宅へ送り届けた。天王寺家には確実な安全が確保されるまでは使い捨ての結界の霊具を持って貰い、いずれは繰り返し使える結界の霊具を作って渡そうと思っている。
しかし涅槃浄界を直接目にしている龍健さんからは「あれは雨を降らす術とは明らかに別格の域ので高性能の霊具に収まっても使用回数に上限を設ける等の制約が必要になるかもしれない」と言われてしまっていた。
使い捨てにはなるもののあれを封入することの出来た景文さんが格安で買ってきたという器は、実は彼の言っていた値段以上の代物だったみたいだ。
とは言っても実際にその通りの値段で売っていたという実歴があるので、もしかすると前園家も知らないような浄化の力に合った器選びの方法を彼は知っているのかもしれない。
「そんな訳で良い感じの器かその材料を探しているんだけど、何かないかな?」
思い立ったが吉日ということで連絡を取ってみたら会って話したいということで翌日に会うことになった。
咲夜は先日の前園家との話し合いがあるということでここにはいない。
つまり二人きりということになるけど、彼は挨拶もそこそこに霊具について教えてくれ始めた。
「あるにはある……んだけど、先方が許してくれるかだな」
「うん? それはどういう意味で?」
「浄化の力に適した物は現存する中では瓢箪型のやつが一番になるんだけど、あれはそうとは知らずに作られた物だから制作物としては中途半端で清花さんの結界に対しては規格が合わないんだよ。だから最大限の結果を望むのなら正しい形で新しく一から素材を採って作るしかないんだ。それに作っていく過程の中で浄化の力を少しずつ織り交ぜていって馴染ませる必要がある」
「なるほどね。じゃあ問題は霊具を制作している人ってことでいいのかな?」
「そういうことだな。問題は今も素材に力があるかどうかとか、後は頼んだところで採らせてくれるかどうかかな」
流石に昔の知識があるだけあって頼りになる。まさかこんなとんとん拍子に話が進むとは思わなかった。
とはいえ、そんな彼でも顔を顰めるような何かがあるらしい。
「その人は気難しい人だったりするの? 例えば金では解決出来なさそうな感じみたいな」
「直接関わりのある清花さんには隠す程のことじゃないから言うけど、あの瓢箪の素材は樹齢数千年以上の神樹と言われる樹木なんだよ。その樹木の幹から取り出した一部と樹液が霊具の素材なんだ」
「……つまり、その神樹って呼ばれる程の木に傷を付けないといけないってこと?」
「昔は神事に用いる時に特別に拝領していたりしていて、その一部を使って霊具を作ったりしていたんだ。今でも残っているような神具と呼ばれる霊具には大体そういう神聖視されるような素材が使われたりしているね」
「その神事が今でも続いているのなら何か残ってたりしないのかな?」
「うーん。この時代ではまだ一度もその話を聞いたことがないんだよなぁ。……もしあったとしても素材としての望みは薄いかもしれない。保存方法が良くなければ採れたての物の方が全然品質が良いから。あの瓢箪の質を考えると期待はしない方がいいかも」
「そっか。ちなみに霊具の素材として使いたいって言っても採らせてくれないの? それともその神事の時にしか採れなかったりする?」
「素材自体はいつでも採れるはず。…………管理さえしっかりしていればだけど」
ボソッと言ったのが多分重要なことなのだろう。
その言葉の意味するところは管理の仕方次第では採れない可能性があるということで。
「今は管理する人がいないの?」
「本来はいるはずなんだけど、あまり名前を聞かないのが不思議なんだ。今も残っているなら一度くらいは耳にしてもいいはずなのに」
「そうなんだ。連絡先が分からないなら直接行ってみるとか?」
場所を知っているのならその方が早いし確実だけど、彼は何やら渋い顔のままだ。
「……もしかして、もうその場所がないとか?」
「邪な奴等に見つからないように秘匿されていて地図にはない場所だし、何かがあって場所を移転している可能性もあるし、ここ数百年で名前が変わっていたりするかもしれない。まずは地道に探すしかないだろうな」
「神樹っていうくらいだからその土地に根差した信仰とかあるんだろうし、移転の可能性はないんじゃないかな? 行ってみたら案外簡単に見つかったってこともあるかもよ?」
「そうだな。何にせよ行ってみないと分からないから、このことについては俺に任せて貰ってもいいかな?」
場所については彼しか完全には分からないようだし、探すのなら一人の方が身軽と言えばそうだけど。
「一人で行くより二人の方が良くない?」
「万が一を考えると一人がいいと思う。清花さんと行動をするとどうやっても目立つから方々に知られる可能性が高い。他人に知られるとなると管理者に悪い印象を持たれかねないし、邪な考えを持つ奴が知ったら面倒なことになる。だから今回は俺一人で行くよ」
「でも、お願いをしに行くなら当の本人が行くのが筋ってものじゃない?」
「それはそうだけど、あくまで向こうの現状を知るのが目的になるだろうから交渉はその次にしよう」
どうやら引くつもりはないらしい。任せきりにしてしまうのは心苦しい思いがあるものの、前持って一人で行くことを強く念押ししてくる辺り何かしらの理由があったりするのかもしれない。だとしたら無理は言えないか。
「分かったよ。でも何かあったらちゃんと言うんだよ?」
「了解した。危険があるかどうかもしっかり見定めてから動くことにするよ」
彼が気にするくらいの家が今どうなっているのか分からないのかは気になるところだけど。
一緒に動くとなるとどうしても目立ってしまうのは確かだろうし、昔の時代では存在が隠されていたらしいことからそれは望ましいものではないのだろう。昔からある家ほど仕来りや不文律があるというから何も知らない身では無理は言えない。
大蓮寺家の一件があるし彼一人だけを行かせるのは心配だけど、景文さんなら何かあっても逃げるくらいのことは出来るだろう。
景文さんは話題を変えようとしているのか、わざとらしく「あっ」と何か思いついたように声を出した。
「そ、そういえばなんだけど」
「うん? 急に歯切れが悪くなったね」
「いや、聞きそびれていたけどこの前アイツの家に行ったって聞いたんだけど……」
アイツと言葉を濁すのですぐに思い至らなかったけれども、最近に誰かの自宅へ行った記憶などあまりないのでそこでピンときた。おそらくは武原さんのことだろう。実際は彼の家ではなく天王寺家だけど。
それに一人で行った訳でもないし、仕事で行ったのだから何か良からぬ想像をされる余地は一切ない。
それは景文さんも理解はしているはず。それでも気になるものは気になるものか。
「彼のことなら心配しなくていいよ? この前の会合で言ってた友人の治療のことだったからね。治療後もすぐに帰宅したから食事を一緒にした訳じゃないし。何なら咲夜に確認してくれてもいいけど」
「そ、そっか……。いや、何でもないならいいんだ。咲夜さんに確認する必要もない」
「あぁでも、食事には誘われたね。断ったけど」
最後の補足情報に一瞬上がりかけた腰が再び落ち着く。
景文さんは顔を逸らして、軽く息を吐いて調子を整えていた。
「アイツも清花さん狙ってるみたいだから気を付けた方がいいよ」
「直接何か言われた訳じゃないし、こっちから断るようなことは出来ないよ」
「でも好意くらいは伝わってるんじゃないか? アイツの様子を見ても何も感じない訳じゃないんだろう?」
「それはまぁ、うん。同級生みたいにダメ元でとか記念にとかではないくらいは分かってるつもりだよ」
「ダメ元で、記念? ……ってそんな失礼な奴がいるのか⁉︎」
「そこそこの数でいるよ? 大体は学校でのことだけどね。景文さんの方こそそういう人が……あー、確か女性同士で牽制しあってるんだっけ。それはそれで大変だよねっていうのは前に話をしたか」
前に聞いた話では彼の恋人という席の奪い合いのせいで女性が身近に寄って来れないのだとか。
気安く告白されるのとどちらの方がいいのかと問われてもどちらも選びたくはないと思った。
「今となってはそのお陰で婚約者が決まっていなくて良かったと思ってるけどね。もし決まってたりしたら……。清花さんは第二婦人とかお妾さんとか、そういうのは何というか嫌だろ?」
もしも既に彼に婚約者がいて、それでも告白をしてきた場合のことを言っているのだろうか。
言われて考えてみる。けど、特段嫌な気持ちは湧いては来なかった。
「いや、別にどうとも思わないけど」
「えっ」
「隠れてどっちにも最愛を語るような、嘘を吐くことで成り立つような歪な関係は流石にどうかとは思うけどね? ただ……」
まだする立場、される立場に立っていないからこそだと言われればそれまでだけど。
「そういう感情的な話は抜きにして、世の中ではまだまだ退魔師が不足してるんだから、より優秀な退魔師を一人でも増やす為にも一夫多妻は合理的だとは思うよ」
「清花さんは合理的に考えるのか」
「感情や倫理の問題で一夫多妻制を否定したとして、そのせいで退魔師の数が足りずに妖怪との生存競争で負けた方が馬鹿らしくない? だからその例えにいる婚約者との接し方に悩むことはあっても頭ごなしに嫌だとは思わない……と思う。実際にその状況になった訳じゃないからただの想像だけどね」
生きるか死ぬかって時に姿勢がどうの箸の持ち方がどうのという知識や経験は意味を一切持たない。そんなもの妖怪からしてみれば何の関係もないし、そのことに時間を費やして勝手に弱体化してくれるのならどうぞどうぞとお願いすらするだろう。
人間の間でのみ通用する常識や倫理観といったものは人間社会そのものが維持出来ていなければ存在する価値すらないものだ。
力や資質が子々孫々に受け継がれるのであれば、強い男が多くの女性を娶るのはある意味で合理的で正しいことだろう。ただし遺伝子学的には正しいとは言えないので一夫多妻と言ってもせいぜいが多くて三人といったところに落ち着くのだろうと思う。
人々がより強い退魔師を増やしたいのなら積極的にそうするべきで、反対するなら自分で妖怪を何とかしろという話だ。
だからこそ強い退魔師には暗黙の了解として複数の妻を持つことが許されているのだから。
「凄い現実的というか、予想外の答えだった。周りの女の子は許さないって意見ばかりだったし」
「そういう人もいるだろうね。だから問題があるとすれば家庭内の人間関係かな。きちんと家族を養える財力持ちつつ家庭内に不和を生まないようにしないと気を使わないといけないんだから。そう考えると一夫多妻してる家は凄いよね。僕が夫の立場だったら精神的に物凄い疲れそうだから遠慮したいかな」
「……一夫多妻、か。俺の知ってる家族だと夫が管理をしているというよりは妻同士が協力しあっているという感じだったかな。……今思えばその家は元々男一人女性二人の幼馴染同士だからこそ結束出来たんだろうな」
それなら確かに上手く出来そうだ。元々仲の良かった女性たちなら気心も知れているだろうし、変に拗れることもなさそうではある。
「少し調べたことがあるけど、昔の日本でも一夫多妻制はあったみたいだね」
「寧ろ昔だとそれが普通だと言っても良かったくらいだな。とはいっても清花さんの言う通り複数人を養える財力を持つ身分のある人に限られていたからそんなに数は多くなかったけどね」
「だよね。今とじゃ価値観も違うだろうから一概に同じとは言えないと思うけど、そこから学べることとかはあるかも」
昔は今ほど女性に職のあった時代ではなかったはずだし、複数人娶ればその分妻も子供も増える訳だから必然的に財力は必要になる。
今だと女性でも稼げる時代になったのはいいことだと僕は思う。
喋っていて喉が渇いたのでお茶を飲んで一息吐いていると、彼の目線がとある場所に向けられているのが分かった。
それはつい先日に作られた霊具だった。
「一つ確認しておきたいんだけど、清花さんと咲夜さんが最近凄い霊具を作ったっていうのは本当?」
「凄いかどうかは別として、あれってもうそんなに話が出回ってるの? 別に箝口令を敷いた訳じゃないからいずれは漏れるとは思ってたけど、予想以上に出回るのが早いね」
「霊具制作の名門たる前園家と特異能力の呼ばれる天王寺家、そして何よりも清花さんが関わってるから情報収集をしっかりしてるような家には知れ渡ってるだろうね。事前にある程度を聞いていたから俺は驚かなかったけど、俺の周りでも軽く騒ぎになってたよ」
「そんなに? まだ一度も正式に稼働すらしていないのに?」
真剣な面持ちで景文さんが頷く。冗談でもない様子に言われたことが事実だとして受け止めるしかない。
制作が終わったのがつい先日だというのに本当に耳の早いことだ。
「それであの霊具がどうしたの? 確かに僕たちの間でも画期的だって話題にはなってたけど。ちなみに景文さんはあれがどういう物なのかは知ってる?」
「何となくは。でも天王寺家の術と咲夜さんの異能を知っていると流石に予想出来るよ。たぶん遠隔で浄化の力を持った雨を降らせるんだろう? 霊具を作ったのは天王寺家が騒動に巻き込まれない為だと思うな」
「正解、その通りだよ。けど咲夜の力って別にそう公にはしていないよね? つまり実際の用途に関してはあまり情報は漏れていないってことかな?」
「漏れてはいないけど、清花さんと天王寺家が関わっている時点でおおよその想像は出来ると思う。浄化の力と言えば他者や土地を癒すのと妖怪を滅するとの大体二種類の使い方があると思うけど、前者の場合は別に天王寺家の力を借りる必要性はそこまでない。となると候補は後者に絞られることになる」
「後は僕がどんな術を使うかで、大蓮寺家と言えば……ってことか」
知っている人は大蓮寺家の奥義が浄罪、つまり浄化の水を空から降らす術であることを知っているのだろう。白面との戦いでの僕が使用していたし、それさえ知っていれば答えに辿り着くのはもはや必然とすら言っていいのかもしれない。
「なるほどね。あの霊具のことが知れ渡ってるってことは分かったけど、それが一体どうかしたの?」
咲夜はそのことについてあれこれと考えたりどこかと連絡を取り合っているようだけど、僕としては遠くまで雨を降らせることが出来れば多くの人が助かるだろうなくらいにしか考えていない。
獲物の横取りご法度とされている退魔師の世界だけど、実力的に無理だとか妖穴の発生件数の増加で手が回らないからと応援の要請されれば自宅から援護が出来る。そうなれば救われる人もいるはずだ、と。
それに近いうちにまた大規模な妖怪たちの侵攻があると予測されているので、その時になればあの霊具を使って多くの場所の支援が出来るだろうとも考えている。
ただし、これは良い面ばかりであって恐らくは負の面がどこかしらにあるのだろう。
咲夜はそれについて悩んでいて、彼が指摘しようとしているのもそれのはず。
「まずこのことは咲夜さんに伝えておいて欲しい。もしも咲夜さんの眼が国外まで行けるとしても、それは決して口外してはいけないと」
「必ず伝えておくよ。けど、一応理由も合わせて聞かせて貰ってもいい?」
「単純に災いの種にしかならないからだよ。もしも清花さんの浄化の力が国外まで飛ばせると外国の勢力が知ったらどうすると思う? 答えは簡単、平和の名の下に協力を要請してくるに決まってる」
「自分たちはいの一番に逃げたのに?」
かつての同盟国も、潜伏していた敵対分子も、世界中で日本に初めに異変起こり、妖怪が復活したと同時にそれらはいなくなった。
対岸の火事だと思っていたからだ。
我が身に降りかかる災いだと考えないようにして、みんな我先にと脱兎の如く日本から逃げ出した。
退魔師として絶対に学ぶことになる歴史の授業の話だ。
そんな人たちが日本に助けを求めるなど笑い話にもならない。
「日本よりも国土が広いのに術者の数が足りない、なのに相手は強大で数も多い。そこへ遠くから広範囲の妖魔を一気に殲滅出来る力のある退魔師が現れたと知っても何もしないと思う?」
それはないと僕は心の中で断言した。口に出さないのは僅かばかりでも希望くらいは持っていたいから。
「本当に咲夜が外国まで視ることが出来るかどうかは別として、もしもそれが出来ると諸外国にバレたらどうなると考えてる?」
「最高の結果としては清花さんがバッタバッタとなぎ倒してあっという間に世界平和」
それはないなと僕たちは共通して認識しているので先を促す。
「最悪の結果は外国の力のある妖魔が一斉に日本に襲いかかってきて日本が滅亡する」
対してこちらは十分にあり得るなと思った。妖怪でさえ僕を目の敵にしているような節があるのに、国外にいる妖魔が自分たちも標的にされると知ったら僕を消す為に渡来してくる可能性は確かに捨てきれない。
そうなったら僕を見捨てるか徹底抗戦しか無くなってしまう。それは断じて出来ない話だ。
「外国の妖魔が実は大したことがなくて、あっさり返り討ちなんてことは?」
「あり得るけど、流石に楽観が過ぎるな。その程度の力しかないならとっくに滅ぼされているに違いないし、その考えは捨てるべきだと思う。必要なことだから聞くけど、外国の人まで救うのは日本の全国民を危険に晒してまですることだと清花さんは思うか?」
「それは……思わないよ。もし仮にやるとしても、それは日本にいる妖怪の全てが居なくなって、外国に移住してからの話になるね」
神出鬼没な妖穴と妖怪たちの住む妖界というものがある以上は妖怪の根絶の実現は不可能だ。つまり国外にいる人を助けるというのは現実的に考えてするべきではないという結論になる。
「日本の中にもまだ外国人は少なからずいるし、その中にはこっちの退魔師の情報を海外に渡している人もいるらしい。もしかしたら将来的に清花さんに接触してくる奴がいるかもしれないけど、その時は毅然として断った方がいい。……と咲夜さんにもそう伝えておいて」
「分かった。話したことを忘れない内に伝えておいてもいいかな?」
「勿論。二人にとって大事なことだからね」
咲夜のことだからもしかしたら既に外国のことについて想定しているかもと思ったけれど、それなら事前に僕に警告しているはずだ。国内のことについての対応で手いっぱいで国外のことについては頭から抜け落ちている可能性はある。
聞いた内容を出来るだけ分かりやすいように箇条書きにしつつ、自分と景文さんの意見も添えて送信する。
随分と長文になってしまったが大事なことだと最初に明記しておいたのでしっかりと目を通してくれることだろう。
「ありがとうね、景文さん。もしこれで咲夜が気付いてなかったら僕も気付けなかったと思う」
僕たちが弱小勢力である間は国内のことだけについて目を向ければ良かったけれど、立場が上がれば自然と関わる人の立場や人数の規模も上がっていくもの。
まだ想定していないような問題がどこかの奥底に眠っているかもしれない。
今回の話はその中でも対処を間違えると大爆発する爆弾のようなものだった。ならばそれを事前に回避出来るように教えてくれたことには感謝しかない。先程までの険しい顔から景文さんは少し困ったように笑った。
「清花さんのことだから外国人も助けたいって言うかと少しだけ思ってたよ」
「それは……まぁ、ね」
思ってはいる。けど、自分の力の足りなさは自覚しているので身の程を弁えているだけだ。
もしも自分に神の如き力があったとしたら話は別だけど、流石にそこまで自惚れてはいない。
「出来たら助けたいとは思うけど、さっき景文さんが言ってた通りに日本の皆を危険に晒してまですることじゃないと思っただけだよ。自分の我儘が他人の迷惑にはなって欲しくはないから」
「ははっ、他人を助けたい気持ちを自分の我儘って言えるのは清花さんらしいな」
「そうかな?」
「そうだよ。他にそう言える人を俺は知らない」
身近にいるのが心の優しい人ばかりなので僕らしいという言葉には少し疑問符の浮かぶところではある。より多くの人を見てきただろう景文さんが頷くのであればそうなのだろうと納得しておいた。
それと同時に端末が震えるので見てみる、どうやら咲夜から連絡があったようだ。
「咲夜も承知したって。感謝していると伝えてとも言ってるよ」
「咲夜さんなら既に考えていた可能性もあったから余計なお世話だったかもだけどね」
「余計だなんてことはないよ。僕は日本国内は意識していても外国のことはすっぽり頭から抜けてたし。やっぱりそういうことを言ってくれる人がいると助かるよ。本当にありがとうね」
「……あぁいや、うん。どういたしまして」
思えば景文さんには色々と助けられてばかりだ。危ないところを助けられて、霊具の器も探してもらい、今日だって霊具の素材をわざわざ探してもらうことになっている。これでは一方的に恩恵を受けているだけだ。あまり健全な関係性とは言えないのではないだろうか。
「うーん」
「清花さん?」
「一つ聞いていいかな?」
「き、急に改まってどうかしたのか?」
「うん。景文さんは僕に何かしてもらいたいことはない?」
「ある。……うんっ!?」
思わず反射的に答えたけどよくよく意味を考えたら
これは斜め方向に受け取られているかも。
「……えっと、変な意味じゃなくてね? お世話になってばかりだし、何か恩返ししないとなって思ってさ」
「そ、そういうことか。別に俺がしたいからやっていることだし、気にしないで……」
途中まで言いかけたけど僕の性格を考慮してか、少し思案する様子を見せる。
それから何かを口に出そうとして思いとどまるのを三回繰り返したところで何かを押し殺したような顔で。
「気にしないでくれ」
「そんなにバレバレの嘘を今まで見たことがないよ」
こんなものはもはや力を使うまでもない。例え小学生だろうと全員が正解するだろう。ひょっとしたら逆に嘘ではないのかと疑ってしまうくらいにはあからさまな嘘だった。
ただそれは流石に自分でも分かってるのだろう。「だよなぁ」と力なく呟いた。
「それで?」
「と、特に思いつかないので保留で」
つまり口にはし辛いお願いらしい。深堀すると僕も火傷しかねない事柄だということだ。
チラチラと特定の部位に視線が向かっているので非常に分かり易くはあった。
ならばこちらから何か提案するかとも考えたけれど、特に代案らしいものを思いつかないのでここは保留にしておくべきだろう。
「あまり借りが積もらない程度でよろしくね。それと不純な方向はなるべくなしでお願いね」
「も、勿論だとも。決して清花さんの意に反することはないと約束する」
羞恥心からか顔を真っ赤にしつつ手で顔を覆い隠す景文さんを揶揄うのは結構面白いと気付いた日だった。




