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三話-1 予定された恩返し




 以前に依頼として咲夜と協力して解決した事件があったのは記憶に新しい出来事だ。

 そこで瘴気に蝕まれた青年を助けたのだけど、聞いた話によるとあれから恙無く快方に向かっているらしい。

 らしいというのは僕が直接聞いた訳ではないからで。どうしてそれが話題に上がったのかと言えば、訓練室に篭っている僕に来客が来たからだ。

 相手は先の依頼で会った兄妹の妹さんの方、名前は確か命と書いてめいちゃんだったはずだ。

 あの後、改めてお礼の電話を受けた時に名前を聞いていたので覚えている。


「やぁ、いらっしゃい。命ちゃん。久しぶりだね」


「お久しぶりです。清花様。咲夜様。その節ではとてもお世話になりました」


 着替えてから会いに行くと、命ちゃんは礼儀正しく立ち上がって頭を下げた。

 その所作はとても綺麗なものだ。歳を考慮すればかなり出来ていると言っていい。

 あの時は色々と精神的な余裕がなかっただけで、落ち着いていればこの程度造作もないということらしい。

 これには咲夜も感心したように頷いていた。


「あら、まだ小さいのにしっかりしてるのね。千洋さん、お茶菓子を用意してもらえる?」


「畏まりました。少々お待ち下さい」


 命ちゃんのことは咲夜が事前に調べていたみたいで、依頼の時には良い所のお嬢さんだとは知っていたらしい。武原家と親交が深かったようだし退魔師の家系なのだろうなとは思っていたけど、家の詳細を僕が知ったのは治療が終わって帰ってからだった。

 

「まずはあの時はろくにきちんとした謝辞を述べることも出来ずにすみませんでした。また日が空いてしまったこともお詫び致します。今回は私がお願いをして一族を代表する形でここへ来させて頂きました」


「お兄さんを優先するの当たり前のことだから僕達は気にしていないよ。ねぇ、咲夜」


「そうね。私たちとしては報酬が振り込まれれば何も文句はないわ」


「咲夜?」


 こんな小さい子にいきなりお金の話をするのはどうかという視線を込めたものの、咲夜はそれを意に介さずに命ちゃんの方を向いた。


「大人の付き添いがないのは恐らく一族の代表として容認された上でこの場にやって来たのよ。つまりそのまま、貴方が次期当主という認識でいいのよね?」


「はい。その認識でお願いします。改めまして、天王寺家次期当主の天王寺命です。以後お見知り置き下さいませ」


 命ちゃんは再度丁寧な作法で持って僕達に礼をする。その仕草には幼さというものが微塵もなく、ただただ洗練された美しい所作のみがあった。まだこんなに小さい子が次期当主で、しかもここまで完璧な動きを出来るとは本当に驚きだ。


「そう。聞き辛いことを聞くようだけど、お兄さんには何か障害でも残っていたの?」


「いいえ。清花様が下さったお水のお陰で特に肉体的には何の後遺症もなく、いずれ完治して日常生活に戻れるだろうと他のお医者様も仰っています。霊的機能に関しても専門医を見つけましたのでいずれは何とかなるかもしれません」


「それは良かったわ。今後のお兄さんの回復をお祈りしましょう。だとするとどうして貴方が次期当主に? 問題なく回復するのであればお兄さんでも問題はないでしょう?」


 通常であれば、大蓮寺家の浄化の水みたいに女性のみしか扱えないような力を持つ家柄でなければ基本的には男性が当主になる傾向がある。或いは男子が死に絶えた場合や女性のみしか生まれなかった場合、そういった特殊な条件に限り女性が当主になることが多い。だからお兄さんが存命ならば、そして能力に問題がないのなら彼女が当主になる理由はないはずだけど。


「関係のあるお二人だからお話ししますが、その方が安全だからと判断された為です。嫁いだ先で安全が確保されるのか、そこを心配されておりまして」


「まだ危険があると考えているのならその排除に僕も力になるよ? 咲夜がいればかなり安心が出来る環境に出来ると思うし」


 まだあの怨念のようなものが残っているのなら何とかした方がいいと提案をしたけれど、命ちゃんは首を横に振る。


「その件は色々な人の力を借りて無事解決したので大丈夫です。それとは別に、一族が持っている術式が深く関係していまして。これがある限りは同じようなことが起こらないと断言出来ないと結論付けられました」


「あの怨念の元になる人物に狙われたのもそれが理由でっていうことかな?」


「はい。天王寺家では代々一族に伝わる術がありまして。……ご存知ですか?」


「いや、僕は全く。咲夜は?」


「私は知ってるわよ。というか、貴方が知らなさすぎなのよ。ほら、この子にも笑われているじゃない」


 僕達の視線を受けた命ちゃんはハッとした顔になって口元を抑える。

 しかし今まで笑っていたことを隠すまでには至らず、命ちゃんは誤魔化し笑いを浮かべていた。


「ば、バカにする意味で笑ってのではないのですよ? ただ、清花様ってやっぱり清花様なんだなって思いまして」


 良く分からないけれどそれで納得をしたみたいだった。

 

「それじゃあどうして?」


「これまで私の苗字を聞いた人は何か理由を持って近づいて来る人が多かったので」


「そうなんだ。特殊な力を持ってると大変なこともあるよね。その気持ちを少しは分かるつもりだよ」


 僕の場合は邪な相手が近づけられないような力だったから良かったものの、もしも違うような力だったら色々な人に利用されていたかもしれない。つくづく恵まれているなと実感するばかりだ。

 そういう意味では彼女は武原家に守られていたから何とかなった部分があるのだろう。やはり日頃から仲良くしている相手がいるというのは大事なことだ。

 内心で頷いていると、何やら咲夜と命ちゃんが二人で頷き合っている。最近こういうことが多いなと思いつつ、とりあえず何でそんな仕草をするのか聞いてみる。


「何か変なことでもあった?」


「変なことというか、今の話を聞いても清花様からは何の興味も感じられなかったので。私の一族の力が何かとか気にならないのですか?」


「何だろうとは思ってるよ。教えてくれるなら知りたい、くらいかな。あえて詮索する気はないっていうか。……あっ、もしかして今回来てくれたのは何か理由があったりするのかな?」


 話からしてあまり一族の力について語りたいという様子でもなかったのでわざわざ彼女が一族代表を語ってまでここに来た理由を聞く。

 お礼をするだけなら個人で来たり家族で来たりなどすればいい話で、彼女が一人で来る理由はないはずだ。

 そしてそれは当たっているようで命ちゃんは背筋を伸ばして緊張して顔を見せる。


「はい。今回こちらに参りましたのはお礼と、そしてお二人へのご協力です」


「お礼は分かるけど、協力ってどういうこと?」


「えっ?」

「えっ?」


 僕達は首を傾げる。いや、こちらとしては何でそちらが分からないのかが分からないのだけども。

 何だか話が噛み合っていない。そう思った僕たちは咲夜へと目を向ける。


「どうやら話を整理する必要があるみたいね。まず私たちは天王寺家に協力を要請したりしていないわ。その上で貴方は誰から私たちが協力を求めていると聞いたのかしら? そこをハッキリすれば自ずと問題は見えてくるでしょう」


 だからまずは落ち着いて思い出すようにと咲夜がお茶菓子を差し出す。

 命ちゃんはお礼を言いながらそれを手に取って咀嚼しながら過去を思い出してている様子だ。


「……清花様が助けを必要としているとかっちゃ……あぁいえ、武原家の勝己さんから聞いたのです。間違いありません」


「彼から? 私たちからは彼に何もお願いはしていないわ。どうして彼なのかについて心当たりはある?」


「思い出せる限りでは……えぇと、あの人も誰かから聞いたような口振り、だったかもしれません。あの時はこれで恩が返せると意気込んでしまい、周りが見えておらず……。きちんと確認をしてから来れば良かったです。早速失敗してしまいました。反省です……」


「そうね。例え信用出来る相手からだとしてももっと慎重にならなければ足元を掬われることになるから気をつけた方がいいでしょう。この分では例え彼に聞いたところでまともな答えが返ってくる可能性は低いでしょうね。話す気があるなら最初から誰から聞かされた話なのか言っているでしょうし」


「そう、ですね。私は……騙されたのでしょうか」


「騙されたというよりは誘導されたと言うべきかしらね」


「誘導、ですか?」


「私たちが貴方の力を求めているのは紛れもない事実よ。とは言っても、最初から求めていたのではなく貴方たちの依頼の時からその可能性に気付けていたのだけど。……恐らくだけど相手は私たちが貴方の力を求めているのを知っていて、けれど自分たちは直接干渉するつもりがないから武原家の彼を経由して貴方に話をしたのではないかしら」


「かっちゃんはその話を聞いて私に……?」


「きっと彼にとって信用の出来る知り合いなんだと思うわ。情報の裏取りをしないまま貴方に話してしまうくらいにはね」


 僕達でさえ知らない情報を知っていて、尚且つそれを人を使って教えようとしてくる。

 武原さんと知り合いでそういった情報に信用のある人となると自然と頭に浮かび上がってきた。

 しかし人を挟んだ上でのやり取りになるのでお猿さんに情報を伝えた人があの人とも限らない。

 だからこれに関しては犯人探しをしたところで無駄だろうし、このままでは犯人捜しに時間を食ってしまいかねないので可能性の提示くらいはしておこう。


「個人的な予想だけど弓削家が絡んでると思う。命ちゃんは弓削家は知ってるよね? 占い師の家系なんだけど、それで未来を視た中で命ちゃんの力が僕達に必要だっていうことを知ったんじゃないかな。何でこんな遠回りなことをしているかと言うと……色々あってその人たちは僕には直接関われないんだ。だからこんなやり方で接触させたんだと思う」


「あの弓削家ですか。あそこは国にとって必要なこと以外には手を出してこない人たちだという印象でしたが」


 その認識なら十中八九合ってはいると思う。咲夜もやり口に思うところがあったのか眉を寄せていた。


「予想が合っているのなら、少し前にあった若者の集まる会合に武原家の人間を呼んだのも清花にお兄さんを助ける依頼をさせる目的があったのかもしれないわね。直接の依頼でなれば緊急の案件か分からなかったし、口頭での説明がなければ多分解決はもっと先延ばしになっていたはずだから」


 間接的にせよ、色々と人の助けにはなっている辺りが実にらしいやり口だ。

 自分の目的と他人の目的とを上手く噛み合わせて自らの目的を達成するのが弓削家のやり方だと僕は思っている。

 今回のことは新たに目論んだというよりはあの会合が始まる前から——いや、僕が武原さんを助けに行ったことすら仕組まれていたものなのだろう。未来を知っている者だからこそ出来る仕業に違いない。


「ということは、私もその人に感謝した方が良いのでしょうか。結果的にその人のお陰で清花様が来てくれたのですから」


「本当に想像通りの人が計画したかは分からないしその必要はないんじゃないかな。匿名の善意ってことで気にせず受け取っておけばいいと思うよ。証拠も何もないんだ、聞いたところではぐらかされるだけだと思う」


「……分かりました。この件は勝己さんに聞かないでおくことにします」


「それでいいと思う。……それでなんだけど、彼からは他に何か聞いたりはしなかった? 具体的に何をして手助けをしろ、とか」


「具体的に……。あぁ、そうでしたね。清花様はそもそも私の一族の力をご存知ではないのを失念しておりました。この自惚れは自省しなければなりません。では、まずはそちらから説明した方がいいでしょう。咲夜様もそれで構いませんか?」


「えぇ。順序としてその方がこの子にもわかり易いでしょう。よろしくお願いするわ」


「畏まりました。口で説明するのも良いのですが、体感して頂くのが一番の近道になりますのでお手をお借りしてもいいですか?」


 手の平をを差し出すと命ちゃんがそれに重ねるように手を置く。


「勿論。接触が必要な力なの?」


「非接触でもある程度は使うことは出来ますが、触れた時の方が効率と出力が高いのは間違いありません…………『このように』」


「……っ⁉︎」


 最後の部分、命ちゃんは明らかに口にはしていなかった。なのに言っていることが言葉にして語ったのと同じくらい明瞭に聞き取れた。……いや、聞き取れたというよりは頭が理解したというべきか。


『その通りです』


 またも、頭の中で言葉が響く。勿論命ちゃんの口は開いてはいない。

 そして考えていることが彼女には筒抜けになっているみたいだった。


『天王寺家の術は"共鳴"です。他者と繋がることによって他者の力を増幅したり、言葉よりも早い意思伝達で作業効率やより緻密な連携を取れるようになるんです。もっと色々と出来ますがおおまかにはこんな感じですね』


「それって……『これでいいのかな?』」


『流石ですね。まさか瞬時に適応してしまうとは。一応、これでも取得難易度は高い術なんですが』


『いや、難しいよ? 乗っかってるだけだから簡単なだけで、術を維持しながら思い通りに会話をするのは時間が掛かりそうだね』


 水は不定形そのものだし、浄化の力は目に見えない実体のない力だ。それを扱う以上は力の扱いも慣れてくるというもの。

 それでもここまで早く適応出来たのは相手の感情が分かるようになったからだろう。ぼんやりとながらも相手の考えていることが分かるからこそ、こうし脳内に答えが返ってくる状況でも受け入れられる。


『血筋的に術式に最適な私でも意識を乗せて話すのは月単位の修練を要したのですが……うん。清花様は清花様なのであまり気にはしませんが』


 と言われても、出来たものは仕方がない。少しばかり恨みがましい目を向けられるけれど、それはすぐに無くなった。

 繋いでいた手を離し、お互いに元の姿勢に戻ったところで命ちゃんは語りだす。


「私の力はこんな感じです。他にも意識を一つの肉体に集めて感覚を共有して二人で動かすことも出来ますよ。これは相当な訓練が必要でして……」

「待って」


 何か引っ掛かる。

 

「はい? どうかされましたか?」


 何か、頭の中で何かが組み上がっていくような感覚がした。

 散りばめられた欠片が隙間を埋めていって、少しずつ全体像が浮かび上がっていくような。


「何が引っ掛かっているの? 彼女の力の使い道とか?」


「そう、使い道」


 視界に入る咲夜と命ちゃん。

 繋ぐ力、感覚を共有。


「例えば……他の人の視界を見ることって、出来る?」


「出来ますよ。それがどうかしましたか?」


 命ちゃんは知る由もないけれど、咲夜は既に理解している様子。


「実は僕達がやろうとしていることでどうしても出来ないことがあってね。僕の使う術の中に雨を降らせるものがあるんだけど、どうしても自分の視界の外まで範囲を広げることが出来なかったんだ」


「なるほど。しかし、それが他人の視界を得るのとどういう関係が?」


「それは……咲夜、どう?」


 もしも咲夜の遠くまで見通す目で景色を得られればその地域に浄罪を降らせることが出来るかもしれない。問題が視界だけならばこれで解決したも同然だ。


「私の眼を使うとしても問題は霊力量ね。質問なのだけど、貴方の術式で霊力量の負担を肩代わりして貰うことは可能かしら?」


「可能です。物質以外でならあらゆるものを繋いだり結合させたりすることが出来ますから。本人以外の霊力は上手く扱えないという問題でしたら天王寺家は解決済みなのでご安心下さい」


「大いに結構。それなら天王寺命さん、貴方にやって貰いたいことがあるわ。私が視た景色を清花に見せてあげて欲しいの。出来るかしら?」


「視界をですか? それなら簡単です。視界のみの共有は難易度としては簡単な部類ですので。……あの、聞いていいのか分からないのですが何をする気なのでしょう?」


「私の眼が特殊なのは知っていると思うけれど、その一つとして遠くを見ることの出来る千里眼のようものがあるの。これで見た景色を共有出来れば私の目で見通せる範囲であればどこにでも浄化の雨を降らせることが出来るわ。清花の雨は二級以下の妖怪であればほぼ瀕死か即死、一級でも相当の損傷を与えることが出来るのよ。貴方ならその価値を正しく理解出来るわよね?」


「一級までも、ですか? それが本当ならとんでもないことではありますね」


 術の通りが鈍い鬼でさえあの雨には耐えられなかった。一級相当の鬼が耐えられないものを二級以下の他の妖怪に耐え得るはずがない。

 何事にも例外があるので楽観視はしてはいけないけれど、少なく見積もったとしても相当な戦果を残すことになるのは間違いないだろう。

 しかしながら自らの目で光景を見たことのない命ちゃんは半信半疑といった様子ではある。


「もし繋がることで何かの証明が出来るならするよ?」


 もしもその部分の記憶を見たりすることが出来ればすぐに理解して貰えるはずだ。

 けれど命ちゃんは首を横に振る。


「……いえ、やめておきます。それが事実かどうかはさしたる問題ではありませんから。それよりも今は視界の共有が成功するかの方が大事でしょう」


「そうだね。証明なら成功すれば幾らでも出来るし。早速だけど試しにやってみて貰ってもいいかな?」


「はい! 天王寺の名に掛けて絶対に成功させることを誓います!」


「そこまで肩肘貼らなくていいよ。何が何でもすぐに解決をしたい訳でもないし。出来たら嬉しいなってくらいだから」


「いやいや、咲夜様から仰る通りならばこれは退魔師にとって歴史に残るくらい重大な出来事ですよね」


「他の人はそう考えているかもだけどね。だから凄く遠回りな形で君をここへ寄越したんだろうし」


「確かに! せ、責任重大ですが、精一杯頑張ります!」

 

 手を繋ぐ必要があることから僕たちと命ちゃんとを隔てる机を横に動かし、椅子を手が届く距離に置く。

 それから命ちゃんから差し出された手を僕と咲夜は片方ずつ繋ぎ、命ちゃんが宣言してから術が作動すると僕達の中に命ちゃんの霊力が流れ込んできて二人との感覚が繋がってきた。


「感覚の共有が馴染むまではお二人ともまだ目は開けないで下さいね。咲夜様、霊力量の方で問題がありましたら気にせず仰ってください。無理のない範囲で霊力をお渡し致しますので」


「あっ、それなら僕の霊力を使っていいよ。霊力量だけなら他の誰にも負けない自信があるからね。何なら命ちゃんが使う分も僕が補うから遠慮なく使っていいよ」


「そうなんですね。分かり、ま、し……」


 命ちゃんが言葉を止める。目を瞑っているから表情は分からないけれど、凄く驚いているのは分かった。


「あ、あのあの、霊力量などの個人情報についてはあまり触れないようにしているのですが、これはどういうことですか?」


「どういうことってどういう意味? 何かおかしいところでもあった?」


「清花様の霊力量です! 何ですかこれ⁉︎ 今まで色々な人を見てきましたが、あまりにも桁が違い過ぎて正直比べることすら出来ません⁉︎ 一体どれだけの量をこの身に……しかし、あぁっ、これ程の量があったらあの秘術がどれだけ使えるか……っ‼︎ 清花様、少しでいいので——い、いえ、すみません。少し取り乱しました」


 霊力量というのは扱う術の範囲にも使える回数にも繋がる。特に範囲については退魔師としては非常に大事だと言えるだろう。例えば浄罪を大蓮寺家が使ってきた過去のように、秘術や強い術を使う場合は数日間もの時を使って霊力を溜めなければいけなくなる。

 浄化の力のように一族のみにしか扱えないような術はその効果が唯一無二で強力な分、消費する霊力量も馬鹿にならないというのが退魔師界隈における通説だ。例に漏れず、この天王寺家の力も相当な力を消費しているのは間違いなかった。

 だからこその驚きようなのだろう。


「貴方もこの子の規格外さが理解出来たようね」

 

「これを規格外と言っていいんですか? その枠内にすら収まっていない気がするのですが」


「あれだけ注目されるのもそれなりの理由があるってことよ。それはいいから、霊力に関しては遠慮なく清花のものを使いなさい。術式の数回程度だったら数分もしない内に回復するでしょうし、気にする必要はないわよ」


「またしても聞き捨てならない言葉が聞こえたような……も、もう深くは気にしないようにすることにします」


「視界の共有をする際はまだ清花様は目を閉じていて下さい。自分の視界があるとどうしてもそちらに引っ張られてしまって共有が上手くいかない場合があります。咲夜様は開けていても構いません。目を閉じた方ままでも見れるのでしたらそれでも大丈夫です」


「分かったわ。……あぁ、少し思いついたことがあるから少し待って頂戴。……これでいいわ。ありがとう。初めていいわ」


 咲夜は一度僕達から離れた後、何か端の方でこそこそと何かをした後に戻ってきた。

 恐らくは必要なことなのだろうけど、僕達は首を傾げるばかりだ。命ちゃんも不思議がっていたけど、とりあえず話を進めることにしたようだ。


「分かりました。では手を繋いでから咲夜様が安定し始めたら清花様の共有を開始します」


「こちらは問題ないわ。次に進めて」


「経過に問題はありません。接続良好。安定確認しました。共有三秒前、二、一。接続開始しました」


 手を繋いだところから命ちゃんの力が、もう片方の手からは咲夜の力も流れ込んでくる。

 二つが僕の体に浸透して混ざり合った結果、目を閉じて光を遮断した視界に変化が起こった。


「これは……僕達?」


 まるで霊魂が体を離れ、浮遊した状態のように手を繋ぎ合った僕達の体を俯瞰していた。


「視界の共有は上手くいっているみたいね。確認だけどその状態から見て私の手の甲に書かれているものは見える?」


 本体の僕は依然として目を瞑っているので自分の眼からは咲夜の手の甲は見えていない。だからこれを答えることが出来れば視界の共有の証明になるということか。


「それがさっきコソコソとやってたことだね。……えっと、模様は星かな?」


「正解。そういえば、私の視界については天王寺さんは見ているのかしら?」


「はい。共有をしていますよ。清花様のお力を借りられているので問題なく三人繋ぎが出来ておりますので」


 言葉の意味合いからして二人を繋ぐよりも三人を繋ぐのは難しくて霊力の消費も多いということなのだろう。僕の霊力を代用することが出来て良かった。


「その調子でお願いするわ。いつもならもっと高速で移動する所だけど、初心者が二人もいるから少しずつ移動をしていきましょうか」


 僕達の返事を聞いて咲夜が視界を移動し始める。少しずつ上昇していき、物理を無視して建物の屋根を抜いていっても上昇を続けていき、少しすると今は建物を見下ろしていた。


「咲夜っていつもこんな景色を見てたんだね」


「もう慣れたものよ。それよりも二人とも、高い所は怖くない? 怖いようなら低空飛行するけれど」


「僕は大丈夫だよ。命ちゃんはどう?」


「私も平気です。人と意識を共有する時はいつもその人の目線になるだけだったので、こういうのは凄く新鮮で楽しいです! またやって欲しいくらいです!」


「……そう。私なんか、初めの頃は地上目線でしか見られなかったわよ。とんだ怖いもの知らずだわ」


「僕達は自分の視点じゃないって分かってるからね。咲夜は自分で動かしてる自覚がある分だけ恐怖感もあるんじゃない?」


「そうかもしれないわね。それじゃあ、今から少しずつ移動をしていって私たちの体から視界が届かない場所までゆっくり行くから貴方達は観光でもしていて」


 小さい頃から使える力だということもあって咲夜は特に苦に思うこともなく視界を移動させていく。

 僕たちは特に意識するでもなくただ景色が動いているのを見ているだけだ。

 眼下では今も普通に生活を送っている人たちがそれぞれの人生を歩む姿が見えていた。

 休みの日ということもあって子供たちが特に多く、あちこちを走り回っている姿が散見される。

 大人たちは買い物だったり家族で出掛けていたりと忙しいみたいだ。こうして俯瞰して見るだけでも実に様々な生活模様が見て取れる。これはこれで面白い光景だ。まるで鳥にでもなった気分だった。


「これが今、僕たちの見えないところにある生活なんだよね」


「そうよ。妖怪がいなければ大体こんな感じね。警報が鳴ったらすぐに自宅に帰るか最寄りの避難所に駆け込むから貴方が出動する時はいつも閑散としてしまうけど」


 忙しいということもあってそう街中に出掛けることがない身だからこういう方法で知ることが出来るのは楽しい感じがした。

 それは命ちゃんも同じみたいで、感嘆の息が先ほどから漏れているのが聞こえる。それでも術を途切れさせないのは修練の賜物だろう。

 距離としては車でも十分ほど掛かる距離の場所だ。流石に建物の並ぶ街でこの距離となると僕たちの居た場所からは視界には一切入らない。近過ぎず遠過ぎずといったいい塩梅だと思う。


「そろそろいいでしょう。ここは今私たちの体がある場所からだと見上げても位置の特定が困難な場所になるわ。この状態で清花が術を扱えるか、そして使った術がこの場所に適用されるのかが課題になるわね」


「出来るよ」


 まだ出来た訳ではない。ただの直感的なものだけど、その確信が僕にはあった。


「言うじゃない。何か確信でもあるのかしら」


「そこは論より証拠ってことで……」


 視界にある上空に霊力を送り込み、そこから大量の水蒸気を発生させて雲を作り出して霊力で干渉、そこから僕の霊力を含んだ大量の雨を降らせる。

 ただ今日は快晴なので降らせる場所は今は人気のない場所に絞っておいた。この行為が難しいかと言われると全くそうではない。何しろ目に見えている範囲に術を行使するだけだからだ。距離のせいで発動までに多少の誤差があるかもしれないけどそれも微々たるもので収まっているように感じた。

 極めて局所的な雨は不自然のように感じる人もいたようだけど、術の行使を止めたことでそれもすぐに収まったようだ。


「問題なく成功ね。後は範囲を拡大するだけだし、それ自体は大した問題ではないでしょう」


「これなら特に練習の必要もなさそうだね。命ちゃん、術の方は打ち切って貰って大丈夫だよ」


「……あっ、はい。分かりました。それではまず清花様は目を瞑って下さい。それから咲夜様が力を止めるのを確認後、三秒後に意識が戻ります。……視界の方を確認しました。術式を解除します。三、二、一……」


 手から伝わってくる術の気配が途切れると同時に視界が真っ暗に切り替わった。同時に意識がこちらに戻ってきて、自意識が自らの肉体にピタリと嵌まった感覚がした。それと浮遊感がなくなったせいか少し体が重く感じる。

 

「ありがとうね、命ちゃん。お疲れ様。疲れてない?」


「霊力の肩代わりをして貰えたので全然大丈夫です。……それに、これくらいではまだまだ恩返しにほど遠いかと」


「いやいや、僕たちが求めていたものがだったんだからこれが良かったんだよ。これで遠距離に対して雨を降らせることは出来るようになったね。……あー、でもやろうとする度に毎回命ちゃんに頼むことになるのかな」


「私はそれでも構いません。呼んで下さればどんな時でも最優先で駆け付けます!」


「それは悪いよ。命ちゃんも家のことがあるだろうしさ」


 命ちゃんと押し問答をしていると咲夜が手を叩いて注目を集めて。


「その辺りについては私に考えがあるから落ち着きなさいな」


 いつの間にか机に並べられていたお菓子を指差しながら着席を促すと、命ちゃんは目を輝かせながら元気よく返事をしたのだった。

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