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二話-7 これからのこと




 千郷は表向きとして葛木清光に贖罪をする為に僕たちと一緒に暮らすことが決まった。

 一度も帰宅することなく、電話越しに口頭で説明をしただけなのに。

 本当に大丈夫なのかと心配になったけれど、これは咲夜が電話を代わって事情を説明をしても結局は何も変わらなかったので決定と相成った訳だ。

 加えて千郷の要望ですぐに家に帰すのは止めて暫くは滞留するとも決めていた。

 彼女の良心が娘に対して強く出られないという話は本当のことだったらしい。

 そんな風に半ば強引に滞在を認めさせた千郷だけど、早速と言うべきか感情を爆発させていた。


「ねぇ、いい加減そろそろヤメにしない?」


「何がでしょう? 千郷さん」


「そのお嬢様風のことを言ってんの! 清花が清花過ぎて頭がおかしくなりそうなんだけど!」


 千郷としてはこの話し方の方が印象深く、清花の状態の僕に早く慣れてもらう為に途中からやっていたことだったのだけど、どうやらそろそろ限界みたいだ。

 隣にいる咲夜の視線は生暖かいし、倉橋さんももう良いと頷いているのでちょうど良い頃合いだろう。


「分かった。じゃあ戻すよ。……えっと、どうですか?」


 倉橋さんの目が勉強をする時のものになっていたので一応の確認をしておく。

 もし何か変なところがあればすぐに直した方が良いから。

 再び一同が集まってからの僕の仕草を思い出しているのだろう。少ししてから答えてくれる。


「気を抜けない本番を経たことで感覚が磨かれたのでしょう。動きからぎこちなさが少しずつ無くなってきていますね。もう少し頑張ればより自然になるかと」


「ありがとうございます。後で修正箇所を教えて下さい」


「勿論です。そこのお嬢様も一緒に如何ですか?」


「えっ」


 仕草の話となると都合が悪いのかそっぽを向いていた千郷だったけど急に話を振られて驚いていた。


「ここで暮らす以上は様々な人の目に触れることになりますからね。清花お嬢様の"お友達"としてそれなりの品格を持って頂かねば周囲の者にどう思われるか分かりませんよ」


「私はみ……清光の為にここにいるので! 清花自体とはあまり関係がないっていうか……っ!」


「伝わらないようなので率直に言いますと、清花お嬢様に悪い影響を与えかねないので大人しく教育を受けて下さい。……受けて下さいますよね?」


 このままではのらりくらり逃れようとすると判断したらしい倉橋さんは直球の言葉でもって逃げ道を破壊した。拒否は許さないという恐ろしい雰囲気にいつもは強気の千郷もタジタジになっている。

 だからといってそこで僕の方を見られても困るので諦めるように肩を叩いた。


「清花お嬢様が一から……いいえ、零からここまで成長されたのですから元々が女性である貴方に出来ないはずがありません。授業の間は一緒にいられると思って受けて下さいね」


「……でも、私……そういうの、本当に苦手で……」


「清花お嬢様を見てもそう思いますか? 女性としてそれでいいと本当に思いますか?」


「う゛っ、それは……」


 話題に出たからか千郷がこちらを見る。それに対してお嬢様風の微笑みで返すと千郷は空気が抜けたように机にだらんと体を預けた。


「私じゃなくても清花と比べると大抵の女の子が勝てない気がするんだけど」


「それは容姿が強く関係しているからでしょうね。あのお顔だけでも清楚さが大幅に補強されておりますので」


「あぁっ! 確かに! 顔がズルいんだ! だから私は悪くない!」

「いいえ、それを抜きにしても貴方の所作は粗野なところが多いので矯正する箇所は山のように沢山あります。目先の出来事で現実から目を逸らさないように」

「…………」

「いいですね?」


 千郷はこれ以上の失言をすまいとキュッと口元を結んだ。


「お馬鹿な会話はその辺りにして頂戴。話を進めるわよ」


 馬鹿呼ばわりされた千郷が立ちかけるけれど、倉橋さんの視線によってすごすごと身を縮こまらせる。

 腕っぷしが立つだとか、退魔師として強いだとか、そんな程度のものであの眼力に敵うはずもない。あれに対抗するにはもっとこう……人生経験が要るのだ。

 そうして大人しくなった千郷を見やりながら僕に問いかけてくる。

 

「さて、ここに芹井さんがいる以上は二人の話し合いは概ね良い方向に進んだと思っていいのよね?」


「うん。千郷は秘密について守ると約束してくれたし、今後のことについても協力してくれるって」


「そうでないと困るわ。私の方でもあれこれと脅し文句を考えておいたけれど使わないで済んで良かったわね」


「それを口に出しちゃダメでしょ」


 何でわざわざ言うかなと目線で問いかけると、咲夜は千郷の方を見ながら言う。


「決まったことだし、清花のことは信頼しているから貴方がここにいることを許容しているの。でも私や他の人は貴方のことを何も知らない。だからもしも貴方が秘密を漏らしたとしたら、その時に罪に問われるのは貴方ではなく清花の方だということを肝に銘じておいて頂戴」


「何で私じゃなくて、清花が? 理屈が通ってなくない?」


「罪を贖ってくれる信用すらもないからっていうのもあるけど、何より貴方にとっては自分に対しての罰よりも清花に対しての罰の方が効くでしょう? 違わないかしら?」


「……このっ」


 千郷の額に青筋が浮かんだような気もするけれど、それは一瞬で無くなった。代わりに千郷がこれまで見せなかったような"笑顔"で咲夜を見た。


「それなら心配はないんじゃない? だって"あの"清花が信用してくれたんだし。付き合いで言えば"私の方が"長いのだから信用も私の方"が"あると思うけど?」


「その信用もどの方向のものなのかは言わずもがなだけれど、ね」


 両者が無言で睨み合う。それを止めようかどうか悩んでいると、大門先輩に肩を叩かれた。

 そのまま廊下まで連れて行かれると小声で話し始める。


『お二人に関してはあのままでいいのです。無理に仲良しこよしにさせる必要はありません』


『……それはどういう理由でですか?』


『これからの諸々のことについて対処する為には短時間での結束が我々には必要です。であれば腹の中を隠してニコニコよりは本音を曝け出し合った方が良いという判断ですね。そう咲夜お嬢様がお決めになられました』


『一理はありますが。……大丈夫だと思います? あの態度で結束が深まるとは思えないのですが』


 結果として関係性に亀裂が生じていたら意味がない。以前から面識自体はあったようだけど、それは決して良好なものではなかったはずだ。少なくとも現時点でああして引き摺っているくらいには。


『そこはあの人が上手く調整してくれるでしょう』

 

『確かに倉橋さんから安心ですけど、僕はあそこにいない方がいいんですか?』


『今回に限り、清花お嬢様は傍にいない方がいいでしょう。話題の中心ですから、場合によっては逆に拗れてしまうかもしれません。例えば清花お嬢様がどちらに心情をお寄せになるかなどですね』


 咲夜が考えて大門先輩がそう言うのなら素直に従っておこう。それに倉橋さんがいれば悪いようにはならないはずだ。

 二人が話し合っている間にずっと近くにいると千郷は気配を感じてしまうし、咲夜の視界には入ってしまうので僕は遠くにいるとしよう。

 時間潰しに稽古をつけて貰っているとどうやら向こうの話し合いは終わり、呼んでいた人も来たみたいなので浄化の水で汗を流してから向かうことにする。

 千郷との顔合わせ為に途中で合流した清光としての柳さんが先に中に入ると──


「誰?」


 一発だった。見てから五秒とかからずに看破していた。

 清花の僕は分からなかったのに柳さんのことは一瞬で見破っていたのは何故だろう。

 とりあえず深く考えないことにして、種明かしする必要もないので僕も中へ入ることに。


「こちらは柳さん。葛木家の分家筋の人で身近な人物に変身することが出来るんだ。それで僕の影武者をやって貰ってる」


 車椅子に乗った姿を示して説明をすると、柳さんは僕らしい仕草でもって挨拶する。


「こっちは一方的には知っていたけど、一応初めましてと言っておこうかな。僕のことはみっくんと愛称か、呼ぶのに抵抗感がある時は清光と呼んでくれればいいよ。これから彼……いや、彼女の秘密を守る者同士としてよろしく頼むね」


「葛木家の……。そういうことならよろ、しく? 一応聞いておく……おきますが、中身は何歳……ですか?」


「君のお母さまと旧知の仲とだけ言っておこうかな。それ以上はこれから協力する上であまり必要じゃないだろうからね。清花と違って君はそうポンポンと態度を変えられないだろう?」


「それはそうだけど。協力って言、いましたよね? つまり貴方を清光だと思って接しろってこと……ですか?」


「そういうこと。だから敬語は必要ないし、態度も清光君に対してのもので構わないよ? 正体をすぐに見破った君からすると最初は難しいだろうけど、彼女の為に一緒に頑張ろう」


「わ、分かっ……た。よろしく……でいいの?」


「うん。僕は清光君本人じゃあないけど、この姿をしている時は彼と同様に接してくれると嬉しい」


「難しいけど頑張ってみ……る。それが私の役目なんだし」


 僕も最初は敬語が出てしまっていたけど最近は慣れてきたので千郷もすぐに慣れてくれるだろう。

 そんな感じで各々が顔合わせをしたことでこの場には全員が僕や咲夜の立場や事情を知る人のみとなった。その最初の一回目となる今回は少し空気感が違う。各々がその空気を察して静かになる中、咲夜は立ち上がって注目を集める。


「色々と急ではあったけれど、有難いことに柳さんと芹井さんが協力者に加わってくれたわ。これで以前からの問題だった人不足と清光についての問題点が解消されると願うばかりね。そのことに対する感謝とこれからの働きに期待する意味を込めて二人を歓待する催しを開こうと思っているわ。別に一芸を披露しろという話ではなく、単純に談笑しながら飲み食いをするだけだから何が食べたいか言うだけ言ってみて頂戴。とびきり高額ってことでもなければ大体は許容範囲だから」


 妖怪退治の報酬はまだまだ残っているし、激励の言葉と共に寄付金も頂いているのでそちらも合わせればこの人数でも大した出費にはならないだろう。

 そのことについては千郷の動向が心配ではあるけれど、そちらを抑えるのは咲夜に任せるとして。


「倉橋さんと大門先輩も、その時はお仕事は少なめにしてゆっくりして下さいね」


「おや、私共もですか?」


「皆を含めての親睦会なのでお二人も入っていないと意味がないですから。減らした分のお仕事は僕もお手伝いしますので」


「ではお願いするとしましょうか。割り振りは後で決めましょう」


「はい」


 完全に何もしないというのは二人の性分として難しいだろうから、お店から料理を取り寄せるなどして手間を減らして欲しい。いつもより人数が増える分、そういった所で手間を減らしていくべきだろう。

 倉橋さんなら経験豊富だからそんな心配はいらないかもしれないけど、口に出して言っておかないと二人とも仕事ばかりして休んでくれなさそうだから。


「では日程が決まり次第注文をしておくことにしましょうか」


 急遽としてだけど企画された催しだけど咲夜と倉橋さんが計画立案をしたら色々とあっという間だった。

 六人分の食事を注文し、適当に場を盛り上げる為の小道具を購入する。

 そこまで大々的にする必要はないとのことなので変な物は購入せず、千郷が実家に一度戻る前にやってしまうことになった。

 それから二日後、僕と千郷とで適当に飾り付けをした居間で咲夜が立ち上がる。


「料理が冷めるから手短にしましょうか」


 六人が集まる広間の机には所狭しと豪華な料理が並べられている。それを取り囲むように並ぶ僕たちの中で主役の立ち位置にいる咲夜は視線を集めながら軽く咳払いする。


「私一人ではここまでやってこられなかった。過酷な道の中、偶然にも清花と出会えたのは紛れもなく人生で一番の幸運だったわ。けれど、清花にはこれからも私よりも過酷な道が待ち受けているでしょう。私を含め貴方達にはこれからも各々のやり方と立場で彼女を助けてあげて欲しい。その為なら私たちは一致団結し、どんな困難にも立ち向かえると確信しているわ。……乾杯」


 咲夜の音頭に合わせて四人の乾杯の声が鳴る。やや遅れて僕も乾杯と口にした。

 未成年が多いということで酒精の類の飲み物はなく、事前に取り寄せておいた各々の好きな飲み物を口にする。

 千郷が我先にとお肉に手を付けている中、僕は隣にいる咲夜の脇を小突いて問う。

 

「何で挨拶なのに僕の話題が中心なのさ」


「芹井さんも柳さんも貴方の為にやって来たのよ。決して私の為にじゃない。なら二人に対しての宣誓はあれしかないでしょう」


 咲夜がそう言い切ると、話を聞いていたらしい柳さんが僕の肩を叩いた。


「そうだね。僕たちは清花の為にここにいる。頭目が咲夜なのは理解しているし尊重もしているけど、それはあくまで君がいるという前提で成り立っていることだからね」


「ほーよ。ああしはまあいとえてあいんらから」


「千郷、倉橋さんに怒られる前に飲み込もうね」


 例えこのような場でも度が過ぎた真似をすれば倉橋さんの雷が落ちる。

 その気配を察したのか、急いで口の中にあるものを飲み込んでから千郷は姿勢を正した。


「私はまだアンタが上だってことを認めてないから。力関係で言えば一番下でしょ。さぁ敬いなさい」


「野生動物じゃないのだから腕っぷしだけで何もかも決まる訳ないでしょう。それとも芹井さんは野生で生まれ育ったのかしら? あぁでも、その野生の理論なら貴方より実力が上の清花が私を頂点としているのだからはこれからはどんなことにも従って貰わないとね。そうじゃないと貴方の考え方が一貫していないことになってしまうけれどいいのかしら?」


「またやってる……」


 二人の間に敵意や害意といった悪感情はないのは知っている。放っておいても問題がないことも。

 しかし今回ばかりは止める。これが二人の関係性だとしても、場の空気くらいは読まないと。


「そこまでにしようか」


 浄化の力を二人の頭に送り込む。悪意はないにしても言い負かしてやろうという気はあるのでどうやら効いたみたいだ。二人とも痛みが走ったような顔をした後に体を一瞬びくつかせた。


「……清花、貴方ね」


「いっ……たぁ……こ、これが浄化の力ってやつ?」


「二人とも、握手しよう」


 なぜ二人がこんな関係なままなのか疑問に思っていた。咲夜はこんな不毛な関係は続けるような性格ではないし、千郷だってこんなにも引き摺るような性格ではない。

 日を置いたら何とかなると思っていたのは僕の勘違いだったみたいだ。

 必要なのはもっと近づいてお互いを知ること。二人の間にある共通点は僕になるけれど、それを抜きにした二人だけの関係性を構築していかないとずっとこのままな気がする。


「握手、しようか? その様子だとまだ一度もしてないよね?」


 僕が引かないと見てか、二人は口元をへの字に曲げている。


「……全く」

「……それはこっちのセリフよ」


 僕のいない間に二人がどんな会話をして二人がどんな合意の下に今の関係を構築しているのかは分からない。

 ひょっとするとこれが余計なお節介の可能性もある。時間が経てばもっと良い関係性になっていたかもしれない。

 だからこれは僕の我儘。二人が形だけでも険悪な様子なのは見ていたくないというただの願望だ。


「そんなに強く自己を主張出来るようになったんだね」


「や……き、清光」


 不承不承といったように心の中では熾烈な争いを繰り広げているみたいに握手をする二人を眺めていると、いつの間にか隣に柳さんがやって来ていた。

 自分の姿をしている人物に自分の名前を告げるのはまだ慣れないか。

 他人に対して自分の名前を告げる僕に含みのある笑いをする柳さんは微笑ましそうに天井を見る。

 

「あの頃の君はあまり自己表現が得意な子ではなかったからね。あんな思いをすればそれも当然のことだけど。…………ねぇ清花。今は幸せかい?」


「何を突然を言い出すの?」


「いや、ふと頭に過ってね。幼い頃の君に伝えるつもりで答えてくれると嬉しいな」


 あの頃の僕を知るこの人だからこその質問という訳だ。

 これは柳さんとしての質問なので、こちらもそのように対応する。

 

「今も昔も幸せですよ。特に今は誰かの為に役立っているということに満足感と充足感を感じていますから」


「それが君の不可逆の変質を代償としていても?」


「代償というのは言い方の問題じゃないですか? 僕にとっては恩恵と言い換えた方がしっくりきます。少なくともこの力は僕に良い結果ばかりをくれています」


「なるほどね。物事を良い方向に捉えられているならいいんじゃないかな。……とはいえ、それは苦難の道だよ。男女の問題も然りだけど、退魔師の世界は上に行けば行くほど面倒事も増える。葛木家はそれを嫌ってわざと退魔師らしくない振る舞いをしている部分もあるほどだよ?」


「全て承知の上です」


「そっか。それなら僕から言うことは何もないよ。実家の方にもそう伝えておくことにするかな」


「返答次第では何かするつもりだったんですか?」


「特に、何も。でも君が本当に困った時には陰ながら手を貸してくれると思うよ。その時は僕の方からそれとなく伝えるからいつでも言うといい」


 そう言って柳さんは僕の傍を去っていく。最後の言葉に僕が何と答えるか迷っていたのを察したのだろう。

 柳さんと話し終えると代わりにやって来たらしい人が横に座った。

 

「咲夜ならさっきの答えにどう返してた?」


「私の両親だったらと考えると信じられないの一言ね。何を今更としか思わないわ」


「正直に言えば僕もだよ。本人たちと話せば何か違うのかもと思うけど」


「貴方が清光として生きていくのならその道もあるけれど?」


 清花として生きていくということは、葛木家とは縁を切るという意味であることは理解はしていた。

 向こうも僕のことは大して気にしていないのだから僕も気にしないようにと考えていた。

 けど、それがここ最近で事情が変わった。家族が僕を心配しているという柳さんの言葉が偽りではなかったからだ。

 咲夜が言いたいのはもしも家族の気持ちを知ったら考えが揺らいでいるかもと思っているからだろう。

 確かめたいという気持ちが芽生えたのは確かだ。しかし、それは許されない。

 自分自身がそれを許さない。


「それはないよ。僕は家族とは会わないし、会ったとしてもこの舞台から降りるつもりはない」


「私としては……。いえ、何も言わないでおきましょう。貴方の覚悟が揺らいでいないようで安心したわ」


「内心ではそう思っていないみたいだけど?」


「女心は複雑なのよ。……貴方もいずれ知るといいわ」


 本当は追及したかったところだけど、咲夜は風に当たってくると行ってどこかへ行ってしまう。

 追いかけて話をするべきかと悩んでいると、今度は後ろから千郷に抱きつかれてしまった。


「やっと空いたーっ! 清花ってばちゃんと食べてるの? ほら、高級お肉持って来てあげたよ」


「ありがとう。千郷は……満足してるみたいだね」


「うん! こんな美味しいのウチでも滅多に食べられないしね。流石は清花! おっ金持ちー!」


 本来なら持ち回りでやる仕事や集団で処理する仕事をほぼ一人で独占状態でこなしているから自由に出来るお金は相当貯まってはいると思う。ただそこから戦闘被害の修繕費だったり諸々の経費が差っ引かれている訳だから、本当のところどれくらいまで貯まっているのかは咲夜と仕事のお手伝いをしている倉橋さんくらいしか分からない。

 実際、今はどれくらい貯金があるのだろうか。気にはなる。しかし一度見ると価値観が破壊されてしまいそうだ。


「千郷はお金は貯めてないの? ……あぁいや、ご両親が管理してるって話だっけ?」


「それも治療費とか霊具代とかに充てられてるからそんなには残ってないと思うんだよね。世間からは夢のある職業みたいに思われてるけどさ、命懸けってことも踏まえるとホント割りに合ってないわ」


「確かにね。一級は一級で相応の相手と戦うことになるし、決して楽な仕事ではないよ」


「その点! ここにいれば治療費は実質タダだし、諸々を経費として出して貰えるからお金が貯まりそうなのは嬉しいかも。はむ……うーん、美味しい!」


「経費か。二人でいる時に咲夜とそんな約束してたの?」


「まぁね。妖怪が壊した分は払ってもいいけど自分が壊したのはダメって言われたのは納得いかないけど」


 それは流石に断られて当然だろう。


「他の所の治療費ってどれくらいかかるものなの? 僕は自分で治してるから分からないんだよね」


「さぁ? 私もどこかと比べた訳じゃないしよくは分からない。でも大抵の人は普通の医師免許に加えて術を使った処置をするからその分割高だと思う。術による治療は国保の適用外?だっけ、確かそうらしいし。……んぐっ。そういう意味でも清花を嫁に出来れば治療費が浮くどころか稼ぎになる訳だから一石二鳥だよね」


「そういう見方もあったのか。丁度最近実績も出来たことだし、その路線で稼ぐのも悪くないかもね」


 世の中にはあの兄妹の家族みたいに呪いに困っている人もいることだろう。その全てが僕じゃないと解呪出来ない訳ではないはずだけど、治療術師の絶対数が足りない以上は必要とされるとは思う。


「うーん。戦い続けるよりは安全面を考えればそっちの方が断然いいとは思う。ただ……」


「ただ?」


「そうホイホイと安請負をされると相場が壊れちゃうし、清花に頼む時のお値段は他より高くなると思うよ。流石にその辺りは私たちよりアイツの方がよく分かってるんじゃない?」


「……やっぱり難しいと思う?」

 

「もし清花が日本中の病気の人を治せるとしたら誰だって頼りたくなるでしょ。そうなったら世の中に何万といるお医者さんたちのお仕事がパーだもの。それで仕事を失ったらついでにその家族に親類縁者まで被害を受けるって考えると諸手を挙げて賛成とは言えないんじゃない?」


 日本中の全ての人がということは流石にないだろうけれど、対応を間違えれば不満を持つ人も出てくるだろう。

 高額な治療費を請求すれば貧者は見捨てるのかと怒る人も出てくるだろうし、何とも難しい問題だ。


「こればかりはねー。清花と同じくらい浄化の力を使える人が増えれば話も違ってくる……だろう、けど」


 同じ未来を想像したはずの千郷は言葉を口にしながら段々と眉間に皺を寄せていった。

 そして僕の方を見て、筆舌に尽くしがたい物凄く複雑そうな表情をして。


「そういえば……つまり、あれはそういう……」


「急にぶつぶつとどうしたの?」


「私に言わせないでよこの馬鹿ぁ!」


「っと、危ないなぁ」


 唐突に襲い来る理不尽な攻撃をいなしつつ考える。

 彼女は頭の中で想像をし続けるとどんどんと考えが飛躍する傾向にあるから、果たして今は一体どんなことを妄想をしているのやら。

 暴れ状態になった千郷は手が付けられないので適当に好きそうな物を口に突っ込む。それで大人しくなってくれるので扱いやすくて助かる。そうして餌付けをしていると咲夜も戻ってきて料理を食べたりとしていた。

 全体を見渡すようにずっと倉橋さんは僕たちを見ていて、大門先輩は仕事をしなくていいと言ったのに給仕をしてくれているみたいだ。代わりにやると言っても譲らないので任せているけど。

 食事も無くなって日が暮れてくる頃、柳さんが変身限界時間が近いからと帰宅するのを頃合いとして歓迎会も終了とし、僕たちはそれぞれ片付けを手伝っていく。大人側の方が多かったので大騒ぎとはいかなかったものの、千郷がいたことで大分賑やかな方ではあったかもしれない。

 だからか終わってからのしんみりとした空気がある意味で新鮮で。だからこそ少し名残惜しかった。


「またやりたいな」


「いいけれど、何かしら名目が欲しいところね。じゃないとただの浪費だもの」


「じゃあじゃあ、清花の昇級祝いとかはどう? 多分今は三級とか二級でしょ? お祝い事として丁度いい機会じゃん」


「清花は協会に所属していないから昇級はしないわよ。だからそれは無理ね」


「は? は、はぁ~っ!? 何で所属させないのよ! 退魔師にとって自分の価値を指し示す等級がどれくらい価値があるかアンタだって分かってんでしょ!? あー分かった! どうせ何も分かってない清花から搾取する為に所属させてないんでしょ!」


「はぁ。だから……」


 いや、名残惜し……くはないのかもしれない。こういうやり取りはこれからも続きそうだったから。少なくともこの喧噪が聞こえなくなるまでは寂しいという感情がわいてくることはなさそうだ。

 そんなこんなで仲良く(?)わいわい言い合いしている二人に共同での皿洗いを任せることにして、僕は倉橋さんと掃除に精を出すのだった。

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