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二話-6 取捨選択

最後の方を少し改稿しました







「はぁ……みっくんってばこんなに可愛くなっちゃってさー。女の子の生活って本当に大変なんだよ? 肌の手入れに身嗜みでしょ、それに季節毎に流行りの服も揃えなきゃだし、あと女の子同士の確執とかさ。辛いよー? 怖いよー? か弱いか弱い清花ちゃんに耐えられるの? んー?」


「みっくんか清花かどっちかにしてくれない? あとそろそろ肌を擦るの止めて」


「えぇ〜、女の子同士ならこれくらい自然だよ? それとも照れちゃったのかなー? 単なる女の子同士の触れ合いなのに? おっかしいーんだー」


 話して来ている内に段々と慣れて来たのか、調子が戻ってきた千郷は僕に絡みついて離してくれない。会合の時の誰とも距離を取っている姿からは想像が出来ないような変わり様だ。それこそが本来の姿だと知っているものの、今の千郷を名雪さんたちが見たら凄く驚くだろうなと思う。

 ついでに腕やら脚やらを弄られているのでどうしようかと悩んでいると、対面で座っていた咲夜が椅子の肘置きで頬杖をしながら呆れたように声を出す。


「今はいいけれど、外では自制しなさいよ。清光君と仲直りはしても、清花と必要以上に仲良くする理由は貴方にはないのだから」


「それなんだけど、公表する訳にはいかないの? 今の清花の名声から考えればある程度の醜聞は気にする必要なくない?」


「公表することで損することはあっても利益になることは何もないからこれからもするつもりはないわ」


「何で? 足のこととか話せば理解してくれる人は沢山いると思うけど?」


「それでも全員ではないわ。男と女を行ったり来たりして良いとこ取りをするのは不必要な反感を買うかもしれないし、今まで女性として得てきた利益に対して詐欺だと怒る人もいるでしょう。更衣室を共にした女子生徒に傷つく人がいるかもしれないわ。そうなった時はその人たちに向けて『清花は心まで女の子になっていて、男としての生活は捨ててこれからも女として生きていく』と弁明をしなければならなくなるでしょうね。でなければ女のフリをしていた嘘吐き野郎として清花の名声が地に落ちるから。公表することは正に百害あって一利なしなのよ。お分かり?」


「なるほど。……なるほど?」


 千郷は決して馬鹿ではないし考えなしでもないけれど、小難しい話を一瞬で理解する程の頭ではないのは確かだ。昔はこうして首を傾げる千郷に僕が砕いて説明をしていたものだけどそれは変わらないらしい。


「つまり、公表するならこれまでのことの責任を取ってより一層女として生きていかなければいけないということよ。男性に戻そうとするつもりで公表するのなら逆効果ということだけは覚えておきなさい」


「なるほど! 分かった!」


 随分と要約した言葉に千郷は納得したように大きく頷いた。


「じゃあ、女の姿をしているこの子と不必要に絡んでいると正体が露見する可能性についても理解はしたわね? だって貴方は清花とは一度しか会っていないのだから」


「……そこも理解はした。つまり不必要ではない範囲なら一緒にいてもいいんだよね?」


「その線引きが貴方に出来るのならね。もしもバレたら貴方程度じゃ責任は取れないのだけど、そこのところは理解してるの?」


 スッと立ち上がった咲夜は僕達の目の前に来て顔を千郷に寄せていく。

 戦う力では千郷より劣る彼女ではあるけれど、その気迫は千郷でさえ黙らせるものがある。

 現に千郷の僕を掴む手の力は緊張感から増してきている。視線がチラチラとこっちに向いている気がするけど、僕は壁の染みが気になってそれどころではないので自分で頑張ってもらうとしよう。

 僕の助けは期待出来ないと理解した千郷は咲夜と相対する覚悟を決めたようで。


「でも私が何もしなくてもずっと清花のままでいるんでしょ?」


「そうね」


「だったらいつになったらみっくんと触れ合えるのよ」


「本人が言っている通り、もう戻らないつもりでいるから貴方もその覚悟をしなさいな」


「だったらみっくんとしての生活はどうなってるの? ここに住んでることになってるんでしょ? 戻らないでどうやって他の人の目を誤魔化すつもり?」


「そこは彼の実家である葛木家が協力をしてくれることになったわ。だから清光君のことに関しては心配する必要はない」


 再度こちらを見る視線。黙って頷いた僕を見てか、千郷が僕の服を強く掴んだ。


「……本当の本当の本当に男に戻らないつもりなの?」


 多分、これを聞いてくるのはこの先も千郷だけだろう。咲夜たちは僕の背中を後押しする立場で、柳さんや葛木家は僕のことに関しては深入りはしない立場を取っている。だからもしかしたらその質問を聞くのはこれが最後になるかもしれない。……いや、そうなるように真剣に答えなければいけない。


「今この瞬間に永遠に戻れなくなったとしても僕は後悔しないよ」


 嘘は吐いていない。本心からそう思っている。その思いを乗せた言葉は千郷にどう届いたのか。

 暫く目線を交差させていたけれど、千郷の方から目を逸らした。それでも僕は目線をそのままに千郷を待つ。


「……………………はぁ。仕方ないなぁ」


 そう小さな声を溢した彼女は僕の方を向いて。


「千郷……」


 諦めたように、少し悲しそうに彼女に何と言えばいいのか。

 何かを言おうとして、けれど喉元から言葉が出てこない。そんな僕を見て千郷は笑う。


「私でさえ清花がみっくんだって事を分からなかったんだもん。それくらいの努力があったんだろうし、それは今こうして近くにいて伝わってきてるから。そこまでして選んだ道なら私も応援しなくちゃね。……まぁ、そもそも私にみっくんを止める資格なんてないんだけどさ」


「そんなことはないよ。そうやって気にかけてくれるのは嬉しいと思ってる。本当だよ」


「でもいくら言っても聞く気はなかったように感じたけど?」


「結論がありきだったのは認める。けど、後ろを振り返る切っ掛けにはなったよ」


「切っ掛け、か。……あーあ、所詮は過去の女でしかなかったってことかー」


 僕から離れ、千郷は部屋の中を歩き回る。言葉の意味するところはよく分からないけど、彼女なりに吹っ切ろうとしているのは分かる。

 声も姿形も、そして性別すらも変えた相手をいきなり受け入れろという方が無茶なのは当然なことで、僕はその無茶を過去の出来事を盾に強いていることは自覚しておかなければならない。例え口には出さずとも千郷にとっては常に言われているようなものだから。


「僕が清光に戻った時には今までの通りに接してさ……それと、清花として改めて友達としてやっていきたい。それで、どうかな? 咲夜が言うように態度を一々変えるのは難しいかもだけど」


「いいの? もしかしたらボロを出しちゃうかもしれないよ?」


「そこは細心の注意を払って貰うとして。僕としてはそんなことで千郷との縁が切れる方が僕は嫌だよ。だから嫌な結末にならないように努力して欲しい。僕も頑張るから」


 咲夜からは仕方ないという視線が向けられている。正体がバレる危険性を無くすには千郷ともう会わないことが一番なのは分かっている。だけどそれを言ったらここで会うことすらするべきではないことだ。

 余計な心労を抱えさせてしまう代わりに、千郷に口を滑らせないように徹底させるのは僕の役目だ。

 思えばまだ僕たちが小さかった頃、無茶をする彼女に引っ張られる形で色々な出来事に巻き込まれたこともあった。今は遠い、懐かしい良い思い出だ。

 両親たちからは構われず、泣いていた僕に手を差し伸べてくれたのは千郷だ。例え妖怪に襲われる彼女を庇ったせいで足を失ったところで、その時の感謝の想いを忘れることはない。出来ればその彼女とはこれからも友達でありたい。

 そう思っているのは僕だけではないみたいだ。


「分かった。もう、みっくんてば気弱そうに見えて結構頑固だからなー。いっつも私が折れてあげてたよね」


 どうやら正確に過去のことを覚えているのは僕だけみたいだけど。


「過去を改変するのはやめてくれない? いつも千郷が変なところに引っ張って行っては周りの人を困らせてたんでしょ」


「あれ? そうだっけ? あの頃は本を読むしかしないみっくんをどうやって連れ出すかってばかり考えてたからなぁ」


「それはどうも。お陰で退屈しない毎日だったよ」


 本当に、あの頃は楽しかった。あの時の事件さえなければずっと続いていたのだろうと思うくらいに。

 でも過去は変わらない。僕たちを取り巻く環境はあの頃とは大きく変わって、僕は清花として生きていく道を選んだ。

 そもそもの僕の人助けをしたいという強い思いは千郷が僕を助けてくれたところから来ている。

 だから今の自分を形成する大きな要因の中に彼女は強く根付いている。それはこれからも変わらないと思う。

 その想いを伝える為に変身を解き、清光として千郷と向かい合うことにした。


「勝手に何もかも決めてごめん。今度は僕が振り回す側になっちゃったね」


「ほんとだよ。過去の私の行い全てを足しても足らないくらい全力で振り回してる自覚はある?」


「それはない。絶対、千郷の方がとんでもないことしてたから」


「ひどーい! そこまで言わなくてもいいじゃん!」


 僕達は笑い合った。それで離れていた間の数年間のことがなくなった訳ではないけれど、少なくとも今この瞬間の関係は悪いものではなくなったはずで。それは千郷の笑顔を見れば疑いようのないことだとすぐに分かる。憂いのない屈託のない笑顔こそ千郷に最もよく似合っていた。


「水を差すようで悪いけれど、芹井さん。結論として貴方は清花の味方をするということでいいのかしら? 秘密を漏らすつもりでいるのなら敵として扱うけれど、そこのところを言葉にして明確にして欲しいわ。……あぁそうそう、清花は嘘を判別する力があるから誤魔化しはしないようにね」


「私は最初からみっくんの味方に決まってる。だから秘密を漏らすなんてことは絶対にしない」


 迷いのない即答に咲夜は目を丸くし、そして口の端を持ち上げる。


「結構。そんな貴方に二つの選択肢を与えるわ」


「……ねぇ」


 千郷が咲夜を指差しながらこちらを見てくる。何でこんなに偉そうなのというのは言葉にしなくても理解出来た。

 でも僕は彼女に雇われという形だし、最終的な決定権を持つのは彼女なので僕は口を挟まない。


「ここの主人は私よ。貴方も清花と関わるのならそのことをよく理解しておいて頂戴」


 先ほどの圧力を思わせる眼光で千郷を黙らせた彼女はそのまま指を立てて語り始める。


「それで選択肢のことだけど、ここに住まう気はある? それとも自宅に帰る? どちらにしても……」


「ここで暮らす」


 言葉を遮っての即答に咲夜が嘆息する。

 良い意味でも悪い意味で即断即決をするのが千郷なので仕方ないけれど、そこのところは変わっていて欲しかったところではある。


「そう。それじゃあここで暮らすに当たっての幾つかの不文律を課すわ」


「それを守らないとどうなる?」


「叩き出すに決まってるでしょ。居住者がそこでの法を破った時には叩き出せるのが主人の特権だもの」


「……むかつくけど、分かった。でも理不尽な命令に関しては呑めないことは先に言っておくから」


「それで構わないわ。貴方に課す不文律として、まず第一に清光君と清花を混同しないように気をつけなさい。これが貴方にとっては一番重要な課題よ。出来ないなら身バレの観点から居住は認められないわ」


「うぇ……っ」


「何よ、さっきの話が理解出来たのなら出来るはずでしょう?」


 正直に言えば態度を意識的に変えるのは千郷にとっては凄く苦手な分野だ。直情型な彼女は基本的に脊髄反射で語る癖があり、それはおそらく今も変わってはいない。

 だから冷や汗を流しながら腕を組んでうんうん唸っている。僕の力がある以上は安易に約束は出来ないと分かっているのだろう。煽れば出来ると口にはするかもしれないけれど、それは本心から出た言葉ではないので僕達は彼女が考えて決心した上での言葉を待つ。


「貴方だって目上の人間に対して敬語で話すことくらいは出来るでしょう? 意識の切り替えの何が難しいのよ」


「それだってお母さんの雷落とされまくってようやくって感じだったし……」


「聞いた通りの問題児だったという訳ね」

 

 僕だって仕草に関しては男の時と女の時とで切り替えられている自信はない。寧ろ以前に清光の状態なのに女扱いをされたことを考えると僕でも意識の切り替えは出来ていない。それが千郷に出来るか言われれば、正直難しいと思う。

 でもそれをして貰わないと清花としての僕に対して過剰な触れ合いをしてしまうだろうし、それは他の人の目からは不自然に映ってしまう。

 ひょっとしたらそれを目撃して清光と清花とを結びつける人が出てこないとも限らないのだから。


「……少し、時間をくれない? 試用期間というか、仮入居みたいな感じで。ダメ?」


「いいでしょう。やってみれば案外出来るかもしれないし、出来ないことを安請け負をしない点は評価してあげる。話に聞いていた以上には慎重で安心したわ」


「何から何まで上から目線……」


「何か言った?」


「イイエ。ナンデモナイデス。ワタシ、イイコ。キチントイウコトキク」


「わざとらしいカタコトはかなりムカつくわね。今すぐに叩き出すわよ」


「それは理不尽過ぎる! 断固抗議だ! 大体アンタは最初の時から高圧的過ぎるんだよ!」


 二人は気の強いところは似ているけど、心根が優しいのは一緒なので喧嘩にまでは発展しないだろう。

 ……しないよね? ちょっと心配になってきたかも。

 怒り立つ千郷が完全無視されて二本目の指が立つ。


「二つ目は私に従うこと。ここで暮らすのなら私の手となり足となり働いて貰うわ。働きによって得た金銭からここで過ごす際のお金を引くことになるけれど、差額を超えた分についてはお給料として渡すと約束しましょう」


「えっ? 神?」


「は?」

 

 僕も全く意味が分からないので尋ねたところ、どうやら千郷の妖怪退治におけるお給料に関してはご両親が管理していてきちんと月毎に明細と通帳の記録も確認しているし、その中から必要な分は渡してはくれるけど、必要分以上の金銭は渡されないみたいだった。

 理由についてはどうも彼女が僕に対して全額送ろうとしていたかららしい。確かにそれは止めて正解だ。


「千郷は一人で妖怪退治をやってたの?」


「基本的には一人でする時は五級以下までだよ。四級以上は厄介な力を持ってる奴が増えてくるから下手をすれば死にかねないからって普通は許可が出ないの。三級以上だと複数人の組を更に複数で組織しての討伐経験しかないよ。そうなると十人から二十人とかそういう規模感だし、個人の戦果とするのは微妙なところなんだよね。っていうか、複数人で組むと隊長くらいしかまともに評価されないのはおかしくない?」


 隊長ともなると戦闘の指揮に部下の面倒など諸々の面倒が発生するからだと思うけど、それは実際にやってみないと分からない話か。


「じゃあ一人だと五級までは余裕で戦えるんだ。千郷ってそんなに強くなってたんだね。それはあそこに呼ばれるのも納得だよ」


 僕も最初の頃は五級相手でもかなり苦戦した記憶がある。最終的に勝てたのは浄化の力による治癒と霊力が豊富にあったお陰で継戦能力に長けていたからだろう。

 ただ自分で傷を治す手段のない千郷は傷痕が消えないみたいで、肌を露出している腕にもいくつか見受けられる。それを見てそういえば色々あって出来ていなかった傷痕を治す約束をしていたのを思い出した。


「将来的にみっくんの力になる為に必死だったからね。文字通り死に物狂いで強くなったんだから。それなのにみっくんは……」


「そ、そういえばだけどさ! 良ければ約束していた古傷の治療もするけど、いつする?」


 恨みがましい視線を向けられたので頭にあった話題にすり替えようとしたところ、何故か千郷は頬を赤らめて頬に手を添えた。


「……みっくんのえっち」


「え、えっち?」


「あの時は清花を女の子として見ていたから軽くお願いをしたけど、中身がみっくんなら話は別でしょ? だから、えっちな目的だったりしたのかなって。違うの?」


「僕は治療行為に邪な感情は持ち込まないよ⁉︎」


「ウソウソ。冗談だって。邪な感情があるならその時に分かるはずだからね。清花じゃなくても女の子はそういうのには敏感なんだから」


「いくら千郷でもそういう冗談は良くないよ……」

 

 まさかの言葉に一瞬自分を疑ってしまった。流石に弱っている女の子相手にそんなことを考えるほど落ちぶれてはいない。あの時の千郷は清光と同一人物だと知らない訳だからそのような目で見ていないことは分かって貰えているはずだけど。

 心なしか咲夜の眼が鋭くなっていたのでそういう冗談は止して欲しいものだ。


「でも、そういう目で見られていなかったとしたら少し傷ついちゃうかも。……もしかして、清花としての自分が綺麗過ぎて他の女の子のこととかどうでも良くなっちゃったとか? だから男の子に走っちゃったの?」


「えっ⁉︎ い、いや……そんなことはないと思うよ」


「本当に〜? それじゃ、私の裸を見ても興奮しないって誓え————あいたぁ……っ⁉︎」


 どうやら熱が入ったらしい千郷は露骨に体を絡めてきて、僕にしなだれ掛かって同時に胸元を少し解放して肩を露出させていた。更に絡めとるように腕を回してきて──そこで咲夜に頭を引っ叩かれた。


「清花の男の部分を刺激するのは止めて頂戴。それでもしも力が衰えたりしたらどうするつもり? 叩き出すわよ」


「ちょっとくらい大丈夫だって。私から言わせれば詰め込み過ぎって感じ。みっくんが清花として活動してきた時間を考えるとやり過ぎじゃない? 人間ってそうすぐに変われるものじゃないでしょ」


「だからと言って半端にしか力を持っていないと碌に抵抗すら出来ずに大人たちの言いなりになるからよ。だったら詰め込み過ぎでも何でもまずは力を伸ばして周囲に侮られないことと有用さを見せつけて、欲しがる者同士で牽制し合って貰うのが得策というものでしょう」


「つまり?」


「結局はただの結果論に過ぎないということよ」


 たらればの話をすればキリがないというのは千郷も納得したらしい。


「まぁ、その結果として想定より上の輩に目を付けられた挙句大妖怪に命を狙われているのだから成功と言っていいのかは判断が分かれるところだけれどね。それでも過去は変わらない。これからのことを考えるとこれでもまだ足りないくらいよ。現に貴方もいた会合で襲われてこの子はボロボロになっていたでしょう? 今の時代に力を持ち過ぎて損をすることはないのだから、私の指針に文句があるのなら清花より強くなって彼女を守れるようになってからにしなさいな」


「うぐぐ……こ、これが正論の暴力というやつか!」


「正論というのは説き伏せるものではなくて、相手を叩き潰す為に使うものよ。いい勉強になったわね」


 僕と千郷が組んで掛かっても口論において咲夜に勝つことは不可能だろう。

 挑むことが無駄とは言わないけど、はっきり言って無茶無理無謀ではある。

 段々とそれが理解してきたみたいで千郷は肩を小さくして唸るだけになっていた。


「話を戻すわよ。三つ目に準備期間として最低でも一週間は自宅にいなさい」


「えっ? 何で? 私は今からでもここに住みたいんだけど」


「まだ親御さんの了解も得られていないでしょう。住まいを変えるとなると学校を変えることになるから学友たちとの別れも済ませないといけないし、やることは山積みよ。最低でも一週間と言ったけれど予想では一週間程度では終わらないでしょうね」


「えぇ〜⁉︎ 親だったら既に黙……理解を得られてるから気にしなくていいのに。友達だって今生の別れって訳でもないんだから、地元に帰った時に会えばいいしさ?」


「こっちとしても中位退魔師が来るとなれば各方面に報告とか色々とやることがあるの。清花みたいに野良の退魔師だったら無断でお抱えとして扱っても問題はないけれど、貴方は協会に在籍しているのだから手続きは踏まないと要らぬ横槍が入る可能性があるの。その横槍を入れられないようにしている間に用事を済ませておきなさいと言っているのよ」


「それなら最初にそう言ってよね。分かった。両親とも友達ともちゃんと話すから。ここに来るのはその手続きが終わってからならいつでもいいの?」


「きちんと理解してくれて何よりだわ。それで四つ目だけれど……」

「いやまだあるの⁉︎」

「何を言ってるの。ここに新規入居者がやって来た場合の守ってもらう条項が何十とあるのよ。それ以外にも金銭面についての確認の契約書類とか退魔師の任務地異動確認の書類とか、諸々の目を通す必要のある書類が複数あるのよ。契約内容の確認はご両親と一緒にやって貰って構わないから、まずは自分でも目を通すだけはしておきなさい」


「うっ! み、みっくん〜〜〜っ⁉︎」


「はいはい。清花だよ。書類については僕も一緒に目を通して声に出して確認していくから。面倒だからって勢いで判子を捺すとかはしないようにね。これも社会勉強だと思ってしっかりやるんだよ」


 これについては予想されていた範囲内なので根気よく付き合うつもりだ。

 次の瞬間には待ってましたと言わんばかりに大門先輩が持ってきた書類の束がバッサバッサと手見上げられていった。

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