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二話-2 武原家の依頼②




 体を蝕み続けていた怨霊はいなくなったとはいえ、長年留まり続けていたせいで被害者男性の中にも呪いや穢れが更に強固になった瘴気が残ってしまっている。

 これを放置すれば弱っている彼には相当な負担になるし、きっと良くない影響が出てしまう。

 抵抗力を手放したことで彼の霊力的な免疫力は低下しているし、瘴気を祓うのはなるべく早い方がいいはずだ。


「全身を濡らしてしまいますので清潔な布と体を温める物を用意しておいて下さい」


 そう周りにはお願いをしておいて、返事を待たずに水球を作り出して彼の体を包んでいく。

 呼吸の補助は機械がしてくれているので顔の周りのみそのままにして。


「咲夜、どこからやっていけばいい?」


「心臓の辺りから各内臓へ目掛けていきなさい。まずは生命維持に必要な部分から除染するの」


「分かった。……スー……ハー……」


 人の生死が直接この手に掛かっている仕事をするのは生まれて初めてかもしれない。

 妖怪を退治するという間接的な人命救助のようなことはしているけれど、今まさに目の前で自らがどうにかしなければいけないという事は今までなかったから。

 そのことに緊張をしているのか、額から汗が滴り落ちてきた。


「お姉ちゃん。汗を拭うね」


「……っ。ありがとう。すぐに終わらせるから」


 きっと僕の様子を心配してくれたのだろう。自分も兄のことが気掛かりなはずなのに。

 この子を笑顔にする為にも失敗は出来ない。

 浄化の力のみを直接操ることは今の僕にとっては難しいけれど出来ないことではない。あの神様の試練は我が子を谷へ落とすくらいに過激ではあったものの、得られた効果としてはこれ以上ないくらいにあったから。

 手のひらを男性の胸部に当て、そこから浄化の力を送り込んでいく。

 自分を操る主人のいなくなった瘴気は方向性を失いただ暴れ周囲を傷つけるだけの存在だ。当然ながら真反対の存在と言える浄化の力には強く反発してくる。こちらにのみ指向性の攻撃をしてくるのならいいけれど、これは周囲を穢すだけしかしようとはしないから面倒極まりないったらない。

 だから一気に力を送り込んで、内部を傷つける前に浄化の力で内側から体を再生させつつ各部位を保護していく。

 瘴気は浄化の力に押されて体外へと出て行かざるを得なくなり、出てきたところで僕が無意識に放つ力の影響で掻き消えていった。心臓などの主要器官部分はこれで大丈夫だろう。それから頭部と下半身、腕部、脚部へと隅々まで瘴気の影響を無くしていく。


「……よし。これでもう大丈夫だと思う」


 体からは完全に良くない気配は消え去った。心なしか男性の呼吸も楽なものになっている気がするし、あとは本人の自己回復力と科学医療に任せるとしよう。霊医学的に僕に出来るのはここまでだ。

 これだって特別な免許を持ってやっている訳ではないので、もう一度別の浄化使いにも診て貰った方がいいだろう。


「これ以上の浄化の力はおそらく過剰になるのでやり続ければ人体にどんな影響が出るか分かりません。なので後のことは専門のお医者様に診せてしっかりと栄養補給と休息を……っと!」


 大人たちにこれからの対応について話をしていると、隣にいた妹さんが僕に飛びかかって首元に抱きついてきたようだ。


「ありがとう! 本当にありがとうございます……っ! 私っ、もう駄目かもって……っ!」


「実際、結構危ないところだったよ。それでもずっと頑張って耐えていたんだから、妹想いの凄いお兄ちゃんだね」


「自慢の兄です!」


 とびっきりの笑顔で答えた妹さんがいればお兄さんのこれからもきっと大丈夫だろう。


「そうだね。でもよく聞いておいて。一応は原因は取り除きはしたけど、アレだけの怨念だったし、もしかしたら他にも策や罠があったりするかもしれない。だから安心が確保出来るまではその霊具は肌身離さず持っていて。もし使わずに完全に安全になったら返してくれればいいから」


「いいんですか? 清花様の作った特別な霊具なんですよね?」


 景文さんの反応からして相当高値に相当する霊具になるし、そのことは説明しているのでずっと持たされているのは確かに不安だろう。でも現状としては代替品はないし、呪術が相手ならこれが一番有効になるはずだ。


「安心していいよ。それを盗もうとしたら霊具が作動するから簡単には盗めないからね。使い捨てだからその後も狙われるってこともないからさ。そういうことで、少しの間はこの子の身辺については気を付けて貰ってもいいですか?」


 ご両親にそうお願いをすると勿論ですと承諾をしてくれたので、妹さんをお兄さんのところに押し出してあげる。

 まだ少しの間は寝たままだろうけど、いずれ起きたら寝ていた間の時間をどう埋めていくことになるのか。それを思えばこれからも大変な道のりだ。それでも、あれほど想ってくれる家族や友人がいるなら大丈夫だと確信を持って言える。


「僕達の周りの外の大人は良い人ばかりだね」


「本当ね。誰かさんたちには爪の垢を煎じて飲ませたいものだわ」


 試練と称して厄介払いをする親と入院しても一度も見舞いに来ない親。親という存在にあまり良くない感情を持っている僕達だけど、冬香のご両親だったり今まさに見ている家族模様を見ていると人それぞれなのだなと思えてくる。


「大蓮寺……様」


 すると、武原さんがおずおずといった様子でこちらに歩み寄ってきた。


「清花でいいよ。いつもの口調じゃないと調子が出ないんでしょ?」


「そういう訳にも……いき、ません。この度のこと、心よりの感謝を。武原家次期当主として深く御礼申し上げます。この御恩は決して忘れません」


 感謝をしているからこそ態度を整えて礼をするのだという彼に、僕も合わせて態度を改める。


「結果的に無事だったとはいえ、妹さんを危険な目に遭わせてしまい申し訳ございませんでした。きちんとした対策を練ってから実行に移すべきだったと今になって反省するばかりです」


「そんな! お姉ちゃんが頭を下げることじゃないよ!」


 今も寝ている彼が起きた時に妹が傷付いていたらどう思うかを考えれば、あらゆる可能性を考慮して対策を講じてからでも遅くはなかったかもしれない。

 そう内省していると、ベッドの方からこちらに歩いてきたお兄さんのご両親は揃って頭を下げた。


「どうか頭を下げないで下さい。娘には貴重な霊具を持たせて下さっておりましたし、私共としては過分な配慮をして頂けていたという認識でございます。何よりも息子を助けて頂き、誠に感謝の念を禁じ得ません」


「妻の言う通りです。あれほどまでに親身になって息子を助けて頂いて、この上何を責められましょうか。どうか貴方のご判断は間違っていなかったと自信をお持ち下さい」


「そうだよ! お姉ちゃんは凄いことをしたんだから胸を張っていいんだよ!」


 ご家族がそう言ってくれるのなら自省はここまでにするとしよう。


「ご温情に感謝します。それとお礼に関してですが、ここにいる咲夜にこそお願いをします。彼女の力無くては今回の結果は得られませんでした」


 これは決して嘘偽りのない本当のことだ。咲夜が異常を詳しく見抜いてくれたから呪いを引き剥がすことを考えつけて、その過程があったからこそ彼の中を浄化して治療が出来たのだから。

 今回は隠れてやっていないので咲夜が的確に指示を出していたことを知っている面々は姿勢を正して咲夜の方に向き直った。

 そして盛大に感謝の言葉を投げかけられた訳だけど、あまりない経験に咲夜が内心たじたじしていたのは少し面白かった。

 僕に対しての感謝の念はきちんと咲夜にも向けていたのでわざわざ僕が告げなくても良かったかもしれない。だけど、咲夜にもきちんと報われて欲しいと思ったから。

 彼女が感謝の言葉を受け止めているのを見ると僕も嬉しくなってくる。


「それでは改めて彼の容態について話をしたいのですが、その前にご両親には彼の体をしっかり拭いてあげて貰ってもいいですか? 折角治療をしたのに風邪をひいてしまったら元も子もないので」


 力を使って水分を抜くことは出来るけれど、それでは水によって冷えた体は温まらない。お願いをすると、彼のご両親は快諾して早速取り掛かってくれる。

 その間、僕達は一旦部屋を出て別の談話室らしき場所にてご両親を待つことにした。

 武原さんの母親は伝えるべき人たちに連絡すると言い自宅に戻っていく。

 その間に関係者がいなくなって手持ち無沙汰になったか、何やら椅子で手を捏ねていた武原さんがやって来る。


「大蓮寺……様」


「どうしたの?」


「今回のお礼に、その……食事でもどうでしょうか。勿論、宝蔵さんも一緒に」


 彼らしくない、やけに歯切れの悪い言い方だけどこの様子には覚えがある。

 断定するのは失礼に当たるかもしれないので、可能性を考慮してもここは無難に断っておく方がいいだろう。咲夜の方から断ってもらうことも出来るけど、ここは"そういう意識"を向けられている僕が答えるべきだ。


「申し出は有難いですが、今回のことはお仕事として来たので報酬以外のお礼は受け取れません」


「それじゃ俺の気が済まないんだ。美味しい料理を出す店を知っているんだ。きっと大蓮寺にも……っ」


 それ以上言われてしまうと断りづらくなってしまう。なので手のひらで制して言葉を止めた。

 

「お誘いは嬉しいのですが、迂闊なことをすると勘違いしてしまう人たちがいるので。ごめんなさい」


 今後上流階級の人と関わっていくのならと倉橋さんに教わった、角の立たない形での断り文句を聞いて彼は肩を落とした。どうやら僕は客観的には異性となる男性との関係について、今までよりももっと意識をしなければいけないらしい。

 たかが食事程度だからと軽い思いで付いて行ってしまうと、知らぬ間にその人と恋仲だと疑われたり勝手に噂が流れてしまう、或いはそれを狙ってわざと噂を流されたりするみたいだから。

 その噂を訂正するにかなりの労力と時間が必要となるので出来ることなら最初から回避するべきだと教えられている。

 特に今の僕は男の子との下手な交流がマズい時期にある。……らしい。

 景文さんとはそのつもりで接していく気だけど、それなら尚更に他の男性との関わりには気を付けなければいけないと言う事だ。


「そ、そうか……。分かった。悪かったな、迷惑を掛けるつもりはなかったんだ」


「こっちこそごめんね。誘ってくれたことはありがとう」


 彼が失意の顔のまま沈黙して目線を部屋の隅に向け、そのまま居た堪れない時を過ごしていると少しして患者のいた部屋の戸が開く音がした。そのまま母親がこちらに向かって来ているので立って迎える。

 被害者のお母さんはこちらにもう一度頭を下げる。


「着替えは終わりました。今は医師である主人が診てくれています。ですので大蓮寺様と宝蔵様には心配は要らないと伝えて欲しいとのことです。それと今一度、心よりの御礼を申し上げます。本当にありがとうございました」


「ありがとうございます」


 母親に続いて、並んだ妹さんが深く頭を下げた。

  

「どういたしまして、でいいですかね。それとお父様がお医者様なら安心してお任せ出来ますね。僕ではどうしても科学的な面では助けにはなれないので良かったです」


「これで私たちの施術は終了になりますが、帰る前にこちらから何点かお伝えしたいことがあるのでそちらに腰を掛けて頂いても宜しいですか?」


 呪術的な要因は取り除けたし、科学的な面は彼の父親が何とかするみたいだからこれからのことについては心配はしていない。しかし、冬香がそうであったように呪いというのは確実に肉体や霊的な機能を蝕んでいく。期間では冬香ほどではないものの、呪いの強さではその比ではない影響を受けていたはずだ。

 そのことは家族の人も覚悟しているのだろう、唇を強く結んで頷いた。


「まずはお気づきでしょうけれど私の眼は少し特殊でして、普通では視えないものも視えます。例えば霊力的なものですね。先程は彼の内側を視ることでその時の状況を視認しました」


「他に何か見えたということなのでしょうか?」


「主要な症状としては清花が除去しましたのでこれ以上悪化することはないでしょう。問題なのは長年休まずに霊力を行使し続けたことで霊的機能が激しく損傷しているように見えました」


「霊的な機能と言いますと……」


「術者が術を行使する時は己の内にある霊的な内燃機関とも言うべきものを用いますよね。その機能が損傷をすると上手く霊力を練られず術の出力を間違えたり、霊力に揺らぎのようなものを生じて術そのものが不発する可能性があります。彼の場合はその機関を過剰なまでに酷使し続けたせいで本来するべきだったはずの休息を得られず、回復が出来ないまま常に摩耗していたものとお考え下さい」


 人間の肉体は常に動き続けられる訳ではないし、それは心だって同じだ。

 寝るという行為は肉体的にも精神的にも生き物である以上絶対に必要なことで。

 それが満足に出来ない状況では咲夜の言う通りにただただ疲労が蓄積していってしまう。

 彼がもう限界だと思ったのはそういう意味でのものでもあった。


「……それは治らないものなのでしょうか?」


「分かりません。私も清花もその分野を専門としていませんから。ですので私から言えるのは、すぐには以前と同じ生活は送れないでしょうということです。時と共に自然と霊的機能が回復するのか、外部からの何かしらの治療行為が必要なのかはそのことに詳しい専門家を探し出して診てもらう他ないかと」


「分かりました。その情報を頂けただけでも今後の方針が決まったようなものです。ありがとうございます」


「いえ、この程度は感謝される程のものではありません。兎にも角にもまずは体の方を大事になさって下さい。でなければ霊力の方も回復することはないでしょう」


 彼の症状については僕も何とかしようと思ったけれど出来なかった。咲夜の見立てでは冬香の時と同じで傷ついたその状態がその人にとっての普段の状態となっていて"治す"という行為に至らないのではということだ。


「それからこれは清花からの申告ですが、一度は別の浄化使いまたはそれに類する術師にも詳しく診て貰って欲しいとのことです。この子も活動した時期としては短く、見落としがあるといけませんから」


「分かりました。近いうちに必ず診て貰うように致します」

 

「お願いします。……さて、次に報酬についてですがこちらとしては無利子かつ分割にして頂いても構いません。そちらも色々とご入用でしょうし、こちらとしては今すぐにお金が必要としている訳ではないので」


「それは願ってもいないことですが。……宜しいのですか?」


「あれだけの大金では、この子が気にしてしまっていたので」

 

 視線が僕に集まった後に納得という顔をされた。


「勿論タダでとは言いません。天王寺家の皆様には今後、清花が何かあった時に味方になって欲しいのです。こちらの要求はただそれだけです。どうされますか?」


 咲夜と視線が交差する中、僕と妹さんは視線を行ったり来たりしていた。

 真意を探ろうとする視線は、しかしすぐに止む。


「その取引がなかったとしても私共は清花様、咲夜様にご協力させて頂きたく思っています。なのでそのお話を喜んで受けさせて頂きます」


「同意は頂けたということで詳細は後日話し合いましょう。他に何か質問等があればお答え致します。今はなくとも時間がある時ではあれば対応出来ますので気軽にご相談下さい」


 質問と言っても、もう彼に対して僕たちから何か出来ることはない。呪術の残滓は全て体から取り除いたし、まだ残っていたとしても浄化の力の影響が残っている内に消えて無くなるだろう。なので後は咲夜が言っていたような後遺症と疲弊し切った肉体的な問題だ。

 その点は親が医師だと安心出来るだろうし僕の出る幕ではない。


「それでは私たちはこれで。何もないとは思われますが、万が一何かあった場合は連絡を頂ければすぐに駆け付けますのでその時はご一報下さい」


 咲夜が席を立ったことで帰宅の流れとなったので僕も立ち上がる。

 心情的には家族に寄り添ってあげていて欲しいものの、この状況でお見送りをしないというのは向こうの家にとって宜しくないらしい。ならば早く立ち去ってあげようと足を前に運ぶと、足に妙な引っ掛かりがあった。


「もう行っちゃうの?」


 こちらに不安そうに見つめる患者の妹さんに僕はもう一度膝を折って目線を合わせる。

 

「お兄さんのことならもう心配は要らないよ。あとのことは君のお父さんに任せておけば大丈夫だから」


「でも……またアレが来たら……」


 患者から飛び出てきた怨霊は脅威である僕には目もくれずに彼女の下に向かっていた。

 それを直に目撃してしまった彼女の心には少なからずの恐怖があるに違いない。


「本当ならお兄さんと君とで一つずつ霊具を渡したいところではあるんだけど……。ごめんね、まだ量産化するには器が足りてなくて。……だから、暫くの間は出来るだけお兄さんと一緒にいてもらえるかな? その霊具があればさっきみたいな奴がいくら襲って来ても平気だからさ。二人を絶対に守ってあげられるよ。これだけは約束する」


 一級退魔師を複数人同時に戦闘不能にした結界の威力は伊達ではない。

 間違いなく、今の僕が使える術の中では一番強いものが渡した霊具の中にはある。

 だからそれだけは断言が出来る。守り切れるという確信があるから。

 自信を持って言った言葉がどれだけ届いたのかは分からないけれど、妹さんは僕の目を見てしっかりと頷いた。

 

「分かりました! ずっと一緒にいます!」


 踵を返して子供らしい全速力で兄のいる部屋へ向かう。母親はそれを止めようとしたけれど、僕が行かせてあげて欲しいと目で訴えたのでそれ以上は何も言わないことにしたようだ。

 そうして残る面々が頭を下げて見送ってくる中、来た時に乗ってきた車で僕たちは家に帰る。

 道中で運転手が涙声で感謝を述べてくるので運転に集中してもらうよう説得するのは大変だった。

 それでも良いことをした帰りというのは心が晴れやかで気持ちがいいものだ。それはどうやら咲夜も同じだったようで、心なしか口元が緩んでいるような気がする。言ったらムッとしてしまうので言わないけど。

 家に着き、運転手も引き返していなくなった。

 僕たちを迎えに来た大門先輩が見えたので手を振って応え、それから咲夜に向かって手のひらを掲げる。

 そしてパンッという心地良い音が耳に響いたのだった。

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