一話-7 お土産人形みたいに頷いたのは
冬香から手渡されたのはホルターネックと呼ばれる水着だった。紐が首の後ろと背中で固定されているのが特徴の物だ。
所々にフリルなどで可愛らしくしているのは純粋に可愛らしくて良いとは思うけれど、水着の中に胸を綺麗に収めようとするといつも着用している下着よりも胸を強調してしまっている。
自分が希望しているワンピース型と比べると露出度合は段違いだ。ほぼ下着同然と言っていい。
しかし世間の常識では水着は水着、下着は下着とされている。水着は衣装と同じで他人に見せるもの。そう自分に言い聞かせていると待ちわびたらしい二人から試着室から出てくるように催促をされてしまった。
いつまでもこのままではいられないので仕方ないと強引に割り切ってから、鏡で問題はないかどうか確認をしてから幕を開いた。
「こんな感じになったけど、どうかな? ……なんか、こうして外で見せるのは中々に恥ずかしいね」
鏡で見た限りでは特におかしいところはなく、大きさも合っているので特に問題はないはずだ。
モデルとして仕事をした経験がなければ恥ずかしさで幕を開けることは出来なかったかもしれない。
気配通りに三人がこちらを見て三者三様の動きを見せた。
「いいんじゃないの? やっぱり妖艶さよりも純朴そうな感じが清花には似合うわね」
「それなら僕が選ぼうとしていたやつでいいんじゃないの?」
「いいえ! ワンピースタイプは確かに清楚感が出ていますが、清花さんが着ると逆に狙ってる感が出てしまうんです! いえそれが似合っていないという意味ではないんですがね⁉︎」
「狙ってるってどういう……あぁ、男性受けってことかな? 意識し過ぎているって意味?」
「そうです! 元々清花さんと言えば現代の清楚系女子の筆頭ですので! ここは一つ、狙いからズラして普段とのギャップをですね……っ!」
早口に言っている言葉の意味は何となく理解出来るようになってきた。
先日の会合の時のような丁寧口調と態度ではないのに世間では清楚系と形容されるのは顔立ちの影響と、浄化の力と言えば後方支援の役割が主というのも僕が大人しい性格だと思われている要因になっているのだと思う。
実際は清楚とはかけ離れた性格かつ積極的に妖怪と戦うような好戦派なのだけども、断片的にしか僕のことを知らない人たちからすれば知っていることから関連した想像をなされているのだろうと理解はしていた。
「狙ってるって思われても、そこは想像通りってことじゃダメなの?」
「清花さん!」
「うわっ、……何?」
「次は写真集出すんですよね?」
「出さないよ?」
間近まで来て顔を覗き込んでくる冬香にハッキリと指摘すると、真剣そうな顔で息を吐いて僕の両肩を掴んだ。
「どちらにしても、素人でも起用されたということは清花さんは容姿に厳しいモデルの世界でも通用するってことなんです! その人が衣装に関して妥協をしてどうするんですか!」
「いや、別にモデルをして生きていこうって訳じゃないし。そういうお仕事の依頼が来ていたから物は試しにって受けてみたってだけで続ける気はないよ。ねぇ、咲夜?」
僕の本業はあくまで退魔師だ。僕の身の上で大手を振ってモデルとして生活をしていくつもりはない。
前回のあれは女性のお仕事というものがどんなものなのかを体験する為に行ったことで、今だって次の予定は決まっていないはずだ。そこの所の管理をしている咲夜に話を振ると、彼女は意味深げな笑みを浮かべてある方を見る。
「私としてはモデルかアイドルとして大成して貰っても構わないけれど。まぁ、そこの彼が何と言うかは気にしてあげないと可哀想ではあるわね」
咲夜の視線の先にいる景文さんは口元を歪ませながら腕を組んで天井を見上げていた。
「俺は……清花さんが望むことなら……」
「アイドルになればおいそれと異性と会うことも出来ないけれど?」
「それは困る。でもなぁ……うーん」
彼は彼で、至極真面目な顔をして唸っている。
「だからしないってば。未来のことは僕には分からないけど、現時点ではやらないと決めてるってことは覚えておいてよ」
「んんっ。あ、あぁ。でも意外だな。清花さんたちってお金を稼ごうとしている印象があったけど。清花さんなら副業でもやっていけそうじゃないか?」
「容姿を整える環境にない退魔業の片手間にやるっていうのはモデルを本業にしている人たちに失礼だなって思うからね。だから頼まれてお仕事をすることはあっても自分から飛び込んでいこうっていう気はないよ」
「なるほど。他の職業に対して敬意を持っているんだね。うん。良い事だと思う」
実際は僕の事情を建前で包んでいるだけなのだけど、良い方に取られたのでそのままにしておこう。
一方、それでも諦められないらしい冬香は至近距離で体をまじまじと眺めてくる。
「本当に勿体無いですね。これだけ凄い肉体美をしているというのに……」
「別に言われる程そこまで凄くはないと思うけど。これくらいの体型の人なんてモデルには沢山いるでしょ」
言われてから改めて自分の体を見ても、他の人と絶対的な違いがある訳ではない。
雑誌で見る同世代の女の子たちはみんな綺麗だし可愛いと僕も思う。実際に会ってはいないけど、雑誌に載っているだけでも何十人といるので僕一人くらいのことはそんなに大袈裟に取り立てるほどのものではないと思うのだけども。
僕が首を捻るのを見てか、冬香は分かっていないなという様子で首を横に振る。
「確かに痩せ型であれば似た人はいるかも知れませんが、それは食事制限や体に負担の掛かる方法などで細くなっていると言われているのであまり健康的ではないという見方も多いんです。ですが清花さんは違いますよね? あれだけ動いて戦えるということはしっかりと食べていないと出来ないことですし」
「まぁ、うん。そうだね。栄養価の高い物を食べさせて貰ってるとは思うよ。食事制限も特にはしていないかな。でも、僕は退魔師で普通とは違うんだから同じ括りにするのはあまり公平ではないと思うよ。その賛辞は自分の身を削ってでも可愛さや綺麗さを手に入れたいと頑張る子にこそ贈られるべきなんじゃなかな」
僕としては今は綺麗や可愛いよりも強くなりたいという欲求の方を優先している。
化装術の影響で強くなる為の条件がその女性としての可愛さを追い求めていくことにも繋がっているだけで、もしも強さには関係なかったとしたら優先度はそこまで高くはなかったはずだ。もっと別の修行ばかりをしていたに違いない。
けれどモデルの女の子たちはその綺麗や可愛いを第一とするお仕事だ。僕とはその方向性においては真剣度合いが全く違う。
肉体の性能が同条件だったならば、僕はきっとモデルの子達の足元にも及ばない存在だ。
世間では数少ない戦う女性退魔師という立ち位置もあって注目されがちだけど、そこのところは忘れてはいけないことだと自戒しなければいずれ良くない方向へ進むことになるだろう。僕はそう思っている。
「……はぁ、清花さんって清花さんなんですねぇ」
「うん? それはどういう意味なの?」
「いいえ。気にしないで下さい。ただ、清花さんって変わらないなぁって思っただけです」
「それはそうだよ。あぁ、いやでも、自分的にはこれでも結構変わってきていると思うんだけどな」
冬香のこの言葉を褒め言葉として受け取るのか、進歩がないと受け取ればいいのかは中々に難しい所だ。
自分としては人生丸ごと別物になったつもりで変わったつもりでいるのだけど。変身前の自分を知る咲夜たちならともかく、清花としての自分しか知らない人たちには分かり辛い部分かと納得していると咲夜の手がそっと肩に手を置かれる。
「清花はそのままでいいのよ。寧ろ、この子が変に女として振る舞い始めたら面倒臭くなりそうだからあまりそういうことは教えないで頂戴ね。そういうのはこっちで教育するから余計なお世話よ」
「こっちはこっちで意味が分からないし。……ちなみに、次のに着替える前に聞くけど景文さんの感想としてはどんな感じ? 似合うかな?」
「え゛っ」
会話をしながらも冬香たちは次の水着を選定していたので一区切りの終わりに次に試着する物を手渡してきたので、その前に女性以外の意見として聞いておこうとしたところ、彼は言葉を詰まらせて黙り込んでしまった。
「ごめん。いきなりだったかな。じゃあ次からは感想聞くからね」
言いながら試着室に戻って着替え直していると、外では何やら景文さんが弄られている声がする。
個人間でのやり取りに関しては平然と出来るようでやや動揺しながらも普通に受け答えは出来てはいるようだ。
次に手渡されたのは先ほどのものより少し大胆になったもので、特徴的なのは水着に通されている紐が各所を締め上げているところだろう。これによって体の線が自然と浮き出るようだ。
咲夜が選んだだけあって露出度は冬香と比べて控えめで助かる。見た目で水着と分かることには違いないけれど、その中でも普段着に近しい感じが抵抗感を無くさせてくれる感じがとてもいい。
紐で締め上げているから普通の水着よりも胸が協調されているような気もするし、そのせいか何だか胸の辺りで違和感のようなものを感じる。これは一度見てもらった方がいいかもしれない。
「咲夜か冬香、ちょっとこっち来て手伝ってくれないかな? ちょっと意見が聞きたいんだ」
「仕方ないわね。私が行くわ……って、普通に着られているじゃない」
「そうなの? この交差してる部分とかが合ってるのかなって思ったんだけど平気そう?」
マネキンなどで着ている姿を見れば正解も分かるのだけども。
あまり女性の水着姿を見た経験がないからこの着方が本当に正しいのか分からない。しかし咲夜が問題ないというのなら大丈夫だろうと思っていると、僕の胸周りを観察していた咲夜が小さな声で何かを言っていた。
「咲夜?」
「……おかしいわね」
「えっ? やっぱりどこか間違ってた?」
「大きさが合っていないのよ。しっかり詰めてご覧なさい」
「声が怖いんだけど」
咲夜に胸回りを弄られてから鏡を見てみると、おかしい部分はすぐに分かった。
どうやら咲夜が先ほどまでしていたのは胸の位置を正していたようで、その結果正しく収まったものの、だからこそ収まりきっていなかった。
僕が感じていた違和感とはその漏れ出ている部分に対してのものだったのだろうと確信した。
「……お、おかしいなぁ? つい最近測ったばかりなのにね」
例の会合に行く為の衣服を選ぶ為に測った時のものを参考にしてここに来ているので、それが変わってしまうと選ぶものも少し考えないといけなくなる。とはいえ変わっているのはほんの少しだけだから気にし過ぎる必要もないはずだ。
「その様子だと自覚していないくらいつい最近のことのようね?」
「ごめーん冬香。これと同じのやつの一つ上の物を持って来て貰ってもいいかな?」
「はいはーい。分かりました。あとそういうのは小さい声で言った方がいいですよ。聞き耳立ててる人がいるのでー」
何とか咲夜の魔の手から逃れようと冬香に水着を持ってきてもらうように頼んだけれど、一向に突き刺すような視線は晴れない。あと冬香の何気ない助言が突き刺さる。
……ここは自宅ではないのだと改めて思い直す。
「今日の食後の奴をあげるから」
そう小声で告げると彼女は小さく鼻を鳴らして不満を抑えてくれたようだ。
ここまで急な変化があるのはやはり最近起きた事が関係しているに違いない。
少しして冬香が持ってきてくれた一つ上の大きさの水着に着替えると、咲夜の見立て通りに違和感なく着用することが出来た。
確かに布面積自体は冬香の選んだ物よりは多い。しかし布地の使い方がこうも印象が変わるとは。
「これ、思いの外に派手だけど見せて大丈夫だと思う?」
「それくらいならまだまだよ。……もっと凄いのがあるんだから」
自分で選んだ物なのに思い出して顔を赤らめる咲夜。
何でそんなものを知っているのかと、そして差し出してきたのかと聞きたい所だけど、変に首を突っ込むと着てみるかと言われてしまいそうなのでここは忘れることにしよう。
「それじゃあ、開け……」
ようとしたら咲夜によって勢いよく開けられてしまった。
やっぱり食後のお菓子はあげないことにした。
「わぁぁぁ! 凄くお綺麗です! 清楚と快活さの相乗効果と言いますか! やっぱり清花さんにはこういう路線の方がいいですよ! その曲線美を隠してしまうのは人類にとっての損失です!」
「あはは。こういう水着だと体の線を隠せないからダメな部分がないか気になっちゃうね」
「……と言うと、清花さん? ちなみに先ほどの話はやっぱり……」
「あぁ、うん。聞こえたなら隠すことじゃないから言うけど、どうやらまだまだ成長期みたいなんだよね」
「せ、せいちょう……き……?」
冬香が僕の胸部を見てゴクリと喉を鳴らす。もう一つ聞こえたような気がするけど気にしないようにしよう。
僕は年齢的にも絶賛成長期ではあるので肉体的に成長をしてしまうのは言わば当然のことではある。
ただその成長をする為の条件と成長幅が他の人たちとは違うというだけで。
更に厚みを増した脂肪の塊を冬香の邪な視線から守ると、すかさず冬香は僕の後ろへと回り込んで来た。
「それじゃあ、そこも含めて感想を聞いてみましょう!」
「あっ、ちょっと……っ!」
試着室からは出るつもりがなかったのに、押されたせいで無理やり外に出てしまった。
必然的に試着室の前まで来ていた景文さんの下まで出てしまうことになる。そのせいで濃く熱い視線が体中余す所なく突き刺さる。最後にどこに目を向けたらいいか迷っている内に全てを見てしまったという顔をしていた。
「……目線が露骨過ぎなんですが」
「…………ご、ごめん」
肉体としては立派に成人男性に近づいている彼の身長は僕よりも随分と高い。その彼からはきっと他の二人とは違う光景が見えているに違いない。
具体的には見る角度が違う。目線を下ろしたままの彼の視線は結局は話題に上がっていたものに釘付けだった。
男としてそういう部分に興味があるのは仕方のないことだし、そこに関しては一定の理解を持っているのでここは寛大な心で許してあげよう。変に反応をすると後ろの二人が面倒だという理由もある。
「……この話題をわざと持ち出した誰かさんには後でお仕置きをするとして、とりあえず感想をどうぞ。じゃないと後ろの二人が次に進めてくれないので」
「せ、清花さんの健康的な体がよく映えていてとても綺麗だと思います。先ほどもですが、つい見惚れてしまって言葉が出ませんでした。最近見知った言葉に八面玲瓏という言葉があるのですが、清花さんにこそお似合いの言葉だと感じ入りました。今の清花さんを形容する為の語彙力が少なくて申し訳なく思っています」
「そ、そう……。うん。とっても気持ちの籠った丁寧な褒め言葉でいいと思う。ありがとうね」
なんと言うか、彼の言葉に含まれる感情は他の人たちとは決定的に違うものがある。
それを上手く言語化するのはまだ経験が足りなくて出来ないけれど、今は何となくその輪郭は掴めて来ている気がする。
何が違うのかを確かめるには結局のところは経験を積むしかないのだけど、残念ながらその為に二つの好奇心丸出しの視線に耐えながら話を続ける胆力は僕にはなかった。
会話が途切れ、視線を逸らした僕たちに割って入るのはやはり二人だった。
後ろから僕の両腕を二人で抱え込んでは試着室にまで引っ張り込まれ、勢いもそのままに壁に押し当てられた。
肩を壁に押し当てて離そうとしないのは意外にも咲夜で、その表情は打って変わって真剣そのものだった。
「ねぇ、清花。私は彼の好意を読み違えていたみたい。確かに貴方のことが好きなんだろうとは思っていたけれど、まさかあそこまでとは思わなかったわ」
彼には聞こえないように、しかし必死な声色で投げかけられる言葉に僕の頭には疑問符が浮かぶばかりだ。
僕から話を聞き、彼の様子を見て理解を示したと思っていたのに読み違いとはどういうことか。
「何を読み違えていたのか、あそこまでってどこまでのことなのか僕にはさっぱりだから説明をしてくれないと分からないよ?」
いつもの咲夜らしくないと言外に言ったところ、咲夜は眉間を軽く揉みほぐす。
「やっぱりこういうのって直に自分の目で見るのは大切ね。ふぅ。……今までは彼の気持ちは同年代の好きの延長線上で、言ってしまえば、そうね……あくまで年若い男の子の、言ってしまえば表面上の好き嫌いの範疇だと思っていたの。彼が貴方に対しては恥ずかしそうに接するところを見て年相応かそれよりも下に見えてしまっていたのが目を曇らせた要因ね。全く持って見当違いだったと反省しているわ」
「……それで?」
「でも、彼の想いはそれ以上よ。好きというより、愛に近いんじゃないかしら」
「愛。愛か……。あぁ、うん。確かに。あれを言葉にするならそれがピッタリかも」
自分の中で言語化出来ていなかった部分が何だか明瞭となって浮かび上がってきた。
彼の想いの強さは他の男たちが口にする「好き」とは違うなとは常々思っていた。
愛情という言葉自体はぼんやりと頭に浮かんではいたけれど、他人の言葉で聞いてやっとそれが輪郭を得て型に嵌った感覚なのかもしれない。得心がいっていた僕を見ながら、咲夜はやや困惑している様子で。
「清花……貴方、分かっていたの?」
「逆に聞くけど、何で分からずにいたと思ってるの?」
悪意以外の感情も伝わってくるというのは咲夜にも伝えてある。
それでもこうして困惑をしているというのは、言葉だけでは伝わらないものがあることの証明なのかもしれない。
「咲夜は分かったけど、冬香はどうしてここへ? 咲夜に連れられてっていう風には見えなかったけど」
「私も咲夜さんと同じような理由でしたが、話を聞いていて私は何となく理解出来ました。それでも聞いておきたいのですが、景文さんのあの熱量はここ最近で急に高まったものではありませんよね?」
「熱量というのは想いの強さって意味かな? それだったら車の中で話した、彼に助けられたっていう話の時から変わってないよ。多少強まってはいてもその時と比べて明確な差があるっていう程じゃないと思う」
「そうなんですね。…………私の個人的な見解だという但し書きの上で何ですが」
やけに神妙な様子で語り出す冬香の言葉を待つ。おそらくこれは聞いておかないといけないやつだろうから。
「景文さんのあの言葉には側で聞いていた私でさえキュンと来ちゃうくらい気持ちが乗っていました。同じ女として好きな人に同じことを言って欲しいなって思ってしまうくらいに、です。だからこそ聞きたいのですが、清花さんとしては先ほどの言葉を聞いてどう思ったのですか?」
「……あの、それってここで話さないといけないこと?」
「重要なことなんですっ」
冬香の言葉からはいつものからかい半分のようなものは感じない、か。
いつもならここで止めるはずの咲夜も今は考え込んでいて何も言わないでいる。
「今どう感じたかについては今の自分では上手に語れないんだ。だからこそお友達から始めようってことになっているんだからね。そう前置きをしてから出来得る限り言葉で表現するなら、有難い……かな」
「有難い、ですか?」
意外という顔を隠せない冬香は口を開けたまま固まった。
「あれだけの感情はそう簡単に芽生えるものではないと僕も理解はしているよ。だからこそ、そこまでの価値を僕に感じてくれていることに対する感謝の念……だと思う。他にも言い様はあるんだろうけど、今はこれ以上の言葉が思いつかない」
これで伝わったかと二人を見ていると、暫くの間それぞれうんうん唸った後に冬香は笑顔で言い放った。
「お友達とかいいんで、もうさっさと付き合っちゃえばいいんじゃないですか?」
「いや、何でそうなるのさ。僕の方こそ何を考えてその結論に達したのか聞きたいんだけど」
しかし冬香も、そして咲夜も口を閉ざした。人には散々吐けと言っておいてどういうことなのだろうか。
二人を何としてでも問い詰めるべきか、いやしかし今のやり取りだけでも随分と時間を使ってしまっていた。
何も言わずに三人で試着室に籠った僕達を不思議に思っているはずで。
「とりあえず二人の中で納得がいったのならもういいよね? そろそろ出ないと怪しまれちゃうよ」
これ以上は何も言うつもりはないのか、彼女たちは何か考え込んでいる様子だけど僕の方からさっさと出ることにした。
「ごめんね。何だか二人が変なことを言い出しちゃって」
「いや、咲夜さんが動いたなら大事なことだったんだろうと思うから気にしていないよ。理由は聞かない方がいい?」
「大丈夫。どうも景文さんの本気度合いに驚いちゃったみたいだよ。人の気持ちって数値で測れたり見れたりするものじゃないからね。さっきの感想に込められた熱気に当てられて自分たちまで恥ずかしくなっちゃったんだと思う」
待たせておいて隠し事をしたり騙したりするのはする方としても気分が良いものではないので赤裸々に語ったところ、後ろからはバツが悪そうにしている二人がやってきた。
「お生憎様だけど私は恥ずかしくなんかなってないわよ。ただ少しばかり予想以上で驚いただけで」
「わ、私は……えへへ。流石にあれは聞いてる方も恥ずかしくなっちゃいますよ」
「それで驚いた二人がどういうことなんだって問い詰めて来たってところかな。僕と違ってそういう感情を感じ取れないから仕方がないね」
特にあの出来事を体験して、あの時の言葉を直接聞いていない二人からしたらなお分からないことだろう。
彼は物腰は柔らかいし僕の前だと少し格好つかないところもあるけれど、やる時はやるし、あれでいて割と独占欲は強い方だ。その景文さんは二人の考えを理解してか、胸に手を当てて真面目な顔を二人に向ける。
「なるほど。二人とも、安心して欲しい。俺は清花さんにハッキリと振られない限りは彼女一筋のつもりだよ」
「うぉ゛……っ⁉︎ イケメンオーラで目が焼かれる……っ⁉︎」
冬香が腕で顔を覆って視界を隠す。やはり何を言っているか分からないけど、要は笑顔が眩しいと言いたいのだろう。多分。
対して咲夜の方はと言うと、手を腰に据えて半眼で彼のことを睨んでいた。
「今は信じて何も言わないでおくけど、この子を悲しませたりしたら承知しないわよ」
「清花さんとの話し合いは聞いているだろう? だから確約は出来ないけど最大限その為の努力をすることは誓うよ」
「姿勢として誠実なのは結構だけれど、きちんと実を伴って貰わないことにはね」
「勿論。既にやるべきことはやっているから報告は追ってするよ。吉報を待っていて欲しい」
咲夜の言葉からして、改めて——いや、初めて彼のことを認めたといった所だろうか。
非常に濃い一日を過ごした僕と違って咲夜と景文さんがまともに接した時間は白面の時くらいしかない。
確かにそれでは彼のことを信用するのは難しいのも当然で、それでも彼との今の関係を許可したのは偏に僕個人への信頼からで間違いなかった。その彼女は景文さんの方に歩み寄って、人差し指で彼を小突いた。
「差し当たり、まずは清花が着替える度に一つ一つ心を込めて感想を言うこと。テキトーに言ったら清花でなくとも私たちが分かるからそのつもりでいなさい」
咲夜の真後ろで冬香がしきりに頷き、僕の着替えがまだまだ終わらないことが決定してしまう。
それからは実に様々な水着を着せられて、その度に聞いているこっちが恥ずかしくなるような褒め言葉を語彙を被らせることなく披露された。それを聞く毎に冬香は黄色い声を上げるし、咲夜は僕の背中を何度も思い切り叩いてくるしで大変だった。
それでも最終的に僕を含めた四人でそれぞれどれが良かったかを決め合い、票数の多いものを選ぶことになった。
結果として二票ずつに分かれてしまったのでどちらも買うことになってしまったけれど、そうそう着る機会はないはずなのにどうする気なのだろうか。まぁ、それも楽しかった思い出として残るのだからいいか。




