一話-6 一般人の価値観
冬香が選んだ映画は恋愛物————というわけではなく、最近流行りの洋画らしい。
聞いてみるとそっちは流石に意識し過ぎで怒られそうだったからという理由だった。確かに席の順番を操作して映画の内容までとなると僕でも強く怒っていただろう。最後の一線で身を引いておくとは運のいいことだ。
映画館で売られていたポップコーンという食べ物はとうもろこしが原料らしく美味しいと評判らしい。
冬香がキャラメル味で僕が塩味を買うことに。他の二人は僕と冬香から貰えばいいということで飲み物のみにしたみたいだ。
そうして始まった映画ではあるけれど、これが中々に興味深い物だった。
俳優の演技力もさることながら、内容も惹きつけられるものを感じる。
ある日を境に地球に様々な異常が起き出してそれを解決するというのが主題となるのだけども、これが中々に見応えのある物だった。
解決出来ると思ったら新たに問題が起きて、その度に起こる人間模様が実に現実味があるというか。
それを乗り越えつつも度重なる試練にて脱落していった幾人もの仲間を想いながら無事解決に至る道のりは手に汗握るものがあった。
一時間超えの視聴も全然苦にはならなかったし、何なら途中の休憩時間もいらないと思った程だ。
今までは時間がなかったのもあってあまり手を出してこなかった映画の分野ではあるけれど、これなら過去の名作にも手を出すのもありだと思う。時間があれば、だけど。
「ふぁ……それで、結局最後はどうなったんですか? 地球を救ってハッピーエンドなのは分かりきっているので過程を教えて貰えればと……」
過去に友達と何度も似たような映画を見に行ったことがあるという冬香は中盤辺りで脱落して眠りに落ちていた。どうも結末はどうせ一緒だからと途中の過程までしか興味が続かなかったみたいだ。
イビキをかいて周囲に迷惑をかけるようなことはなかったし、周囲も映画の内容にそれどころではなかったので彼女を気にした人はあまりいないだろう。
瞼を擦りながら歩く冬香に咲夜が頬を叩いていたのは見なかったことにした。
「確かにありがちな内容ではあったけど、それでも白熱してたのは何が理由だったんだろうね」
「やっぱり俳優の演技じゃないか? 宣伝広告にあった通り、実力派の人たちをかき集めていたみたいだしな」
「うん。それもあるね。僕としては人類滅亡とか、そんなことをつい最近似たような話を聞いて連想し易いからっていうのもあったかな。感情移入がしやすかったっていうか」
「それって、例の占いのこと? 文奈が言っていたっていうあの……」
「そうそう。文奈さんが言うには僕が日本にとっての救世主になるって話だけど、それって多分予想されてる大規模侵攻を何とかするって意味だよね? それを何とかしないとそもそも既に日本は滅茶苦茶になってるってことになってるだろうし、日本が滅ぶ事態になってたら僕もこの世にいないよね」
大規模侵攻時を僕は生き延びているかと言えば確率としては限りなく低いはずだ。何よりあの白面が僕を見逃すはずがない。僕としても逃げ隠れするつもりはないから全面対決となってどちらかが死ぬことになっていると思う。
となれば必然的に僕が次の大規模侵攻時に何かをすることになるのだけど、残念ながら今のところ何か出来る見通しは————
「ふぁ……それなら清花さんが日本全域に雨を降らせればいいじゃないんですかぁ?」
「えっ?」
「それは……」
「……なるほど?」
僕の気の抜けた声に冬香の寝ぼけた声が返ってくる。
まだ寝ぼけているままなのかと頭に浮かぶけど、今はそれどころではない。
何か、冬香が重要なことを言っていたような気がしたから。
「冬香、もう一度さっきのことを言ってくれる?」
「はい? ですから、清花さんがあの時、鬼を倒したような雨を全国に降らせれば万事解決じゃないですかって思って。弱い妖怪はそれだけで全部死にますし、強い妖怪だって弱体化するはずですよね? その後ならどんな妖怪が来ようと他の人たちが何とかしてくれますよ、きっと。他人頼りですけど……ふぁぁぁ、二度寝したい」
確かにそれが出来れば一番だ。浄罪はあの一級相当の鬼ですら消滅寸前まで弱らせることの出来る大蓮寺家の秘技。もしも日本全国に一斉に妖怪が出現したとしても雨さえ当たれば一網打尽にすることが出来るはず。
問題は……そう、ただ一つの問題としては流石の僕でも霊力が足らないこと。
浄罪の範囲は広げればその分霊力を大量に消費することになるから持続時間が足らなくなってしまう。だから僕が使う時は範囲を絞って消費霊力を抑えて持続時間を延ばすことにしているのだけど、日本全国とももなればどれほどの霊力が必要になるか想像すら出来ない。
「どう思う?」
咲夜と景文さんに聞いてみると、二人は冬香の言葉を聞いて一考の余地があると踏んでもう既に思考に時間を回していたみたいだった。
「全国とはいかずとも、範囲を絞れば特定の地域を守ることは簡単そうね」
「相手の位置と規模が分かっていれば更に絞りこめそうではあるかな?」
「事前に知っているとなると占いとかだけど……あまり信用し過ぎると危険ね。別の方法が必要だわ」
「相手も俺みたいに未来視は妨害しているだろうからね。確かに未来視を前提にし過ぎるのは危険だ。俺が出来るってことは相手だって出来るって考えた方がいい。……そうなると、出現の予測と瞬時の情報共有が肝になるってところか」
「清花が直視出来ていない土地に対して術を行使出来ないことも何とかしないとだけどね。まずはそっちの懸念点が解決したらの話になるかしら。出来ないのは想像の問題みたいだから、何かしらの手段で現地の景色を見ることが出来れば解決はしそうだけど……」
二人は頭の回転が早いからか会話の速度がとんでもないことになることがあるようだ。
お互いに口に出した言葉を理解している前提で進んでいくから聞いて理解をしていくだけで精一杯で口を挟むのが難しい。その話の一部分では、日本全体に雨を降らせるのは流石に現実的ではないから場所を限定して降らせようという風に聞こえる。
だけどそれは咲夜の言う通りに以前に試しているけど失敗をしている。遠くから浄界を降らすことが出来ればわざわざ遠征をする必要がなくなるし、同時に複数の地域への干渉が出来るから。例え浄界だけで妖怪を倒せずとも、その地域の退魔師でどうにか出来るくらいには弱体化出来るはずだから出来ることに越したことはないと思って。
しかしながらその案は早々に廃棄することになった。僕がどうしても視界外の遠方まで術を飛ばすことが出来なかったからだ。
ここに来て僕の弱点が露呈することになったという訳だ。
既存の事柄や物からそれに似た術を作り出すことは出来ても、想像のしにくいことや全く新しいことについてのことには不得手という弱点が。僕ではいくら修行をしたところで自力で結界を生み出すことは出来なかっただろうし、もしかしたらそれを見かねた神様が夢の中に現れた可能性も無きにしも非ずといったところなのかも。
「清花さんでも出来ないことってあったんですね。というか、そういう霊具とかってないんですか? 遠くの景色が見れると言えばほら、人工衛星の映像みたいなのを借りるとかどうです? 話を聞くに日本の危機みたいですし、それなら特別に借りられたりするんじゃないですかね?」
会話を聞いていた冬香が寝ぼけながら何気なく語る。
人工衛星の映像というのは宇宙圏からの景色で街並みを上空から見る航空写真に似た景色になるはずだ。
「うーん。どうかな……写真や映像だと没入感というか、自分で見てる感じがしないから難しい感じがするけど」
「あぁ、そこに霊力を送り込む必要があるってことですもんね。そうなると機械的なものは頼りにならないかもですね。私はよく分からないですけど、機械と術式って相性が悪いって聞きますし」
「そうだね。でも人工衛星っていうのは考え付かなかったかも。そういう退魔師以外の視点を持つところは暮らしてきた環境の違いなのかな。良い着眼点だと思う」
「あはは……退魔師としてどうなんだって言われたりもするんですけどね」
「僕はそれでいいんじゃないかなって思うけどね。例えばだけど、僕が水弾として放っているのも実際の拳銃とかを想像しているから。それだって現代の物を模している訳だし。退魔師界隈の考えとしては昔ながらを大切にしたいだろうけど、全てが全て昔の人の考えに沿わないといけないってことはないはずだよ」
「清花さんがそう言ってくれると気が楽になりますね。言葉に重みがあるっていうか、ストンと自分に嵌まるっていうか」
「そうかな? ……うん。冬香も頑張ってるのはしっかり伝わってるから、あまり他人の意見に流されないように自分に自信を強く持ちなよ。退魔師らしくないっていう視点も自分の物に出来ればきっと強みになると思うからさ」
「そこまで言ってくれるなんて……珍しく清花さんが凄く優しい気がする!」
「うん? いつも冷たいみたいに言うのはこの口かな?」
「あぁー⁉︎ すみませんごめんなさーい!」
僕が冬香の頬を軽く揉み解している中、咲夜と景文さんはまだ語り合っているようだった。
人のことは言えないけど、やはり根が真面目の二人はこんな時でも仕事のことについて深く考え込んでしまうらしい。
「二人とも、そのことはまた後にしようよ。今は買い物の途中なんだしさ」
するのならこんな往来の場ではなくきちんとした所を設けたい。二人も集中を止めてやっと自分たちがどこにいるかを思い出したようだ。
「そうね。あともう少しで答えに辿り着きそうだったけれど、そこで詰まっていたから一旦止めることにしましょう」
「……ハッ⁉︎ そうだった! 清花さんの水着すが……っ‼︎」
思い出したように発せられる変な言葉に僕は素早くデコピンで黙らせることに成功した。
こんな往来の場で言う事ではないし、止め時を見誤ったせいで少し男性の視線がこちらに向いてしまったみたいで居心地が悪い。
「景文さんのせいで注目されちゃったんだけど?」
そう言うと、彼は難しい顔をして何かを呟いた後に手を叩いた。
手と手が叩き合う音が響き渡ったと思いきや、視線が僕達から外れていくのを感じる。
今まで僕達のことを見ていた人たちは視線を外して往来に戻っていく。
まるでさっきまで何をしていたか分からないといった様子は明らかに術が作用していて。
「こ、これで大丈夫……だと思う。周囲の人たちの記憶から数十秒間の記憶を飛ばしたから」
「そんなことも出来るの? というか、こんな往来の場で術を使っていいの?」
「んんっ、いやぁ……あの、これは本来は禁止されている術だから他言無用で何卒お願いするというかですね……」
「誰かに迷惑を掛けてる訳じゃないし、それは別にいいけどさ。それにしても本当に陰陽術って色んなことが出来るんだね。いや、この場合は陰陽術って言うよりは景文さんがって感じかな?」
以前は占いに対しての対抗措置を行なっていたみたいだし、戦いとは別の方向の術も多種多様な印象だ。
ない物ねだりをする訳ではないけれど、僕の浄化の水が戦い関係に特化していることもあってそういったように戦闘以外でも使えるというのは羨ましい限りではある。
「ん゛っ、んんっ。……昔の時代は暇人だらけだったからこういう変な術ばかり作ってたんだ。その分だけくだらないようなものも多いけどね」
彼の反応に冬香が何これと咲夜に無言で問いかけているけど、とりあえずは見ないようにしよう。
「そういう術が使えるならこれから買い物で注目されても平気そうだね」
「一応は禁術なんだけど……昔のことだし、まぁいいか。分かった。変に注目されないように俺が調整しておくよ」
得意気な顔をした景文さんに対し、咲夜の鼻で笑ったような声が聞こえた。
「とか言いながら、単純に清花の水着姿を他の男に見られたくないだけでしょう?」
「否定はしない。一字一句全くもってその通りだ」
「……そう答えると思っていたわ。全く、人によって態度の違うこと」
意地悪な笑みを浮かべた咲夜の問いかけに彼は特に動揺した様子もなく自然と言い返す。
すると咲夜がこちらに静かに歩み寄って来て、肘で僕の背中を突いてくる。
これはあれだ。僕に同じことを聞いてみろということだろう。やってみなくても結果は分かっているというのに。
とはいえ、僕もそのことについては知りたい部分がある。誰にも見られて欲しくないという要求が出た場合、そもそも出掛けた先で着替えることすら出来ないからだ。
「景文さんは、僕の水着姿を他の人に見られたくないの?」
なので聞いてみると、彼は咲夜に対しての態度とは大違いに顔を真っ赤にして反応をして手を忙しなく動かして。
「み、水着だしプールとかに行けば他の人に見られるのは分かってる。だから見られたくないというのは不必要に無関係の人に見られるのは出来ればという意味であって水着を買うなという意味ではなくて……っ」
「分かってるから。だからそんな熱弁しなくていいから。つまりは、そういう気持ちはありつつも仕方ないって納得はしてるんだね?」
他二人なんて微塵も気にしないで僕以外は眼中にない様子からは彼の熱意が文字通りに見て取れる。
咲夜も冬香も僕から見ても歴とした美少女に数えられるくらい可愛い女の子だというのに。清々しい程に彼の視界からは外れていた。
景文さんがそれからもあれこれと言い訳のようなものをしていると、笑顔……と表現したらいいのか分からない気味の悪い顔をした冬香が肩を叩いてくる。
「いやぁ、愛されてますなぁ!」
「冬香? 弄るのはなしだよ? 分かってる? 分かってるよね?」
今回は分かっていて彼の反応を引き出したようなものだから、これで反応を弄るのは卑怯というものだ。
片棒を担いだ身としてそれ以上は許さないという視線を強めたところ、流石の冬香も理解したのか弄る気満々の勢いが見る見るうちに萎んでいく。
「うぐぅ…………はい、楽しみは後に取っておきます」
この子には反省という文字はないのだろうか。……ないのだろうな。
「景文さんも、いつもみたいに平然としていてよ? じゃないとまた二人のような反応をされちゃうんだから」
「き、気をつけるよ。けど、さっきの質問で動揺するなっていう方が無理がないか?」
「そこのところはよく分からないけど、もしも他の人に見られたくないなら対応を考えないといけないから仕方なくないかな」
「対応というと……」
「人の目がない状態にしたいなら一番は貸切がいいと思うけど、大きめの施設を貸切っていうのは他の人に迷惑が掛かるから現実的じゃない。もし貸切にするなら小さめの施設になるでしょ? それだと楽しみにしていた咲夜と冬香に迷惑が掛かるから、最悪は景文さんが来れないっていう可能性も考えないと……」
「文句なんて一つたりとも御座いませんのでそれだけはどうか……っ!」
「うん。だから一番丸く収まる方法が多少は我慢してもらうことなんだけど。出来る?」
聞くと彼はうんうん頷いて肯定したのでこれで一安心といった所だろう。
注目されるかもしれないことを考えるとプールでも変装した方がいいのだろうけど、流石に水着姿に眼鏡や帽子は似合わないし異質過ぎるので、多少の注目は仕方ないと受け入れるしかない。
「さて、それじゃ改めて買い物に行こう……と思うんだけど、二人はそんな目で僕を見るのはどうしてなの?」
「いえ、貴方って結婚したら尻に敷く女なのね、と思っただけよ」
「咲夜は普段真面目なのに偶に変なことを言い出すよね」
「単純に二人を見て思った単純な感想よ。他意はないわ」
「純粋に他意しかないでしょ。……まぁいいや。変な問答をしてたら時間も経っちゃってるし。ほら、早く行くよ。ちなみに今更なんだけど、景文さんって女性服ばかりのところは行って平気なの?」
「そこについては特にないかな。男一人だけで行く訳じゃないし、清花さんの護衛として来ている気分でいれば周囲の目も気にならないよ」
自然と他の二人が除外されているけれど、そこを追求していると延々と雑談をすることになりそうなのでさっさと行くことにしよう。
何かを言おうとした冬香はこれ以上怒られないように自主的に口元を押さえながら付いて来ている。
水着売り場は昼食を食べる際に見掛けたのでそこまで僕が先導する形で向かって行った。
専門店という訳ではなく、衣服売り場の一角に水着が売っているだけなので基本的には女性服が主になっていて、天井に吊り下げられた水着コーナーの文字に従って向かっていくと、季節の先取りとして様々な水着が取り揃えられてあった。雑誌で見るような最新の物や去年流行った種類の物もあるし、どちらでもないようなものも沢山ある。
「へぇ、想像より色んなのがあるんだね」
「このお店はこの辺りだと大手の衣服店になるのでこれくらいは当然ですよ。清花さんはどういう種類のを買おうとかは考えているんですか?」
「僕は上下一体のワンピース型のを買おうかなって思ってるよ」
「え゛っ」
事前にどんな物があるんだろうとネットで検索して見ていた時に、これならあまり肌の露出が少ないしあまり恥ずかしくなさそうだと思ったので選んだのだけど、どうも反応が良くない。いや別に他人の評価を気にして選ぶつもりはないのだけど。
「何か変かな?」
「いえ、清花さんならもっと派手な物を着るものだと想像をしていまして……」
冬香の中で僕はどんなものを着せられているのだろうか気になるけども、これを追求すると面倒な事が起こりそうな予感がする。一度でいいからと着せられてしまいそうだ。
「そう言う冬香はどんなのを買う予定なの?」
「私は無難にフリル付きのビキニを選ぼうかなって。他に試着してみて似合ったらもっと挑戦的なものもいいかもしれませんけど……」
言いながら、冬香は僕の体をまじまじと見て溜息を吐いた。
「私も清花さんみたいなプロポーションがあればもっと大胆な水着も映えるんですが」
「ぷろぽ……? それは分からないけど、水着なんて過度におかしなものとかじゃなければ自分の好きにしたらいいと思うよ? ……何? 変な顔をしてるけど」
「ほほう? 過度におかしい物ですか? 例えば何ですか? どういう物を想像しているんですか?」
今の彼女の顔を何と表現したものか。
こう、粘着質というか。擬音で例えるのなら二チャッとしたような笑顔に思わず身を引いてしまった。
「冬香……何だか変質者みたいだよ。特に顔が」
「酷いっ⁉︎ そこまで言わなくてもいいじゃないですか⁉︎ こちとらまだまだうら若き乙女ですよ⁉︎」
「だったらその顔はやめなよ。凄く変態的っていうか、凄く近寄り難い感じだからね?」
「ぐぬぬ……。ですが私は諦めませんよ!」
「そう言うのはいいから、さっさと自分の水着選んだら?」
僕と景文さんの関係について揶揄うのは禁止しているけど、僕個人をどうこうすることについてまで禁止するつもりはない。だから冬香が何をしようと同様の怒り方をするつもりはないものの、だからといってこのまま放置するとやや面倒そうではある。
しかしながら一定の範疇でやりたいことをさせておかないとまた暴走しかねない。なので弄る対象が僕のみならあえて止めるつもりはない。本当は暴走しないでくれるのが一番有難いのだけども、どうにも話を聞いてくれる様子ではなかった。
「貴方たち、まだ話をしていたの? 私はもう買ったわよ」
「えぇっ⁉︎ 早過ぎないですか⁉︎」
「い、いつの間に……」
どうやら本当に購入していたらしい咲夜は手荷物を持って僕達を見ていた。
お互いに着替えを見せ合ってキャッキャウフフしたい冬香(本人談)からすれば許し難い蛮行にも近しい行いだったに違いない。首元を絞めかねない勢いで迫っていた。
「どうしてもう決めちゃうんですか! 一緒に選ぼうって約束したのに〜!」
「私は予め身体測定をしてどれを買うか決めてから来ているもの。早いに決まっているじゃない。あと私はそんな約束はしてないわ」
咲夜は時間の無駄をあまり好まない性格なので自分のことに関してはきっちりしている。何度も買い物に付き合っている僕はもう慣れたものだけども、冬香からすれば理解出来ない世界だろう。
冬香が咲夜とやり合っている間に自分の水着を選定していると、不意に目の前に何かが差し出された。
「普段ならとことん議論しているところですが、今回は構いません! だって私にはまだ清花さんがいらっしゃいますので! ので!」
「言いながら渡してきたこれは僕に着ろってことでいいの?」
手に取った見てみると、それは上下で布地が分かたれている種類のものだった。
上下一体型の水着を探している僕とは真逆の路線と言ってもいい。
しかも余計な装飾がない分、明らかに布面積が少ない。流石にこれは露出のし過ぎだと思う。
「その肉体美を隠してしまうなんて勿体ないとは思いませんか? 聞けばモデル撮影には水着はなかったらしいですし、色々な物を着れる機会に試してみるのもアリなのではないですか⁉︎」
「千分の一理程度はあるけど、買う予定もないのに肌に身に着けるのってどうなのかなって」
「気が変わったら買うかもしれないじゃないですか! 絶対に買わないって決めている訳ではないのですよね⁉︎ ねっ!」
「それはそうだけど……」
僕も雑誌やネットで調べた上で漫然とこれがいいかなと当たりをつけて来ただけで、咲夜のようにこれと決めてから来ている訳ではない。他に良いものがあったらそっちにしようかなと考えてもいた。だから冬香の言っていることは丸っ切り当たってはいる。
そこでふと視線で突き刺さる感じを受けてそちらの方を見る。
景文さんは僕と、そして無理やり手渡された水着を交互に見比べていた。
受け取った時の水着の位置が良くなかったのだろう。着ている姿が容易に想像出来たに違いない。
「……視線がえっちなんだけど」
目線で胸やらお尻やらに向けられているのが今まで以上に露骨というか、隠しきれない下心が満載の視線だった。
果たして僕が男として生活していた頃に彼くらいの感情を異性に対して持っていただろうか。答えは否だった。
全くの赤の他人なら不快だけど無視出来るものの、無関係ではない人の視線には少し意識をしてしまう自分がいる。
咲夜や冬香が見てくるのとは違う種類の感情が籠った視線には得も知れない感覚を覚えていた。
妙にこそばゆいと言ったらいいのか、何だか落ち着かなくなるような。
そんな視線を止めて貰うよう言おうかと思ったけど、唐突に視線が感じられなくなったことに気づいた。
「……あれ? 反応がない」
その当人と言えば、何故か言葉を返すことなくまるで石像と化したかのように固まっていた。
突いてみたところまるで死体のように無条件反射の反応もない。
首を傾げていると視界の端で二人が顔を見合わせ、何やら不気味に笑い合っているのが見えた。
そして各々が持っていた水着が無理矢理に押し当てられる。
「清花さん。この人のことは私たちに任せておいてまずは試着してみましょうよ! 時間も勿体無いですし!」
「これから何着も着替えてもらう事になるのだからさっさとして頂戴。はいこれ、私が選んだやつ」
「えぇ……」
なんだか色々と釈然としない気持ちを抱えながらも二人に押し込まれ、渋々着替えることにするのだった。




