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一話-2 正論は効く




 柳さんを雇い入れる件に関しては咲夜と倉橋さんの方で調整をし、向こうの準備が完了し次第こちらにやって来る予定だ。注意することとして、柳さんは僕のように大量の霊力がある訳ではないことは忘れてはならない。

 あの人が変身出来る時間は長くて二から三時間の間辺りが限界らしい。本家筋の人間であっても変身時間に限界はあるので、やはり時間制限のない僕の方がおかしいのだろう。

 なので常日頃からここに住んで僕の代わりをしてもらうのは不可能だということは大事なこととして覚えておく必要がある。だから柳さんには周囲が清光がいることを忘れない程度に顔を出してもらうことをお願いすることになる。その頻度は咲夜と相談してもらうとして。

 今日はその柳さんが僕の姿をしている時には敬語を使わないという練習をしている最中だ。

 変身前の姿を知っているとどうしても年上が相手だと頭が誤認してしまうから日頃から慣れておく必要があるからなんだけど、これがどうして中々難しい。


「何というか、あれだよね。自分が目の前にいるっていうのは奇妙な感覚というか……」


 今となっては男としての姿の方が珍しいというか、果たしてどちらに変身をしているのか自分でも分からなくなるくらいにまで清花としての姿に馴染んではいるけれど、それでも清光としての姿だって自分の姿ではある。

 その自分の姿が目の前にあるというのは、まるで今ここにいるはずの自分が自分でないような錯覚に陥りそうだった。


「いずれ慣れるよ。葛木家では昔からやっていることだしね。あぁ、そうだ。そういえば聞こうと思っていたんだけど、清花は話し方や一人称は変えないの?」


 思いついたように投げかけられた質問にどう答えるべきか。


「本当に正体を隠したいならそうするべきじゃないの?」


「そ、それは……」


「ふーん。自覚はある、と」


 目の前の自分から尋ねられる。至極尤もな正論だから返す言葉がない。


「今までは葛木清光と大蓮寺清花が一堂に会することがなかったから露見することはなかったかもしれないけど、二人して同じ話し方をしていたら周りから奇異の目で見られないかな? 清光の知り合いはそこまで多くないとはいえ、知らない人がいない訳じゃない。だったら変えるべきなのは知る人の少ない清花の方だったはずだと思うんだけど?」


「えっと、それはそうなんだけど……最初はそこまで考えてなかったというか。それが今のまま定着しちゃったというか……」


 僕が清花として活動をするにあたって後々問題として一人称や口調のことが出てきたのは確かだ。

 確実に正体を隠したいのなら一人称を"僕"ではなく"私"にすべきだったけど、まず直すべきは何よりも動きや仕草からだということで先送りにしてきた問題だった。

 しかしこれからは清光と清花が並んで歩く機会もあるかもしれない。なので、そういう時に周りに不自然に思われないようにする対策は必要と言えば必要があるのは理解しているつもりだ。


「知名度で言えば清花の方が多い訳だから、こっちが変えるのは別に構わないよ? 男らしく俺と変えてもいいしね。僕が一人称を変えたところで周りからは自分を強く見せようとしていると思われるだけだから、多分不自然にはならないはずだし」


「そういう訳には……そっちの術の問題もあるんだし」


「まぁ、多少の意識改革が必要にはなるけどそこまで影響はないと思うよ。清花が元の姿に戻って俺と口にしてくれればこっちも意識の切り替えが出来ると思う。それくらいの柔軟性がないと身代わりなんてやってられないしね」


「そう簡単な話じゃないのは僕も理解してるつもりで……だよ」


 獣だろうと人間だろうと、特定の相手への変身はその対象のことを観察し理解しているからこそのものだ。本人が本当の意味で変えた訳でもないのに一人称を変えるのは術自体に不具合を生じかねないのはよく分かっている。だから変えるというのならこちらがすべきだというのは分かってはいるつもりではいた。

 即答出来ないのは今までずっと同じ一人称を使ってきたが故、というのは言い訳か。

 必要があるのなら変えるべきで、それは仕草や物腰を変えるのと何ら変わらないもののはずだ。


「だったらそっちが変える? こっちは設定さえ変更さえしてしまえば後は本人に成り切るのは難しくないから、正直どっちでもいいんだけど。物は試しとも言うしさ、まずはどっちもやってみるっていうのもアリだとは思うよ」


「いずれ変えなきゃとは思ってたから、僕が…………でも、今更一人称を変えたりして変に思われたりしないかな?」


「変かどうかで言えば、最初は困惑するけど徐々に受け入れられていくんじゃない? 現に僕っ子でも受け入れてくれてるくらいなんだし。それが普遍的なものになったくらいで不自然だと思われることはないよ」


「た、確かに」


「まぁ、僕としては変えなくてもいいとも思ってるんだけどね」


「えっ、どうして?」


 僕の顔をした柳さんは少し困ったように苦笑気味に笑った。


「多数派に寄せるのならば"私"に直すべきだろうけど、大蓮寺清花は僕っ子として世間でも認知されているからね。その容姿で僕っ子というのは一定の層には刺さるそうだよ。僕も情報を得るために度々ネットで調べてたんだけど、そういう二つの真逆の系統の要素が上手く組み合わさったものをギャップ萌えと言うんだってさ。初めの頃は女の子らしくないという少し批判的な意見も散見されてたけど、今はそんな意見はないだろ? その僕っ子が今の清花という人物像を形作る一つの要素になっているんだと思うよ」


「そう言われれば確かに一人称について何か言われることはなくなったね。……あっ。そういえば、確かにこの一人称を熱烈に肯定してくれる人たちもいたような気がするような? あまり思い出したくない記憶な気もするけど」


「やっぱりね。清花と直接会って話した人たちはそうなると思うよ。ある意味では強い個性ではあるから衆目の関心も惹きやすい。そういう意味でもこちらが変えるのはアリではある。……元来、一人称というのものは他人にとやかく言われるようなものではないんだけどね。所謂作法を指摘するのが無作法ってやつだ」


「それはそうなんだけど、でもやっぱり女の子を理解していくには自分から寄せていく気概を持っていないと」


 既に仕草まで女の子そのものと言われているのだから今更一人称を変えたところでだ。

 寧ろそれを変えるだけでもっと理想に近づけるのなら積極的にそうすべきだろう。

 化装術を会得している柳さんは僕の考えていることは理解しているみたいで、訳知り顔でうんうん頷いていた。


「じゃあ一度ここでやってみるのはどうかな? それで違和感なく過ごせるようなら続ければいいし、そうでないなら戻せば良いよ。聞いているのは僕だけだからそこまで気にする必要もないしさ」


「そう、だね。一度やってみるのはアリだと思う」


「大丈夫そうならこの家の中の人に対しても一人ずつやってみて慣れていくのもいいと思う。何にせよまずはただ意味もなく"私"と口にするところから始めてみようか。意識して一人称として口にしなくてもいいから、ただの単語として"私"って口にするんだよ。それだけでも抵抗感の壁を壊すのは容易になっていくはずだから」


 言われて自分の中で出来そうか考えてみて、違和感はあるものの試しにとやってみることにした。


「……えっと、私?」


 言ってみてまだ違和感はある。長年同じ一人称を使って来たのだから当然だけども。 


「うん。いいよ。一人称が変わるだけでグッと清楚らしさが上がったね。元々の僕っ子を知っている人からするとたまらないんじゃないかな」


「ぼ……わ、私の顔で変な知識を披露しないでくれると嬉しいんだけど」


「仕方ないだろ、この姿でいると自然とこの口調になっちゃうんだからさ。特定の相手に変身出来るのは便利だけど制約が多くて大変なんだよ? それぞれの特徴をしっかり押さえないとだしさ。ある意味時間制限があって良かったよ。でないと自分を見失っちゃいそうだからさ」


 ふと柳さんが何故人間を変身対象にしているのかと疑問に思い、次にある疑念が頭を過った。


「……もしかしてだけど、家族と会った時の何回かは実は柳さんだったりする?」


「大、正、解。ご主人たちが各々贅沢三昧のケモノ生活を楽しんでいる間、突然の訪問者があった場合でも僕達使用人は家のことが疎かにならないようにしているって訳だね」


 記憶にある限り、自分がそのお世話になったことはない……はずだ。術の性質上、そもそもが長時間の使用を避ける術なので厳格に使用期限は決まっている。だからこそ獣堕ちという言葉があるのだから。

 霊力が足りなくて出来ないという面もあるけれど、それでも各々獣堕ちには細心の注意を払っていた……と思っていたのはどうやら僕だけだったらしい。

 

「人としては色々と難ありだけど退魔師としての本分はしっかりとこなしているし、そこを違反しない限りはある程度自由にさせてあげないとね。本人たちは思う存分変身を堪能出来て、僕たちは仕事に見合った報酬を貰って懐が潤う。素晴らしい関係性だと思わない?」


「素晴らしい……? う、うーん? まぁ、あの人たちも大人なんだし、本人たちが納得しているのならいいんじゃないとしか……」


 父親も兄たちも馬鹿ではない。寧ろ地頭は良い方なはずなので獣堕ちする心配はあまりない……と思いたい。もしもそうなったとしても自業自得なので僕からは何も言えない。

 過去に自分に対して絶対に駄目だと叱っていた人たちの裏の顔を知ってしまい、ある意味で頭が痛い思いだ。

 ……その彼らよりも長い間変身しっ放しの自分が言えた話ではないのはその通りではあるけど。


「うんうん。本当に大人になったんだね。良いことだと思うよ」


「それは喜んでいいことなのかな?」


「まぁでも、あの人たちについてはこれからも反面教師にするといいよ。あの人らの駄目なところを真似しなければそれだけでかなり上等な親にはなれると思う。僕が保証する」


「柳さんのお子さんたちとはあまり関わっていないので、保証をされても……」


「どういう意味かな!? 僕の子育てが失敗しているとでも⁉︎」


「だって柳さんも同じ血が流れてる訳だし」


「…………そう言われると何も返せないんだけどさ」


 子育てという面での話なら一番に信用が出来るのがやはり倉橋さんだ。咲夜の歪んだ部分は宝蔵家のせいだとして、他の部分はあの人によって形成されてきたと言ってもいい。同じ教育を受けている身としては将来のお手本にしたい人の中でも筆頭だろう。

 柳さんも仕事は出来る人だと思うし、あの両親の下で仕えながらも何とかやってきたことを思えば色々な苦労や努力をされて来たのだと、今ならそう思う。

 とはいえそれはあくまでも想像の話だ。その努力を見る機会は殆どなかった訳で。


「何だか自信失くなってきたかも……」


「両親と違って柳さんに人としてまともな感性があるのは分かってるからそこまで心配する必要はない……と、あー……うん、思いますよ?」


「何でそこで少し言い淀むのかな? あと何で急に敬語? 何だか本心に感じられないんだけど?」


「うわっ、近い近い!」


 自分の顔が怖いと感じたのは初めての経験だった。恐らくその顔は自分の人生では一度もしたことのないようなものだったろう。やはり姿形は自分でも僕ではないのだなと再認識した。


「えーと……す、姿形はあれですが一応目上の方ですし、敬語はおかしくないのでは?」


「言い訳としては落第かな。本心は?」


「……さっきの金銭関係の発言に思うところがあって教育に影響していないかなってちょっとだけ思ったりしただけで……だよ。他に理由はない、かな」


 これには本人も少し思う所があったのか、口元を引き締めてから押し黙ってしまった。

 

「………………いやぁ、ソンナコトナイヨ?」


「心当たりがあるんですね」


 変身している姿が僕と同じ年齢だからか、見た目の年相応の様子で狼狽していた。

 というより、これが僕の真似というのならば僕が嘘を吐いている時はこんな風に見えているということだろうか。

 もしも本当なら咲夜がすぐに気付くのも納得……したくないなぁ。


「今はそんなことよりも!」


 柳さんが強引に話題を変えようと机を叩いた。


「清花の一人称のことだよ! 話題を変えようったってそうはいかないよ!」


「別に変えてないよ? でもお望みならそれについて議論しようか?」


「うぐっ」


 その仕草と反応については覚えがある。自分が都合が悪い時にする仕草だ。認めたくないけども!

 しかしこの仕草について僕は柳さんの前でした記憶はない。化装術は見ていないもの、知らないことまでは再現出来ないのでどこかの機会で僕を見ていたということになる。そもそも成長した僕の見た目を真似ている時点でそれは確定か。

 つまり僕がここにやって来た後から観察をされていた事実にも関わらず、僕はそれを感知することは出来なかった。それは柳さん、それに葛木家にその情報を悪用するつもりがなかったからで。


「あら、その仕草は清花そのものじゃない。本当に一体いつから見られていたのかしら」


「咲夜、用事は終わったの?」


「とりあえずはね。随分と用意周到に準備をしていたみたいね」


 僕の方ではなく、僕の姿をした柳さんを見て咲夜は笑った。

 その意味する所が分かったのか、先ほどより一転してケロッとした様子で大仰に腕を広げて見せた。


「言っただろう? そっちに迷惑を掛ける訳にはいかないってさ。これでも色々と時期は見計らったんだよ?」


「私と清花がここを離れたことで監視の目のほぼ全てがここから離れた瞬間だったのは認めるわ。確かにこれ以上ない機会だったわね」


「周りにバレないようにしながら偶にしか現れない清光君を観察する日々……どんなに辛かったことか。まぁ、そういうのには慣れてるんだけどね」


 僕が清花から元の姿に戻って活動をする日は少ない。それに加えて外にいる柳さんが観察出来るように外に出る機会は更に少なかっただろう。

 流石に毎日張っていた訳ではないだろうけど、確かに化装術の為に観察をするには辛い日々だったろう。

 しかし、それならばもっと簡単な方法はあったはずだ。


「こっそり連絡を取るつもりはなかったの? 家族ならともかく僕と柳さんが近況報告の連絡を取る分には問題はなかったでしょ?」


「退魔師界隈では葛木清光は欠陥品の捨てられた子扱いになっていたし、他の家ならいざ知らず葛木家が不必要な接触をすると要らぬ憶測を誘発する恐れがあったんだよ。葛木家は世俗にはあまり興味ないのに今更捨てたはずの我が子に接触するのは何故だ、とかね。そこから清光と清花の関係に結びつく可能性が僅かでもある以上、本当に必要な接触以外は控えていたんだよ。例えば周囲に違和感を持たれる事なくこうやって成り変わることが出来るようになる瞬間までとかね」


「……そっか、色々考えてくれてたんだね」


「清光君以外には理解されないこともあるから言っておくけど、人間的にはアレでも葛木家は一応有名大卒の集まりだから地頭だけはいいんだよ。なまじ頭がいいせいで悪知恵が働くと言い換えてもいいかもしれないけどね」


 苦い思い出を含んだような顔は相当面倒な過去があるのかも。


「ともあれ、これで清花に向けられる疑惑は出自のみとなった訳ね」


「そればかりは桃太郎でもなければどうしようもないからね。人間である以上はどうしたって親の存在は付き纏う。けどまぁ、近親者と血液検査でもされない限りはどうとでもなる話だからね。検査にしたってお金持ちはいくらだって誤魔化す方法はあるから心配はしなくていいよ。最悪何もしなくても退魔師界隈が秘密裏に処理してくれるさ」


 僕の血を検査にかけたら両親と関係性は一発でバレる可能性はある。

 今までに何度となく戦いの中で流血したことはあるから、こっそりとやられていたら僕にはどうしようもない。

 ただ僕が戦う時は大体水場が多くなっているので血痕がある可能性はかなり低いとは思う。

 

「ところで、質問というか確認だけど清花は大蓮寺家の養子になるんじゃないの? だからその苗字を名乗ってるんだと思ってたんだけど」


「この子の場合は養子入りしたら当主確定してしまうし、当主となるからには伴侶が必要になるでしょう。そういう後継者問題諸々の話が面倒なのよ。少なくとも今はまだ早過ぎるわ」


「あぁ、婚約者……あー、うん。色々と大変だねぇ」


 他人事だと思って僕の顔でヘラっと愛想笑いをする。言い淀んだ言葉の中にはどれだけの意味合いが含まれているのか。

 実際にこのことについては柳さんが関わることはないので何も言えないのが、こう……。


「そんな目で見ないでよ。そんなに婚約者問題が鬱陶しいなら仮でもいいから僕とでも婚約しておく?」


「自分自身と婚約とか、どんな業を背負ったらそんな真似が出来るんだ……。それに、その話については今のところ問題ないから気にしなくていいから」


「うん? 問題ないってどういうこと? 大蓮寺清花として生活する以上は続く問題だよね?」


「えっ? あぁ、いや……何でもない。気にしないで」


「いやいや」


「いやいやいや」


「いやいやいやいや」


 全く同じように否定し続ける僕達。嘆息しながら僕の額を咲夜が小突いてくる。


「この人がここに来た日のことを考えると昨夜までのことを何も知らないのでしょう? だったら説明はしておかないといけないじゃない。一緒に過ごしているという設定なのだから情報共有はしておくべきよ」


「そ、それは……そうです、ね……はい」


 秘密を共有し、協力して貰う以上はある程度の情報は提供して然るべきだ。

 それでも言いたくないのは元々の自分を知る人物だから。千郷ほどではないにしろ中々に告げにくい。

 そんなこちらの心情を慮ってか、小突く手が止まる。


「言い辛いのなら私が代わりにしてあげてもいいけど、誤解があったり事実と異なる理解をされても文句は言わないように」


「そんなに言い難いことなの? もしかして彼氏が出来たとか…………あれ?」


 それは事実ではない。だから簡単に否定は出来る。けど、あまりにも最短かつ確信を突いた問いに空気が一瞬固まる。

 見た目は僕でも中身は子供が何人もいる大人の女性だ。この空気を見抜けない程に人生経験がない訳がなかった。


「普段の仕草からして結構進んでいるとは思ってたけど、認識の変化まで起こってるとはね。…………念の為に一応聞いておくけど、元からってことは?」


「それはないわ。最初の頃は想像しただけで吐き気を催すほどだったもの。私が保証するから」


「君が言うんだったらその通りなんだろうね。……あー、けど、つまりはそれくらい進んでいるってことか」


 化装術に詳しいのは柳さんも同じ。年季で言えば僕なんかよりもよく化装術について理解しているのだろう。だからより深いところで思考を巡らせているに違いない。

 現在自分がどの程度化装術の影響を受けているかを測る手段はないとされている。頭脳明晰な人物の多いらしい葛木家であっても、未だに方法は過去の経験則から来る予想と予兆での推測でしかない。

 だからおおよその目安として何時間と決められていて、僕はその制限を悠々と越えている自覚はある。


「会合後の出来事で話し合ったのだけど、本人が言うには六から七割辺りらしいわ。他人に変身をする化装術の先達としてはどう見るべきかしら?」


「僕が観察していた限り、この家を出る前までは多くて四割といった所だったと思うんだけど、うん……現状は大体そんな所じゃないかな。出来れば向こうで何があったかを教えて貰えるとより具体的な推測になるんだけど?」


 視線が僕に集まる。流石にこればかりは自分で説明するしかないか。

 気が重いけれど、仕方ない……。


「掻い摘んでになるけれど」


「清花の心の変化に重要そうなところに重点を置いてくれればいいよ」


 咲夜は一応の了解を得る為にこちらを見る。恥ずかしい部分まで話さないといけないけれど、そうもいかないか。二度手間にならないように倉橋さんと大門先輩も聞いている状態でというのは中々に過酷ではあるけども。

 仕方がないことと割り切り、頷いて僕達が帰って来るまでの出来事を話していく。

 自分の視点での出来事を客観的に語っていく訳だけど、同年代である咲夜に語るよりも抵抗感があるのは酸いも甘いも経験してきた大人が相手だからかもしれない。なんと言うか、向けられる視線が生暖かく感じる。それが自分の顔をして向けてくるものだから更にむず痒い思いを助長させている気がした。


「ふむふむ。土御門家のご子息がそんなに熱心にねぇ。それで保留に? ふふっ、悪い子だ」


「えっと、悪い子っていうのはどういう?」


「だって男の子に期待を持たせてそのままにしているんでしょ? 聞く人が聞いたら悪女だって感じる人も多いと思うよ? 顔は清楚美人なのに腹黒だって思われるかも」


「悪女……腹黒……」


 その部分については自分でも思うところがあるから言い訳の余地がないことは理解している。

 ただ悪女とまで呼ばれることに関しては少し納得がいかない。あの時の自分では承諾の選択肢はなく、あるのは保留かお断りのどちらかだったから。


「あくまで事情を知らない第三者としての意見だよ。その第三者としての意見だけど、あまり勿体振るようなことはしない方がいいと思う。男の子の心は傷つきやすいからね。……おっと、その辺りの心配は無用だったかな」


「そちらの機微の教育に関しては私共が致しますのでご心配なく」


 僕が話をしている間にいつの間にかいたらしい倉橋さんが釘を刺すように鋭い視線で僕──の姿をした柳さんを見ていた。

 その間に大門先輩がスッと飲み物を差し出してくれたのでお礼を言いつつ口に含んでいく。

 喋り続けた喉と少し疲れた心に染み渡るような落ち着く味わいを堪能しつつ会話を聞く。


「分かりました。ここにいる間はこの姿でいることになるから清花の教育に関与することはないと思うので安心して下さい。あぁ、でもそれっぽいことはさっきしたっけ」


 ぽんと手を叩いた柳さんはおかしな笑みを浮かべてこちらを見る。

 嫌な予感がしたので飲み物に夢中で聞いていないことにしようとして、既に空っぽだったことに気付いてしまった。


「ちょっとおかわりを貰いに……」

「今お注ぎ致します」

「あぁっ!」


 ある意味で空気を読んだらしい大門先輩によって空っぽの湯呑みが満たされていく。逃げ場が無くなってしまった。


「それで? さっきまで何を話していたの?」


「一人称についてだよ。ほら、僕も彼女も"僕"だろう? 二人揃って僕僕言っていたら流石に怪しまれないかと思ってね。世間の認知度で言えばこっちが変えてもいいんだけど、その前に折角だから清花も変えてみようって話になったんだよ」


「なるほどね。確かにその問題についてはおいおい直していく予定ではあったわ。男性であっても仕事なんかではワタシやワタクシと使うことがあるのは事実ではあるから使用する際の精神的な障害としては低いものの、未成年や成人したての人が使う一人称ではないというのも事実でしょう? だから一人称の変更については様子を見ていたのよ。でも確かに変える頃合いとしては丁度いいかもね」


「すぐに変えなかったのは良い判断だと思うよ。人によっては仕事と私生活とで使い分けることも出来るけど、一人称の変更は自意識を切り替える際にかなり強い働きがあるからね。下手に最初の頃から変えていたらもしかしたら二重人格化していたかもしれない。その場合、化装術にかなりの悪影響が出ていたと思うし英断だったと思う。確かに貴方たちに彼……彼女を任せたのは間違いなかったみたいだ」


「そう思って貰えて光栄ね。……それで?」


 話がひと段落したみたいだ。何やら深い話をしていて僕のことは視界から外れていると思っていたけど、そうではなかったらしい。

 この場の視線がこちらに向いてるのが分かった。


「そ、それでって?」


「一人称のことよ。分かってるのに分からないフリをするのはよしなさい。アタシでもワタシでもワタクシでもいいけど、変なのにはしないでよ」


「変なのって何さ。別に普通のだよ」


「だったら言ってみなさい。別に笑ったりしないから」


 皆が見ている中で追い詰められた僕はその日の間だけ一人称を変えて過ごした。

 ただ僕以外での話し合いによって何故か一人称はそのままにしようという流れになったらしく、変えることが出来るのならと柳さんが変身した姿の方の僕が一人称を変えることになっていた。

 そのことについて理由を聞いて回っても誰も理由を答えてはくれないのは何故なのだろうか。

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