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四話-3 土御門家




 咲夜が土御門家に連絡を取ったところ、意外なことにすぐに段取りがついたらしい。

 景文さんのところにも僕たちの下へ来た二人組のような人が来たのか、あちらの家でも例の集会の話で持ちきりなのだとか。

 そこでまとめて話をしようということで思ったよりも早くに行くことに。


「よ、ようこそいらっしゃいました」


「……えっと、本日は大切なお時間を頂きありがとうございます」


「土御門君、お出迎えありがとう。今日はお世話になるわね」


 正装をして土御門家に来た僕たちを出迎えたのは景文さんだった。

 彼も僕たちと同じくらいに……いや、それよりもかもしれない。服装に関しての力の入れようは会合の時の比ではない気がする。

 後ろに並ぶ使用人たちの無表情の中には複雑な感情が読み取れる。

 僕に対して極度の緊張を感じているようだ。下手なことは出来ないと考えているのはお互い様らしい。

 そこでふと気付いたのは、景文さんの後ろに隠れながらこちらをじっと見つめる一つの視線。

 彼とよく似た風貌の女の子は恐らく妹か、内在する霊力も似通っているので血の繋がりは濃そうだ。

 妹さんらしき子から感じるのは妖怪退治後に握手を求めに来る人たちの感情に似ているだろうか。


「初めまして、大蓮寺清花です。お名前を教えて貰ってもいいかな?」


 緊張を和らげられるよう少し屈んで、目線を合わせてなるべく威圧感が出ないように笑いかける。

 すると女の子は目を開いてこちらを見て笑った。


「やっぱり本物の清花様だ!」


「本物?かどうか知らないけど、その通——り゛っ」


 偽物でもいるのだろうかと考えていると、女の子は景文さんの後ろから飛び出して僕の胸元に飛び込んできた。

 見た目はただの少女だけどそこは流石は土御門家、身体能力は一般人ではなく、体内の空気が衝撃によって口元から飛び出る。

 僕に攻撃を悟らせないとは流石は無邪気なお年頃と言うべきか。


「あ、おま……っ、綾乃! 何やってるんだ、いいから離れろ⁉︎」


「あーん、まだ引っ張らないでお兄〜!」


 僕の胸元に顔を埋めたまま動かなかった綾乃ちゃんは景文さんに脇から抱えられて引き離される。

 お互いの呼び方から気さくで呼び合っているので仲は良いのだろう。

 そういえば、彼と車の中で一緒だった時に妹について言及していたような記憶がある。

 二人の言い合う言葉が聞こえる中、カツンという地面を叩く音が一際大きく響いた。


「兄妹仲がよろしいのは分かりましたが困りますわ。これからご当主様に会うというのに着衣が乱れてしまいます」


 騒々しい場を一瞬で収める冷え冷えとした咲夜の、丁寧な言葉遣いではあるものの怒気の籠る声に二人の口元を引き攣った。

 上流階級で生活をしていればこういう時にちょっとした衣服の乱れが当人の評価に繋がりかねないことは知っているはず。だからこそ咲夜の言葉に「こちらを貶めたいのか」という意味が含まれていることに気が付いたようだ。

 綾乃ちゃんはサーっと顔を青くして頭を下げる。


「も、申し訳ありません! そのようなつもりは本当になく……っ!」


「そうですか。分かりました。しかし、次からはお気を付け下さいね」


「えっ? あっ、はい! ありがとうございます!」


 あっさりと許されるとは思わなかったのか、きょとんとした顔で首を縦に振っている。

 その様子を見て景文さんがホッと一息吐いていた。それから促すように女の子の肩を叩いた。

 そこで気づいたらしい妹さんは慌てた様子で礼をとった。


「挨拶が遅れて申し訳ありません。土御門綾乃と申します。以後、お見知り置き下さいませ」


「こちらこそよろしくお願いします。綾乃ちゃん、でいいのかな?」


「はい! 是非っ、是非是非是非に綾乃と呼び捨てでお呼び下さい!」


 引き離された距離が一瞬にて縮まる。景文さんの拘束を振り払った上でなので凄い身体能力の無駄遣いだ。

 腰の辺りに手を回して抱きつかれ、そしてまた引き離される。


「初対面だし、とりあえず今日のところは綾乃ちゃんでいいかな?」


「残念ですが仕方ありません。それは次回の楽しみにしておきます」


 本当に残念そうに眉を下げる綾乃ちゃんの頭に大きな手のひらが乗せられる。


「俺からも、抑えられなくてごめん」


「貴方は視線を集中させ過ぎなのよ。この助平」


「ぐぅ……っ⁉︎」


 妹と違い思い切り辛辣な言葉を投げかけられて景文さんは顔を歪ませて呻く。

 咲夜の言葉の意味するところは妹である彼女にも理解出来たようで、冷えた視線で二方向から挟まれて景文さんは視線をこちらに向けた。

 

「咲夜、とりあえずはもういいよ。別にあの視線には慣れているしさ」


「慣れてる⁉︎ 清花さん⁉︎」


「土御門君、衝撃を受けたような顔を晒していないで案内をよろしく」


「あ、あぁ! 勿論だ! さぁ、すぐに行こう⁉︎」


 居心地の悪い思いをしているらしい彼は急いで歩き出してしまい、本来は一緒に行くはずの妹さんが置いて行かれてしまっていた。困っている様子だったから手を差し出すと満面の笑みを浮かべて握り返してきた。


「さっきの挨拶はびっくりしたよ。随分と大人びて見えるけど何歳なの?」


「今年で十歳になりました! 小学四年生です!」


「そうなんだ。小学四年生となると、土御門家ではどんな勉強をしてるの?」


「えと、今は五行の水剋火について学んでます。自分で火を出しながら水で消すっていう修行で」


「結構実践的な内容なんだ。その年で二種類の術の同時使用なんて凄いね」


「い、いえ……。清花様に比べたら私なんて……」


「他人と比べる必要はないよ。年齢を考えれば十分だと思うしさ」


 隣の芝は青いというのは人間の心理としてよくある話ではある。けれど無いものねだりをしたところで何かが得られる訳でもないし、その時間は丸ごと無駄だと分かるのは時間を浪費した後であることは考えれば分かることだ。

 そのちょっと考えれば分かることが思春期特有の感情の乱れによって分かり難くなってしまう、とは本で見たことがある。

 土御門家の教育方針があるだろうから助言らしい助言は出来ないけど、応援の言葉くらいは許されるだろう。


「それよりも自分の出来ることを一歩ずつやっていった方がいいと思う。他人と比べても上達する訳じゃないからね」


「清花様も一歩ずつだったのですか?」


「自分ではそのつもりだよ。自分に出来ることを考えて、目標を達成したら次にをまた考える。偶に思いつきで行動して怒られるけどね」


 つい最近起きた大規模侵攻の時に特級退魔師と大妖怪の戦いを間近に見て自らも干渉すること、合計で七回。およそ普通の退魔師が経験し得ないような濃密な体験をしたことで飛躍的に腕前は向上したとは思う。だから決して自分を一般的な退魔師の枠と同等とは思ってはいないし、そういう風に他人からも見られていることも自覚しなければいけないだろう。


「清花様を怒るだなんて許せません! どこのどなたですか⁉︎ 私が代わりに怒って差し上げますので教えて下さい!」


「うーん。それはちょっと難しい、かな。僕でも勝てない相手だし」


 何しろその人は後ろを歩いている人だから。

 これ以上は余計な事を言うなと怒られてしまいそうだから言わないけど。

 ただ僕でも勝てない相手だと聞いた綾野ちゃんは大層驚いた様子で飛び跳ねていた。


「清花様でも勝てない人、なんですか⁉︎」


「そうだよ。だから無謀な戦いを挑むのは止めておこうね」


「お、お兄……っ、お兄様! 清花様をお助けしないと!」


 詳しくはないまでも察しはついているのだろう、視線を後ろの方にやってからすぐに前に向き直った。


「んん゛っ、少し落ち着け。別に怒るからといって敵という訳じゃないだろ。俺や父がお前を叱るのと同じようにな」


「全くもって同じじゃありません! 清花様がそんなことされるはずがないのですから!」


「……何というか、ごめん。綾乃は清花さんの熱狂的な支持者というか、信者というか……。いや、信奉者が正しいか?」


「ふふんっ、褒められることでもないけどね!」


「別に得意げにすることじゃないからな。清花さんだって凄く困ってるぞ」


「えっ⁉︎ あっ、そんな、ごめんなさい!」


 言われてから慌てて頭を下げられるけど、どう対応したものか。

 どうも僕は女性退魔師という枠組みの中で近年稀に見るくらい大成していると話題であるらしく、それでいて先の生放送とが合わさって一部では議論が過熱していると冬香から聞いた。

 どうもこの彩乃ちゃんもその熱に当てられているみたいで、僕を見る目に何かしらの補正が掛かっているようだ。

 ……一体何の議論なのか分からないままだけども。

 

「困っている訳じゃないけど、あまり特別視はしないで欲しいな。僕はただその時にやれることをやっていただけなんだから」


「そんなことはありません! お兄、様をあんなに追い詰めた相手に立ち向かえる人はいないと思います!」


「ならそのお兄さんのことも同じくらい褒めてあげないと、ね?」


 白面を相手に長時間耐えられる人なんて特級でも片手で足りるかどうかといった所だろう。知っている中だとあの結界術師くらいしか思い当たらない。であれば、彼も相応の対応をされて然るべきなのだけど。


「……スゴイスゴイ」


「心が籠もってなさすぎるだろ。憧れの清花様の前でその態度はどうなんだ?」


 身内だからか、兄への信頼が厚いせいのか、綾乃ちゃんの対応は冷ややかだった。

 二人の仲は悪くなさそうなので彼が強いことを知っているからこその対応なのだろうと思う。

 雑に扱われて納得していない様子の彼のことは置いておき、綾乃ちゃんは真っ直ぐにこちらだけを見る。


「そうだ、清花様。この後に時間ってありますか? 出来たらお兄様抜きでお話しがしたいのですが」


「おい、色々とおい」


「女の子同士のお話なので男性はお断りします。よろしいでしょうか、清花様?」


 僕と景文さんに対する態度の差が激し過ぎてどう接したものか迷うところ。

 どちらかと言えば家族に対するものの方が素なのだろうけど、かといって僕に対するものが嘘という感じでもないのが更に惑わせる。


「約束は出来ないけど、それでいいのなら」


「それで大丈夫です。いきなりのお願いでごめんなさい」


 やがて足が止まったところで名家土御門家のご令嬢として相応しい所作で綾乃ちゃんは一礼する。


「中でご当主様がお待ちです。私は役目はここまでなのでここで失礼を致します」


 彼女が下がっていくと同時に、目の前にある引き戸が内部から開かれる。

 示し合わせたように人の手によって左右同時に開け放たれる様はまるで時代劇のようだと感心すら覚えるほどに洗練されていた。


「行こう」


 景文さんの硬い声色に従って歩き出し、敷居を超えたところで背後でピシャリと戸が閉まる音がした。


「こういうの、僕たちもいつかやるのかな」


 小声で咲夜に聞いてみると呆れられたように溜息を吐かれた。

 同じく聞いていたらしい景文さんも苦笑している。

 真面目に聞いたつもりだったのだけど、どうもふざけているように聞こえてらしい。


「それよりも前に集中しなさい」


 足を踏み入れた和室は質素堅実という言葉が頭に過ぎるくらい物がない。

 その代わりと言うべきか、間取りはただの談話室とは隔絶するほどにひただただ広い。

 更に驚くべきはその広い面積の殆どが人で埋め尽くされていることだ。

 およそ百人はいるだろう。その人たちには敵意はないけど、代わりにあるのは疑念か。

 全員がこちらへの強い関心はありつつも、それよりも強い命令を受けて僕たちではなく前方を向き続けている。

 

「ここは土御門だけじゃなくて門派の殆どの人たちが集まるからこんなに広いんだ。この前の戦いの時みたいな重要な会議の時にだけ使われるんだよ」


「へぇ、それならこの広さも納得だね」


 こんな会話をしていてもまだ奥の方へ辿り着かないのだから本当に広い。

 整列している人垣の中で一本だけ開いた道を歩き続け、奥の方で鎮座している男性の下まで辿り着いた僕たちは頭を下げて礼を執った。


「初めてお目にかかります。宝蔵咲夜と申します。本日は急なお願いを聞き届けて頂き誠にありがとうございます」


「大蓮寺清花です。僕からも感謝致します」


 今の土御門家の当主は景文さんの父である展宏という方だったと記憶している。

 五家という力のある家々の中では比較的若い当主で、他家では殆どが六十から七十代の、僕たちから見れば祖父か曽祖父辺りが当主を務めていることも少なくない。殉職した訳でもないのに早い内から当主交代をしたのは珍しいと当時では話題になっていたそうだ。

 つまりはそれだけの力を持つということなのだけど、そんな人でも特級退魔師には認定されていない。

 目の前の人を含めた五家の当主たちを差し置いて特級退魔師の集まりに招かれ、次期特級退魔師と呼ばれる僕や息子をどう見るのかは僕と咲夜との間で議論が行われていた。

 人によってはそれを快く思わない人もいるだろうから、と。

 しかし土御門家の当主は嫉妬などの感情を見せる事なく、こちらに向かって気さくに笑いかけた。


「お二人共、遠路はるばるようこそいらっしゃった。そこの不肖の息子の父、土御門展宏です」


 五家の当主ともなればもっと威厳ある佇まいを想像していたのだけど、どうやらこの人はそうではないらしい。

 あくまで和かに、柔和な笑みでもってこちらを見ていた。


「おや、意外そうな顔だね。もっと怖い存在と思われていたかな?」


「父さん……、いえ、当主様。その場所で言う冗談ではないかと」


「これは確かに。でもこうでもしないと方々が煩いんだよ。ほら、退魔師って面子を大事にする人が多いだろう?」


「それを黙らせるのも当主の仕事だと思いますが」


「ははは、それが出来れば苦労はしないよ。何なら景文がやってみるかい?」


「それこそご冗談を。そんなに当主が嫌ならさっさと後継を決めてしまえばいいのでは?」


「景文には言われたくないねぇ。誰のせいで後継者争いが難航してると思ってるのかな?」


 言われて目線を逸らしている本人が当主をやらないと前々から宣言しているのを知っている。

 その状況下での直近の出来事がああだから現当主の言いたいことも分かる。

 今回が非常事態だったのは向こうも理解しつつも活躍をし過ぎたといったところか。

 景文さんは白面との戦いの前に敵性退魔師の対処もしていたし、白面との戦いでもその力を遺憾なく発揮していた。

 彼の場合は元々それなりではあったけど、いきなり過大評価されるというのは僕と似通っているのかもしれない。

 そしてそれは妖怪のせいであって景文さんのせいではない。それは彼の父も理解はしているはず。

 理解はしているけど、といったところか。土御門の当主様はわざとらしく大きく溜め息を吐いた。


「君たちに悪気はないし、状況的に仕方のないことも分かってはいるんだけどねぇ」


「当主様、その立ち位置での愚痴は情けないにも余りあるので本題をお願いします」


「お前は昔から態度は殊勝なのに言葉は辛辣だよな。父に対してもう少し遠慮というものはないのかい?」


「遠慮がないと思われるなら、その理由に心当たりがあるのでは?」


「ないと言ったら……と言ってみたいところだけど、あるなぁ。しかも最近怒られたばっかりな気がするよ」


 何のことかは分からないけど、ここであえて言葉にするということは僕たちも無関係ではないのだろう。そして最近と言えば大規模侵攻以外に理由は見当たらない。恐らくはその時のことで景文さんが父親に対して怒りを露わにする出来事があったらしい。

 自意識過剰かもしれないけど、彼が父親にまで怒る理由といったら自分のことのような気がしている。

 そうなってくると、無責任に彼を止めることも出来ないので成り行きを黙って見ているとしよう。


「では、その時にした俺との約束も当然覚えておいでですよね?」


「あぁ、あれね。やっぱりナシって言ったら怒る?」


「いいえ。ただ黙ってここを去るだけです」


「怒ってるよね、それ。それにそれをされると困るなぁ。でもさ、こっちの事情もある程度は汲んでくれると嬉しいんだけど」


「約束は約束。違えるのならばそれ相応の覚悟を持って頂きたい。そも、約束を守る気のない輩の事情など聞くに値しないのは道理でしょう。さぁ、土御門の当主様、返答は如何に」


 段々と空気が張り詰めていくのを感じる。それは周囲の人たちも含めてだ。

 何が起こるか分からないので僕も咲夜を守れるように臨戦体勢に入る。

 あれからも修練を重ねて、軽い圧縮水弾を放つ程度ならば一秒も掛からないくらいになったし、涅槃浄界も詠唱なしに展開出来るようになった。向こうの考え方次第では瞬時に全員を無力化することも可能だろう。

 殺し合いにすらならない。極めて一方的な、戦いと呼べるか分からないモノが勃発することになる。

 親子はお互いを殴るように霊力をぶつけ合い、僕はそんな二人から咲夜を庇うようにして霊力を放つ。

 そうして一秒、二秒と睨み合いが続いた後に唐突に空気が弛緩した。


「参った。降参だ。だからその威圧を止めてくれ。じゃないと他の者たちがもう耐えられない」


 当主が両手を挙げたことで景文さんの威圧は収まった。それと同時に僕たちから近い位置にいる人の何人かが座ったままの体勢で前のめりに倒れる。感じる力からしておおよそ三級から二級の間の退魔師がその場に倒れ、一級が何とか踏みとどまっているといった様子だ。

 それを見て当主は頭を掻きながらわざとらしく溜め息を零す。


「だから言ったのに。これで分かったでしょ。二人はもう君たちの手に負える存在じゃないってさ」


「やはりそういうことでしたか」


 周りの人たちにある疑念の心が目の前にいる当主にはなかった。

 それはつまるところ、僕たちの力を正しく認識しているということ。

 対して他の人たちは正しく認識が出来なかった。

 そこで僕たちの力を見せつけることで疑念を払拭し力尽くで黙らせた、と。つまりはそういうことだろう。


「おっ、分かってくれるかい? ……じゃあ、その威圧をそろそろ止めてくれるとおじさん嬉しいんだけどなぁ」


 二人は威圧を止めたけど、僕はまだ続けている。攻撃が目的のものではないけど、残念ながらすぐに解く気はなかった。


「それは周りにいる人たちに言って下さると。景文さんの威圧に対して反発する人たちがいる以上は止められません」


「はぁ。……お前たち、いい加減にしろよ」


 瞬時に放たれた威圧——いや、殺意が部屋全体に迸る。

 終始飄々とした様子でいた景文さんの父は肝心な時にはやるようだ。

 洗練された殺意は僕たちを対象には含まず、綺麗に不平不満を心の内に持っている人へ届けられた。

 五家の当主からの殺気は二級やそこらの実力で耐え切れるものではなく、大した抵抗も出来ずに一身に受けてしまった人はその場で気絶して倒れ込んでしまった。これで先ほどのも合わせて約半数近くが気絶してしまったみたいだ。


「ウチの馬鹿共が失礼したね。景文が大戦果を引っ提げて帰ってきたせいで後継者争いで各派閥がピリピリしていてね。そんな所に大蓮寺の清花ちゃんが来てしまったものだから、ちょっと調子に乗る者が出てしまったようだ。重ねてお詫びするよ」


 当主は軽く頭を下げて謝意を示す。五家の当主としてはそれくらいが謝罪する意思を示す限界なのだろう。

 こうなることはこの部屋に入る前から想像出来ていた事なのであまり気にはしていない。ただそれよりも気になることが出来てしまっ

た。


「僕が来たから、とはどういう意味なんですか?」


「その話の前に邪魔なモノを片付けようか」


 当主が軽く手を払う動作をすると、周りにいた人たちは揃って立ち上がり退出していく。近くにいた人たちが気絶した人を運んでいくみたいだ。

 気絶しないで残っていて不満を持っていた人たちも、もう僕たちに対してどう思うとかはないみたいで、あるのはただここから逃れたい一心のみ。

 そうして全ての人が部屋から出ていったからか、だだっ広い空間に四名しかいない寂しい部屋になってしまった。

 そんな光景を一望出来る場所にいる当主は皮肉の混じった笑いを浮かべている。


「いやぁ、流石は大妖怪と真っ向切って戦っただけはあるね。実物を見るまで信じられないと騒いでいた人たちが何も言えずに帰って行ったよ。愉快痛快とはこのことを言うのかな」


「当主様。清花さんを使うような真似は止めるよう以前から忠告したつもりですがお忘れですか?」


「忘れていないさ。ただ今回は例の話が予想以上に出回ってしまっていて収拾がつかないんだよ。これも有名税だと思って多めに見てくれるよな? そもそも事の原因は景文の日頃の行いのせいなのだからお前からの文句は受け付けないよ」


「他人を巻き込むなと言っているのが分からないのですか?」


「お前がさっさと婚約者を決めなかったのが悪い。その年になるまで婚約者も恋人も作らず好き勝手やって、念願叶ってやっと連れて来たと思ったらそれがかの大蓮寺清花嬢だよ? そんなの大荒れになるに決まってるだろう。寧ろ後継者争いなんかよりそっちの方が荒れると何故分からない?」


「それは……」


 景文さんが言葉に詰まったところで自然と咲夜と目が合った。

 どうやら話は彼ら家族だけの問題ではないそうだけど、それにしたって蚊帳の外過ぎやしないだろうか。

 そろそろ介入するかと二人の方を見ると、丁度景文さんが顔を上げるところだった。


「それはあまりにも他責過ぎるでしょう。俺が力を明かしたのはつい最近のこと。それ以前から後継者問題は起きていたのだから、それに厳然たる対処しなかったのはそちらの落ち度だ。自らの優柔不断さが招いた事態の責任を俺や清花さんに押し付けるのは止めて頂きたい」


 どうやら押し込められて詰まったのではなく、呆れて物が言えなかったらしい。

 はてさて、話はいよいよ家族間の話になってきた。言い換えればお家騒動の真っ只中に巻き込まれたと言っていい。

 いや、僕から景文さんに助力をお願いしたのだから巻き込んだの方が正しいか。

 息子から強い言葉で否定されたはずの土御門家の当主は、しかし心が乱れることはなく笑っていた。


「後継者問題については景文の言う通りだ。だから私はある決断を下すことにした。そして、これは特級退魔師の全員と、他の五家の当主四名、退魔師協会の最高責任者、その他の高名な術師からなる退魔連合評議会から通達された要望という名の命令でもあるので心して聞きなさい」


 退魔連合評議会という聞いたことのない組織名だけど、連ねられた名前に嘘はない。

 そこにある名前の人たちからの命令というのなら相当に強制力は高いはず。

 咲夜の顔色を伺うけど、今は当主の前だからということもあってその色は見えない。

 景文さんの方を見ればかなり険しい顔をしている。何を言うつもりだという警戒心が丸出しだ。

 そんな僕たちへ向けて満を持したように当主が大きな声でもって告げる。


「土御門景文。今この時よりお前を土御門家の後継者候補から正式に外す。これからどれだけ修練を積み、多大な功績を挙げたとしてもお前を土御門家の当主に据えることはない。一族の末端まで死に絶えた場合を除いては、だけどね」


「……別に俺は構わないのですが、一応理由を聞いても?」


「単純に土御門家が強くなり過ぎるからだよ。当主の景文に清花嬢を妻に置いた場合、五家の力関係は土御門のみで他の四家の総合してもなお突出したものになる。力関係というものは同等だから相互作用が発生するものであって、片方に力が集中するとそれは対等ではなくなってしまう。ここで肝要なのは均衡だ。それは分かるね? その上で念の為に聞いておくけど、清花嬢を諦めるつもりはある?」


「ないですね」


「だよねぇ。そうなると清花嬢には別に家を興してもらって、そこで婿を迎えてもらうことになる。大蓮寺家も昔からある家だし、分家の一つや二つはあるだろうからそこから一つ貰えばいい」


 流石に介入し過ぎだろうと僕は感じたけど、咲夜は特に反応する様子がない。

 話の中に何らかの利を感じ取っているのかもしれない。そうなるとまだ口を挟むのは控えた方がいいか。

 そんな風に考えていると、当主の視線がこちらに向いた。

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― 新着の感想 ―
もう外堀がゴリゴリ埋められてますねぇ。 清花自身もまんざら出ないようですし、秒読みでしょうか……!
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