四話-2 葛木家
咲夜の話では件の会合にお呼ばれしたというのは退魔師界隈では非常に敏感な話題であるらしい。
葛木家はそんなことよりも動物の意識の強い家系なので僕がいた頃から全く話題には出なかったけど、上昇志向の強い宝蔵家ではほぼ最速と言っていい情報伝達速度で話が来ていたみたいで、その当日に咲夜へ電話が掛かって来ていた。
親として同伴するという旨の言葉を耳にした時の咲夜の呆れ顔は今も忘れられない。
電話口からは咲夜の父親の鼻息が聞こえそうな勢いで、携帯端末機を耳からかなり離していても会話が成立していたのはちょっと面白かった。
「どうして連れて行って貰えると思ったのかしらね。そもそも私だって清花のおまけのようなものなのに」
「僕はそうは思ってないよ?」
「貴方はそう思っても他の人は違うのよ。問題はそれを分かっていて連れて行けと言ってきた実家連中よ」
例え家族としての同伴あったとしても特級退魔師たちの集まる会合に呼ばれるというだけで名誉らしいので、お供をするだけでもちょっとした自慢のタネになるとのこと。
自分の血筋の子がこんなにも大成しましたと自慢が出来る訳だ。
咲夜と宝蔵家の今までの確執を考えれば連れて行って貰える訳がないというのは理解出来ないらしい。
あるいはその理解が目の前の利益で眩んで見えないのか。
もしかすると確執があると思っているのはこちらだけで、あちら側はこれまでの咲夜の扱いを些末事だとでも思っているのだろうか。もしそうなら拒絶されるのは癇癪とでも受け取られている可能性もある。
「このまま引き下がると思う?」
「普通に考えればそうせざるを得ないでしょう。普通に考えれば、だけど。同伴者でも審査が必要だし最低でも清花くらいの力がないと中には入れないって説明もしたのだけれどね」
「そうなんだ。当日にいきなり押しかけて来るとかはありそう?」
「さて、どうかしら。そんなことで揉めている所を見られたらそれこそ一族の恥だから大人しくしているのが一番だと思うけれど、それを理解出来る理性が残っているとも思えないのよね」
「そんなに前のめりな感じなの?」
「所詮は貴方の結界を超えられないような欲の塊だってことよ」
以前から分かってはいたことだけど、宝蔵家のお家事情は結構根が深い。
今回の戦いでもそれなりに戦果は挙げていたようだけど、それでも特級退魔師や大妖怪討伐といった言葉の響きの華やかさにはかなり遠い。
僕と咲夜が政府名義の生放送に出てそれなりの活躍をしたことで宝蔵家の名は売れるも、それでは足りないらしい。
「もう一度だけ警告しておいて、それ以上は自己責任ってことにしましょう。身内の恥だけど、主催側にはそう伝えておくことにするわ」
関係が良好なら同伴者として連れて行っても問題はなかったはず。なので僕からは何も言わないことにする。
宝蔵家と同様に家族の問題と言えば、僕の方にも問題は残っていた。
「葛木家にいるき……清光の方はどうする?」
「あのまま葛木家に居ることにするのが無難でしょうね。向こうにはそれでいいと了承する旨も貰っているわ」
「咲夜としてはそれでいいと思ってる?」
「柳さんが何度も往復するよりは危険性は低いとは思っているわ。特に今の私たちは注目を集めているし、その傍にいれば清光の存在にも目が行く可能性は高い。それなら自分の意思で実家に戻った体の方が波風は立たないでしょう」
「そうだね。日を置いて偶に挨拶しに行く程度がいいかな。でも面倒を掛けることになるから近日中に一回は行っておきたいね」
正直、自分で言っていてあまり気乗りのしない話ではある。
けれど柳さんには僕の影武者をしてもらうのだし、それを補助する形で家族には迷惑を掛けることになるだろう。
それを考えれば一度は挨拶に行く必要が人としてあると思われる。
「そうね。私としても顔は見ておかないと不自然だし、予定を調整しておくわ」
「お願いね。他は……招待状のやつって、それなりに格式が高いところになるよね? 礼儀作法で何か言われないかな?」
「流石に私も特級が絡む場での作法については明るくないのよね。そういうのは五家の次期当主とかその子供くらいじゃないと教わったりはしないと思うわ」
「じゃあ、そうなると土御門家に聞くのが一番かな?」
「……そうね。今回は向こうの当主と話しをするから、まずは私の方からするわ」
「景文さんを通さないでいいの?」
「今回は彼の知人としてではなく彼と同じく会合に招待された身として行くから、その辺りの線引きはしっかりした方がいいわ。じゃないと彼の好意をいいように利用していると受け取られかねないしね」
先の護衛の一件もあるし、確かにその辺りのことはしっかりしておいた方がいいということか。
土御門家の当主についてのことは景文さんからそれとなく聞いていて人となりは知っているものの、相手にするのはあの五家なのだから舐めた態度は許されない。
もしかすると今の僕たちなら許されるのかもしれないけど、今後の関係性の為にも、そして何より人として礼儀はきちんとしておくべきだ。今後も年を経ていく過程でこれを初心として忘れないようにしたいものだ。
「それなら正装の方がいいね。前回着たやつっていうのは良くはないんだよね?」
「五家の当主が相手だとそうなるわね。日程は少し先になるし、その間に着る物は用意すればいいから気にする必要はないわよ」
「お金は大丈夫なの?」
「貴方のお陰で臨時収入がたんまりとあるから平気よ。というか、ちょっと稼ぎ過ぎたくらいだわ」
「霊具の代金がもう入金されてるの?」
「後で値引き交渉とか、使っていない分は支払わないとかされたら面倒じゃない。勿論、誓約書を作った上でその日払いで一日毎に入金を確認していたわ」
流石は咲夜だ、抜け目がない。その提案を呑ませたことも合わせて。
「貴方の取り分は口座に入れておいたから使い切らない程度に好きに使いなさい」
「……ちなみにどれくらいになったの?」
「それは見てからのお楽しみね。また貴方の驚く顔が楽しみだわ」
「えぇ……心臓に悪いから教えてよ」
結界の霊具の一個辺りの値段に作った個数を乗算した上で三分の一程度の取り分だったとしてもそれなりの額になる。
それから車で向かう途中での緊急対応と、現場に着いてからの日給、浄化の力付きの武具の提供、雨での大妖怪の討伐支援、更にはその時の討伐報酬、白面たちとの戦い。それらの諸々を含めるととんでもない額面になってることは間違いない。咲夜なら全部まとめて妖怪退治一件分だなんて話にはしないだろう
霊具以外は即金は難しいだろうからおそらくまだ入金はされていないはずだけど、つまりはこれから見る値はほんの一部だということを心掛けておく必要があるかもしれない。
そんな感じで大まかに予定も決まったことでその通りに行動していく。
今までの生活の中に退魔師協会からの依頼という形で霊具製作も追加されたことで本格的に時間が足りなくなってきたところだ。
特級退魔師たちが集う集会については衣装の打ち合わせと土御門家への訪問があり後回しになるとして、今すぐに済ませられる予定としてまずは葛木家へ行くことに。今まで一緒に住んでいた清光に会いに行かないのは不自然だからだ。
あそこへ行くのは足を失った事件以来、実家へ訪れるのは初めてのことになる。
「緊張しているの?」
そこに向かう道中、平成を装っていたつもりだったけど昨夜には全てお見通しだったらしい。
「していないと言えば嘘になるかもね。暫く振りだし、離れて色々知って複雑な気持ちなのもあるし、何よりこの姿だからね。知ってはいるみたいだけど、実物を見るのはとそうじゃないのとでは感じるものも違うと思うしさ」
元の姿の僕を知っている人からすれば、今の清花という姿は奇異なものに映るはずだ。
自分でも、ある日突然知人の男性が女の子の格好をしている姿を目撃すれば衝撃は受けると思うし、それが家族なら尚更ではある。
とはいえ家族は既に承知の上で協力をしてくれているし、この姿のことも当然見て知っているはず。
大蓮寺清花として初めて会うていで会えるか、僅かばかりの不安はあった。
そんな僕の気持ちを聞いた咲夜はあまり関心なさげな様子でいて。
「あまり深く受け止める必要はないと思うわよ。多方から伝え聞くに、そういった感性からは縁遠い人たちみたいだから。それは貴方自身がよく分かっていることじゃない?」
「……どうかな。親の心子知らずだったみたいだし」
自分の思い描く親の姿が果たして本当のものだったのか、今は少し分からなくなっている。
「私としては柳さんの意見に同意だけれど、とりあえずは自分の目で確かめるのがいいんじゃないかしら」
「そうだね。目に映るものも、映らないものもしっかり見定めるとするよ」
過去にあったことは事実。……そして、これからのこともまた事実。
何よりも、今日は息子として会いに行くのではないから清光としての僕への対応とは違うものとなることは念頭に入れておかないといけない。
——そう、間違っていた。大事なことを忘れていたんだ。今の僕は大蓮寺清花であって葛木清光ではない。
過去を切り捨てて、自分の望む未来に行く。そう決めたはずなのに忘れてしまっていたようだ。
でもお陰で今回こうして自分の原点を振り返ることで改めて立ち返ることが出来たので良しとしよう。
咲夜がそんな僕を見て安心したように微笑んだところで車で停まり、窓の外に見える景色がよく見知ったものになっていることを感じ取った。
もう大丈夫だ。気持ちに完全に切り替えて車から降りていく。すると、玄関の前にはやはり見知った顔があった。
「ようこそ。宝蔵のお嬢さんと……大蓮寺のお嬢さん。お噂は兼々、歓迎しよう」
僕たちを出迎えたのは実の父、葛木潔史。普段は来客があっても薄汚れた白衣姿というだらしのない格好でいることが多かった印象だけど、今は皺一つない真新しい白衣に身を包み、身だしなみもそれなりに整えられた様子だ。
だけど、逆にそのらしくない登場に言葉が詰まる。視線はこちらに注がれているのに、口が重たい。
口を開こうとした時、僕の代わりに咲夜が前に出た。
「本日はご招待頂きありがとうございます。本当は全員で来たかったところですが、まだ忙しいこともあり今日のところは二人で来ました。清光君のご様子は如何でしょうか」
「変わりない。動物たちの相手もしてくれて助かってる。とりあえず、どうぞ中へ。獣臭いのはご勘弁願うよ」
「動物は好きなのでお気になさらず。……清花、行くわよ」
咲夜に手を引かれながら歩く。ここは辺りの地域の担当をしている葛木家ということでそれなりに周辺住民の関心も大きい。このまま目立つところに居続ければ誰かに目に留まって人が人を呼ぶ事態になりかねない。
記憶にある父と違う光景を見て面を食らったけど、もう大丈夫だと自分に言い聞かせた。
歩いていく中で目に映る景色は敷地の入り口から建物の玄関まで記憶にある通り。幾つもの檻の中にはそれぞれ飼育されている動物たちがいる。
「色んな動物がいるのね」
「そちらでは何か飼っておられるのか?」
「いいえ、何も。飼うからには責任を持って飼わないといけないけれど、残念ながら私たちにはその余裕はないものですから」
「良い心掛けだ。お勧めは犬です。忠誠心が高いしいざという時に用心棒となる」
「考えておきます。その時はご相談に乗って頂けたらと思います」
「勿論だ。……そちらの方は気分が優れないご様子か」
自分の知る父親とあまりにもかけ離れていた為か、それに対する胸中に渦巻くモヤモヤとした不快な気持ちが顔に現れていたのだろう。人間関係よりも動物関係の方が長いと言われている父にすら見抜かれてしまった。
「いえ、お気になさらず。……ただ、清光、君に聞いていた話と違うので」
「えぇ。色々とあり、年甲斐もなく怒られてね。この歳になって反省をしたんだ」
咲夜の目が合う。恐らくは柳さんだろうとは想像がついたけど、僕としてはそれだけでこれほどの効果が出るとは思わなかった。
「意外かな? 否定はしないが。確かに私は動物にばかりかまけていたからな」
「では、今回はどうして?」
「ははは」
僕の質問に、父は笑うばかりで何も答えなかった。
沈黙が続いても足は止まらず、やがて一つの部屋の前に辿り着いた。
それはかつて離れにあった僕の部屋だ。
「では、私はこれで。言えた身ではないが、ゆっくりしていくといい」
ここには父と会う為ではなく清光と会ったという事実を作る為に来ているので、父とはまさかこんな形で話をするとは思ってもみなかった。頭を下げて去っていく父を止めるべきか迷ったけど、今の僕には続く言葉を持ち合わせてはいない。
いいのかという咲夜の視線に首を横に振って答える。呼び止めたところで、清花としての僕には何も話すことはないのだから。
父を見送ってから扉を開ければ車椅子に乗った僕の姿を柳さんが手を振っていた。
「やぁ、久し振りだね。まずはお疲れ様だったかな。それで、感動的な再会は出来た?」
「久し振り。感動をするには思い出そのものが少な過ぎるかな」
「それは確かにね。色々助言はしたけど、そこについてもう仕方ないよね」
「あの人の格好はやっぱりそういうこと?」
「あぁ。これから君はどんどん忙しくなっていくだろうし、あれだけ有名になればここに寄ることも少なくなっていくだろう? ってことは今日が最初で最後になるかもしれない。そんなようなことを使用人一同で脅し……じゃなかった、言い聞かせたんだよ」
「……それだけで、あの人があんな風に?」
「言い聞かせたからか、それともそれより前からか、何かしら思うところが本人にあったのかは心の内を暴かないと分からないけど、実際にああして動いたのは事実だよ。その心の内は……君の方が感じ取れたんじゃないか?」
「……そう、だね」
そう、目の前で起きたのだからそれは疑いようのない事実。
あの父が動物よりも優先して行動をしたという、紛れもない現実。
それを認めた僕に対して僕の姿を柳さんは優しく笑った。
「あれを見て清花がどう感じたかは大事だと思う。そして色々なことを考えて欲しい。その経験によってこれから先、親の立場になった時に子供の気持ちを考えられるようになれるだろうからね」
「親になった時の、気持ちか……」
確かに今は子供としての立場でしか物事を見ていないと、そう考えさせられた。
今の僕にはどうしたってその視点を持つことは出来ないのだから。
頷く僕に対して柳さんは何度も頷いてから「あっ」と声を上げた。
「あぁ、勿論あの人のことは反面教師としてだよ? 間違ってもあれを参考にしちゃあダメだからね?」
「それは分かってるよ。参考というか、手本になる人はすぐ近くにいるから大丈夫だと思う」
「それは倉橋さんのことかな? 確かに、あの人は教育が上手そうだよね。我が家も余裕さえあればな……」
分家筋の柳さんの一家は覚える必要のある動物の世話の仕方の割合が多い。宝蔵家で教育係を任せられていた倉橋さんと比べることはあまり意味を為さない。それは分かっていても、ということだろう。
会話を変えたいのか、柳さんはわざとらしく手を叩いて笑った。
「あぁ、そうだ。兄たちとは会っていく? 一応、今日は家にいるけど」
「……いや、止めておこうかな。あの人たちは研究欲の方が勝りそうだし。清光の親として父には会っても、兄たちにまであえて接点を作る必要はないと思う」
一番の理由は兄たちが僕に対してあまり興味がないだろうということ。
残念ながら、葛木家の本家の人間はそういった人しかいない。僕もここに留まり続けていれば程度に差はあれど同じようになっていただろうことは想像に難くない。それは自分がよく分かっている。
だからこそ、今の自分を兄弟たちの前に見せれば”獣堕ち”した自分に興味が沸いて仕方がないことだろう。
研究材料として一体何をさせられるか分かったものではない。ここは力を使ってでも会わないと今決めた。
「……それより、清光としてはいつ帰って来るの? 色々あって暫くは無理かもしれないけど……」
今日、僕たちが訪れた本題について聞くと柳さんは「あー」と声を漏らしてあらぬ方向を見た。
そして言おうか言わないでおこうかと、何やら唸り出して天を仰ぎ見て、それからゆっくりとこちらを見る。
「それなんだけど、もういっそこのままずっとここにいた方がいいんじゃないかって思うんだけど、どう思う?」
「えっ、と……それは、どういう……」
「俺がここに残ったとして、それでもここにやって来るのは俺たちの関係性を知りたい人であって清花の秘密を暴こうとする奴ではないだろ? 秘密を知りたいならそっちに行くんだからさ」
「でも、絶対って訳じゃないよ?」
「分かってる。でも考えてみて欲しい。ここにそんな人が来る確率と、そっちにいて秘密が暴かれる確率をさ。今は少し前とは状況があまりにも違う。おそらくだけど、君たちのところには特別な招待状でも届いているんじゃないか?」
それを柳さんが知っているのは意外だったけど、隠すことでもないので頷いた。
「だったら尚更だよ。注目の度合いは今までの比じゃないよ? そういうことに興味のない葛木家でさえ知れ渡ってるんだから」
「気になるのはどうやってそれを知ったのってことなんだけど」
「清光宛てに清花を紹介して貰えないかって問い合わせが来たんだよ。きっと直接会うことが出来ない人たちだね。その人たちが見返りがあると思って色々と話してくれるのさ」
それは僕たちの予想を超えた影響力だった。そもそもあの宝蔵家の建物に清光という存在がいたことはあまり知られてはいない。深く知ろうとしなければ知り得ない情報のはずが広く知られていると柳さんは言いたらしい。
「今なら君たちの存在が大きくなったことを受けて自分では釣り合わないと判断した僕が潔く身を引いたということに出来る。でもそっちに居続ければ気になって深掘りしたり、疑念を抱く人が出てくる可能性が高くなる。……人ってそういうものだろう?」
「……そう、父か兄たちから言われたんですか?」
「大正解。よく分かったね」
論理で相手を説き伏せようとするのはいかにもあの人たちがやりそうなことだから分かった。
別にこちらをやり込めようとか、そういう負の感情でのものではない。ただこれから起こりうる未来予想図において最悪となる未来の芽を予め摘むようこちらに択を提示しているだけだ。
一見すると論理的で、正しいように思えるからこそ付け入る隙がなくて困る。
「咲夜はどう思う?」
「葛木家に清光君を置いた時に困るのは清花の力が及ばないということね。逆にこっちに来れば清花の力で守れるという利点がある。清花の秘密を暴こうとする人はまず結界を越えられないもの」
「その上で判断するなら、どうする? これについては咲夜に任せるよ」
「そうね。……私はこっちに残す方がいいと思うわ。いくら清花の結界があると言っても、これから相手にしていくのは特級退魔師だもの。あの人たちの力量がハッキリ言って異常なのは清花も分かるでしょう?」
「そうだね。あの人たちなら結界を突破してなくても、何かしらの方法で覗き見したり干渉してきたりするかも」
間近で見た限りではあの人たちの術式は単純ゆえに研ぎ澄まされているか、難解な術を完全に制御しているかの二極化をしていた。どちらにせよ決して甘く見ていい相手ではないことは確かだ。
問題なのは後者の方。色々な術式を知っているからこそ、浄化の力の間隙を縫って何かしてくるかもしれない。
であれば、隙は少ない方がいい。咲夜と柳さんの言っていることが間違っているとは思わない。
「そこで、その上での提案なんだけど」
柳さんが指を立てながらこちらに問う。
「清光が死ぬ、というのはどうかな? 勿論対外的にはで、実際に息の根を止める訳じゃないよ」
「それは駄目だよ」
反射的に出た言葉に柳さんは首をかしげる。
「何で? 死んでいる者に対しては調査なんて出来ないだろう? 知られたくない秘密を隠滅するのに死は凄く役立つよ。あぁ、これは一般論であって経験談ではないからね?」
「……言ってることは分かるけど」
「時間制限のある変身する必要がなくなるからその意味でも不安材料は減るし、良いこと尽くめだ。何を躊躇う必要があるんだ?」
「その方が却って目立つ可能性もあるから……」
「元々知人友人は少ない方だろ? それに怪我のせいですっかり疎遠になってる。コッソリと葬式をしてもバレはしないさ。身内だけでやる式なんてものも今時珍しくはないからね」
「ちょっと考えさせて欲しい」
「それは無理だね。君が治療出来ない程の傷を負うのに大規模侵攻という出来事以上にうってつけの事はない。だから本当は君に無断で死んだ扱いにしたかったくらいなんだ。時間を掛けるほど嘘の色が濃くなってしまうからね」
「分かるよ。効率で考えればその方がいいとは思う。……でも、それはなしでお願いしたい。勝手にやろうともしないで欲しい」
どうしてと理由を聞くこともなく、柳さんは「分かった」とだけ言って意見を取り下げた。
同じことを咲夜なら提案してきてもおかしくなかったはず。なのに今まで何も言ってこなかったのはこうなると見越していたのだろうと思う。
清光という存在がいなくなれば確かにこれからも発生する諸々についての対処が必要なくなる。理屈で言えば柳さんの言った通りにするのがいいと頭では理解しているものの、その全てを心から納得出来ていない。
過去の自分に未だ未練があるのかと言われれば否定は出来ない。しかし、それだけが全てではないとも思っている。
葛木家のこと、千郷のこと、頭に過ぎるものは沢山ある。清光がいなくなるということはそれらを全て捨ててしまうのと同義だ。
胸に渦巻く今のこの感情を言語化して自分の中で消化し心から納得するのは時間が掛かるし、それを状況が許さないからとりあえずでやってみようというのは間違っていると思う。それなら例え後悔をしたとしても今の心の思うままにしたい。
言ってしまえば我儘ではあるものの、咲夜と柳さんは嫌な顔などはせずにそれならその方向でと舵を切ってくれていた。
二人とも仕方ないといった感じではあるけども、特に嫌だという感情はない。
柳さんは軽く笑ってから「それなら」と言って続ける。
「次は今度はこっちから伺うとするよ。その時は千郷も呼んで身内で祝勝会と洒落込もうじゃないか」
「分かった。また色々と買い込んでおくよ。お金は沢山あるからもっと豪華にしよう」
「いいね。……ただ、買うなら多めに買っておくようにね。じゃないと千郷が食べつくちゃうからさ」
少し前の親睦会でも彼女の食べた量は忘れていない。その辺りは倉橋さんが上手く調節してくれるだろう。
柳さんとは今後についてもう少し話し合った後に別れることとなり、その帰り際に父とまた会った際は「いつでも来るといい」とだけ父は言って踵を返して家の中へ戻っていった。
嫌な思い出もある家だけど、今はどこか新しい気持ちでもってこの家を見れているような気がする。
もう戻るつもりはない。それでも二度と来たくない訳ではなくなった。
だから「今度は動物のお世話の手伝いをしたい」と返し、僕たちは帰宅した。




